表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼のセイクリッドヴァイス  作者: 桐生たまま
第一部 記憶の無い救世主
5/54

第四話 〈王都ディレクトリア〉 後

 そびえる様に大きな扉は、その印象を裏切る軽やかさで左右に放たれると、眩い光に満ちた大広間が眼前に広がった。

 足元から続く濃紺の絨毯の先には、二段の階段上にロイヤルブルーの玉座が見える。十、いや十五メートルはあるだろうか。


「親衛部隊副部隊長及び王女殿下付親衛隊隊長月白千沙、他一名であります!」


 扉近くには、左右に白い制服の青年が立ち、その一方がやたらと長い肩書きの千沙と、いかにも無名の俺の入室を告げた。


「待っていました。さあ、こちらへ」


 鈴を転がすような、それでいて落ち着いた女王の優しい声が、静まり返った広間に響き渡る。俺は顔を上げてしまいそうになるのをこらえ、素早く一礼し進み出た千沙に続いて歩く。

 こんな時の作法を、少しでも聞いておけば良かった。


「親衛部隊副部隊長月白千沙、他一名。お召しによりまかり越しました」


 千沙は玉座から五メートル程手前で止まると、右腕を胸に当て深々と頭を下げた。俺も慌ててそれに続く。


「そなたが、噂に聞く救世主ですか?」


 顔を上げるや瞳に飛び込んで来た姿に俺は思わず息を呑んだ。神話の天使そのもののような輝く金の髪、薄く赤みを帯びてはいるものの透き通る様な青い瞳。淡いブルーのドレスに映えてこの世の物とは思えない美しさだ。


「はっ! はい、いえ、多分。皆さんそう仰います」


 自分でも何を言いたいのか分からないような、答えが口をつく。


「何も覚えていないと言う噂も真実のようですね。不便も多いのでは?」


 俺のしどろもどろの答えにも微笑みを浮かべたまま動じない女王に、俺も次第に冷静さを取り戻した。


「俺、いや私は数日前からの記憶以外、何も覚えていない上、救世主なんて呼ばれる覚えも正直ありません。女王陛下に直接お声を掛けて頂ける光栄を賜る資格があるのかも自信が無いのです」

「何と謙虚な。そなたの働きは、疑い様のない事と報告を受けています。

 どうでしょう、警備監察機関警備部に新たに設ける予定の『特別機動隊』に席をおいてみては。

 これは警察に設置される第六の特命部署、通称『機動六課』。警察内では一番わたくしの命令から距離のない部署となるでしょう。

 個々の能力が取分け高い、選りすぐりの選抜隊である六課稼働が叶えば、必ずや戦況も持ち直し、そなたの働きもより一層国中に広まる事でしょう。さすれば、その功績は身内、友人の知るところとなり自然身元も知れましょう」


 にこやかな、しかし否と言わせぬ威厳。俺にとっても良い話と言わんばかりの自信。返す言葉を探す俺に女王は続けた。


「名が無いとは、何とも不都合。配属のはなむけにわたくしから名を与えましょう。そうですね、では、勇猛と名高かった先代親衛部隊長にちなんで……」

「恐れながら!」


 とっさに千沙が割って入った。


「いかがしたのです?」

「恐れながら、女王陛下に申し上げます!

 この者、記憶を失ってはおりますが、既にレストの村にて不便を感じ、便宜上名前を付けております。本人も大層気に入っておりますので大変勿体ない事と存じますが、その儀はご辞退いたしたく」


 ――えっ? そんな話、聞いてない。


「ほう。名は何と?」

「……かっ……神威(かむい)です!」


 ――かむい?


