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 長い机とパイプ椅子が適度に並べられた室内、いわゆる会議室で私は大人しく椅子に腰掛けている。西日が差し込む陽光の中で、塵が舞っていた。

 他に目を引くものもない室内を見るのにも飽き、私は手元に目を落とした。

 右手には愛用のシャープペン、左手にはメモ帳を握り締めている。


 深く息を吐いた。

 緊急からか、いつもより鼓動が速い。ドアの向こうへと聞き耳を立ててみる。が、まだ足音さえ聞こえてこなかった。まだ待ち人が来るまで時間がありそうだ。

 私はどうしてこうなったのか、待ち人を待つ間に思い返すことにした。



***



 ――1時間前


「……すみません」


 ぶつかってしまった相手が八王子先輩だとわかり、私は頭を下げて謝った。


 だが、疑問が湧く。


 曲がり角でも何でもない一直線の廊下で何故、八王子先輩にぶつかったのかと。

 私が前方不注意だったのは確かだけど、八王子先輩はどうなの?明らかに前方不注意な私が向かって来るのに気付かなかったの……?


 答えは、否。

 絶対にわざとだ。わざと避けなかったに違いない。

 だって、八王子先輩の今の顔……例えるなら鬼の首を取ったような、そんな顔だった。思わず自分の事は棚に上げて、「先輩が避けてくれたら良かったじゃないですか!」と言いたくなる。しかし、それは八王子先輩に自ら首を差し出すようなものなので、ぐっと言葉を飲み込んで下げていた頭を上げた。

 そして、改めて八王子先輩を見る。


 ほら、やっぱり!

 この楽しそうな顔が何よりの証拠ではないか。

 足元がら這い上がってくるような嫌な予感に駆られ、私は思わず持っていた新聞を盾代わりにした。

 厚さ1cmにも満たない頼りない盾だが、ないよりはマシだ。

 しかし、それが目についた八王子先輩の手がこちらに向かって伸ばされた――そして、難なく私の手から盾を取り上げてしまう。


「ちょっ」


 乱暴に奪われて、「破けたらどうするんですか!」という文句が頭を過ぎる。

 追いかけるように手を伸ばすも、すっと避けられ手の届かない高さまで持ち上げられた。つま先立ちでも届かない。

 もう一度、踵を浮かせて取り返そうとしたが、ただ八王子先輩を喜ばせただけだった。

 必死に頑張る私を見下ろして愉快そうな八王子先輩は、まごうことなくいじめっ子だ。

 私は諦めて手を下ろし、せめてもの抗議を示そうと眉を吊り上げて口をへの字に曲げた。

 対する八王子先輩は、私から奪い取ったそれにざっと目を通し得心がいったように頷いている。そして新聞を頭上高くに持ち上げたまま、整った唇を愉快そうに歪めた。


 ……何でしょうか、その悪い顔は。


 さっき感じた嫌な予感が、私の中で確信に変わりつつあった。


「丁度いい」

「な、何が?」


 色眼鏡なしで見ても認めざるをえない、ファンが見たなら黄色い悲鳴を上げて卒倒しそうな笑みである。思わず半歩下がって、八王子先輩を見上げた私は、黄色い悲鳴も卒倒もしない代わりに、足を地面に縫い付けられた。

