武芸者
「拙者、工藤泰時と申す!参る!」
泰時という侍は、鋭い居合いで剣を横に薙いだ。
サブは巨体に似合わない体捌きで一撃を跳んで避けると、転がりながら刀を拾い抜いた。
泰時の二撃目は、サブの頭を割りにきた。
サブは素早く刀を頭上に掲げ、それを受けた。
「もしやその刀は妖刀【角落し】。間違いない!おぬし、角無し鬼のサブだな!」
「よく知ってるじゃねーか?」サブはニヤリとしながらそう言った。
「先の戦で一番恐れられた男を、知らぬわけ無かろう!」
その時だった、手下の一人がサヨに斬りかかった。
「危ない!」
手下の振り下ろした刀は、サヨを庇った婆さんの肩に深々と食い込んでいた。
「てめえ!」
サブは泰時を前蹴りで吹き飛ばすと、手下の背中を切った。いや、叩いた。
ベキっと鈍い音がして、手下は二つ折りになった。
角落しを中心にグニャリの後ろに折れ曲がり、後頭部が尻に付き、手はだらしなく垂れ下がった。
サブが振り返り、手下どもを睨んだ。
「ひい!!」
手下どもは怯え、勝手に逃げ始めた。
「鬼だ!鬼がでた!!」
「サブ殿」
泰時は刀を鞘に収め土間に膝まづき、深々と頭を下げた。
「こんな積りでは御座らんかった。長い刀を持つ大男を切れと言われ、もしやサブ殿ではと思い……武芸者として、先の戦で最も恐れられた男と相見えたい一心で……拙者とて武士の端くれ、御母堂様に対する不始末ここで腹を切ってお詫び致す」
泰時は着物を開き、腹を出した。
「よせやい」
サブは泰時が抜こうとした、脇差しを手で抑えた。
「あんたが死んでも誰も喜ばねえ。それより誰に雇われた?そいつの処に案内して貰おうか……だが、その前にチョット手伝いな。」
サブは、泰時に鍬を手渡した。
「婆さんの墓を掘るぞ」
サブと泰時は、墓穴を掘った。
丁寧にお婆さんを埋めると、泣きじゃくるサヨと三人で手を合わせた。
「婆さんの仇は俺が必ず討つから、サヨお前はここで待ってろ」
「イヤだ!アタイも行く!」
「婆さんの仇を討ったら必ずここに戻るから、俺を信じろ」
「……ううぅ……」サヨは、渋々うなずいた。
「サヨ殿、拙者も助太刀いたす。待っていて下され」
「サヨ、これを置いていく」
サブは巾着と朱色の櫛をサヨに渡した。
「金と女房の形見だ。三日して帰って来なけりゃやるよ。両方大事なもんだから、帰って来るけどな」
サブはそう言って、サヨの頭をポンポンと叩いた。
「じゃあ行くか」サブと泰時は歩き始めた。
「雇い主は、毒島権左だろ?」
サブは、道すがら泰時に尋ねた。
「なんで、それを知っているで御座るか?」
泰時は、少し驚いた様子だった。
「そもそも、俺は奴を追ってきた」
「仇なので御座るか?」
「それは、分からねえ。女房の仇は俺よりもデカい、先の戦も滅法強い大男がいるって噂を聞いて参った。ところが当の権左は、旗色悪くなると、とっとと逃げやがった。その後、この辺りに住み着いたって噂を聞いてな……」
「シッ」
泰時が口の前に人差し指を立てた。
「ここで御座る」
サブが案内されたのは、街外れに建つ屋敷で高い板塀にぐるりと囲われていた。
「ふーん」
サブはしばらく塀を見ながら何かを思案している様子だったが、突然愛刀の角落しを無造作に塀の中に投げ込んだ。
「なにをしてるで御座るか!」
「大丈夫だよ。どうせ、誰も触れねえ。あれに触った奴は、気が狂れちまう。お前さんは俺を後ろ手に縛って、毒島の前まで連れて行ってくんな」
寝返りが早いとか、言いっこなしでお願いします。