「そうですか。……良い名です。

 では改めて。神威。わたくしに力を貸してくれますね?」

「俺は……」

「恐れながら陛下。昨日の神威の功績は偶然の産物。身を守るためのとっさの行動。無意識に行ったに過ぎません。飛行魔法はおろか、何ひとつ自在に操れない今の状態では、あの破壊力はむしろ脅威です」

「確かに。月白の意見、もっともです。

 しかしながら現在の戦況を思えば神威の能力に期待するのもまた事実」

「お時間を頂けませんか? この者が本当に戦力になるか否か。この目でしかと確かめて参ります」

「良いでしょう、そなたに任せましょう。しかし、そう時をかけられぬ事を忘れぬよう。

 頼みましたよ月白。そして神威、期待しています」


 こんな重大な事になるなんて。俺には選ぶ権利も与えられず謁見は終わった。





 相変わらず、千沙はキビキビと城門へと歩いている。その後に続きながら俺の足どりは酷く重かった。


「なあ、神威って何だ?」

「昔飼ってた犬」

「犬?」

「詳しい話は後にして。城外に私の部屋があるから、取りあえずはそこへ行きましょう」


 城を出て直ぐ、城下町に至らないうちに親衛部隊宿舎はあった。殆どの隊員は、ここで生活しているという。


「親衛部隊はマリア部隊長率いる女王陛下付き第一部隊五百名。副部隊長の私が預かる王女殿下付き第二部隊五百名の千名で構成されているの。

 残念ながらこの戦争で随分隊員達も命を落として、現状では六百余名となってしまったわ。新人の入隊も検討しているけど、どこも手が足りない上に、新人教育する時間もないから力のある人材は奪い合いよ」


 千人もの隊員達が暮らすだけあって、ここはさながら一つの町の様相を呈している。

 第一、第二部隊それぞれに三棟ずつの共同宿舎があり、殆どの部屋が四人の相部屋だという。しかし『第二親衛隊隊長室』と書かれたその部屋は、大きな事務机とソファーが兼ね備えられた、次の間付きの広い一室だった。


「入って」


 公的空間を通り過ぎ奥の扉を開けると、そこは私室。


「ここなら、誰にも話を聞かれる心配はないわ。言いたい事も聞きたい事も沢山有るだろうから。

 けど……まずは私から。ごめんなさい。まさかここまでの話とは思わずに、あんたを連れて来てしまった。うかつだったわ。神話より話すべき事があったわね」

「いや、あれは俺が聞いたんだから。それより、犬の神威って?」

「一番がそれ?」


 張り詰めた千沙の顔が呆れたように緩み、俺は少しほっとした。


「あそこで女王陛下から名前を……それも、もしカナ名なんて賜りでもしたら、あんたこの先大変な目に合うわよ。

 警察上層部は下っ端貴族と比較的戦闘魔力の強い平民、言わば上昇志向の塊みたいな連中だらけよ。そんな所に女王陛下からカナ名を貰ったどこの馬の骨かも分からない奴がやってきたら、あんた嫉妬で殺されるかも」

「まさか。脅かさないでくれよ」

「割と真面目なんだけどな。この王都は思いっきり階級社会なの。覚えていないだろうけどカナ名は貴族にしか許されていない名前よ。

 あの時の女王様は、そのカナ名を授けてしまう程切羽詰まった様子だった。それでつい、慌てて……」


 俺には全く分からなかった。エレミア女王は終始穏やかで、顔色一つ変えなかったのに。流石と言う他ない。


「で、犬の名前?」

「思いつかなかったのよ! とっさの事だったから」

「でもまあ、名前自体は悪くないよ。犬の名前なんて黙ってりゃいいのに」


 慌てて言い訳をする千沙は、王宮での彼女と同一人物とはとても思えない。

 少しからかいたくもなる。


「何? ニヤニヤして気持ち悪い」

「酷いな、気持ち悪いはないだろ。でも、貴族とそれ以外の名前ってそんなに違うの?」

「違うって言うか。もう、当たり前の慣わしと言うか。

 セイクリッドヴァイスでは国民一人一人に個籍(パーソナル)と言う登録制度があるんだけど、貴族は国民とは違って家単位で管理されてるの。

 で、その個籍の名前欄には苗字も含めて五文字までしか書けないようになっていて、これを越えると多額の税金が徴収される。そこで昔の人が考え出したのが漢字名って言われてる。でも貴族は子供の名前が何文字だろうと制限が無い。古来名前はカナ名が当たり前だったから、貴族は伝統を守り、平民は漢字名が一般的になった。と言われている」

