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一章 ヒマな時間と昇位試験 04

 武専生は扇状に陣取りながら、腰を降ろして第五階位の武人の演武を注視している。

「よう、青い顔してるなメイジ」

「こんなの日常茶飯事だよね」

 左隣に腰を下ろしたハヤトと、右側のエラルから、そんな声がかけられる。

「お前ら、平和そうな顔してけっこう修羅場体験してんのな……」

 吐き気を飲み込みながら、左右に視線を送ってみると、ハヤトとエラルは苦笑を浮かべている。

「本物の戦場なんて、こんなもんじゃないぜ? ここはどんな大怪我しても、よっぽどじゃなきゃ秘法医の連中がきれいに治してくれるけど、本番は本気で命のやりとりだからな」

 どこか自慢気に言うハヤトに、エラルがおかしげに笑ってみせる。

「そういうハヤトだって、話に聞いてるだけでしょ?」

「う、うるさいなエラル……ほら、演武が始まるぞ。メイジも見とけよ」

 誤魔化すようにハヤトが言った刹那、第五階位の武術士二人による演武が始まった。

 二人共に、得物は標準的な長剣。作りも意匠も全く同じ量産品だ。ダインの警護騎士団や衛士も装備している、広く普及したものらしい。無論、この場の武術士見習い達の何人かも使用している。

 第五階位の二人は、それぞれに白の国と赤の国の男性だと思われるが、赤の国の方は、荒地の民ではなくオアシスの民――つまり、シリンと同族だと思える特徴を備えていた。体格的には互角だが、しかし身体能力まではどうであるのか。

 エラルから聞いた話では、身体能力では、各国の住民それぞれに特徴があるという。仮に白の国の人間を基準として五とするなら、力では黒の民が十。赤の荒地の民が九。オアシスの民が六。青の民は部族間で九~六。敏捷性となれば、また順位は変わってくるが、いずれにしても、白の国の民が勝る要素は少ないという。

(同じ階位だったら、白の人不利なんじゃねえのかな……)

 赤は青眼に構え、白は右肩に担ぐようにして構えた。

 互いの顔は真剣。だが、どこか余裕も感じさせる。それはまるで、視線で『どう切り付ける』か、また、『どう躱す』かを相手に教えているかのように思えた。

 その刹那――

『ハァッ!』

 鋭い気合が二人分発せられ、白の横薙ぎの一閃を赤が受け流す。それが始まりとなった。

 続く二合、三合の打ち合い。火花が散り、刃鳴りが響く。命司の目で確認できたのは二合まで。それ以降は切っ先が今どこにあるのかも分からない。

 打ち込みの速さは武専生よりも速いのかもしれないが、最早その差はよく分からない。

 だが、まるで舞うように、戯れているように、恣意しい的に『無駄な動き』を作って見せているような気がした。

 そして最後に――

 チィンッ!

 一際高い刃鳴りと共に、二人の演武は終わった。

 だが、その場の者、特に武専生の間からは、どよめき一つ沸き起こらない。自分との『差』を見せつけられたからだろう。

「各々、自分に欠けているものが見えたか?」

 女性講師が投げる問いかけが、まるで追い打ちをかけるようにその場に響く。

 しかし、その中で、一人立ち上がる者がいた。

 立ち上がり、左手を挙げて発言の赦しを請うのは、命司の左にいるハヤトだった。

「ほう、不満そうだなソー。構わんぞ。言いたいことを言え」

「先輩方の演武は綺麗なんですけど、俺は、もっと実戦向きのが見たいです」

「ふむ……お前、第二階位だったな。どうだ、手合わせしてみるか? 五合受けきったら第三階位にしてやる」

「……やります」

 一瞬の逡巡しゅんじゅん。ハヤトはうっすらと口元を歪めながら、前へと歩み出た。

「……大丈夫なのか? アイツ」

 今ひとつよく分からないが、自信と過信は別物だ。失敗した所で命まで取られることはないだろうが、ハヤトのそれがどちらなのか、命司にはよく分からない。

「五回なら、大丈夫じゃないかなあ。ハヤト、ボクたちの代じゃ一番優秀だから。一番眼もいいし」

「眼……か」

 エラルの言葉に、命司は一つ唸った。

 別に命司とて、本物の武術の達人を見たことはない。映画や時代劇、マンガやアニメ、そんなもので培った知識しかないが、それでも、眼だけに頼るのはどうなのかと思ってしまう。もちろん、何もないよりは動体視力が良いという方が良いのだろうが。

 目で見て、それから反応するよりも、動作から武器の軌道を予測出来た方がより実戦的なんじゃないだろうかと、そう思うのだ。

「それでは、俺が相手でいいかな?」

 そう言ってハヤトの相手を買って出たのは、白の国出身と思われる武術士だった。

「……お願いします」

 少しの間を置いて、ハヤトが一礼する。だが気のせいだろうか。一礼する直前に見えたハヤトの顔は、少し不機嫌に見えた。

 灰色の短髪をした白の武術士は、構えを取るハヤトに正対すると、剣の切っ先をハヤトの胸の高さに据えて、あからさまに突きを放つ構えを取った。

「突きだけだ。全て受けるかかわすかしろよ」

 武術士のその言葉が、この場の全員にどう響いたか。少なくとも、ハヤトは挑発の類だと受け取った様子だった。微かに眉間にしわを寄せたその刹那――

「――いくぞ!」

 宣言とほぼ同時に――


 キキキキン!


