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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

揚羽蝶

作者: 朔夜

―――平和だ。


 それが私がこの町に対してはじめに思ったことだった。

 風車を吹いて笑う子供。乳飲み子を抱きかかえて笑う女性。力強い掛け声を発して仕事をする男性。

 町は活気に包まれ、喧騒に満ちていた。

 子供たちは楽しそうに笑い、通りを大勢で駆けていく。

 大人たちは忙しそうにせわしなく動き回っているが、それでも笑顔を絶やさない。

 平穏で、平凡で。

 どこにでもあるような、平和な町。

 そんな町を、私は屋根から見下ろしていた。

 きっと、町人たちが上を見上げれば私を見ることができるだろう。

 でも、町人たちは上を見ない。

 自分たちの世界の中で生きているから。

 彼らは前だけを見ている。

 はぐれものの私を見ることは、ない。


 べつに、見つかっても見つからなくてもかまわなかった。

 私を見るのは主様だけ。

 主様が私を見ていてくだされば私はここ・・に存在できる。

 たとえ彼らが私を見つけたのだとしても、それは意味のないことだ。

 だから、かまわない。


 あぁ。言葉の使い方というのはこれであっているのだろうか?

 言葉というのはよくわからない。せっかく主様が私に教えてくださったのに。

 主様は私の言葉を、思考を、「破綻している」といっていた。

 はたん……とはいったいなんなのだろう?

 いや。考える必要なんてない。

 私はただ主様の命に従えばいいのだから。

 主様からくだされた任務を遂行すればいい。

 そう、速やかに。


 私は、腰から一本の脇差を引き抜いた。

 一点の曇りのない、美しい鋼色。

 角度を変えてみれば私の顔が映った。

 青白くて、やせこけていて、醜い私。

 そんなものは見たくなくて刃を一払いして走り出す。

 屋根から下りて、驚いている町人たちの喉に、急所に刃を走らせる。

 大人も、子供も、男も女も関係ない。

 使っていた脇差が血脂で使い物にならなくなれば、新しいものを鞘から抜く。

 あるいは、すでに事切れた武士から奪う。

 そうして、切ってえぐって貫いて……殺して。

 気がつけば、私以外は誰も動いていなかった。


 見渡す限り紅く染まっていた。地面も家も私も全部。

 ふと手元を見れば見たことのない刀が握られていて、それも真紅に染まっていた。

 私はそれを投げ捨て、空を見上げる。

 地面は真っ赤なのに、空はとても青くて、雲ひとつ浮かんでいなかった。


 私はもう一度、地上に視線を戻した。

 動いている人間の姿はない。

 私は、血の海の中に立っていた。

 肉の塊がぷかぷかと浮いている海の中、立っているのは血まみれの私だけ。

 この惨状を作り出したのは、私だった。

 一歩、足を踏み出す。


ぐちゅり


 肉の塊をふんだ足元で嫌な水音が響く。


 赤い、紅い色で染まった地面はぬれていて、肉の破片がそこかしこに落ちている。

 足を踏み出せば必ず肉片を踏んでしまうだろう。

 それでも、私は歩いた。

 先ほどまで動いていた肉を、人間の死体を踏みつけて歩いていく私は、唐突に悟った。

 これが、私の生まれた意味だ。

 笑顔を奪うこと。

 それが、私の生まれた理由で、ここ・・に存在する意味。

 そう、知った。

 奪ってはじめて、知った。



ぽつり、ぽつり


 血だまりとかした地面に水の波紋が広がっていく。

 やがて波紋は数を増していき、最後にはざあざあと大きな音をたてる雨に変わった。

 雨は、冷たくて。私の体に痛いほど打ち付けてくる。

 それでも私は動けなかった。

 あぁ。違う。動かなかった。


 雨が血と、肉を洗い流していく。

 私の体についていた血も、地面にしみこんでいた血も、飛び散った肉片も。

 ぜんぶ、ぜんぶ雨が流していってしまう。

 待って。やめて。

 血も肉も流れてしまったら、私のやったことが消えてしまう。

 私の罪が、見えなくなってしまう。

 町人たちが存在した証明が、なくなってしまう。 


 雨は、降り続けた。

ざあざあと。


 私の体についていた汚れはすべて流れていってしまった。

 主様には任務が終了した後、水浴びをしろといわれていたから。

 だからいずれ洗い流す予定だった。

 それなのに。

 なぜ、胸が痛むのだろう?

 どこにも怪我はないはずなのに。

 それなのになぜ?


 彼らは、死ななければならなかったのだろうか?

 主様の邪魔になるものは五人だったはず。

 それなのに、なぜ町の住人を皆殺しにしなければ……


ああ違う私は疑問を持ってはいけない主様の命に従わなければならない私は意思をもってはいけない私は主様の命に疑問を持ってはいけない私は主様に逆らってはいけないわたしは……わたしはっ


「う゛ぁぁああっ」


ぽたり


 生まれてからずっと主の命に従って生きてきた少女がはじめていだいた疑問は、雫となって地に落ちた。

もしかしたら続く……かも?

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