「言われている?」

「昔、商売で大きな成功をした平民が、産まれた我が子に貴族風の名前を付けようとした。お金は沢山ある訳だから税金なんて気にしなかった。

 けど、その名は受け付けてはもらえなかった……まあ、これだって噂話だからホントの事は分からない。でも、そうやって貴族とそれ以外を区別する。徹底した階級社会なのよ」

「それでカナの名前貰ったら……女王陛下のお気に入りって事か、確かに怖そうだな。あの話って結局は警察入隊命令って事なのか?」

「名前を賜ってたら、その場で警察隊員決定ね」


 俺が警察に入らない道は多分ないのだろう。女王直々の話を断れるはずもない。

 ただ、それでも千沙は記憶がないままの俺を置いて行けなかったのだろう。何しろ、無意識にとんでもない破壊行動を起こすかもしれないのだ。


「それにね、戦う理由の無い気持ちのままでは大した戦力になるとは思えないわ。攻撃魔法は相手に対して『殺す』くらいの意思が無いと威力に迷いが出てしまうのよ。結果、殺られるのはこちらになる。――戦場って、心を擦り減らす場所なのよ」


 戦う理由と意思、あの手紙にも書いてあった言葉だ。

 戦場に出るという事は命のやり取りをするという事。


「赤い眼を持つ俺は過去に実戦経験があるはずだ。つまり、既に誰かを殺している。実際昨日だってどれだけの人間を殺したのか……。もう俺にとっても他人事じゃないと思う。

 俺がこの国の国民なら戦わない理由を探す方が難しい。そんな事も気付かず、あの時俺は、君の事傷付けた。謝ろうと思ってたんだ……」

「なっ……何言ってんのよ! そんな事で傷付く程、軟じゃないわ!気持ち悪い。だからあんたは……」

「いい加減、あんたは止めろよ。俺の名前は『神威』なんだろ?」


 千沙は一瞬キョトンとし、目を逸らした。そして数秒唇を固く結び、今度は俺をジッと見て言った。


「戦う決心が付いたのね『神威』」

「逃げない決心。かな」


 俺が千沙の家で目覚めて、わずか三日目の太陽が沈もうとしていた。



     *  *  *



 夕暮れ時と言うのは何か少し慌ただしい。

 暗闇がやってくる前に終らせておくべき事があるのだと言って千沙は出かけて行った。

 宿舎に残っていた隊員の一人が食堂へと案内してくれ、早めの夕食をとると俺はまた千沙の部屋で彼女の帰りを待った。


「待たせたわね」


 二時間くらい経っただろうか、ソファーでウトウトしかかった時、突然扉が開いた。


「あ、ごめん。俺、寝てたかも」

「そんな事はいいんだけど。すぐ出発する事にしたから」


 既に日は落ち、フォールの前線本部に着く頃にはかなり夜も更けるだろう。

 それでも今日中に戻らなければならない理由が出来たのだという。


「私は、あんた……じゃなくて神威が警察でやっていける可能性について見極めるって言っちゃったから、マリア隊長が時間をくれたのよ。『国にとって大切な任務だから親衛部隊の事は任せて、きちんと遂行するように』って。いつもは警察がらみの話なんていい顔しないのに、何だか変な感じ。」

