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蒼のセイクリッドヴァイス  作者: 桐生たまま
第一部 記憶の無い救世主
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第七話 〈魔法の方程式〉 後

 訓練は三日目に入った。


 魔法は知識として解かって来たものの、一向に実践出来ない。

 僅か三日目と考えたいが、俺の瞳の色とレストでの一撃に対して抱く周囲の期待は大きく、焦りたくなくとも焦る思いだけが募る。


「千沙の具現魔法っていうの見せてくれよ」

「いいけど、どうするの?」

「ちょっと攻撃してくれ」

「冗談じゃないわよ! 私だって命は惜しいわ! まだ何にも変わってない事に焦りがある事は解るけど、何一つコントロール出来てないあなたに攻撃するほどチャレンジャーじゃないわよ」

「だよな。じゃあ、気分転換にどうやって武器を具現化して戦うのか見せてくれないか」

「気分転換って……まあいいわ。まだきちんと見せた事は無かったものね。何かのきっかけになるかもしれないし、何より神威は理解から入るタイプだもんね、百聞は一見にしかず。よーく見ててよね」


 そう言うと千沙は俺との距離を五メートル程取った。そして一瞬スッと息を吸った後、両腕に赤色の魔法陣が三本ずつ回り始め呪文を口にした。


焔の双剣(フレイムダブルソード)

 

 呪文は瞬く間に魔法陣へと刻まれ一瞬高速に回転し消滅した後、赤々と輝く焔をまとった二本のつるぎが両腕に現れた。


「すごい! この距離でもかなり熱い。こんな温度で千沙自身はダメージ受けないのか?」

「どんな属性でも自分の属性の攻撃に対してはあらかじめ耐性があるのよ。私の場合は熱に強い、余程無茶をしなければダメージにまでは結びつかないの」

「そうなのか、でも双剣って事は、ガードは出来ないって事か?」

「それは……まあ見てて」


 見る間に千沙の左手の剣は刃渡り約一メートルの太刀から幅の広い短剣に変わった。そして今度は右手の剣を三メートル程に伸ばし、空を衝いて見せた。


「私の剣は形を自在に変えられるのよ。通常は攻撃に最適な形状で戦うけどガードもこれでこなせるわ」


 圧倒される。こんな事を普通にやってのけるなんて……やはり本物を見るのは全然違う。


「まあ、基本的にはその服を直してくれた裁縫師君と同じよ、これが具現。違う所は特質変化を加えてるって事かな」

「具現化する武器に自分の属性の特質を練り込んで変化させるって事だよな。そしてそれが出来るのは一定以上の魔力を有する者」

「そうよ。理解と記憶力ならすっかり一人前……って、皮肉じゃないわよ!」

「事実だから仕方ないよ。教えてもらった事はたぶん全部覚えてる。遠距離型(フェルエ)の攻撃は基本魔力弾。打ち出す腕にあらかじめ呪文を施しておく事によって意思による攻撃が可能。シールドも同様。ただし大技、特質変化を加えた特殊魔法攻撃にはその都度呪文が必要。

 自分のオリジナル魔法を持つ者もいるがその数はごく少数。ちなみに千沙の焔の双剣(フレイムダブルソード)は古典。でも現在の伝承者は千沙一人。今までの所で違う所ある?」

「無い。完璧よ」

「でも、頭に入っているだけだ。ただの知識。実現出来ないなら意味ないよな」

「何言ってるのよ! まだ三日目じゃない! みんなの期待の眼差しが痛いのは解るけど、大丈夫。神威は頑張ってる。それは前線本部の誰もが解ってるんだから!」

「頑張ってるだけじゃダメだよ。俺は誰の役にも立ててない」

「まったく! 頭硬すぎだよ。あんたはレストであの子を救った、私達は無傷だった。みんなの役に立ってるよ! だからみんなあんたの事が好きなんじゃない」

「俺の事が好き?」

「ばっ! 馬鹿……いや、ちがっ……違わない! そうよ! みんなあんたが好きなだけよ! 期待してはいるけど、だからと言って魔法使えないあんたに意味ないなんて誰も思ってないわ! あんたがいるだけで何故かみんな嬉しそうだし、よく解んないけど、とにかく私達の事見くびらないでよね!」