 ――連続した刃鳴りの音が命司の耳に届いた時には、ハヤトの喉元に、剣の切っ先が突きつけられていた。

「惜しかったな、ソー。四段目までは受けたが、五段目はムリだったか」

「……参り……ました」

 講師の言葉に続き、ハヤトの降参の言葉が零れる。

「え~……五段突き……だったんか? 今の」

「うん、そうだね。しかも一から四合目まで、切っ先を徐々に下に移動させて、空いた喉元に五合目を放ったんだ。さすがに第五階位。駆け引き上手だよね」

 感心しきりに頷きながら、エラルが解説してくれる。

 達人だとか手練れだとか、そういったレベルとは一線を画す技を見せつけられ、唖然とするしかない命司だったが、ふと気が付いたことがある。

「そういや、エラルの話だと、白の国の人間って、身体能力劣ってるんじゃなかったか? あの人、全然引け取ってねえじゃん」

 命司の言葉に、エラルは腕を組んで眉間にしわを作った。

「ん~、そこなんだよね。白の国の武術士で第五階位以上の人は、本当に強いよ。絶対数は少ないけど、器用っていうのか……本当の意味で『技』ってのを知ってるからね」

「なるほどな」

 身体能力で劣るなら、必然とそうならざるを得なかったのだろう。エラルの言葉は、すんなりと命司の腑に落ちた。

「ちっくしょう、悔しい~……」

 いつの間にか、命司の隣に戻ってきたハヤトは、開口一番そう言った。

「ねえハヤト、どうして両手の短剣重ねて受けたの? 突きだって分かってるんだから受け流せば良かったのに」

 命司を間に挟み、エラルがそんな疑問をぶつける。

「重かったんだよ、相手の剣が。十字受けしないとこっちが弾かれそうだったからな」

「白の国の人間なのにか?」

「第五階位以上はそんなもん関係ないさ。その階位にいる人間なら、相応の実力を持ってて当たり前だからな。まあ、それでも限界はあるから、白の国出身の武術士は第七階位が最上位だけど」

 問いに対し、面白くなさそうに答えるハヤトに、命司はたった今生まれた疑問を口にした。

「もしかしてハヤト、お前白の国の人間が嫌いだったりする?」

「まあ、嫌いって言うか……メイジみたいに西海岸の人間はいいんだけど、それ以外の白の国の奴らはな、奴隷扱うからさ。まあ、あの武術士殿がそうだとは言わないけど……」

「ハヤトのお兄さんは、取締官やってるんだよね」

 エラルの補足で、命司は納得できた気がした。そう言えば、サラも元奴隷だったとか言っていた気がする。前にいた世界では、表向きであるとしても、奴隷制は過去のものとなっていたが、この世界では現在進行形で存在する制度らしい。

 もっとも、経済奴隷という意味では、命司が生まれ育った国でも普通に存在するものではあるが。

「ふうん……じゃ、青の国とか、黒の国には奴隷いないんだ?」

「いや……」

「それは……」

 何の気なしに言った命司の言葉に、ハヤトとエラルは口ごもる。

(居るには居るって事か……)

 奴隷という存在を、命司はまだ直に見ていない。言葉のイメージは悪いが、手枷足枷をめられて、鞭打たれながら酷使される存在なのか、それとも、ワープアみたいに、ある程度の自由の中で、働いても働いても明るい将来の見えない立場なのか、それすらもよく分からない。

(……なんか、なにげに重てえな……なんか話題転換しないと……)

 そう思った時だった。

「遅れました~」

「遅いぞ貴様! いつまで昼飯を貪り食ってる!」

 そう言って、武専生の列に加わってきた小柄な少女がいた。見れば、彼女の手にはリベットを打ち込んだ太い鉄棒が握られている。

 見た目からして赤の国の、しかも荒地の民のようだ。

(メシ食ってて遅れたとか……)

 思わず、命司はサラの事を思い浮かべた。顔立ちから連想する年齢はサラと大差ないが、胸元を見るとサラよりも控えめだ。近所に住む世話好きのおばさんも、荒地の民出身だそうで、見た目がサラと大差ないのだが、サラよりも胸に威厳がある事を考えると、赤の国の荒地出身の女性は、どうも胸に年齢が出るらしいと命司は思った。

