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私が新聞部に入部し、香奈恵が転校してきて三日目。


只今、放課後の図書室で新聞部発行の新聞と睨めっこ中です。

新聞部発行の新聞は各クラスに最新の一部、図書室には今までの分が全て揃っている。

新聞部による新聞の発行は時と場合によるが、基本は月に一度。

週に一度の顔合わせで載せる話題を吟味しているだけあって、一か月の出来事がよくわかって面白い。


新聞部の部活動は各々が自由に行動しているがそれぞれに決まった『担当』があった。

例えば、神宮寺さんは主に運動部担当で、桃井先輩は逆の文化部担当だ。

これは各自の部活動の活躍を取り上げたり、紹介したりすることで部の向上心を促すという目的があるらしい。


神宮寺さんの新聞なんかは、陸上部の地区大会の活躍から、サッカー部の〇〇君が練習でハットトリックを決めた事、そっと名前は伏せて特定の人物の努力を褒め称えていたりなど、大きなことから小さなことまで神宮寺さんらしく生き生きと書かれている。頭の中で自然と情景が浮かぶ文面だ。

また桃井先輩の新聞も、桃井先輩のおっとりとした性格が伝わるような柔らかな文章で、文化部の活躍を伝えている。


私はそっと次のページを捲った。


畠山先輩はと言えば、校内の面白い出来事を取材するという『ようするにネタや』だとか。私がイケメンハンターだと言うのもこの辺りからきているらしい。一応、新聞に載せる話題には気を回しており私のイケメンハンター云々はボツだという。

そんな畠山先輩の新聞記事は、今年も巣作りにやってきたツバメの事や、〇組の〇〇君が馬鹿な事をした話を伝えていた。因みに取材付きなため掲載許可は得て、という事だろう。

こんな風に、校内のちょっとした出来事を伝えるのが畠山先輩の担当らしい。


そして新聞の最後のページ。その一番下に書かれていた文字は監修・雪梨宗也。



私は机の上に広げていた新聞を畳むと、椅子の背もたれにもたれかかった。


新聞部に入って3日経ったが、私はまだ部活動らしいことを行っていない。

私はてっきり、と言うか彼らについて取材でも頼まれるのかと思っていたのだが、何をすればいいのか?と訪ねたところ、返ってきたのは『自分で考えてね』だった。

私が勝手に勘違いしたのかと恥ずかしくもなったが、ならば何故、ああも熱心に勧誘されたのだろう。

首を傾げていると、神宮寺さんは『確かに彼らと関係はあるけど、取材をお願いしたくて姫乃さんを勧誘した訳じゃないわよ』と言って意味深に笑った。


神宮寺さんは、私の何を買ってくれたのかな。

まさか、本当にしぶとさ……?


雪梨先輩も、参考がてらに新聞部の新聞を読んでみて、取り上げたい事があったらそれでいい、と言っていたし部員の自主性を何より重んじるようだ。


確かな事は、彼らの取材は新聞部がお願いしたいものではなかったという事である。

私自身、取材したところでそれを記事にする事に抵抗があったし、彼らが頷いてくれるとも思えなかったから結果的に良かった。

そもそも私が新聞部に入ったのは、彼らに詳しくても別段怪しくないというか、新聞部だもんね、さすが!という面目が欲しかったからである。

彼らについてならまだしも、新規キャラクターについて詳しかったら、おかしいし。


それに、残りの一人は香奈恵の幼馴染なのだ。

聞かれるとは思えないが、うっかり誤魔化してフラグを折ってしまったら大変である。

ここまで思い悩む必要はないかもしれないが、ゲームに沿った展開が起こっているのは確かな事実なのだ。体験済みだから嘘ではない。うん。

でも、イケメンハンターとぼとぼち噂らしいから、新聞部に入部する必要はなかったかも。

ゲームの秋島姫乃はクラブ活動に入ってなかったし……って、どのみち神宮寺さんに押し負けてただろうから同じかな。


こんな風に、全てがゲーム通りにいかないのは、やっぱりこの世界がゲームじゃないからだろう。

私は記憶が蘇ってから、ついこんな考え方をしてしまうようになったけれど、私はここで生きてきた。

当然、彼らも香奈恵も生きている。

だから、キャラクターとして見るのはあまり気持ちが良いものじゃない。けど、ついゲームの展開に出会うと前世の記憶もあって考えてしまう。


たがらなのか時々、頭の中がごちゃごちゃになってわからなくなる。

ゲームみたいに考えちゃって、現実だって事を一瞬とはいえ忘れたり、私がーー……



「あー、ダメダメ!難しいことは考えたくないっ!」


そう思わずぼやいたところで、ここが図書室であることを思い出す。

慌てて口を閉じてそろりと視線を彷徨わせると、生真面目そうな図書委員さんが軽く咳払いをして張り紙を指差した。


『図書室では静かに!』


……ごもっともです。

苦笑を浮かべて頷きながら、私は読み終えた新聞を手に取って席を立つ。

学園新聞コーナーという場所に、今読み終えた最新の新聞を戻した。借りて家でも目を通してみようか、と過去の新聞を手に取る。


図書室は一階にあり窓の外は中庭だ。

臙脂色で塗られたベンチが置いてあって、昼休みになるとお弁当持参の生徒で賑わっている。放課後になると、吹奏楽部の部員が練習を行っている姿をよく見かけるのだが、今日はまだ来ていない。

