一章 ヒマな時間と昇位試験 02
シリンの指示で、衛兵に連行された先。そこは国共大構内にある、市民大講堂の議事室だった。
命司がそこに入った時には、既にダ=インの重鎮たちが円形の室内に陣取り、すり鉢状の部屋の中央へと連行された。
その雰囲気を、命司が知っている知識で簡潔に表現するとするなら、それはただ一言『裁判』という言葉で事足りる。そう、そこは正に、これから始まる命司の裁判を行う会場なのだ。
命司の正面には、壮年の男女の姿が扇状に配置されて席に着いている。
(あ~、俺、ど~おなっちゃうんでしょお~……)
目の前の十二人のジジババ――もとい、恐らくは話に聞くこの国の国政を預かる『元老』たちは、みな鋭い眼光で、命司の姿を頭の天辺から爪先まで貫くように観察している。
一難去ってまた一難。エラルのペンダントの一件からようやく一段落ついたと思っていたらこれだ。だが、命司はふと真正面に違和感を感じた。
(……あれ? 真ん中の席空いてねーか?)
元老は十二人。整然と扇状に並んだ席に、実にお行儀よく座っている。しかし命司の真正面――ちょうど、左右に六人ずつ分かれた元老――というよりも、真ん中のその空間が、元老たちを左右に六人ずつに分けているのだ。具体的に言えば、そのど真ん中の空間には、空いた席が鎮座しているのである。
(まさか、元老って十三人? 真の魔界大将軍みたいのが現れるまで欠番だとか、そんな厨二設定になってるとか言いませんよねえっ?)
ある日突然放り込まれた、窮地なのかどうかさえよく分からない状況。命司は次第に冷静さを失いつつあった。
そんな時だった。
命司の真正面の扉が開き、後光が差し込む中に現れた、重鎮らしき人物の姿があった。
「え~? ……マジで魔界大将軍かよ……」
背景に、『ゴゴゴ』の文字を当てたくなるような重圧。その人物からは、怒りの感情が漏れだしているかのように思えた。
赤く、そして醜く腫れ上がったかのような頭部。両眼は肉のコブに埋もれ、だが、その小柄な体躯を包む衣装は、命司が知る中国の歴史上の高官が着ているものに似て、威厳と高貴さを満たしているように思えた。
その人物は、ゆっくりと歩み寄って来ると、思った通りに最後の元老の席に着いた。
『魔界大将軍』は、糸のような眼差しを命司に向けると、おもむろに口を開いた。
命司はその瞬間、室内の空気が張り詰めた気がした。
室内には元老と共に、他の観衆も存在する。命司も何度か見掛けたことのある、大学の研究者。秘専の講師陣。ダ=イン城内各区域の警備主任。彼らの手元には、同様の書類が配布されている。恐らくは、命司に関する書類なのだろう。
それらがみな、ごくりと喉を鳴らしていた。
「メイジ・コーダ。お主は……」
魔界代将軍は、命司を指さすと、その一言を言った。
「……死刑じゃ!」
「マジでっ?」
命司の開いた口が塞がらない。いや、どんな貌をしているかなど、その決定の前にはどうでもいい事だ。
(マジかマジかマジかっ? 遅れてやってきたジジィの一言で決定するとか、ここに引きずり出された意味もねーじゃん! ば~か~や~ろお~!)
命司の冒険。それはこの異世界に来てから、ユートのバカ高い錬金術の機材をブチ壊し、借金漬けになって経理の仕事を手伝い、依頼に来たエラルの窮地を助けた縁で秘専に通い、まだなんにも秘法を修めていない状況でゲームオーバー。という結末。このままではそうなりかねない。
(冗談じゃねえ、どこで死亡フラグが立ったのかすら分からねーじゃねーかよ……)
最悪、この場から脱走してダ=イン城外に逃げるか。冷や汗を頬に感じながら、命司は周囲に視線を巡らせる。と、自身の右斜め後ろに知ってる顔を二つ見つけた。
「ユート! サラ姐さん! なんとか言ってくれよ、メチャクチャだこんなの!」
あの二人なら、自分を庇ってくれる。それが買い被りだったとしても、命司は何かに縋らなければ取り乱してしまいそうだった。
だが――
ユートも、サラも、そしてよく見れば、その他の観衆も、命司に向けて一点を指さしてみせる。どこか呆れたように見える筋目顔で。
「やかましいわメイジ! お主、ワシの弟子の分際で、よくもこの大師匠を置き去りにしてくれたのう! 見よ! お陰でワシのイケメンが台無しじゃわ!」
戻した命司の視線の先で、魔界大将軍が腫れ上がった自分の顔を指さして喚いている。
魔界大将軍は――というか、命司の師匠で学長で、元老の一人らしいパウリ・フォルスストロムは、どうやら『芸術活動』をシリンに阻止された事にご立腹の様子だ。そして更に言うならば、日常茶飯事のその惨事について、命司に八つ当りしているという構図である。
(ジジィ……)
命司の額に青筋が浮き、自然と口元が引きつっていく。
だが、一瞬の苛立ちも、パウリの背後に立った人影を見て、憐憫に変わっていった。
「はいは~い、ちょっと目え離したら、面白いことになってるじゃないの~」
きゅっ、と、パウリの背後から腕を回してひと締めするシリン。彼女は実に申し訳無さそうに眉根を寄せている。
シリンは動かなくなったパウリを足元に転がすと、彼の座っていた席に腰を下ろした。
「え~、元老パウリ・フォルスストロムが不慮の事故に見舞われたので、私、シーリーン・ビント・メフルダード・アーディルが代理を務めさせていただきます。ご了承頂けますかしら?」
その場の全員――命司までもが手を挙げ、満場一致で了承された。
「えーと、それじゃね。ぶっちゃけメイジ、あんたが何者なのかって所から、自分の口で説明して欲しいんだわ。あと、例のエラルとアンタの前に現れたっていう、謎の女の子。それについても思いつくことなんでもいいから教えてちょうだい」
「それはいいんスけど、俺が嘘つくとか考えないんスかね?」
面倒臭え、とは思いつつも、ここが分水嶺だと命司にも理解できる。しかし、どれだけ一所懸命に説明したとしても、その言葉が疑われたら意味が無い。
だが、シリンは苦笑してみせた。
「その言葉だけで充分。疑ったりはしないわよ。ただし、アンタも理解してないような不確定な事は、意見だと前置きしてから言ってちょうだい」
「分かりました。……それじゃ、俺がこの世界に来た経緯から話しましょうかね。つっても、俺も自分が体験したことしか話しようがないんスけど……」
性格の捻くれまくった実の姉とその研究。
その研究の過程で知り合いとなった謎の少女。
自分で選んだはずの世界に転移し、しかしそれが、少女の導きであったこと。
少女の目論見が何かは、命司にも見当が付かないという事。
配布された書面に目を通し、命司の話を聞いた元老と聴衆たちは、各々の意見を互いに交わしていく。
それらの内容は書記によって書類に纏められていった。きっとその後で整理される段階で、注釈やら何やらが入り、書類は何倍にも膨らむのだろう。
その日、評議は食事を挟んで深夜まで続いた。
次は23:00くらいですかね~