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蒼のセイクリッドヴァイス  作者: 桐生たまま
第一部 記憶の無い救世主
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第五話 〈魔法の方程式〉 前

「よお! お帰り、お二人さん。夕方の定期連絡で報告は受けてたけど、随分と急いで戻って来たんだなあ。何だかこっちで兄ちゃんの修行するんだって?

 でも今夜は取りあえず休むだろ? 寝床は用意しておいたぜ」


 前線本部では十平が満面の笑みで出迎えてくれた。

 今朝方別れてからわずか十二時間余りで、俺も坊主から兄ちゃんへと昇格したらしい。


「ありがと。十平さんの顔見るとホットするわ。こんな時に悪いんだけど、お風呂入っていいかな」

「そう来ると思ってたよ。敵さんもあのダメージだ、経験から言って二十日は動きも無いだろうからな。今日は風呂日和、隊員達もあらかたサッパリしたところさ。兄ちゃんも入れよ」


 そこで突然、千沙が思い出したように言った。 


「そう言えばこの兄ちゃん名前が付いたのよ」

「へえ! ご拝領かい?」

「私からね」

「副部隊長殿ご拝領か。で、なんて付けたんだ」

神威(かむい)

「……神威って……いいのか千沙。そりゃあお前の……」

「今日からはこの人が神威よ。陛下にもそう言ってしまったんだから、そいつに余計な事言わないでよね。私、お風呂入って来るわ」


 十平と話す千沙は一番無防備に見える。それは仕草なのか表情なのか分からないが、二人の間には絶対の信頼を感じた。


「あの……千沙と十平さんって随分親しいんですね」

「俺とあいつの親父はガキの頃からの相棒で悪友で親友だった。

 カミさんの事も子供の頃からよーく知ってる。二人の馴れ初めも、千沙が生まれた時のはしゃぎっぷりも全部だ。でも、この戦争で二人とも持っていかれた。神威もな……。

 にしても、お前さんに神威の名をつけるとは、驚きだよ」


 確かに、人間に犬の名前を付けるなんて驚きだ。いや、失礼な話だ。

 でも、二人の会話からは”神威”が千沙にとって大切な存在だったのだろうと感じられる。


「そんなに可愛がってたんですか?」

「可愛がる? 可愛がられるんじゃなくて?」

「犬に?」

「……犬?」


 どうも話が噛み合わない。

 と、そこへいきなり背後から声がした。


「犬よ!」


「なんだ! 脅かすなよ千沙、ずいぶんと早えじゃねえか。お前、カラスか!」

「忘れ物よ! それよりカラスって何? 犬よ犬! カラスじゃないからね! 変な話ししないでよ!」


いきなり戻って来たと思ったらそれだけ叫ぶと、千沙はさっさと行ってしまった。


「今どきの若いもんは、カラスの行水も知らねーのか。お前さんも風呂入って来い。いやいや、ちゃんと男女別だから、期待すんなよ」

「しませんよ」


 何となく話しを逸らされたような気もするが、明日からの事を思えば今日は確かに休んだ方がいい。少しくらい猶予が出来たからと言って、ここが最前線だと言う事に変わりはないのだ。



     *  *  *



「起きろ! 神威! いつまで寝てんのよ! とっとと起きて、さっさと食べる!」


 翌朝、けたたましい声で千沙に起こされるまで俺は前後不覚に眠っていた。

 別に大した事はしていないのに何だか酷く眠い。

 昨日、往復七時間も俺を連れて飛んだ千沙には怖くて言えないが……。


「食べたらいよいよ訓練よ。時間は全然ないし待ってもくれないわよ!」

「はい。副部隊長殿」

「寝ぼけてるの? ふざけてるの? 何でもいいけど起床!」




 朝食はパンと例のシチュー。前線本部の食事は大体いつもこんな感じだと言う。勿論、全員一緒にという訳には行かないが、今朝はそれでも皆落ち着いて食事をとっている。



「前回の事があるから予言も絶対とは言い切れないけど、SPUから何の連絡もない内はそう心配する事はないわ」

「SPU?」

「予言師リンネル様を中心としたスペシャルペキューリア部隊(ユニット)よ」

「スペシャルペキューリア?」

「いちいちうるさい男ね。説明はあとあと! シチューが冷めちゃうわよ!」


 行きがかり上、俺の保護者になってしまった千沙は、この訓練の責任を俺以上に感じている様子だ。何しろ数日で”救世主”をそれらしくしなければならないのだから焦っているのだろう。


