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アビーロードを聴きながら  作者: GUN
2/11

同窓会

 知れば知るほど彼の持つ特質性に惹きこまれていく僕がいた。彼の説く哲学的な思想と、そのしなやかな語り口調には、一目を置かざるをえない雰囲気でいっぱいだったことを記憶している。いくら背伸びをしようとも、僕の範疇に及ばないほど彼の宇宙は無限を示唆していたのだった。

 しかし、同世代を疑わせるかのような彼の発想と奇抜な行動に、いつしか学内の生徒たちからも反感を抱かれるようになっていた。何故ならば、自由奔放としか思えない彼の振る舞いの数々には“身勝手”や、“我が儘”が、まかり通っていたことに起因していたと思う。

 人を選ばない。ましてや時を憚ることもしない。そんな彼の持つ習性からか、あからさまともいえる彼独特の発言力は、日本人の持ちえない領域にまで達していた。

 哲学を持たない学友に対しての、無差別ともいえる思想の強要。つまり、お仕着せの美学に酔いしれる始末。しかも、その狙い目は生徒等に限られたことではなかった。気に入らなければ敵対視する複数の教師等に向けても、まるで政治家のように雄弁に論破する有様だった。時に英語を用いての過剰な演説まがいのパフォーマンスには、誰しも舌を巻くしかないほどに過激な演出だった。

 そんな手の付けられない暴れん坊に、やはり味方など不在だった。けれど、これだけは言っておきたいのだ―――。

 決して彼の思惑には凶暴性など微塵も見当たらなかった。それどころか、その特異な行動の裏側には、少年期特有の無邪気ささえ僕には感じとれていたからだ。

 博学でブラック・ユーモアが大好きで、そして秀才で明るくて。当初、僕が彼に抱いていた印象とは、180度向きを変えていた。

 そんな彼の意識の根底には、常に“LOVE & PEACE”という呪文が刻み込まれていた。時に口癖のように僕に語り掛けていたことを思い出す。いったいその言葉は何を意味していたのだろうか?

 その呪文に縛られ続けた彼は、やがて気付かぬままに真実を見誤ることとなるのだ。

 細く組み立てられた足場は今にも崩れ落ちそうに、彼の未熟な思想を危うく支えているだけだった。

 彼の傾倒するその大いなる思想の持主こそ、元ビートルズのジョン・レノンに違いなかった。レノンの訴える反戦思想は、各メディアを通じて当時のアメリカ国内に如実に浸透していった。そのあからさまともいえる反戦へのメッセージを、レノンはことごとく詞に託したのだ。人種を選ぶことなくどこまでも国境を越えて、彼の詞は類稀なメロディーと融和しながら、全世界を啓蒙せしめた。

 “LOVE & PEACE―――”

 

 ジョン・ウィンストン・レノン。幼少期における両親不在の複雑な生い立ちからか、愛情表現には独自の歪曲を加えるのが彼の癖として窺えた。おおよそのメッセージの端々には、質素なユニークさを醸しつつも、どこか孤立する求愛がつきまとっているようにも思えた。

 そんなレノンを崇拝する彼の異常なまでの精神状態は、十代の軽々しい好奇心の範疇を超えていたと形容したい。それほどまでに彼の行動の異様性は、日々、増進するまでに顕著だった。

 変わり者で済ませておけばよかったのに、彼の中で歪曲する正義とやらは、ついにその進路を踏み外すことになるのだった。

 やがて彼を取り巻く学内の雰囲気は、特異な彼の存在を黙殺するようかのように、組織的に仕掛けられていくようにも僕には見えていた。彼の周りからは友人と呼べる者は消え去り。校内での挨拶もタブーとされるようになった。しかし、彼の犯した罪は何ひとつ無く、他人から非難を受ける筋合いも、僕には見当たりはしなかった。

 ―――どうして彼はその道を選んだのだろうか?

