距離の測り方
「兄ちゃんはさぁ、ヘタレなのに攻めすぎなんだよ。」
「…どういうことだよ?」
今日は日曜日だ、休日出勤が必要な位に仕事を溜め込むこともなく休むことができる。俺の会社はホワイトで良かったと思いつつも、妹に聞き返した。
「例えば、兄ちゃんが全くなんとも思っていない女性に『二人でお食事』なんて誘われて行くと思う?」
「いや行かないな。」
きっぱりと言った。
「行かない理由は?」
「いきなり二人で食事っていわれてもなぁ、相手がどういう意味で誘ったのか分からないし。おごりだとしても、仕事上の付き合いでも無い限りは行かないと思うぞ。」
第一、俺には好きな人がいるわけだから。他の女性と食事して村木さんに誤解されたら辛すぎる。
「それだよ!相手だってそう思ってるかもって考えなかったの?」
あっ…(察し)
「なんで今まで気づかなかったんだ俺は。馬鹿か…」
そうだよな上司部下としてはともかく、プライベートで考えるとそこまで親密でもない関係なら二人きりで食事なんて行かないじゃないか。
「兄ちゃんは、自らハードル上げて勝手に悩んでるだけだよ。少しずつでも関係を進めるために、現実的な手段を取ってなかったんだよ?」
……俺は焦り過ぎていたのかもしれない。一年が終わるごとに仲良くなれてないって嘆いて、新年が始まると急いで関係を進めようとした。一人で空回りして、村木さんがどう思ってるかも考えないで自分勝手だ。
「…兄ちゃん、関係が進んでないってことは今からならいくらでもやりようが有るってことだよ?」
妹はやさしい声で言う。
「とりあえずは、兄ちゃんと上司さんの距離が分からないことには何とも言えないからさ。明日から仕事でしょ?」
「うん。」
「落ち着いて、今上司さんがどう思っているかを兄ちゃんなりに見てきて。二人きりじゃなくてもいいからお昼ご飯一緒に食べたり、仕事を直接お手伝いしたりさ。あからさまに聞くのはアレだけど、お話して上司さんにどう思われてるかを読み取ったりね?」
言い切った妹の顔は悪戯好きな小悪魔だった―――
昨日の恋愛相談を思い出す。幸い俺は村木さんの直属の部下だから、話す機会はあるはず…だった。と、いうのも今日に限って村木さんが忙しい。運良く休憩中に話掛けることが出来ても二分足らずで、人に呼ばれて行ってしまった。前々から村木さんが進めていた企画のプレゼンが有るのだ。村木さんも「絶対に通す!」と意気込んでいたし、今日は話をするのは無理だな…
「だれか残業出来る奴居るー?数人で良いんだけどー」
残業か、予定も入ってないし
「俺残りますよ。」
「おっ!マジか、助かるわ~村木の新企画の仕事が残ってたんよ。佐野、お前も企画に関わることになるから残業ついでに聞いとけよ?」
「…はい?」
ん…?
「そうか、まだ聞いてなかったんだな。今日のプレゼンで村木の企画はめでたく採用!今までよりも少し大きい企画だから、少なくとも村木とその下の連中は当分企画の仕事が主になる。佐野は入って三年目だし、そろそろ企画の重要な仕事も回ってくるぞ。」
ファッ!?
「今日は資料をまとめるくらいだから、忙しくなる前に分からないこと聞いとけよ。他に残業するやつ居る~?」
…………
「薄情な奴らだなぁ。じゃあ今日の残業は村木と佐野だな、事務所の鍵は村木に預けるぞ。」
「あっ、はい。」
なんか、村木さんと話す機会がいきなり出来ました…
「佐野、済まないな。」
「大丈夫ですよ!予定も入ってませんし。それに、俺もこの企画に関わることになると聞いてます。」
「…誰に聞いたんだ?」
村木さんは怪訝そうな顔で問う。
「あ、えっと」
「もういい、大体分かったよ。近江のやつ、いい加減に口の軽さを直せとあれほど言っているのに…」
近江さんは、残業の呼びかけをしていた人だ。村木さんとは同期で、大学時代からの友達なんだそうだ。性格が気さくというか、誰とでも仲良くなる人だからか忘年会等の幹事もやっていたり。ただ、お喋りが凄く好きでついつい口が滑ってしまうことも多々あるみたいだ。村木さんに注意されている場面は、俺も何度か見ている。
「まあそうだ、話を聞いているなら早いか。佐野には企画の重要な部分を担当してもらおうと思っている。勿論分からないことは聞いてくれたらいいし手伝いもする。が、お前自身が考えて解決しなければ意味がない所には私は手を出せない。それは分かるだろ?」
「はい、分かります。」
そうだ、頼ってばかりでは居られない。それに村木さんの隣に立てる男に、俺はなりたいんだ。
「何故かお前には厳しくしてしまうな。」
「いいですよ、俺の為になる厳しさだと思いますし。むしろ、村木さんの甘過ぎないところが俺は好きです。」
「そっ、そうか、好き、か…」
「はい!好きです!」
村木さんの顔は赤かった。朝から忙しかったし、少し熱でもあるのかも知れない。
「それではお疲れ様です。お先に失礼します。」
「ああ、お疲れ様っ!」
残業が終わる頃になっても、まだ赤みがかっていた…