「まぁ、そう焦らなくても……」


「あんた、喧嘩売ってんの?」


 俺はすぐさまパンとシチューを口に押し込み、お陰で軽いやけどを負った。


「あんた、馬鹿じゃないの? 普通に食べればいいのよ、普通に。聞きたいことはいっぱいあるんでしょうけど記憶が戻れば解決するわよ。取り敢えず実践が一番!」


 そうじゃないかとは気付いていたが、やはり千沙は根っからの実践タイプらしい。説明よりも体で覚える、という事なのだろう。

 だが、どうやら俺は正反対のタイプと見えて、理由のわからない事ができるような気がしない。


「基本的なことだけでも教えて欲しいんだけど」


 千沙は口に運んだスプーンを(くわ)えたまま上目づかいにジッと俺を睨む。

 食事中は黙っていた方が良さそうだ。




「で、一体何が聞きたいのよ」


 見ると、千沙の皿はすっかり空になっていた。空腹が満たされたから面倒な事に付き合ってくれるというわけなのだろうか。でも、今日これから訓練をする物を全く知らぬままなのはどうにもおさまりが悪い。


「俺は今日、一体何をするんだ? せめて基本的な知識くらい教えてくれよ」


 千沙はやれやれといった様子で話す。


「魔法使いは攻撃力重視の戦闘系が七割、再生や治癒能力の高い回復系が二割、特殊魔法のペキューリアが一割。戦闘系は複雑で必ずしも戦闘だけに魔力を使うとは限らないし、ちょっと話が難しくなるから追い追いとして……。

 回復系は癒し系とも呼ばれてて、あんたは当てはまんないわね。ペキューリアは思念波を扱う事に長けていて、そのほとんどは通信魔法師よ。つまりあんたには関係ないわね」


 これでは何の説明にもなっていないが、口をはさむと多分怒るんだろう。


「じゃあ、あの時レスト村で頭に響いて来たのは」

「ここの通信師の広範囲念話よ。念話は魔法使いなら誰でも受信出来るけど送信するのはかなり難しいのよ。熟練のペキューリアでも気を付けないと考えている事がダダ漏れになっちゃうし、送信先を誤れば大問題」

「そのペキューリアって、思考のやり取りが出来るって事は他人の考えを読んだり出来るって事か?」

「怖い事言うわね。でも念話は送信専門。誰かの心を覗くなんて情緒もモラルもない禁忌、セイクリッドヴァイスの者なら、その誇りにかけて犯したりしないわ」


 こういう時の千沙は凛として、どことなく近寄りがたい雰囲気を漂わす。まるで別の――そうだ、ディレクトリアでの彼女と似ていた。


「そうか、そうだよな。千沙はこの国に誇りを持っているんだよな」

「当然よ。私達は神からの使命を受けてこの地を守っている、いわば神の民。良心に恥じ入る様な事はしないわ。だから資質が無い者に呪文は開示されないのよ」

「呪文?」


 千沙は一瞬『またか』という顔をしたが、諦めたように話し始めた。

 俺は何も覚えていないのだ、聞きたい事は山ほどある。


「魔法を構築するための方程式の事よ。古来から伝わる古典も、新しく開発された物も、全ての魔法は呪文によって発動するの」


 そうか、千沙が飛ぶ前に呟いていたのは呪文と言う何らかのキーワードと云うことなんだ。


「つまり、その呪文を覚えればいいって事なのか?」

「理屈ではそうね。でも、実際はもう少し複雑よ。これは、やっぱりやってみないと何とも言えないけど……」


 

「お二人さん、まあぁだ食ってんのか。日が暮れちまうぞ」


 背後から突然、十平が声を掛けてきた。


「すいません。魔法の基本的なこととか、千沙に教えて貰ってたんです」

「そぉーか、知識も大事だよな。けど、副部隊長殿が先生で大丈夫か?」


 千沙は相当不服そうな様子だが、何も言わない。

 まさか説明の内容に自信が無いんじゃないだろうな。


「てのは冗談だが……まぁ、何にも考えずにいきなりこの前みたいなのぶっ放されたら、いくら王都から離れているからって危なくってしょうがねえ。基本的な使い方くらいは頭に入れといた方がいい。なあ、千沙」


「まあね。親衛部隊の演習場は城から近すぎる、何かあったら大変な事になるわ。だからと言ってここの皆を危険にさらす訳には行かないもの、魔力コントロールは最優先だわ。それに、この人拾った近くの方が何か思い出すきっかけがあるかもって……。こっちへ来る事を決めたのは私だから、皆に迷惑かけないようにします」