 今の私は蛇に睨まれた蛙だ。そして蛙を睨む蛇は、赤い舌ではなく白い歯を覗かせて口を開いた。


「お前、新聞部に入ったんだよな」


 何故それを、と口に出かけて相手が生徒会長である事に思い至る。私は素直に頷いた。



「来い」

「嫌です。って、聞いてますか?!」



 間を置かずに断った、のだが八王子先輩は聞く耳も持たずに背を向ける。

 というか、理由を話すのがまず先だと思います。いきなり命令だなんて、どこまで唯我独尊を地で行くんですか、八王子先輩……。

 いつもなら颯爽と逃げ出すところだが、今の私は人質を捕られている。人じゃなくて物だけど、似たようなものだろう。

 背を向けて歩みを進めている今も、八王子先輩はこれみよがしにちらつかせているし。

 そんなものは知らないと無視できればいいのだが(だって悪いのは八王子先輩だし)、悲しいかなそれができない。

 私は口を引き締めて、歩みを止めない八王子先輩の背を追いかけた。



***


 八王子先輩に着いていった先は、私もよく知る場所だった。薄々、感づいてはいたけれど、やっぱり此処だった。

 入口の真上に掲げられたプレートには、新聞部と書かれている。三日前に初めて訪れた部室のドアを、八王子先輩が躊躇なく開けた。


「――あら?」


 ドアが開く音に顔を上げたのは、桃井先輩だった。

 机の上には筆記用具とノート。そして三日前と同じく、一番奥では愛用の枕に顔を埋めた雪梨先輩の姿があった。

 他の部員の姿は見当たらず、今はこの二人しか部室にはいないようだ。神宮司さんは、今日はバスケ部の取材だと言っていたから、今頃は体育館だろう。

 畠山先輩がどうしているのかは知らないが、学園を走り回っているか既に帰宅したかのどちらかだと思う。

 私が部室の様子を窺っている間に、八王子先輩は室内へと足を踏み入れていた。部室の中央まで歩みを進めて八王子先輩が立ち止まる。


「珍しいお客様ね」


 桃井先輩が、握っていたペン置いて微笑んだ。桃井先輩に憧れる生徒がこの場にいたなら、顔を上気させて上擦った声で返事をするか、ひたすら首を縦に振るだろう。女の私でさえ思わず見惚れてしまう綺麗な微笑み。

 しかし珍しい客ーー八王子先輩はといえば、鼻を鳴らして仁王立ちである。学園のマドンナたる桃井先輩の前でも、八王子先輩は八王子先輩だった。とは言っても照れる八王子先輩なんて、想像がつかないけれど。


「……雪梨は相変わらずか」


 八王子先輩が蜂蜜色の髪を一瞥して、呆れたように呟く。


「部長に用事?部長は見ての通りだから、用件なら私が聞くけれど?」

「いや、いい」


 寝穢い雪梨先輩を起こすのは桃井先輩でも避けたいのだろう。しかし八王子先輩は首を振り、真っ直ぐと雪梨先輩に向かっていく。


「八王子先輩?!」


 まさか、起こすの?


 初めて顔を合わせた3日前は、私が雪梨先輩を起こした。あれが起こしたって言えるのかは置いといて、そして起こした結果はあれだった。

 八王子先輩はどうやって起こすつもりなんだろう。

 そして雪梨先輩はちゃんと起きてくれるのだろうか?

 ちょっと、気になる。


 私が好奇心いっぱいに八王子先輩の背を目で追っていると、桃井先輩に声を掛けられた。


「ヒメちゃん、八王子くんに悪い事されなかった?」


 桃井先輩、それだと何だか別の意味に聞こえてしまいます。

 そう聞こえた私の頭が駄目なのだろうか……。

 桃井先輩に他意はない筈だ。たぶん。


「え、と……廊下でぶつかって、私が新聞部に入ったことを知っていた八王子先輩に、何が何だかわからないまま連れて来られました」

「あらあら、でもそれだと新聞部が関係あるようね。八王子くんとなると、生徒会かしら?」

「やっぱり、桃井先輩もそう思いますか?ただ、生徒会って……」

「ええ、生徒会は生徒会で会報を書いてるの。新聞部も何度か取材を試みたんだけど、ずっと断られてたのよね」


 桃井先輩は言いながら、白い手を頬に当てて小首を傾げる。

 そうなのだ。

 生徒会は生徒会で、主に学園の行事と生徒会からのお知らせといった内容の会報を出している。


「それがどうしてまた……」


 まだはっきりと決まった訳じゃないけれど、八王子先輩が新聞部の私に何かさせるつもりなのは確かだろう。じゃないと、此処にきた意味が解らない。

 だけど、どうして私がーーと考えていると打撃音が部室に響き渡った。



 どうしよう、見ちゃった。

 八王子先輩が、勢いよく枕を引き抜いたのを。お陰で雪梨先輩は額を思いっきり机に打ち付けた。打撃音の正体ははこれだ。

 雪梨先輩は額を机に打ったまま微動だにしない。

 まだ寝てるのかな?と様子を窺っていると、雪梨先輩の手が奪われた枕を探すように机の上をさまよう。当然だが、枕は八王子先輩が持っているため、見つからない。

 雪梨先輩がのそりと顔を上げて枕を視界に捉えた瞬間、八王子先輩が枕を放り投げた。枕は放物線を描きながら、私の手に落ちてくる。

 こうして私は、可愛い羊の枕と3日ぶりの対面を果たしたのである……八王子先輩、コントロール抜群ですね。

雪梨先輩、打ち付けた額が少し赤くなってる。


「……」

「……」


 と、ちょっと現実から私は目を逸らしていた。だって、雪梨先輩が、私を睨んでおられるので。


 違います。私は無実です、雪梨先輩。

 先輩の愛用の枕を奪ったのは、涼しい顔をしているそこのいじめっ子なんです……!と声高に叫びたい。

 だけど雪梨先輩の尊顔が怖くて何も言えない。美形が凄むと怖いって本当なんだね。糸田先輩でいやという程に知っていたけど、あっちは心構えが出来てるだけマシだ。だけど雪梨先輩は、まさかである。



