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一章 ヒマな時間と昇位試験 01

 真っ青に晴れた空。

 頬を撫でる爽やかな風。

 四方を大国に囲まれた都市国家ダ=インは、赤道直下の高地に在り、今は春を迎えていた。

 春と秋には雨季となり、晴れ間と豪雨が交互に訪れる。それはそれで外輪山の緑が深まり、豪雨があった翌日の早朝には、深山の如き幽玄ゆうげんな雰囲気をまとうという。

「いやあ、空気がうめえなあ~」

 肺いっぱいに大気を吸い込み、命司は声を吐き出した。

「空気なんぞ、どこでも一緒じゃろが」

 傍らに立つハゲ――もとい、命司の師匠たるパウリ学長は、苦笑を見せつつそう言った。普段、割と趣深おもむきぶかいことも言う老人なのだが、命司の言葉には辛辣しんらつだったりもする。だが、居酒屋で長くバイトしていた命司には、こういうジジィにもしっかりと免疫ができている。

「いやあ、俺が前に住んでたとこって、空気汚かったっスもん。ここの人達には分かんないだろうけど」

「ふむ……空気が汚いってのは、煙吸っとるようなもんかの?」

 何気ないパウリの一言。だが、よくよく考えてみれば、その一言に、この老人の秀逸さが潜んでもいるとメイジは思った。

 水は見た目に濁らせることもできる。空気も霞や霧で透明度が失われる。だが、『汚い空気』とは別物だ。パウリの言葉通り、この世界の人間が、この世界にあるもので『空気の汚れ』を表現しようとすれば、やはり『煙』という表現に行き着くより他にない。それを、見た目にも高齢のこの老人は、そう間も置かずに口にしたのだ。少なくとも、ボケる事はまだしばらくなさそうである。

「あ~、臭かったり、いがらっぽくなったり、PM2.5とかディーゼル煤煙ばいえんとか、まあ、まず臭いがおかしいっていうか。つか、さっさと授業始めましょうよ」

 ここ数日、それぞれの専門講師による五大属性秘法についての座学が終わり、命司はいよいよ本格的に秘法を習うのだ。ひとまずの目標は転移秘法だが、パウリはその前に、その術の基本となる感知術から始めるという。

「お主の話に興味は尽きんが仕方ないの。教えてやるとするか。では、わしのやる通りにしてみよ」

 言って、パウリは屈みこむと地面に人差し指を射し入れていく。

 それを見ながら、命司もまた同様に地面に指を射し入れた。

「これはの、そう大して法力は必要ないのじゃ。それよりも、精神集中が鍵となる。意識を指から地面に浸透させるイメージをじゃな……」

 何かを伝えようとした途中で、パウリは無言となり、その身体は微動だにしなくなった。

(随分ざっくりとした教えだな。まあ、イメージが重要ってのはなんとなく分かるが……)

 意識を集中し、命司は懸命にその意識を指先に運ぼうとする。が――

「……ムリ」

 およそ十分ほども苦心しただろうか。そう呟いて、命司はその場に胡座をかいて座り込んだ。

 目の前の師匠を見る。恐らく、というか人に教える立場である彼は、確実にそれができているのだろう。どこの何を感知しているものやら、師匠はスケベ臭さを滲ませながら、ほんのり頬を朱に染めて、顔面を崩落させている。

「そういや……シリン先生にも念押されてたな。覗きまで覚えるなよとか……これがそれか」

 一つ溜息を吐いて、命司は後ろ手をつくと、晴れ渡った青空を見上げた。

 エラルの一件から今日まで、命司は秘法を再現できていない。秘法の根源である法力。それを生み出す黄色の属性宝珠が自身の中にあるのは感じるが、法力を溜めるのも至難であるし、どういう感覚であの色の大太刀おおだち――『石切イシキリ』のレプリカを生み出したのか。今となってはあの時の感覚も曖昧あいまいだ。

「ユートも驚いてたし、シリン先生も驚いたって言ってたし、俺、てっきりそういう才能あるんだと思ったんだけどな~」

「ん~、アンタの秘法は特殊だからね。従来の秘法師である、アタシたちの感覚教えていいもんなんだかどうなんだか……」

 空を仰いだ命司の視線の先に、銀色の髪と褐色の肌をした女性の顔が現れた。彼女の名はシリン――正式にはシーリーン・ビント・メフルダード・アーディル。サラに似て長く尖った耳を持つが、サラと違うのは『きちんとした大人の女性に見える』エキゾチックな美人講師というところだろう。

「誰も教えてくれないなら、じゃあ俺、どうやって覚えりゃいいんです?」

「う~ん、それもねえ、どうだろう? ちょっとアンタの話次第じゃ、属性宝珠も吐き出してもらわなきゃならないみたいだよ?」

 シリンはパチン、と指を鳴らすと、傍に控えていた、制服に帯剣だけした警備兵二人が、命司を両脇から引き起こした。

「……は?」

 両腕をがっちりと拘束され、命司は唖然とそんな呟きしか口にできない。

「まあその……なんだ。アタシもアンタは結構気に入ってるんだけどさ。エラルの従者が目覚めて、アンタの事としか思えない『困った事情』を口にしたもんだから……」

 シリンは横目で命司を見据えつつ、言いづらそうにそう言った。

「あ~……」

 命司はスジ目で、納得できた気がした。あの一件の黒幕――だと思われる少女。彼女と命司の間を繋ぐ、一本の糸。彼女がこの世界に命司を喚んだのだと。

「で、あの子、なんか企んでるんスかね? やっぱ」

「素直に知ってること話してくれるかい?」

「知ってることみんな、喜んでゲロしますよヤだなぁ」

 互いに爽やかな笑顔を浮かべながら、命司とシリンは顔を見合わせた。

 こうなれば、もう流れに身を任せるしか無いが、それはそれとして――

 ふと、命司は傍らを見やる。

 殴られたわけでもないだろうに、視線の先には一筋赤いものを鼻から垂らした老爺の顔が在った。

「あ~、先に行ってて。このジジィも後から連行するから」

 額に青筋を浮かべつつ、シリンはむしろ穏やかな猫なで声でそう言うのだった。

次回は夕方にでも~

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