 あの頃の僕には到底考えられない出来事だった。だって、彼の口ずさむメロディーは、最高に僕の好奇心を揺さぶっていたからだ―――。

 

 

 ―――『おいおい、何だかおっさん臭くねえか、おまえ等さあ?』―――

 前触れもなく、いきなり背後から乱暴そうな声が浴びせられた。とっさに振り向いた僕は、それを予測していたかのように白けた面持ちに変貌していた。

 その声の主は、やはりクラス一の秀才だった木村雄一が仕掛けたものだった。相変わらずの秀才だった頃をそのまま身にまといながら、舶来物と思われるスーツをそつなく着こなしていた。

 そんな木村雄一の乱入を他所に、次第に高揚し始める会場内のざわめきに、同窓会のお膳立てが整っていくかのように見えた。

 『相変わらずだな木村―――。ここは教室じゃないんだぜ、楽にやろうや』

 『―――って、おまえ、もしや中島かあ?』

 『はあん……? 白々しいんだって木村さあ。三年前にも会っただろうによ?』

 『そうだった。そんな気がしてたんだ実は』

  二人の陳腐な会話が意味もなく交わされていた。

 木村雄一と中島良太の昔から違わぬ関係が、二十数年経った今でも露骨に再現されていた。取り分けて親しいわけじゃないのに、この二人の会話には当時から妙な掛け合いが盛られていた。しかも、それぞれが人気者を意識したオーバーな手振りが、僕には滑稽としか思えなかった。だから、ついこの二人の前では自然と不愉快になるのだった。

『やだなあ古屋くんったら。ここでも相変わらずの白け顔ね』

  そんな僕の不愉快さを指摘する女子の声が、右斜め前から囁かれた。

 『おれが……か? どうしてだよ―――?』

 その声の主は清水優子だった。当時から顔立ちの整っていた彼女は、歳を重ねたにしても相当の美貌を残していた。既に四十前の既婚女性とは思えないくらいの容姿には、正直眼がくらむほどだった。

 『―――そろそろ時間だろ、席に着こうぜ』

 躊躇いを誤魔化すように、僕はソファーの端を支えにして立ち上がった。彼女の指摘する僕の白け癖は、“あの時”をきっかけに既に始まっていたのだ。

 

 会場前のロビ―には、多くの同窓生の笑い声で充満していた。ついさっきまでの僕の嘆きを掻き消してくれるかのように、無邪気に響き渡っていた。

 『はいはい、そのようね』

 清水優子もまた、白けた面持ちで会場内に流れ込むのだった。さっきからの木村と中島はというと、相変わらずの乗りで皆からの失笑を携えていた。


『観音中学校第五十八期卒業生の皆様―――。本日はお忙しい中お集まりいただき誠にありがとうございます。本日の司会進行役を務めさせて――――――』

 滑舌のよい発声がマイクを通して会場内に届けられた。やはり生徒会長の小池和也が仕切ることとなっていた。その堂々とした司会者ぶりは、当時と何ら変わらず嫌味さを全開にしたものだった。

 『ちっ―――、小池の野郎、調子こいてんじゃねえよ』

 『お前がやればよかったのにな、木村よお』

 『だろ、だろう―――っ!?』

  懲りずにこの二人の会話が、こそこそと円卓に敷かれたクロスの裾を揺らしていた。

 『―――有田教頭先生、誠にありがとうございました』

 代表による開会の挨拶がようやく終わった。有田教頭の纏まりのない長話は当時とまるで変わらず、真夏下に行われる全体朝礼のように、見事に僕らの忍耐をよみがえらせてくれていた。

『―――それでは、学年指導でお世話になりました須藤義勝先生に、乾杯のご発声をお願いしたいと存じます』

 小池和也の先導で、学年指導であった須藤義勝がステージ中央に歩み寄った。そして深々と一礼を試みながら、やおら静かに息を整えていた。

『んん―――っ、須藤だって?』

『うん、どうやらそうらしいぜ、木村さあ』

『ま、まさか……なあ……?』

 木村雄一の解せぬ言葉に、仕方なく僕も同じように違和感を抱いていた。あまりにも変わり果てた須藤先生の容姿には、唖然とさせられてしまった。

 学年指導という要職からか、当時は鬼教師として全生徒から敬遠されていた。校内での不謹慎な行動や反抗的な態度を見つけては、断固、制裁を以て応えるという恐ろしいまでの存在だったからだ。

 しかし眼前の鬼教師は、単に痩せ細ったジジイにしか見えなかった。あれほど恐怖した、鬼教師、須藤義勝の眼力はとうに消え失せ、信じられないくらい溢れんばかりの慈愛で満ちているようにも見受けられた。

 その光景に何故か、僕には理由もなく寂しさを覚えた。時が過ぎるという現実を、ただただ素直に受け入れるしかなかった。

『久しぶりに皆様とお会いできる嬉しさに、今、心は逸るばかりです。この度は、こんな老いぼれた私に声を掛けていただき、本当にありがとう……』

 両手でマイクスタンドを握りしめながら、ひどく掠れた須藤先生の声は、一瞬、会場内の者の耳を疑わせた。当時とは信じられないほどの穏やかな口調が、余計にそれを感じさせていたようだ。