 確かに怒らせると怖い人堂々の一位で、私もそのイベントを見た記憶があるけど目の当たりにすると多くのユーザーが感じたであろう「そんな一面も素敵」、だなんて思えない。ただ、ひたすらに怖いです。


「雪梨、あの話承けてやるよ」


 私が雪梨先輩との睨み合いに心が折れかけた時、助けが現れた。雪梨先輩の視線が、私から八王子先輩に向けられる。ようやく私は詰めていた息を吐いて、胸を撫で下ろした。


 ありがとう、八王子先輩と胸の内で感謝を述べて――元凶が八王子先輩だと思い出す。そっと撤回しておいた。


「……あの話」


 雪梨先輩が吊り上った眉を寄せて、八王子先輩の言葉に反応した。目が覚めてきたのか、目に光が灯り始めている。


「ああ、取材にそいつを寄越すならな」


 そう言って、私を指すように顎を動かした。

 八王子先輩の言うそいつは十中八九、いや間違いなく私だろう。だというのに蚊帳の外だ。しかも私を置いて、何かが決まろうとしている。


 姫乃、このままでいいの……?

 いや、よくない。

 そう、せめて理由を聞かせて欲しい!と自問自答の末に出た答えに意気込んで口を開く。


「あのっ!」

「秋島さん」

「は、はい」


 しかし、八王子先輩の言葉で完全に目が覚めた雪梨先輩に視線を向けられ、私の意気込みは霧散した。


「取材したい事とか見つかってないよね」


 しかも期待に満ちた目で雪梨先輩が聞いてくる。


「……はい」


 正直に頷くと、雪梨先輩が頬を緩めた。次に出る言葉はもうわかっている。


「秋島さんに、生徒会の取材をお願いしたいんだ」




***


 生徒会の取材。

 入部して三日目の新入部員でありながら、初の部活動が大事になってしまった。

 私だって、いくら何でも荷が重いと一度は断ったのだ。2人のやり取りを聞いていた限り、生徒会に取材を持ち掛けたのは雪梨先輩のようだったし、実際そうだった。だけど、生徒会側に断られていたらしい。ぶっちゃけて言うと、八王子先輩が頷かなかったとか。


 取材をしたかったのは雪梨先輩では、と粘ってもみたけど取材の条件が私ではどうしようもなく。

 何より桃井先輩の「ヒメちゃん、3日間ずっと悩んでたでしょう?生徒会の取材をしてみるのは良い経験になるし、ヒメちゃんが今後の活動を決めるのにも役立つと思うわ」 という言葉に納得して頷いた。 そして八王子先輩に連れられて、会議室に向かった。

 会議室に向かう道すがら、どういう訳で私を指名したのか八王子先輩に聞いてみた所、その返答が「……興が乗った」というものだった。

 要するに、八王子先輩の気紛れという事だろう。

 しかし、その気紛れに巻き込まれたのが私なのはどういう事だろう。

 やっぱり今日は厄日だったりするの?



 会議室に着いて早々、八王子先輩は少し待っていろと言って会議室を出ていった。

 そして今、私は椅子に座って八王子先輩を待っている。


 こうなる過程を思い返していたのが効いたのか、少し緊張が解れてきた。ほっと肩の力を抜いて、ドアを見る。ドアの向こうから、靴音と話し声が聞こえてきた。


 話し声?

 生徒会の取材だから、他の役員の人かな……?

 何だろう。何か忘れてる気がする。

 そう、何か――。


「どういう風の吹き回しですか?あれだけ新聞部の取材を面倒だと断っていたのに……」

「うるせぇ、気が変わったんだよ」


 八王子先輩の声だ。だけど、もう一人のこの声は誰だっけ?何だか聞き覚えがあるような……。

 っていうか、やっぱり八王子先輩の気紛れだったんですね。


 私がもう一人の声を思い出せないでいる内に、答えの方がドアを開けてやってきた。


「待たせたな」

「すみません、待たせてしまって……」


 ――どうして、忘れてたんだろう。

 緊張から頭が回ってなかったのかもしれない。

 生徒会には、八王子先輩だけじゃない。もう一人いた。


「お前も知ってるだろうが、副会長の織屋蓮司(おりやれんじ)だ」


 恋咲学園 生徒会副会長。

 恋の花を君と2の新規キャラクター。

 香奈恵の、幼なじみだ。



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