表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
年老いて一人暮らし  作者: ほぼ熊
驚嘆
7/8

電話を取り次いでくれない女がいる

 年を取ると理解力が落ちるという。祖母は自主性や積極性はあっても、どうしてもわからないことだらけのようだ。活動的でも文字が読めなくなったり、留守番電話を理解できなかったりする。


 留守番電話について話をしよう。

 

 留守録メッセージは女性の音声でこんな感じだ。

「ただいま電話にでることができません。御用の方は効果音の後に30秒以内で・・・」


 お婆ちゃんには女の人が何かを喋っていることまでしか理解できない。音は聞こえているのだが、内容までは理解していないようだ。祖母が電話をかけてくるのは何か本当に困ったことが起きたときだ。なので相手が何を喋っているのかわからなくても留守番電話ロボにお願いをする。必死なのだ。

「私は○○(父、祖母からして息子)の兄弟なんだけれども、どうしても電話を繋いでもらえないでしょうか。どうしてもダメですか?」

こんなメッセージがたまに留守録に残っている。

そして電話をこちらから掛けると覚えていない。

母「お婆ちゃん、電話ありましたけど、なにかありましたか?」

祖母「いいや、私掛けてないよ。」


問題は解決していないはずだが、時間が経つと元気に忘れている。


 なんどか留守番電話サービスのことを説明してみた。

しかし、留守番電話は機械で人間ではないことは理解できないようだ。説明しているときの祖母の様子はこっちをしっかりみてよく聞いていた。ただその表情は、パソコンのROMとRAMの違いを説法された幼稚園生のようだった。よくわからないことを一生懸命聞くがまったくわからない、そんな感じだ。


 私は祖母に留守番メッセージの使い方を理解してもらうことは諦めた。


 


 「祖母の理解力が落ちている」ということが分かるまでかなり時間が必要だったが、祖母の理解力は若い人の想像もつかない程落ちている。これはかなり重度の記憶障害だが私たちは今まで気づけなかった。

 祖父が死んだということが分からないというのがその例だ。祖父はかなり劇的に亡くなった。病院で静かに死んだのではなくかなり印象的な死だ。祖父は祖母の目の前で死んだのだ。彼女の目の前で自宅のトイレから居間に戻ってくる途中で激しく痙攣しながら崩れ落ち、泡を吹いて尿を漏らし息を引き取った。心不全だった。その一部始終を見ながらも祖母は救急車を呼ばなかったし、そのまま動かない祖父を見ても「死んだ」ということがよくわからなかった。

 「もしかしたら死んだのかもしれない」と祖母がおぼろげに感じ始めたのは通夜が始まってからだ。「お父さん(私の祖父)もしかして死んだのかい?そうでなかったらこんなことするのおかしいものね」と何度も聞いてきた。その時私は長年連れ添った祖父との死別が受け入れられないのかと思っていた。祖母は悲しくて信じたくないのだと思った。私は何も言えずに黙ってしまった。「そうだね。死んだね。」とは言えなかった。しかし祖母は悲しくて信じたくないのではなく、単純に理解していなかっただけだった。葬儀も久々に集まった親戚と楽しく話していた。祖母の中では祖父は死んでいないのだからただ楽しかったのだろう。本当にはしゃいでいた。今思えば、死んだことを伝えてあげた方が親切だったんだろう。

 

 最近では祖父が死んでいることをど忘れしている、という感じに見える。さんざん祖父を「ご飯食べにこっちきなさい。どうしてこないの?」とか「この手紙を読んでくれ」とか頼んで返事がないと、ごく稀に「あぁ、お父さん死んでるんだものね」と呟くことがある。











そしてその4秒後に「そういえばお父さん、」と始まる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