「警察と親衛部隊って仲悪いのか? そのフォールにいる十平さん達だって警察なんだろ?」

「まあ、色々あるのよ。上の、特に貴族の方々にはね。

 でも私達には関係ないわ。詳しい話は後で、取りあえず曇らないうちに出発したいの。今夜は雲一つない満月だから、飛行許可が下りたのよ」


 夜間飛行が許されるのは戦闘態勢時を除いては特別な時だけなのだという。

 飛行魔法の発する光はわずかな物なので日の高いうちは敵の目に留まる事もないが暗闇では無防備に居場所を目視される事になるからだ。

 光を抑えるステルス魔法も開発されたが、味方同士での衝突事故が起きて結局は意味を成さなかったらしい。


「戦争が始まる前は皆普通に夜でも飛んでたんだけど、って言ってもあんた……じゃなくて神威は覚えてないわよね」


 千沙はそう言った直後、眉間にしわを寄せて俺を睨んでいる。


「なに? なんで笑ってんの!?」

「いや『あんた、じゃなくて神威』って、長い名前だなあって思って」

「あんた! 感じ悪っ!」


 千沙はズカズカと歩き出し、プイッと部屋を出て行ってしまった。

 俺は急いで後を追う。また三時間半運んでもらわなくてはならない事を、すっかり忘れていた。



     *  *  *



 今夜の月は本当に明るい。千沙と俺を包むほのかな魔力光は遠くからでは気付かない程の満月だ。

 ディレクトリアを飛び立って三十分。王都の灯りはすっかり見えない。と言っても戦時下のせいか、かなり控えめな夜景ではあった。

 来た時同様、千沙の口数は少なかった。まだ機嫌が悪いのだろうか? そんな事を考えていると千沙が急に口を開いた。


「ねえ。『人間』って知ってる? 勿論、今戦ってる相手なんだろうけど」

「『魔法を持たざる人』だっけ?」

「そうね。でも私達との違いはそれだけじゃない。

 子供の頃、学校で教えられた『人間』って人達は、見た目も知能も私達とほとんど変わらないけど少しだけ私達より攻撃的で自由。

 あの神話に出てきた『人間』みたいでしょ?

 そんな人間がこの大陸にわずかに残っているって聞いた時は逢ってみたいって思ったわ。神話の登場人物に逢えたら素敵だなあって。

 人間ってね、私達のコアみたいな『心臓』ってポンプが左胸の中にあって、血液って言う赤い液体を身体中に循環させて生命を維持しているんですって。

 そのポンプが動いている間、鼓動って言う規則的な振動が起こるそうなんだけど……あなたの腕をつかんでいるとその話を思い出す。多分きっとこんな感じじゃないかって何故だか思うの、知っている訳もないのに。

 ドクンドクンと私の胸の奥にあるコアが鼓動を刻む。こんな事今まで無かったわ。コアは魔力の循環をする為に収縮したりしないからそんなはず無いのに……」


 心臓。鼓動。ドクンドクン。思い出そうとすると頭にもやがかかった様に一つとしてハッキリした事がないのに、耳を傾けるとそこだけが鮮明にドクンと鳴った。

 俺の胸にも心臓があるように……これはコアの鼓動なのだろうか。


「機嫌、直ったのか」

「何それ。そう言う事聞く? まったくデリカシー無い男ね」


 千沙の思考がわからないのか、女の子の気持ちがわからないのか。俺にはデリカシーがないらしい。

 そう言った千沙の手に少し力が加わった事に理由があるのかも分からないのだから。


「その『人間』と、今は戦ってるんだよな」

「そうね」

「そう言えば親衛部隊と警察は、あまり仲が良くないって言ってたけど」

「ええ」


 いつも愛想があるとは言えない受け答えではあるが、明らかにぶっきらぼうな返事だ。

 でも不機嫌の原因は幸い俺ではないらしく、まるで独り言の様に千沙は自問した。


「警察の上層部は、何かを隠してる。そもそも私達って誰と戦ってるの?」

「科学軍、人間じゃないのか? 千沙は親衛部隊のナンバー2なんだろう? 敵の事、知らされてないのか?」

「科学を使う人間達である事は確かよ。でも、それ以外はどんな攻撃をして来るか、どれだけ本気でこちら側を滅ぼそうとしているかを経験して知っただけ。

 敵についての情報は統制事項の名目で機密扱い。いったい何の目的で何を統制しているのか、それすらも機密なのよ」

「だったら親衛部隊って何だ? 立場上は警察の上の様な扱いに見えたけど、違うのか?」

「違わないわ、立場上はね。親衛部隊は主に王家を守る事を目的として存在するの。そう言う点においても警察より上位とされるわ。でも正直、開戦までは訓練以外まともに戦った事なんて無かったかもしれない。