「第三階位の貴様が来なければ、第一階位の昇位試験が行えないではないか!」

「ご、ごめんなさ~い」

 ツインテールの赤毛少女は、仕草や受け答えなど、どうにもサラとの共通点が多い。思わず命司が苦笑した時、エラルが笑顔で口を開いた。

「彼女ね、ボクたちより一学年上だけど、十七歳なんだよ。サラさんの再来って言われてる天才なんだ。今日は昇位試験の相手役として選ばれたってワケ」

「では事前に申請のあった者――は、今回はエラル・ハシュパカルのみだな。ヘタレの汚名を返上してみせろ」

「……メイジ、応援しててね。ボク、早く第三階位になるんだ」

 講師の声が響き、エラルが立ち上がる。命司の肩に置かれた手は、微かに震えていた。

「自信持てよエラル。お前の凄さはこの間バッチリ見たからさ」

「……う、うん」

 複雑な表情を浮かべ、エラルが歩み出ていく。

「さて、今回のお題はなんだろな。エラルのヤツ、得物変えたから大丈夫かな……」

 不意にそう言ったハヤトの顔を一瞥すると、彼もまたエラル同様に複雑な表情を浮かべていた。

「お題?」

「毎回、第一階位から第二階位へは、お題クリアで上がれるんだ。第二から第三は、試合形式で第三階位の武術士から一本取れば上がれるんだけどさ」

「さっきのハヤトみたいなもんか?」

「あれは余興だよ。相手は第五階位だったからな。さすがに試合までは許してくれないから、あんな形式にしたんだろ」

「なるほど」

 納得し、再び視線をエラルに向けた時、講師の声が響いた。

「ハシュパカル。貴様の課題は――」

(……ん、なんだ?)

 一瞬、命司は講師が自分の方を一瞥した気がした。

「――そうだな、貴様も受けにしようか。上段からの渾身の一撃を、手持ちの得物を損なわずに受けろ」

「うわ~、損なうなってか、えげつないお題が来たな~」

 講師の宣告に、見ればハヤトだけではなく、周囲の武専生全員が自分の事として頭を捻っている。

「打撃武器と刀剣の組み合わせだ。ヘタな受け方すれば、刃も欠けるし最悪なら刀身が折れる。さて、どうすんのかな、アイツ」

「受け流せばいいんだろ?」

 柔よく剛を制す、という言葉がある。命司はそれを思い出していた。勿論、簡単にできる事ではないだろうが。

「そうなんだけどさ。どこで受けるのか、ってのがあるし、受け流すとしても、打ち合う瞬間に力を吸収しなきゃならない。押し返すように受けたら、どんな名刀でも一溜まりもなく折れるか曲がるかするぞ」

 事の困難さを口にしつつも、ハヤトの眼が輝いている。

「ハヤトならどうする?」

「俺なら? そうだな、俺なら――反りの大きな刀だしな。受けた瞬間、膝で力を殺いで、そのまま地面に落とすかな。受けたところは多少刃が潰れるだろうけど、それは許してくれるだろ。まあ、第五階位くらいになると、刀剣の側面で受けて、刃を温存する技も使う人がいるけどな」

 静けさの中、エラルは少女と対峙した。

『石切』を鞘から抜き放つ。緋色の刀身が、弾いた陽光を朱の色に染め上げる。エラルは鞘を自身の後ろに置き、一歩前に踏み出すと、刀身を眼前に据えて左手を棟に添えた。

「用意はいいかな~?」

 無邪気な声とともに、相手の少女は得物の鉄棒を肩に担ぎながらエラルと相対した。小鬼に金棒。第三階位の少女を得物ごと一言で言い表すと、それが一番しっくりとくる。

 緊張が、武専生全員に染み渡っていくようだ。

「お願いします!」

 声とともに、エラルの顔が真剣な色に染まった刹那――

「てええりゃあああっ!」

 少女は一歩踏み込んで、彼女を中心に鉄棒が弧を描いた。小柄な少女故に打点の位置はそう高くない筈だが、その打撃は正確に、エラルの正中線をなぞっている。受け損なえば、怪我では済まない。

 エラルは少し腰を落とし、自身のやや上で鉄棒を受ける姿勢に変えた。

 ゴクリ、と、命司の喉が鳴ったその時だった。

 何かが、エラルの背後に飛んで行った。

 ガシャアアアン! と、大きく何かが砕ける音がした。

 破壊音の音源方向を一瞥した直後、視線を戻した命司が見たものは、エラルの正中線の真下の地面にめり込んでいる、少女の鉄棒だった。

「エ、エラルっ?」

 思わず立ち上がった命司の視線の先で――

「うっわぁ……どうしよう……」

 受けた時の姿勢のままで、エラルは背後の校舎に青ざめた顔を向けていた。

 斜めに角度を付けて構えたエラルの太刀。狙いはハヤトが言っていた通りのものだったのだろう。そこまでは良かったのだろうが――

「不合格だ貴様! 一撃を受けろと言ったのだ! 斬り飛ばせとは言っておらんわ!」

「ええっ? そ、そんなあ!」

 唖然とした体から、状況を飲み込んだ講師が不合格を宣告すると、エラルがその場に崩れ落ちる。

「うわ~ん! あたしのお気に入りがまっぷたつに~!」

 得物を鉄クズに変えられた少女が号泣する中――

「こら~! 誰だ校舎を破壊したヤツは! 投石機の講義があるなんぞ聞いとらんぞ!」

 校舎の管理人らしきマッチョなオヤジが、腕をまくりながら走ってくる。

『なんだこのオチ……』

 思わずスジ目で顔を見合わせ、命司とハヤトの言葉が重なった。

次回から二章です

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