「それだけか?」


「えっ?」


「レストが心配だったんじゃないのか?」


「……何でもお見通しなのね。参りました。でも、みんなの事信用してない訳じゃないのよ」


「解ってるよ! ただ心配なんだろ、村が! お前の生まれ育った村だ、心配するなって方が無理だよなぁ」


「ありがと」


 千沙の目が少し潤んで見えた。


「神威。行くわよ」


「行くって?」


「ここで始める訳には行かないもの。レストに近い森の、誰にも迷惑のかかりそうじゃない所よ。やって見なくちゃ始まんないわ!」


「おっ、いよいよか。気を付けろよ! 昼飯忘れず持ってけよ!」


 右手を上げて送り出してくれる十平は、俺にだけこっそりウインクをした。

 記憶を失ってから出会った人たちは、ガサツなようでいて繊細で優しい。こんな暖かい気持ちは慣れていない気がする。それは記憶が無いせいだけなのだろうか。



     *  *  *



 前線本部から南西に二十分程飛んだ奥深い森。ここが千沙の選んだ演習所となった。


神威(かむい)


「えっ? 今なんか言った?」

「念話よ」

「念話って……出来るのか?」

「三メートルくらいの距離で一言位ならね」


 それに何の意味があるのだろうか。話した方が早いだろうに。


「今、意味ないって思ったでしょう!」

「えっ? 心読むなよ!」

「言ったでしょ、念話は送信専門。相手の思考は読めないの! あんたのは顔に書いてあるから誰にでもわかるわよ。でも言いたい事はそうじゃなくて、呪文を覚えるには生まれ持った適性が重要だって話なの」


 魔法は生まれ持った資質に応じて学校で習得すると言う。

 五歳から魔力値や適性を見極め、十一歳から三年間はそれに応じた専門課程。その後十四歳で進む道を決めるのが普通だという。


「私、子供の頃はペキューリアの資質も少しあったんだけど、実用的な程の才能じゃ無かったの。呪文は魔法(それ)を使いこなせる者にしか解けない方程式。残念ながら私には上位ランクの適正がなかったから原始的な念話止まりって事。つまり、あなたにも適性と特性があるはず。まずはそれを見極めたいのよ。

 あの時の攻撃を見る限りでは遠距離型(フェルエ)だとは思うけど、魔力光は黄緑だった。私はこの色を見た事も聞いたことも無いから、どういうタイプの魔法を使うのか見当もつかないのよ。でね、見てて」


 そう言うと、千沙の頭の周りを白いほのかな光の輪が周り始めた。


『……神威』


 頭の中にそう響いた途端、千沙の白い輪は消えた。


「呪文が無いとこれが精一杯なの。魔法陣見た? 帯状の部分に何も文字がなかったでしょう? あの文字が呪文なのよ。つまり、呪文なしで最初の発動が出来る事がその系統の魔法を扱える絶対条件。実用的に使いこなせるかは別だけど最低限の魔法は体が知ってるって事なのよ。だから、あなたの適性と特性が知りたいの。使える魔法を知った方が近道だと思うのよ」


 だが、そう言った所で途方に暮れているのだから千沙自身にもどうしたらいいのかはわかっていないのだ。自然にただ成長して行く中で、知らず知らずのうちに目覚める物に、その瞬間の自覚があるはずは無い。

 だが、俺には一つだけ明確な目標があった。

 

「俺は――飛びたいかな。何ができるかはわからないけど何をしたいかはわかってる。移動くらいせめて自分でしたいと思う」

「逃げられないしね」

「またそれ?」

「冗談よ。でも、それもいいかもね。どうしたらいいかわからないし、どのタイプでも取りあえずは飛べないとね。そうと決まったらまずは集中! 飛びたいって考えるの。自分を飛ばせるのに適したサイズの魔法陣、正確には魔法陣の基かな、それが呼び出せたら半分は成功した様なもんよ、っていうか出せなきゃ呪文使えないし。取りあえずやってみて」

「いきなり難易度高いな。適したサイズって身体の周りでクルクル回転してたあれか」

「自分で言い出したんだから文句言わない! 初めに攻撃魔法の練習なんて怖くて出来ないんだからちょうどいいわよ。とにかく自分の身体と重力を切り離すの。飛びたい、飛ぶだけの力が欲しいって考えてみて」

「……うう」


 飛びたい。いや、せめて浮きたい。でもどうやって?


「……ううううううううう」




「……ねえ……なんか、力任せにやっても無理そうだし、も少し小さめの魔法から練習しよっか」

「そうだな……」


 何をしたら魔方陣は現れるのか。

 ただ闇雲に意識を集中したが手応えはまるで無い。

 強くなるのは「俺に魔法が使えるのか?」という疑問……。


 考えるな。今は考えた所でどうにもなりはしないのだ。 

 俺の瞳が赤いのは事実なのだから。

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