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1-4

 アルドはウィルヒナの部屋を出たあと、再び神殿の外にいた。

とりあえず、今日のところは依頼の話は保留にした。だが、最終的には請け負うことになるだろう。

 外はいつの間にか日差しが強くなっている。黒の服がスポンジのように熱を吸収するせいで汗ばんでくるが、このスポンジは汗も吸収してくれるため、不快感はない。

 日が昇ってきたからか、教会へ入っていく人間が増えた。朝は白い神衣を纏った神官と、鈍色の甲冑姿の騎士しかいなかったが、静謐な川の流れに、魚が泳いでいるのを見つけた時のように、今では神殿の庭が色鮮やかになって景色に現実味が出てきたように思う。

 ふと門の方へ目を向けると、朝に遭った二人の門衛が困った顔をして話し合っているのが見えた。近づいてみると、二人の足元には小さな女の子が大きなぬいぐるみを抱えて立っていた。

「あっ、アルド」シセットがアルドに気づいて手を挙げてみせる。

「おお、いいところに来たね、青年」続いてライカが調子に乗る。「御子様に振られて慰めを求めているところ申し訳ないけど、私たちは忙しいのよ」

「その女の子は迷子か?」当然ライカは無視してアルドはシセットに向けて話す。

「ええ、そうみたいなんだけど……」シセットが耳を近付けるように手招きをして、声を潜める。「それが、ご両親のことをきいても、『パパはこの国にはいないわ』って言われちゃって」

 女の子は綺麗な銀色の髪を肩まで伸ばしている。水色の高価そうなワンピース姿が様になっていて、貴族の娘かと思うくらいの上品な感じがあった。そのくせ、胸に抱いたぬいぐるみは薄汚れていて、あまり清潔感があるとはいえないものだった。

「母親のことはきいたのか?」

「もちろんきいたわよ。でも、お母さんは逸れたんじゃなくて、もとからいなかったみたいなの。父子家庭みたいね」シセットは声を潜めたまま答えると、同情をよせているような表情で女の子の方を見る。なにやら痛々しいものを見るようにしている。

 だが、そうなるのも仕方がない。父親と二人で暮らしていて、その父親が国外に一人で行ってしまったとなれば、この女の子は父親に捨てられたのだろう。

 シセットやネイスも元々は似たような境遇だ。そうでもなければ女で、且つ若い身空で神殿騎士団に入ることなど滅多にない。二人はエルビスが運営している孤児院で育ち、そのまま騎士団への入団を希望したそうだ。

 対して二人とは少々事情の異なる門衛のもう一方は、無視をされて拗ねたのか、女の子の頭を撫でながら「あのおじさんはね……」と女の子に語りかけていた。

「おい」アルドはおじさん呼ばわりされるのも癪なので、とりあえず頭を叩いてライカを止める。「初対面の子供に妙なことを吹き込むな」

 アルドは頭を押さえて痛がるライカを気にすることなく、女の子の前にしゃがんで話しかけた。「よう、お嬢ちゃん。俺はアルドっていうんだ。君の名前を教えてくれないか」

「初めましてね」女の子はぺこりと頭を下げた。「私はエリナよ。エリナ・スーザ。お兄さんもお姉さんたちと同じエルビスの騎士なの?」エリナは初対面の年上の男に臆した様子もなく答える。その姿にアルドは、しっかりとした子供、といった印象を受けた。

「俺のことはアルドでいいぞ。それと、俺は騎士団の人間じゃないんだ」アルドはエリナの頭を軽く撫でなる。「エリナはどうやってここに来たんだ?お父さんに連れてきてもらったわけじゃないのか?」正直なところ、まだ子供であるエリナから事情を聴いても要領を得ないだろうから、迷子ならとにかく父親の行方を探すことにしようと考えた。

