妖刀
かつて酒天童子の首を落としたといわれる銘刀「童子切安綱」を越えるべく鍛えられた刀があったという。
その刀は、鬼のあばらを砕いて鋼に混ぜ打ったという。
しかしその刀はあまりにも固く、いかなる砥石でも研ぐことが叶わず、遂に道端に打ち捨てられたのであった。
打ち捨てられた刀は長年風雨に晒され、すっかり真っ赤に錆びた。
そして乞食が拾った。
乞食は狂いだし、手当たり次第にその刀で人を襲いだした。
村人たちが、乞食を数人掛かりで取り押さえ、石で殴り殺した。
乞食は死してなおその血まみれの刀を放さなかったという。
時は戦国
とある村……
「まちやがれ!」
一人の子供が、数人の男に追われていた。
夏の日差しが容赦無く照りつける、街外れの村へと続く道筋だった。
逃げる子供が松の根っこにつまづいて転んだ拍子に、ざーっという音がして土埃が舞い上がった。
「こんガキャあ、手間とらせやがって!」
子供がうつ伏せから顔を起こすと、既に男達に囲まれていた。
「ガキのうちから盗みなんざ、ろくな大人に成らねえぞ!さっさと盗んだ銭けえしな!」男達の中の首領格と思われる男が、アゴの髭を撫でながら言った。
「うるせえ!お前らみたいに、村のジジババから金巻き上げるやつらに言われる筋合いねえ!どうせ賭場でスッちまうくせに!」子供は気丈にも、怯むそぶりを見せなかった。
「なんだとこの野郎!」
首領格の男が声を上げた瞬間だった。何処からともなく飛んできた石つぶてが首領格の男の後頭部に当たり、首領格の男はもんどり打って転げ回った。
首領格の男は頭を押さえて立ち上がり「どいつだ!」叫んだ。
「おいおい、いい歳した大人が子供相手にみっともない」何処かともなく声が聞こえてきた。
「なんだと!」男達が辺りを見回すと、木の陰から一人の男が現れた。
現れたのは、身の丈七尺に届こうかという堂々とした体躯の大男で、大男に有りがちなだらしない出っ腹ではなく、引き締まった身体付きをしていた。
「う……」一斉に男達は固唾を飲んだ。
男達を畏怖させたのは七尺に届こうかという体躯より、その肩に担いだ見たこともないような長い刀だった。
「小僧!助けてやろうか?」
大男は、肩に刀を担いだままズカズカとちかづいてきた。
「銭を全部寄越しな。したら、助けてやんよ」
大男は、そう言いながら輪の中に入ってきた。
周りの男達は、一斉に刀を抜いた。
抜いてみたものの、みな腰は引けていた。
「ヤダい!それじゃ金を取られる相手が変わるだけじゃないか!」子供は後退りしながら答えた。
「バカだな小僧。こいつらは、お前をぶっ殺した後に金も取ろうってんだ、俺はお前を助けてやる。命があるだけ違うだろが!」大男は、ズイと近づいて手を出した。子供はベソをかきながら渋々金を渡した。
大男はその金を見て「お前、こんな端た金に命掛けたのか?」と言った。
「爺が一生懸命貯めた金だ!」子供は泣きながらへたり込んだ。
大男はしばらく子供の姿を眺めていたが、不意に上を向いた。
まるで、涙を堪えているようだった。
「あ……安心しろ、俺の仕事は確かだ」そう言うと大男は振り返り「おいお前ら!帰っていいぞ!」と言った。
一瞬そこに居る全員がポカンとして、時が止まったかのような空気が流れた。
「ふざけるな!」首領格の男が言った。
「おいおい。たかだかこれっぽっちに命掛ける馬鹿いるかよ」大男はそう言うと、肩に担いだ刀を地面に突き立てた。
「このとおり!」
大男は、両手両膝を地面につき頭を下げた。
「これに免じて、許してくれ」
大男は、地面に額をつけて土下座した。
「馬鹿かてめえ!」男達は、大笑いした。
「御免で済むわけねえだろ!」すっかり警戒心の解けた男達は、大男に近づいてきた。
「何だこりゃ?デカイばっかりで刃がねぇじゃねぇか?ナマクラもいいとこだ」一人の下っ端が、突き立てた刀に触れた。
たしかにその刀には「刃」が無かった。鈍い灰色の胴で分厚く、形も日本刀というより馬鹿みたいに長い出刃包丁のようだった。柄の部分には、無造作に薄汚れた布がグルグルと巻かれていた。
「バカ!触るな!触ると障るぞ!触れると狂れるぞ!」大男は立ち上がり叫んだ。
刀に触った下っ端は、急にケラケラと笑い出し持ってた刀を振り回しながらヨタヨタと歩き始めた。
酒によったような足取りでふらつくと、遂に転んで持っていた刀で自分の足を切ってしまった。
「あー言わんこっちゃねぇ!こいつに触ると祟られるんだよ」大男がそう言うと、男達は一斉に飛び退いた。
「おめぇら、童子切安綱って知ってるか?酒天童子の首を切り落とした銘刀よ。その安綱さんが、童子切を凌ぐ刀を作るつもりで作ったのがコレよ。こいつは鬼のアバラを砕いて、鉄に混ぜて鍛えた一振りなんだぜ」大男が自慢気に話し始めた。
「そそそ……そんなスゲえ刀をなんでテメエなんかが持ってやがるんだ!」首領格の男がへっぴり腰に刀を構えながら言った。
「あんまりにも硬すぎて、砥石が負けて刃が付けられなかったのよ。そんで安綱さんはコレを捨てちまった。それをどこぞの物乞いが拾ったんだが、そいつは気が狂っちまってどっかの村で暴れた。村人総掛かりで袋叩きにしてやっつけたんだが、どうやら刀が不吉だと言うことでお坊さんを呼んだら、なんでもこの刀には鬼に喰われた人の怨霊が無数に宿っているてぇんで、それを偉いお坊さんが長いこと寺に封印してたってわけよ。話が長くなって悪いな。で、その刀を寺から盗んだってことよ。まぁ、謝っても許してくれねぇんだったら仕方ねぇ。こいつでぶっ叩く。こいつは確かに刃無ねぇが、切れ味が悪い分痛えから覚悟しやがれ」
大男は、刀を上段に構えた。
男達は、ジリジリと後退りしはじめた。
「ちっ!おい!ズラかるぞ!」
首領格の男がそう言うと、男達は一目散に逃げて行った。
「ほらよ」
チャリンと音がすると、小銭が地面に広がった。大男が、金を投げ捨てたのだった。
「いらねえや、こんな端た金」
子供は慌てて金を拾い集めて「ひーふーみー」と数えはじめ、全部ある事を確かめると「ありがとう」と言いながら顔を上げた。
しかしその時既に大男はその場立ち去り、見えるのは小さくなった大きな背中だった。
「待ってよおじちゃん!」子供は叫びながら、後を追いかけた。
「馬鹿野郎!おじちゃんじゃねえ!サブって呼べ!俺は、角無し鬼の三郎丸だ!!」