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灰と青へのレクイエム  作者: 零雨
prologue:
1/1

訪問者

「はぁ、はぁっ、はぁっ……っあ、」


ジルディエは、裏路地をよろめきながら、ひたすら逃げていた。

夜の冷たい空気が、肺を刺激し、傷ついた肌を突き刺す。

脚が悲鳴を上げている。


追っ手はまだ追いついていないはずだが、このスピードではいずれ居場所も特定されるだろう。


このまま、逃げ切れるか。


「………っくそ、はぁっ……っは……」




(……君の行動が政府の犬どもに監視されているそうだね、ミスタ・ジルディエ)





ジルディエが所属しているファミリーの幹部にそう告げられたのが、数時間前。


(それは一個人としてやってる活動か? それとも、うちのファミリーの名を借りてやってるのか?)


確かにヤバイ事をした自覚はあった。

噂に聞いただけだったし、興味本位だった。

自分独りでやってのける自信は全くなかった。


でも、結果として、これを得ることができた。


追っ手も撒いたはずだった。


なのに、まさか。



(何故勝手な行動をした? 金儲けのためか? これを持ってることがどんなに危険なことか分かってるのか? 君のような端くれが扱っていいブツじゃない)


まさか、政府にバレるなんて、


(しかしキャプテン、オレはファミリーの為を思って__)


ファミリーの利益になると思って、危険を冒してまで単独行動したのに、


(身の程を弁えろ、ジルディエ)


(___ッ)


(何処から政府に情報が漏れたんだか知らんが、俺たちを危険に晒すような真似をする奴には出て行ってもらう。そう、君はファミリーの掟を破った。ただで追放されるだけだとは思うなよ)



(そんな、キャプテン、それはあまりにも酷すぎます! オレは、オレはっ、ファミリーのためを思っ__)




(___お前ら、やれ)


ファミリーの掟を破った者には、惨い裁きを___






「はぁっ、はぁっ、あ、く………っ!」



どさりと盛大な音を立て、彼は倒れた。


鋭い痛みを発する場所を見ると、リンチされ、追い出された時の脚の傷がまた開いているのがわかった、

本来ならば立てないほどの傷を受けたのだ。ここまで逃げて来れたことが奇跡だと思う。



襲い来る痛みに耐え、彼は歯を食いしばり俯いた。

再び開いた傷の血は止まる事なく彼の周りを染め上げていく。

生暖かいその液体が、より一層夜の冷たさを際立たせる。


(もう既に、あの組織が動き出している。今逃げたところでお前は確実に捕まるだろうな)



政府の極秘機関の噂は聞いた事がある。裏社会の犯罪を秘密裏に取り扱い、必要とあらば、法で裁く事なく殺害するという。


しかも聞いた話では、神出鬼没で、相当な手練の集まる先鋭部隊らしい。


下っ端のジルディエが相手をした所で即殺されるのがオチだろう。



見つかるのも、時間の問題か__





___カツン。



ジルディエは、俯いていた顔を上げることが出来なかった。


カツ……カツン、カツン、カツン。


この裏路地の闇の空間が、空気が一瞬で凍りついたのが分かる。さっきまで死を覚悟していたが、カチカチと震える歯が死を拒絶する。嫌だ、まだ、オレは死にたくない。まだ、まだだ。


迫る足音が絶望を大きく膨らませる。


こんなところで死にたくない。嫌だ。嫌だ……!


それでも、恐ろしく整った規則正しい足音は、だんだん近づいてくる。


精一杯息を殺し、自身の存在を消そうとした。




が、






「ジャン・ジルディエ」







よく通るが、感情の込もらない声だった。


声のする方へ目を凝らすが、相手も闇に紛れているのか、全く姿が見えない。





「28歳、犯罪組織ウモリベロファミリー所属……で、間違いないですか」




「___っ!?」



死神が、目の前に立っていた。


よく見ると、逆光の月明かりが照らし出すシルエットは少女の形をしていて、全身黒の服を纏っている。背は低く、彼が容易くねじ伏せられるほど細い。


しかし少女のその眼は闇に光り、無言のままジルディエの死刑宣告を言い渡した。



「……組織や、貴方が手に入れた例の物について、知っている事を全て話して下さい」



自分の荒い呼吸と、風の音だけがこの空間に響いている。


組織を追放されたとはいえ、あそこには恩がある。喋るわけにはいかない。


無理に笑顔を作って、血を吐き捨てる。


「政府の飼い犬、なんかに……話す事なんか……何も、ねえ、よ……!」


カチカチと音を立てる歯を隠すように唇を噛み締め、精一杯の抵抗を示した。



数秒の沈黙。





「___そうですか」




返答。



「……仕方がない、か」



そう言葉を発して、首に巻いた黒い毛のマフラーを口元まで覆う。


次に、無駄のない動きでコートから何かを取り出した。






両手に、ナイフ。





瞬間、




強く風が吹いた。





ファーのマフラーが風になびく。


まるで黒の片翼が彼女に生えているようだ。



黒い少女はゆっくりとした足取りで、ジルディエに近づいていく。


ジルディエがもう逃げないと分かっているかのように、ゆっくり、じっくりと足を踏みしめて歩み寄る。



ナイフが向きを変え、月光を受けて輝く。


片翼が、黒い艶を帯びる。




あぁ、まるで、






「___くだらない」






片翼の、鴉、




_________。




ナイフが静かに振り下ろされた。
















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