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一章 ヒマな時間と昇位試験 03

「……で、どうなったの?」

 数日後の昼休み。武専の演習場を囲む土手の上に並んで座り、固唾かたずを呑んで命司の話に聞き入っていたエラルは、真剣な眼差しを向け、命司に先を促した。

「一先ずは、現状維持――だってよ。でも、ここの城壁の外に出たり、行政府に出向いたりとかは許可が必要で、監視も付けられるらしいけどな」

「学長はなんて言ってたの?」

 一つ唸り、命司は小さく身震いした。

「実はさ、学長の八つ当たりとは別に、面倒が起こる前に処刑しろって話も出たんだ。でも、学長は「災難を招く真の敵は思考停止だ」とか言って、大部分の意見を処刑案から引き離した。ったく、自分で「お主は死刑じゃ!」とか言ってやがったくせに、オイシイとこは、しっかりかっさらってくんだからな」

「お~、すごいね学長」

 心底関心したように、エラルが目を丸くする。

「普段はタダのスケベジジィだけどな……まあ、伊達に学長じゃないって事は分かった」

 両頬を容赦なく赤く腫らして入室した時の様子を思い出しながら、命司は頬を一掻きした。

 学長にも、一つ恩ができた。シリンも中立の立場ではあったが、一先ずの結果を喜んでくれていた。

「ボクも行けたら良かったんだけど、良くも悪くも当事者だったからね。それに、ボクが体験したことは、全部報告してあったし……でも、ちょっと残念かな~」

「なにが?」

 エラルの言葉尻で、命司は首をひねった。エラルはこれで、かなり好奇心の強いヤツだ。だから、命司の『裁判』も出てみたかったのかもしれないと、そう思った。

「これでもう、メイジの事は、ボクやユートさんたちだけの秘密じゃないんだな~って」

 予想とは違ったが、そんなエラルの言葉は、命司にも腑に落ちた。共通の秘密というのは、否が応でも仲間意識を押し上げる。命司にも、そういう友人が前の世界にもいた。

「まあ、一応、箝口令は敷かれてたぞ。俺は白の国出身のダイン市民って事で、正式にユートの部下って事になった。これも貰ったしな」

 言って、命司は名刺大の銅板を袂から取り出した。ここダインでの身分証だ。第一階位秘法師で、セイバー見習い。身元保証人の欄には、ユート・ユーゼンと共に、黒の国の王女、エル=ア=リエリ・メル・ハシュパカルの名が刻まれている。

 それを一瞥すると、エラルはなぜか所在なさげに視線を泳がした。

「な、なんだか照れるね、そうやって名前が彫ってあるの……」

「お前が照れるなよ。姉さんの名前だろ? ……今度、ちゃんとお礼に行かないとな」

 思い出したように呟くと、命司は昼食のサンドイッチを口に放り込んだ。

 いかにエラルの恩人的な形となったとは言え、学費に身元保証人にと、世話になりっぱなしになっている。挨拶無しという訳にもいくまい。

 すると、どういう訳か、エラルは目を輝かせた。

「あ、お礼は別にいいけど、今度会ってみる?」

「え、マジ? でもいいのか?」

 突然の申し出に、むしろ命司は困惑した。

 それを見て、エラルが小首をかしげて見せる。

「いや俺、一介の平民だし、お前の姉さん姫様だし、忙しかったりしないのか?」

「何言ってんの。ボクも王族だよ? ていうか、そういう身分差別やめてねって言ってるのに」

 苦笑から、わざとらしく頬を膨らませてみせるエラルの様子に、命司もまた口元を引き攣らせるしか無かった。

「ああスマン、つか、なんだ、その、いきなり姫様とか、敷居高いっつーか。礼儀作法とか知らないし」

「普段通りでいいんだよ。で、姉とも仲良くなってくれたらボクは嬉しい」

 一転して愉快げに微笑うと、エラルは傍らの剣をてに取って立ち上がった。昼休みも、もうそろそろ終わる時間だ。

「あ、なあ、武専の授業って、俺とかでも見学できんの?」

 エラルの鎧姿を一瞥すると、命司はふと、武専の様子を見てみたくなった。

「それは問題ないけど、命司は命司の授業があるんじゃないの?」

「今日もシリン先生の折檻が重すぎたらしくてな。午後は学長お休みらしい。で、俺はこのあと座学もないしヒマなんだよ」

 何のための折檻なのか。その理由はエラルも――いや、この大学の関係者ならば誰でも知っている事だ。

 エラルは呆れたように苦笑を浮かべると、呟くように言うのだった。

「懲りないね、あの二人」

「まったくいい迷惑だ」

 命司もまた立ち上がり、昼食の包み紙を袂に入れると、エラルの隣を歩きながら土手を降り、武専の演習場に向かった。

 そこには既に数人の武専生が甲冑を身に付けて並んでおり、中の一人は命司達に向けて手を振っている。

「エラル。友逹かい? 見たところ秘専生みたいだけど」

 二人を出迎えた武専生は、漆黒の髪に三角の耳を頭に載せた、小柄な獣人の少年だった。その容姿からユートと同様の、東の青の国の住人だと思えるが、ユートが狐に似ているのに対し、目の前の少年は黒猫――いや、猫族といった所だろうか。

