俺の恋愛相談はここから始まったんだよなぁ
内定も決まり入社説明会に行った二月、俺は恋に落ちた。キリっとした切れ長の目、艶のある長い黒髪。髪は仕事モードだと言わんばかりに後ろに束ねて、それが余計に『大人の女性』としての魅力を引き出していた。
それが彼女、村木華蓮という人物との邂逅だった…
「おーい、ちょっと良いか佐野~」
「ハイ!何でしょうか?」
「朝頼んだ資料の準備は出来たか?」
「はい、もうすぐ終わります。ホッチキスで綴じるだけですので。」
「そうか、綴じずに一部ずつファイルに入れておいてくれ。」
「はい、了解です!」
あの二月の説明会から早三年。俺、佐野昭は会社の通常業務に関してはそつなく、こなすことが出来るようになった。大きな企画を担当するには力不足だが、お手伝いならさせてもらえるようにもなった。そんな社会人としての生活に大きな不満などない。が、しかし肝心の俺が恋しているあの人との関係はというと……
「村木さん、今夜食事でも…」と誘えばいつの間にか俺の所属部署全員での飲み会になり、二人きりでと言うと村木さんは「…皆と何かあったのか?お前が困っているなら力になってやるぞ?」と本気で心配される。そんな調子が続いたものだから、中々関係を進めるきっかけも無く三年の月日が流れてしまった。
「はぁ…」とため息を吐く。いつもの如く、勘違いのまま行われた飲み会から帰って来た。時計の針は一時を少し越えた所を指している。「こんな深夜だしな」と俺は油断していた。酔いさましの水を飲みながら、ケータイに入れた村木さんの写真をじっと見入っていた。
「へぇ~これが兄ちゃんの想い人か~」
…妹が後ろから覗き込んでいた―――
俺の妹、佐野菫はニートだ。部屋に引きこもる、というのでもないのだが家族以外が家に居る時は絶対に降りてこない。二階の自分の部屋に引きこもるのだ。妹は、勝手に取り付けた玄関のカメラで客が帰る所を見てから一時間後に部屋を出るという徹底ぶりだ。どうしてそこまで人見知りするのかと聞くと「面倒臭い」と言う。その問いをしたついでに、ニートになった理由も聞いてみると「う~ん、別に社会の為に何かしたいと思わないし。父さんが昔貯め込んだお金で、ウチは一家全員暮らせるくらいじゃん?正直、生きる為に働くっていう一般的な理由も無くなっちゃうと働く意味も、ねぇ…それにほら、父さんだって無職だし!」…こんな感じだった。確かに父は無職だが、最初は働いていたわけだし母は今も現役バリバリの会社員だ。ちょっとくらい働いてみようという気になって欲しいのが兄心。兄の心妹知らず…
そんな妹が深夜に夜食を漁りに来ることくらい、前から知っていたはずなのに。
「兄ちゃんが会社入ってから数か月した辺りから、たまにため息吐いてたよね。最初は仕事疲れなのかなぁと思ってたんだけどね。ため息の色がギャルゲの主人公と同じだったから、恋愛ごととあたりを付けてたんだよ。ビンゴだったね!」
「やかましいわ!」
実の妹に好きな人を知られるなんて恥ずかしすぎるっ。穴にでも入れて放っておいてくれ…
「兄ちゃん、私に話してみなよ。自分の中で抱え込んだままよりは良いと思うよ?」
真面目三割、悪戯七割の顔で妹はそう言った―――
「なるほどねぇ、そういうことか…」
観念した俺は、三年間を包み隠さずに話終えた。恥ずかしくて顔が火照ったままだ。
「そうなんだよ」
少し投げやりに、そっぽを向いた。
「一言、言っても良い?」
「何だよ?」
妹は、スッと息を吸い込むと
「兄ちゃんヘタレだね~wwwwww乙です!」
「言うなよぉぉぉぉ!!!」
何だよ!「なるほどねぇ」辺りまでは、良い妹を持って幸せだと思い始めてたのに!
「まぁそんなに落ち込まないでよ~」
「お前が言うか…」
「私が兄ちゃんから話を聞いたのは、ただ私が『プギャーwwwww』するためだったと思う?」
「思う。」
「…そう思うのも仕方ないか。兄ちゃん、今のまま中々進まない関係でずっとモヤモヤするか、ダメ元で私に恋愛相談してみて想い人と親密になれる可能性を高めるか、兄ちゃんはどっちを選ぶ?」
「俺は…」
今の妹の顔は、ほんの少し悪戯な笑みが隠れているものの真剣な顔だ。妹の真剣な顔なんて数回ほどしか見たことがないし、信用してもいいんじゃないかと思う。だから俺は…
「俺は!」
「あんたたち、夜遅くに何やってんの?」
明日の出勤に備えて寝ていた母の介入だった。母の睡眠は、一回なら邪魔になっても何も無いが二回目になると…思い出したくもなかった。「ごめん、母さん起こしちゃったね。俺もう寝るよ。」「わ、私も寝よっかな~」と二人して静かに二階へ退散した―――
翌朝、早めに起きて妹の部屋に行った。妹が寝るのは大体昼~夕方の時間帯だから心配ない。俺は妹に恋愛相談をして欲しい旨を伝えて、部屋を出た。出る前にチラっと見えた妹の顔は、ギャルゲーをする時のニヤァっとした顔と同じだった。本当に大丈夫か?と思いつつも、俺は会社に行く準備を始めたのだった…