 『護る』事が仕事の親衛部隊は何者かの攻撃を受けて、もしくは受けそうになって初めて反撃をする、言わば受け身の部隊だった。

 かつて王都を中心として展開した部隊としては、それで良しとされていたんだと思う。

 建国以来六百年の歴史の中で、王都は一度も攻撃を受けた事がないんだから。

 でも戦争が始まってしまった今、実質的な警察の権力は親衛部隊にも匹敵、いいえ、もしかしたら上に立っているのかもしれないわね。

 私たちにとって女王陛下は神にも等しい。こんな戦争が起こる前は陛下の判断は絶対だったし、それに従っていれば間違いも無かった。けれど戦争が全ての歯車を狂わせた。

 争いごとを極端に嫌う陛下の判断が今の戦況を招いたのも事実よ。

 前線に立つ警察としては、ただ手をこまねいている訳にも行かないんでしょう。

 今や女王陛下にさえ意見し、自らの作戦を敢行しようと画策しているらしいってマリア親衛部隊長が言ってたわ。

 ただ、彼らの思う通りに事は運んでいないみたい。それが良いのか悪いのかは正直わからないけどね」

「警察のやり方に従うべきなのか?」

「それはわからない。そもそも警察が何をしようとしているのかもわからないんだから。でも、このままって訳には行かないとは思うわ。

 あらゆる方面からのどんな意見も決してないがしろにしない民衆の味方は、戦時下の元首としては決断力に欠ける。時代や状況によって名君の条件は違うものだから……」


 半身上を飛ぶ千沙の表情は見えないが、その声は明らかに不満げだ。だが「現状に問題を感じてるのか?」との問いかけには慌てて答えた。


「えっ? いいえ! そんな事思ってないわ! 陛下の判断に異を唱えるなんて、あってはならない事だわ。今の話は忘れて! 忘れるの得意でしょ」


 どうやら女王への不満は一切認められないのだろう。だからこそ前線にいる者たちは皆、忸怩(じくじ)たる思いを胸に秘めているのかもしれない。


「わかったよ。もう忘れた」


「よろしい。

 それでも今は戦闘魔力の高い親衛部隊員を、ただ王都に配置しておくわけにはいかないから開戦後は隊の中でいくつかの攻撃隊を編成し前線の警察と協力して事に当っているのよ。現場は上手く行っていると思うけど、上層部どうしは必ずしもそうとは言えないみたい。

 マリア部隊長も貴族、攻撃力を選んだ特異な存在よ。だからこそ何か深い訳があるのかもしれないし警察の上層部もまた、そう言う人達。その貴族達は何かを隠し対立してる。

 ただ、実際セイクリッドヴァイスの外には危険な『何か』がいる。だから、その外敵を監視し、侵入を防ぎ、場合によっては排除する事を目的とした組織が警察なのよ。

 守ると言う点では二つの組織は大きくは変わらない。でも警察には敵の形が明確に見えているんだと思う。そして親衛部隊の本分は防衛、害を及ぼす物を排除するのみ。相手が誰かなんて解らなくても良いって事なんでしょうね」


 この戦争が始まった当初セイクリッドヴァイスが優勢だったのは、力の差が歴然としていたからであり敵からの攻撃を全て防いでいたに過ぎない。この戦争はセイクリッドヴァイスにとって最初からゼロかマイナスの戦いなのだ。専守防衛を掲げる限りプラスはあり得ない。その上、敵が何者かも分からないとなれば確かに心を擦り減らす戦いかもしれない。


「確信を持って守りたいものがあるか何かを奪われた恨みがあるか。そうでなければ、ただ辛いだけよ。ホントに大丈夫? 神威」

「どうかな。でも、逃げないよ。逃げる所も思い出せないしな」

「じゃあ、まずは逃げ方にも通じる飛び方を思い出して貰わないとね」

「意地悪だな」

「ただの事実よ」


 そう悪戯っぽく笑う千沙は、貴族への不信感をあらわにした先程の表情など忘れてしまった様に見えた。

 まだ出合ってからわずかの時間しか経っていないのに千沙は実に多くの顔を俺に見せる。だが何が彼女の本心なのかは何となくわかる。そして、それを堂々とさらけ出せない事も。

 それが立場上なのか、セイクリッドヴァイスと言う国なのか、理由はわからないけれど、明るく振舞う姿こそ本当の彼女から一番遠い様に思えてならなかった。


「神威。あんたって余計な事言わせる天才ね。私いつからこんなおしゃべりになったのかしら」


 急に真顔になりボソッとそう言うと、千沙はまた口を閉じた。

 フォール前線本部までは、まだ一時間以上はあるだろう。

 俺と千沙のちっぽけなシルエットなんて、飲み込まれそうに大きな月が静かに輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