「あ、ハヤト。彼はね、メイジ・コーダ。ボクの恩人だよ。で、えっと、メイジ、彼はハヤト・ソー。青の国の武官だよ」

「ああ、見習いね。武官見習い。まだ第二階位だから、最低でもあと一階位上げないと、下級武官にもなれやしない」

「よろしく、ハヤト」

 互いに紹介され、命司とハヤトは型通りに握手を交わした。他の武専生よりも軽装に見える武装。得物は後ろ腰に左右に差した二振の短刀らしい。

 そこで、命司はふと気付いたことがある。今のエラルの得物は『石切』のレプリカ。それを、先日出来上がったばかりの錦の鞘に納めて手に持っている。その前は、ここの警備騎士団の標準装備でもある大戦斧だった。

 それだけではない。そろそろこの演習場に集結しつつある武専生は、それぞれが思い思いの得物を手にしており、そうなれば、それぞれに戦い方も違うのだろうと思われるのだが。

「長剣持ってる連中が多いけど、そればっかじゃないよな。こんなんで授業できんのか? ここの講師は」

 呟いた疑問に、エラルとハヤトは顔を見合わせて苦笑を浮かべた。

「今日はこれから小試験。一番得意な武器を持って、一番得意な技で模擬戦するんだ。だからこれでいいんだよ」

 何の気なしに言っている様子のエラル。だが、命司の疑問は別方向に深まっていく。

「……つか、みんな真剣持ってねえか?」

 武専生の得物は、どれもぎらりと鈍い輝きを発している。どう見ても竹刀や木刀のような『練習用』とは思えないのだが。

「もちろん寸止めはするさ。でもまあ、毎回怪我人は出るけどな」

「だから、ほら――」

 ハヤトに続き、エラルが演習場の北――校舎側を指さす。

 そこには数人の秘法師らしき人物たちが、土手の上に腰を下ろしている。その中には、命司も見覚えのある少女の姿もあった。

『あ、クリステルもいるんだ……』

 エラルと命司。二人同時にその少女の名を呟いた。

 命司が初めて秘専に登校した日に、校内を案内してくれた盲目の秘法医見習いの少女。エラルとも、それが初対面だった。武専生にとってこれが訓練だというのなら、怪我をした武専生の手当もまた、秘法医にとっての訓練材料という事らしい。

「ここに入りたての頃なんか、みんなヘタだからさ、お世話になったんだよな。寸止めもヘタ、躱すのも受けるのもヘタ。かな~り血を吸ってるんだぜ? ここの地面」

「マジか……」

 からからと笑い飛ばすハヤトと、同じように笑っているエラルの様子に、命司は日常生活とは別世界を感じていた。いや、むしろ異世界だと言ったほうが、より適当か。

「ま、まあ、その頃よりは、怪我する頻度も少なくなったんだよ。さすがにみんな、急所は狙わないしさ」

 言い訳とも、慰めともつかない口調で、多少血の気の失せている命司に、エラルがそんな言葉をかけてくる。

「うん、俺まだリアル斬首は見たくないから、お前らそれだけはカンベンしてくれ」

 半ば祈るように、命司がそう呟いた時だった。

「全員整列! 見学者はそこのベンチまで退避!」

 そんな女性講師の声が聞こえたかと思うと、エラルとハヤトはそれぞれに命司の肩を叩いて列に加わっていった。

「がんばれよ~」

 一応そう声をかけて、命司は指定された、少し離れたベンチに腰を掛けた。

「まあ……そうだよな……」

 ベンチで足を組み、左膝に左肘を載せて顎を支えると、命司は一つ息をついた。

 エラルとハヤトの先ほどの会話で、多少の拒否感を覚えた命司だったが、そうなのだ。ここは、以前に命司が暮らしてた世界とは異なる。様々な差異はあるものの、一言で言えば、歴史の教科書で知った、中世あたりの社会構造に近い。暴力に頼り、強盗や略奪を行う犯罪者が普通に存在する世界なのだ。明確には知らないが、剣で斬り合うような戦争だってあるだろうし、首を跳ねるような死刑制度だってあるのかもしれない。

