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1-5

 陽の光が星の輝きに移り変わっていく宵の口。リンドネル・ヴァルナーはサーリンス国、ファンネル王城の一室にて、国王ガナジスト・ファンネルへの謁見(えっけん)最中(さなか)にあった。

 とはいえ、場所は王城に設けられた謁見の間ではなく、単なる客室の一つであった。リンドネルは正式に王との謁見を許されたわけではないからだ。秘密裏に暗殺の依頼を受け、その事前報告に来ただけだ。表向き王家と友好関係にあるエルビス教会への強襲など他の誰にも知られるわけにはいかない。

「本当に、十日以内にはエルビスの御子と神官長ヘルネーレの首を取ることができるのだな?」言ってから、ガナジストはテーブルに置かれた琥珀色の蒸留酒をゆっくりと口に含む。その味に満足したのか、あるいはこちらの報告に心躍ったのか、欲望に塗れた廃商人の如く歪んだ顔に、微かな笑みを浮かべる。

「もちろんです。我々にとっては神殿騎士団など相手ではありません」リンドネルが(うやうや)しげに右手を胸に当てながら腰を軽く折って答える。「なにより、副団長のルーカス殿は我々に協力してくださります。彼の部下をライゼルフォード団長の班に当てれば、神殿騎士団は機能しなくなるでしょう」

「しかし、ライゼルフォードの班とルーカスの班では練度に差があると聞くが、大丈夫なんだろうな。それに、当のライゼルフォード本人はどうやって抑えるつもりだ?」

「問題ございません。ルーカス殿らには『玩具(おもちゃ)』を渡してあります。それで練度の差は充分に埋まるでしょう。ライゼルフォード団長に関しては私が直々に相手をします」リンドネルは自信に満ちた表情を見せる。「恐らく緊急の場合、彼が神官長のそばに付くでしょう。ですから、私が彼を抑えた状態で神官長を討ち取ります」

「うむ。それならヘルネーレの方は大丈夫だろう。だが、御子の方はどうする? あれには専属の護衛が付いているはずだ」

「そちらもご心配は不要です。御子様の方には、そこにいる私の部下を当てます」そう言って、部屋の隅に佇立する少年に手を向ける。「セナと申しますが、彼は優秀です。ライゼルフォード団長を相手にするには厳しいかもしれませんが、たかだか護衛程度ならば有象無象と変わりませんよ」

 少年は水を向けられるが、ガナジストに一礼して見せるだけで、すぐに元の姿勢へと戻り、口を開くことはなかった。

「そうか。それならば安心か」ガナジストはセナの態度に気分を害した様子もなく、安堵の息を洩らし、部屋に置かれた無駄に絢爛なソファーに小太りの重そうな体を預けた。

先程まで歪んだ微笑を浮かべていた国王の表情が、いつの間にか安堵のそれに替わっていたことに、リンドネルは(あざけ)りの声を上げそうになるのを抑える。既に手元の酒へと意識を傾けているガナジストは、当然それには気付かない。

しかし、お気に入りの酒をボトルからグラスへと注ぐ寸前、何かを思い出したように声を上げて顔を上げた。「そういえば、依頼したときに伝え忘れていたことがあった。――御子の方だが、なにやら腕利きの用心棒と繋がりがあると、軍部の諜報員から聞いたことがあるが、そっちの対処はできているんだろうな?」

「腕利きの用心棒ですか? それは予想外ですね」一瞬だけ、リンドネルはほんの僅かに目を見開いた。用心棒の存在自体は珍しいものではないが、エルビスの御子にはそれなりの実力を持った専属の護衛が付いている。御子が今までに幾度か刺客を差し向けられたことがあるのは先日ガナジストから聞いているが、それらは全てその護衛が対処していたはずだ。念のため、自分でも街の酒場で情報屋から話を聞いてみたが、用心棒の活躍など話に出ていなかった。あるいは、騎士団の予備役でも招集したのだろうか。

 もっとしっかりと、自ら調査すべきだったかもしれない。短期の簡単な仕事だと高を括って、手を抜き過ぎたようだ。

「申し訳ありません。私の方でも街の情報屋から情報を仕入れてはいたのですが、力不足だったようです。一両日中に自ら調査してみます。ただ、セナはライゼルフォード団長に準ずるだけの実力を持っています。街の用心棒などに(おく)れを取ることはないでしょう」

 それはリンドネルの紛れもない本心だ。セナは自身が手塩に掛けて育ててきた、唯一信頼のおける部下である。そこらの用心棒に手を焼くほど無様な出来ではない。

「そうか。お前さんが直接動いてくれるのなら大丈夫だろう」ガナジストはこちらのミスを気にすることなく満足そうに言う。「なにせお前さんは、あのヴァルナーの人間なんだからな――」

 リンドネルは言葉を返さず、最後に一礼だけすると、先ほどまでセナのいた個所を一瞥して、部屋を出た。その顔には、既に姿の見えない、自慢の部下の働きに対する笑みが浮かんでいた。


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