「パパは死んじゃったわ。ここまではエリナ一人で歩いてきたのよ」エリナは悲しみなど欠片もない様子で言った。

「え?」背後からシセットの驚く声が聞こえた。「待って、さっきエリナちゃん、お父さんは外国にいるって……」

「エリナはパパがこの国にいないって言っただけよ。パパは死んじゃってるんだから間違ってはいないわ」

「それじゃエリナはエルビスの孤児院に行くつもりなのか?」

「うーん。その予定だったけれど、止めることにしたわ」

「おいおい、それならいったいどうする気だ?」

 アルドの問いに対して、エリナは指を顎に添えて何かを考える素振りを見せたかと思うと、突然アルドの腕に自身の片腕を絡めてきた。

「ごめんなさい、お姉さんたち。エリナは今日からアルドと一緒に暮らすわ」元気の良い声だ。

本来門衛のはずの二人は、ぽかんと口を開け、頭上に?を浮かべている。

「待て待て」エリナの言葉が理解できないのはアルドも同様だ。「ふざけたことを抜かすな。何で俺がお前と暮らさなきゃならん」

「だってパパがいなくなっちゃったから……」エリナが急に瞳を潤ませてアルドに訴えるように言う。

 うっ、とその目を見てアルドは一瞬ひるんでしまう。どうも子供の、この手の『おねだり』に弱い。自覚はしているが、どうしようもない。自身の幼少の(みぎり)を思い浮かべてしまうのだ。

「それはさっき聞いた」だが、少しでも抗おうとエリナの腕を引きはがす。「だから、教会の孤児院に行こうとしたんだろ? 今から連れて行ってやるから、それで我慢しろ」

「嫌よ」エリナがぬいぐるみを抱きしめる腕に力を入れて首を横に振る。「それならエリナは独りで暮らすわ」一瞬前まで潤んでいた目は、今ではすっかり乾いている。わかってはいたが、本当に嘘泣きだったようだ。

「独りで暮らすって、そんなのダメよ。危ないわ」いつの間にか復活していたシセットが割って入る。「エリナちゃんはまだ子供なんだから。大丈夫、教会の孤児院にいる人はみんな良い人だし、きっと上手くやっていけるわよ」彼女はそう言って、微笑んだ。

「もしかして、お姉さんは教会の孤児院にいたの?」エリナが振り向いて、尋ねる。

「ええ、そうよ。こっちのお姉ちゃんは違うけど」シセットはライカの方を指す。「むしろ教会の先生たちが付いていないと、こういう大人になっちゃうわよ」彼女はエリナに向かって諭すように言った。

「ちょっと、それどういう意味よ!」シセットの言葉を受けて、ライカが叫ぶ。

「ふーん。でも、エリナは孤児院へは行かないわ」澄ました顔でエリナが返す。「べつに孤児院に不満があるわけではないのよ。ただ、エリナはアルドと一緒にいたいの」言ってから、再びアルドの腕にしがみつく。今度はぬいぐるみと一緒に両腕でがっしりと、である。

――…………。

――ニヤニヤ。

 気付くと、門衛の二人が無言でアルドを見ていた。ただし、一方は半目で(いぶか)しむように、もう一方はニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら。

それらの視線を受けて、アルドはすぐさま首と両手を高速で横に振って否定の意を示す。言いたいことはわかるが、自分に非はない――たぶん。

「ずいぶん気に入られてるわねぇ」(いま)だジト目のままシセットが皮肉を言う。「アルドが小さい子どもが好きなのは知ってるし、好きにすればいいんじゃない」

「アハハ――そうだよ。いいじゃん、そのまま面倒みてあげれば」三日月のように目を(しな)らせて、ライカがそれに続く。「――御子様に怒られても知らないけど」恐ろしい呟きと共に。

「ほら、お姉さんたちから推薦を頂いたわ。あとはアルドがエリナを連れ去るだけよ」最後にエリナがそう言ってウィンクをしてみせた。

 外見では、まだ十歳程度の子供のくせに、ずいぶんとませた女の子だ。そもそも初対面にもかかわらず、自分の何を気に入ったのか、わけがわからない。だが、こうなってしまったら、アルドは、自分が断れないことを自覚している。

 アルドは、エリナを預かることで今後に生じる不具合を想像してから、その対処の面倒さと、結局断れない自分の不甲斐無さに大きなため息を吐いた。


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