サブとサヨ
「小僧!いつまでついてきやがんでぇ!犬っころじゃあるまいし!」
サブは、振り返るなり怒鳴りつけた。
「……じゃないし……」
「ああん?そんな小せえ声じゃ聞こえねぇよ!」
「こ……小僧じゃない!アタイは、サヨってんだ!!」
サブは上目遣いでアゴを掻いた。
「ええっとなんだ……するってぇと、おめえ女子か?」
サブがそう尋ねると、サヨは小さく「うん」とうなずいた。
サブは、下を向いたサヨの顔を覗きこむと「ほお」と言いながら、ニヤニヤとした。
「よく見ると可愛いじゃねぇか」
「ほ……ホント?」サヨの顔がほころんだ。
「おお。可愛い可愛い。だから早く家に帰りな」
「サブは、今日どこに泊まるんだい?」
サヨは、顔を赤くしながらそう言った。
「お!いっちょ前に色気づきやがって。暗くなったらこの先で野宿でもすらあ。金もねぇしな」
「じゃ!家においでよ!貧乏だけどさ!雨風はしのげるよ!なんにもないけど、婆ちゃんが作ったメシはホントうめぇよ!お礼もしたいし!ね!行こうよ!」そう言いながらサヨは、サブの袖をグイグイと引っ張った。
「こんなデカい男連れて帰ったら、婆ちゃん卒倒しねぇか?」
「大丈夫だよ!うんと美味いもんこさえてもらうからさ!」
「そっか……それじゃ厄介になるか」
「うん!」
サヨは満面の笑みを浮かべサブの手を引きながら、サヨの村への道を案内した。
「ほら!あそこのお地蔵さんを曲がった所がアタイんちだよ!」
サヨが指差す家は、小さな古い掘っ立て小屋だった。サブは『俺、はみ出ちまうんじゃねぇか?』と思ったが、とかく疎まれやすい外見のサブにとってサヨの気持ちも正直うれしかった。
「婆ちゃんただいま!」サヨは勢い良く戸をあけた。
「おかえ……」まで言って、婆さんは腰を抜かしてへたり込んでしまった。
孫のサヨの後ろに立つ男は戸口から胸から下しか見えず、本物の鬼でも出たかと思ったからだった。
「大丈夫だよ婆ちゃん。アタイの客でサブって言うんだ」そう言って、今日あったことを説明した。
「お前って子は!無鉄砲にも程がある!」
婆さんは、サヨを叩いた。
「お前まで居なくなっちまったら……」
「婆さん、このくらいで許してやんなよ?」
サブは間に入り、二人を分けた。
「サヨ、お前、父ちゃんと母ちゃん居ねえのか?」
サヨは、小さく頷いた。
「サヨの父親は、戦に入って帰って来ねえ。母親は、野盗に攫われた。もう、どっちも生きてねえ……」
「婆ちゃん、それより美味いもんこさえてよ」
サヨは、そのことに触れられたくないのか話をそらした。
「そうさな。サヨ、手伝っておくれ」
婆さんの作ったメシは、美味かった。
本当に美味いと、サブは心の底から思った。
その夜、サブは悪夢にうなされて目を覚ました。未だ丑の刻を過ぎた位だろう、サブはそのまま起きて縁側に一人佇んだ。
「どうなされた?」声がしてサブがふりかえると、お婆さんが座っていた。
「起こしちまったか?悪いことしたな」
「だいぶ寝苦しかったみたいじゃが?」
「ああ……俺も昔百姓やってて、丁度こんなボロ屋に住んでたのよ。そん時のこと思い出しちまった……」
サブは、月を見上げてそう言った。
「なんだ?つらい毎日だったのけ?」
「いや……幸せだった。嫁のマツと産まれたばかりの息子の矢太郎と貧乏だけど、楽しい毎日だった。あの日まで」
「何かあったのけ?」
「俺もサヨの父ちゃんと一緒でよぉ、戦に借り出された。足軽なんざ旗色が悪くなるととっとと逃げちまう、そんなのが当たり前だった。俺も命あっての物種とばかり、逃げて家に帰った。ただいまって戸を開けたら、土間に嫁が血だらけで倒れてて、よく見りゃ内臓が飛び出ていて……その時、後ろから声がしたのさ『お前の嫁は、なかなか美味かったぜ』って……振り返ると男が立っていて、その男は俺が見上げるほどデカくて、赤ん坊の腕を手羽先みたいにシャブってやがった。俺は、そいつに飛びかかった。そいつはべら棒に強かった。何度も吹き飛ばされた。それでも、矢太郎の痛みを思い知らせてやろうと、ヤツの腕に噛み付いた。噛み付いて、食い千切った。ヤツは痛がって逃げた。俺は追いかけたが、逃がしてしまった。家に戻ると、隣の婆が覗いてた。戻ってきた俺の顔を見て、俺の口の周りの血を見て『サブが嫁と赤ん坊を喰い殺した』と村中に言いふらした……俺はお尋ね者さ……多分、ヤツは鬼なんだと思う。そして、その肉を喰らった俺も、鬼になったんだと思う。角無しの鬼に……」
婆さんは黙ってサブの話を聞くと「さあ今日は、もう寝なされ」と言って、奥の寝床に入った。
サブも寝ることにした。
婆さんに色々話したら、ぐっすり眠れた。
サブは『こんなにぐっすり寝たのは、いつ以来かな』と思った。
サブは、味噌汁の匂いで目を覚ました。
「起きたかい?」
婆さんは、優しい声で呼び掛けた。
「やい!サブは寝坊助だな!」
サヨが大きな背中に飛びついた。
そこから肩まで登り首にまたがり、頭のてっぺんをペンペンと叩いた。
「これサヨ!行儀悪い!」
婆さんはサヨを叱ったが、サブは何も言わずされるがままでいた。
「さあ出来たよ」
囲炉裏端に並ぶのは、味噌汁と麦飯とお新香だった。
質素な食事であるが、これまた美味かった。
サブは、込み上げる涙をこらえていた。
「婆ちゃん!アタイ、サブの嫁になる!」
サブは、味噌汁をブーっと吹き出した。
「な!いいだろサブ!アタイ今はガキだけど、あと五つもしたらさ」
「チョットまて!いや、その、なんつうか……けして、嫌ってわけじゃ無いが……」
サブは、返事に困った。
「サブさん、もし良かったらそうしてもらえないだろか?」
「婆さんまで、何言うんだ!」
「ワシはもう長く無い。爺さんの所へ行かせてもらえないか?」
「しかし、俺にはやらなきゃならねえことが……」
「嫁さんと赤ん坊の敵討ちかい?」
「……そうだ。だから、ここにも長く居るつもりは無え」
サブは、きっぱりと言った。
「悪いがあきらめてくれ」
その時だった。バンという音がして、玄関の戸が開いた。
「旦那!こいつらです!昨日、なめた真似しやがったのは!」
昨日のチンピラどもだった。
しかし、今度は助っ人を連れて来たようだ。
明らかに武芸者の匂いがする、目つきの鋭い男だった。
ちなみに、婆さんはウシです。