「ごめん。なんか情けないな俺。少し冷静になった方がよさそうだ。これじゃ千沙にまた『あんた、あんた』って連呼されても仕方ないな」

「……なんか、立ち直ったみたいね……」

「ありがとう。千沙のおかげだよ」

「ふんっ! じゃあ、遠慮なくしごいてあげるわ!」





 ……時間だけが無情にも過ぎて行く。

 俺の現状は全く変わらないまま、千沙との特訓は既に十日目を迎えた。



「いっそ、あの木の上から落ちてみるってのはどうかな? 危険が迫ればあの時みたいにとっさの何かが出せるかも」

「えっ? 二十メートル以上はありそうだよね」

「本気出すには低い?」

「ただ普通に落ちたらどうなるんだ? 何か受け止める物でも具現化してくれるのか?」

「ああ。私、剣以外出した事無いわ、でも特質変化なしでも出せるけど」

「この際、焔をまとっているかいないかはどうでもいいよ。

 その挑戦は機会があったらって事で」

「そう? いいアイディアだと思ったんだけど……ちょっと待って。通信だわ」


 念話による通信は送信専門で指定された相手にしか聞こえない。どこからの通信なのか千沙の表情はかつて無い程険しいものだった。


「ごめん。呼び出しだわ。直ぐ行かなきゃならないの」

「何かあったのか?」

「心配しないで。SPUからの連絡は何も無いから多分大した事ないと思う。

 悪いけど神威は本部に戻ってて。北東に約二十キロメートルだから今から戻れば日暮れ前には着けると思う。

 ほら! 今がその時よ。置いてけぼりの絶体絶命、飛ぶしかないわ」

「まだ、昼前だからな。歩いても何とかするよ。心配無いから行けよ」

「アリガト。じゃあ気を付けて」

「そっちもな」

「私は大丈夫。ちゃんと飛ぶのよ神威。歩いて迷子にならないでね」


 そう言い残して千沙は飛び立った、飛べる気配もない俺を森の奥に残して。


「俺、そもそも飛行魔法の呪文聞いてない」


 それは紛れもなく緊急事態が発生した証しだった。

 何かをごまかす時、殊更に明るく振る舞う。出会って間もない俺にも解る千沙の癖……

 今の俺が足手まといなのは事実だ、通信の内容は機密事項なのかもしれない。説明している時間さえ惜しかったのか、心配をかけまいと思ったのか。何が起きたのだろう、千沙の飛び去った方向は確か本部とは反対方向。ならば行き先はレスト?

 グルグルと不安が渦巻き、今さら胸が押しつぶされそうになって来る。せめて行き先を聞いておけば、いや聞いてどうするんだ。

 戻ろう。今の俺に出来る事は本部に戻って状況を知る事。歩いてでも、いや走ってでも。

 



 どれ程の時が過ぎたのか、走り続けられるだけ走ってもここがどこなのか見当もつかず俺はトボトボと歩いていた。

 太陽の方角から察するに多分方向は合っているはず。しかし、フォールの町の気配すらない。そしてその太陽もすでに傾き始めていた。


「神威さ~ん」


 振り返ると、フォールの前線本部で服を直してくれた警察隊員が降りてきた。


「ずいぶん探しましたよ! 意外と近くにいたんですね。

 念話の一方通行って正直役立たずですよね! 四課だったらそんな事関係なく神威さんの居所くらい簡単に……って、そうだ! 四課から緊急連絡があって神威さん達を探していたんです。月白さんは? 一緒じゃ無いんですか?」

「えっ? 千沙に緊急通信を送ったのは前線本部じゃないんですか?」

「緊急通信? いいえ。それどころか昼少し前から外部との一切の通信が取れなくなってしまって、ようやく四、五十分前に復旧したばかりなんです」

「通信妨害が?」

「解りません、こんな事初めてで。念話を妨害するなんて事が出来るのか……。それで月白さんはどうしたんですか? 確かに念話だったんですか?」

「そう言われると念話を聞いた訳じゃないけど、酷く慌ててレストの方へ飛んで行った様子は何か余程の事態に感じられたし嘘をつく理由は無いと思います」

「そうですよね、変な事言ってすみません。それで、それはいつ頃の事ですか?」

「昼少し前だったと思います」

「それから連絡は無いと」

「はい」


「もしかしたら、これはまずい事かもしれません」

「どういう事ですか? 四課って国内の監視をしている所ですよね、そこが何と言って来たんですか?」

「通信が復旧してすぐ、レスト村近郊で十三時三分から十四時十七分にかけて激しい戦闘を捕捉したとの知らせが入ったんです。場所が現境界ギリギリだったせいか敵による何らかの妨害があったのかは定かではありませんが、念視もあまり鮮明ではなかったようで我々に確認を要請して来たんです。

 敵の数はおおよそ一千。それを迎え撃っていたのが両手に焔をまとった剣を持った女性一人らしいんです。そして敵兵約八百余りをせん滅したのち、魔力が尽きたのか急激に戦況は覆され、その女性は敵に囚われたとの事です。

 ただ、不思議な事にその後敵軍は侵攻する事無く、撤退したというんです。だから今偵察隊を編成して……神威さん?」

「それって千沙の事だよな?」

「ええ、その可能性が高いとの隊長の判断で自分たち五名が月白さんの確認を命じられたんです。他の者も手分けして捜索中です。戦闘自体はもう二時間以上前に終わっているので我々の出動は緊急性Bですが、月白さんの安否確認は我々にとってAランクですから」

「レスト村で間違いないんだな?」

「神威さん?」


 突然、聞き覚えのある声が頭とも心ともつかない俺の中で響いた。


『もう間に合わないんじゃないか?』


 ――何を言ってる?


『殺られちまったよ。きっと』

『そりゃそうだ。あいつら殺人鬼だからな』


 ――千沙の事を言っているのか?


『ねえ、おじいちゃんは?』


 ――俺を無視して勝手に話すな!


『さあね。あれだけ派手にぶち殺したんだ、じじいの奴、へそでも曲げたんだろうよ』

『ふぅぅん、馬鹿だなあ。それじゃあ僕たち野放しじゃん』

『それじゃあ、好きにやらせてもらうかな』

『ふふふ……おもしろそうだね』


 身体が不意に浮き上がった。黄緑色の淡い光が自分を包んでいるのが解る。

 俺の中で会話する『なにか』……やはり夢じゃなかったんだ。


 これが無意識の意識なのか? 


 何でもいい! 俺を運んでくれ! レストへ!


 あれほど飛ぼうとしても、まるで浮きもしなかった身体が、羽の様に軽く感じた。


「神威さん! 待って! 神威さん!」


 どこかで俺を引き留める声がした気がする。が、瞬時にそれも遥か後方に飛び去った。

 もっと早く俺が飛べてさえいれば……そう思う心が、より一層俺の飛行速度に拍車をかけさせていた。

 頼む! 間違いであってくれ! 俺はまだ何も、君の期待に応えられてない!


 傾き始めた太陽に吸い寄せられるように、俺はひたすらに空を切り裂いた。

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