『ここに居る皆さんには、相当に厄介を掛けていたことでしょう。いやはや、当時の私の責務遂行に鑑みますと、生徒指導の立場という余裕すら覚束ないままに、駈け出した感が否めないように思います―――』

 今さらながら、須藤先生の教師履歴なんて聞いた覚えもないし、また、想像なんてこともしたことがなかった。ただ、眼を合わせることを拒むように、ひたすらその日暮らしを重ねていたように思う。

『―――振り返りまするに、私の掛ける言葉の乱暴さやその行動の端々には、皆さんにとっては時に理不尽にさえ思えたことでしょう。厳しさも高圧的に感じられたことでしょう。しかし、多くの生徒の進路を本気で考えると、私の中の責任感は並大抵ではいられませんでした。元来、弱気な性格であった私は、生活指導という大任を受け入れたことにより、自身の中に棲む弱気を廃したのであります。決して躊躇などしてはならないのです。一人一人の生徒の顔を思い浮かべては、悶々と過ごす日々が日常でした』

 そう続ける須藤先生の眼は、会場内の教え子一人ひとりの顔をなぞるように、自身の無力さを詫びているかのようだった。丸くしなった背中は威厳を降ろし、頬に刻まれたしわの数々に、僕はいたたまれない思いで聴くしかなかった。

『おいおい、どうなってんだ? 須藤のやつ、もしや改心しやがったのか、なあ中島さあ?』

『そうだよな、どう見たって鬼どころか、仏って面してんじゃん』

 この場の空気を読めない木村と中島の会話が、またまた滑稽さを発揮するのだった。


『こらあっっ―――っ!、そこのC組の二人っ!、こそこそやってないで、言いたいことがあるのなら、立ってからにしろおっっっ!!』


 まさに鬼が吠えた瞬間だった。木村と中島の放つ異音にしびれを切らしたかのように、眉間にしわを寄せる須藤先生は僕らC組の一角を指さして、学年指導だった頃のそれを誇示するのだった。

『――――――っ!』

『聴こえてるのか、木村、中島あ―――っ!』

『あっ、は、はいっ―――!』

“ガタガタ――――――ッ”

 学校習慣とは侮れないもので、瞬時に立ち上がった二人の硬直した表情は、3年C組だった頃の少年、木村雄一と、中島良太そのものだった。二人の素早い起立に、会場内は一斉に沈黙を保つのだった。鬼の須藤義勝は、やはり健在であったようだ。

 『相変わらずの珍コンビだな君らは。どうだ、元気にやってるのか?』

 一転、須藤先生の口からは二人を案じる発言へと移されていた。抱擁感に溢れた物静 かな語り口には、さすがに歳を重ねることの意義を感じさせてくれた。

 『あっ……っ』

 木村も中島も、虚を突かれたように声を失っていた。もしや、彼らは十五歳の時代にタイムスリップしていたのかも知れない。それほど須藤先生の思いの強さ、言葉の深さが、当時の生徒たちに向けられていたのだろうと、僕は改めて感心するのだった。

 『それと、古屋克己くん―――だったかな? どうした、浮かない顔をしてるな?』

 『えっ―――お、おれっ!?』

  まさか、この僕にまで火の粉が及ぶとは……。

 『はははっ、いやいやどうして、それが君の持ち味なんだよな。そうだろ?』

 ついさっき清水優子に指摘されたことを、同じくして須藤先生にも見透かされていた。僕の憂鬱はそれほどまでに表面化していたのだろうか? と、更に憂鬱を深める僕がいたのだった。

 けれど僕の名前を憶えてくれていたなんて、さすがに須藤義勝たる人間の深さに敬服するばかりだった。

『随分と話が脱線してしまったようだ―――が、私はあくまでも付録でしかない存在だから、主役の皆さんには大いに盛り上がっていただきたいと願うだけです。本日の久方ぶりの再会をお祝いして―――乾杯っ!』

 “乾杯―――っ!”

 高々と掲げられ交わされた乾杯のグラスたちは、それぞれの思いが込められているかのように、あちらこちらで心地よい音色を奏でていた。

 二十数年を経て、二百名を超える出席者の歓声が、この集いの盛り上がりと成功を約束するかのように会場内を埋め尽くしていた。

 拍手の鳴り止まない中、僕たちC組が陣取るテーブルにいち早く顔を覗かせたのは、やはり須藤先生だった。

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