 ハッキリ言ってしまえば、血を見ることに慣れている風のエラルに、命司は自分との距離を感じていたのだ。

 エラルは王族だから、前線で戦うという事はあまり無いかもしれないが、ハヤトは武官になるという事だから、貴族というほどの身分や家柄でもないのかも知れない。だとするなら、せっかく知り合ったというのに、彼はこの先、いつまで生きることができるのか。

 そこまで考えて、ふと、命司は以前の世界が、あれはあれで悪くない世界だったのかもしれないと思った。

 決して公平ではない、小悪党の跋扈する世界ではあったが、少なくとも命司が暮らしていた国には徴兵制も無かったし、戦争で死ぬというのは考えにくい事だった。

 だが、きっとこの世界では、そんな死が身近なのだ。

「ま、だからっつって、あそこに戻りたいとは思わねえけどな」

 ほとんど成り行きでこの世界に来た命司だが、それが必然だろうと偶然だろうと、今の命司にはこの先どう生きるのか、選べるほどの選択肢が用意されている。不正な手段を使わなくとも、一廉の人物にだってなれるだろうと思う。もちろん、日々ただ楽しく生きていくことだって。以前の世界には無かった『可能性』が、ここでは無数に見つかるのだ。

 取り留めもなくこれまでの事、これからの事を考えていると、準備体操も終わり、いよいよ演習が始まった。

 まず、総勢三十人ほどが二列になり、互いに向き合って目の前の者と打ち合いが始まる。

「剣道の授業であんな事やったな~」

 真剣と竹刀、という違いはあるが、ふと昔を思い出して微笑ましく思った刹那の事だった。

「ヤアアアア!」

「セイヤアアア!」

「ハアアアア!」

「喰らええええ!」

 気合と怒号が入り乱れ、半ば本気と思われる鬼気迫った表情で、どいつもこいつもが斬りかかり、受け流し、カウンターを見舞っている。

(剣先が見えねえ……)

 思わず唖然としてしまうほど、まるでヘリコプターのローターブレードが回転しているかの様に、うっすらとしか見えない『武専生』達の刃の軌道。だが、そうなのだ。これでまだ『武専生』なのである。

「竹刀振ってんじゃねえんだけどな……いや、本物に似せた竹刀みたなもんだった……のか?」

 命司は自身に言い聞かせるかのように、そう呟いてみた。

 しかし、ふとエラルを見た時、そんな疑念は砕け散った。

 ペンダント事件の時には、今持っている石切レプリカの数倍もありそうな、重たい戦斧が得物だったが故に、もっと『もったり』とした斬撃だったものが、今のエラルは、まるでそれこそ真剣から竹刀に持ち替えたかのように、軽々と振り回しているのだ。

 命司も盗賊の首魁に石切レプリカで切りつけはしたが、それこそ渾身の力で、一撃入れるのが精一杯だった。むろん、半ばリンチされた後での話だから、今ならばもう少し振り回すことはできるだろう。が、エラルの様にとはとてもいかないだろうと思う。

「あれで第二階位じゃないってんだからな……」

 第一階位は、秘専武専に入学すれば、無条件で与えられる階位だが、それ以降が大変なのだと、エラルは命司に教えてくれた。命司はただ漠然とそんなものかと思っていたが、それが心底腑に落ちた瞬間だった。

「……ん、いや待てよ……」

 不意に、命司の脳裏に脳天気なロリ顔が浮かんだ。

「サラ姉さん、第四階位っつってたか……アレの場合、階位っつーか存在自体が怪異って感じだが……」

 嫌な汗を額に感じながらそう呟いた時――。

「ぎゃああああっ!」

 列の向こう端で、何か腕のようなものが、赤い軌跡を描きながら飛んでいった気がした。

「何をやってるか貴様! 集中力が欠けてるからだ! 貴様は退場! さっさと手当受けてこい! それから全員打ち込み止め!」

 二人の武専生が怪我人らしき者を両側から担ぎ、一人は腕を拾いに行っている。

「おおう、すぷらった~……」

 その光景に目眩を覚えた刹那、二人の新たな武人がこの演習場に入ってきた。

(今度はなんだ……?)

 一見して武専生かとも思ったが、纏っている雰囲気が明らかに違う。まだ年若く見えるが、よく見ればその武装はダインの警備騎士団のものだ。

「これから、現役の第五階位保持者の演武を見せる。涙流して有り難く見学しろ貴様ら! あと、そこの見学者! もし近くで見たいなら、こちらに来てもいいぞ! このヘナチョコどもと違って安全だからな!」

 女性講師はそう言って、命司に視線を投げてきた。命司が自分を指し示すと、講師はニンマリと微笑って微かに頷いてみせる。

 思いがけずに目撃したショッキングレッドな光景に、命司はふらつきながら、低い姿勢でエラルの居る場所まで行くと、腰を降ろした。

続きます

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