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エルビス神殿の朝は早い。まだ日も出ていないうちから、神官たちが忙しなく動き回っている。
ウィルヒナ・エルビスは階下から聞こえる神官たちの足音を聞きながら、朝の『祈りの儀式』の準備をしていた。寝間着を脱ぎ、禊を済ませてから、祈りの際に着用する特別製の神衣を纏う。いつもならばネイスが手伝ってくれるが、今は不在のため、いつもよりも時間を掛けて着替えを済ませる。
ふと窓の方へと目を向ける。外はまだ暗く、部屋は光る石で灯りをつけているため、窓には自分の顔が映っている。大陸で唯一の、水色をした髪。周囲の人々はこれを美しいと言ってくれるけれど、それが自分を特別たらしめていると思うと醜くも感じる。
エルビスの御子の証でもある髪色。人々の賞賛は、単にこの色合いが美しいと感じてのものだろうか。それとも御子という存在を証明する神秘さを尊んで、という意味なのだろうか。私にはそれがわからない。はじめは、自分で自分を見ることができないからだと思っていた。でも、こうして窓に映る自分の姿を見ても、結局わからない。
着替えを済ませてからすぐに部屋を出た。エルビス神殿の最上階にはウィルヒナの部屋しかないため、部屋の前には短い廊下と、その先に下りの階段が一つあるだけだ。廊下には赤い絨毯が敷かれ、階段の手前には五ニードほどの両開きの大きな扉が設けられている。身長のおよそ三倍にもなるその扉を開けるには、それなりの力が必要で、今はネイスがいないためか扉は開いている。
階段を下りて祭壇の間へと出た。既に神官たちが十名ほどいて、何かを話し合っているようだった。祭壇の間は部屋全体が円形になっていて、正面入り口から祭壇までは先程と同じように赤い絨毯が敷かれている。ウィルヒナが出てきた出入り口は正面から見て右側にあって、祭壇の真横に位置している。
ウィルヒナが祭壇へと歩み寄ろうとすると、その存在に気付いたのか神官たちが慌てた様子で駆け寄ってきた。祈りの儀式に関与する神官たちは全員が女性だ。エルビスの御子が代々女性だからなのか、エルビスの神の眼に触れて良い者は女性のみで、祭壇の間は男子禁制となっている。
「御子様、おはようございます」神官の一人がウィルヒナに傅いて言う。「申し訳ございません。神官長がいらっしゃるまでしばらくお待ちください」
「ネイスはまだ戻らないのですか?」
昨晩から街に出ている従者兼友人がもしかしたら帰ってきているかもしれない、と淡い期待をしながら問いかける。
「いえ、ネイスさんは儀式には間に合わないと聞き及んでおります」初めに挨拶をした神官が首を横に振る。
ウィルヒナは「そうですか」と呟いてから、一人で祭壇の前へと歩きだす。
祭壇には何も装飾を施されていない、ただの真っ白な球体が浮いているだけだ。ただし、その素材は世界中のどこにも存在せず、球体は世界を創造した神エルビスの血肉が宿ったものだとされている。
何も飾りのない、雪のように白い球。
ふと、雪が日の光を反射するのを思い出す。先程の窓のように自分の顔が映るのではないかと思い、祭壇へと目を凝らすが、顔は映っていなかった。
そのまま球に手が届く距離まで近寄ると、ウィルヒナは球をそっと撫でながら祈る。
エルビスの為ではなく、自分のために。
――どうか、我が身のエルビスに破滅を