代わりに、園芸部員の姿があった。

園芸部は花壇の世話をしており、そこには季節の花が見事に咲き誇っている。

いま読んだ新聞にも、中庭の花壇について載っていた。確か、桃井先輩の好きなサクラソウが見頃だとか。

帰りにでも覗いてみようかな、と思い窓に背を向けたところである男女の姿が私の目に飛び込んできた。


入口のドアを閉める仕草からして、たったいま図書室にやって来たのだろう。

一人は、三日前に転校してきたばかりの香奈恵だ。ドアを閉めたのは香奈恵である。

そしてもう一人。

両手で本を抱えているのは、眼鏡越しでも理知深さを感じさせる目をした、近寄りがたい雰囲気を纏った秀才くんーー攻略キャラクターの一人『椎名賢哉(しいなけんや)』くんだった。


そうだ。

彼は、香奈恵と同じクラスだ。あと、真中も香奈恵と同クラスだった筈。


――そしてこれは、椎名くんと発生する序盤のイベントではなかろうか?

転校して日が浅い頃に、授業で使った本をクラス委員長(椎名くん)と返しに向かうことになるアレ。


綾瀬先生とのやり取りからして、香奈恵は椎名くんの心をがっしりと掴んでくれるだろう。

問題は、私である。

3日前に、転校初日の香奈恵と綾瀬先生の出会いイベントで出くわしたとはいえ、イベントで秋島姫乃に出くわす、なんて事態はゲームではない。


不安の芽は摘んでおくに限る。

向こうもまだ私には気付いてないみたいだし、このまま二人が通り過ぎるのを待って図書室を出よう。


そう思った時、私の背後――窓の外から、ブォっという明らかに音の外れた楽器音が聞こえた。

窓が開いていたため、その音は静かな図書室に良く響いた。

振り向くと、ついさっきまではいなかった吹奏楽部員の姿が三人。

試しに鳴らしてみたら盛大に音を外した、と言ったところか。ホルンを手にしたその三人組は妙に盛り上がっている。

とりあえず、開いている窓を閉めた。

図書室では静かに、ってこういう場合はどうなっているのやら。



「姫乃ちゃん」


ふっと息を吐くと、鈴の音を鳴らしたような声に呼ばれた。


「か、香奈恵」


振り返ると、愛らしい笑みを浮かべた香奈恵がこっちに向かって来るではないか。しかも椎名くんまでこっちに向かって来る。

今ので、香奈恵たちが私に気付いたのだろう。慌てても、もう遅い。


「やっぱり、クラスが違うと中々会えないね。会いに行こうかなって思ったんだけど、隣のクラスだと緊張しちゃって」

「あ、わかる。隣のクラスって違う感じするもんね。……どう、クラスにはもう慣れた?」


こうなれば仕方がない、と話を振ると香奈恵は小さく頷いた。


「うん。クラスも感じが良いし、学園の案内も真中くんが丁寧に説明してくれて……でもこの学園って広いから、昨日は道に迷っちゃった」

「あー、慣れるまでは迷うかも。大丈夫だったの?」


恋咲学園は無駄に広い。無駄は言い過ぎかもしれないけど、とにかく広い。

私も慣れるまでは大変だった。必要な場所しか覚えてないから、まだ足を踏み入れてない場所もあるくらいだ。そのうえ、小さな林まで敷地内にある。そんな自然豊かな恋咲学園。


香奈恵はこくりと頷いた。


「運良く風紀委員長さんに会ってね、案内して貰ったの。その時に学園の地図を貰って大分覚えたよ」

「わぁ」


思わず声が出た。

真中に風紀委員長と、香奈恵が着々と初期イベントをこなしている。

私がいなくても大丈夫かも、なんて思う。まだ先がわからないから、早計か。



「栗原」


固い声が香奈恵を呼んだ。今まさに進行中であるイベントのお相手、椎名くんだ。

怜悧な顔立ち、艶のある黒髪に薄いフレームの眼鏡が特徴で、その姿は相手に冷たい印象を抱かせる。


「あ、ごめんね。椎名くん」

「……秋島と知り合いなのか?」

「うん、転校してきた日に会って友達になったの」

「……」

「……」


ーーそこは頷くだけでもいいから、何か返そう椎名くん。


椎名くんは口下手と言うか、わざと人を遠ざけるような態度をとる。こんな態度をとる理由が椎名くんにはある。

だけど今の香奈恵が知るはずもないし、椎名くんの不器用な優しさに気づくほどまだ親しくもない香奈恵は、ますます身を縮めてしまった。


「久しぶり、椎名くん」


重い空気と香奈恵のその姿に耐えかねて、私は椎名くんに明るく声をかけた。椎名くんはすっと私に目を向ける。


「ああ」


一言返ってきた。

椎名くんはこれが普通なので、私は気にせず話を続けた。


「二人は本を返しにきたの?」

「……見てわかるだろう」

「わかるけど」

「なら聞くな。――栗原、本は僕が返しておく。君はこのまま秋島と話でもしてるといい」

「!?」


いきなり何を言い出す……!?


どうやら椎名くんの中で、『僕といると栗原は気まずい』→『知り合いみたいだし、秋島と話をさせてあげよう』みたいな図式が展開した。

これ、私が前世の記憶があるからわかるけど普通わからない。

椎名くんの言葉が足りない。まったく足りない。

しかもイベントが崩壊する事を言った。これは二人で本を返すというイベントなのだ。


「そんな、私も頼まれたことだし」


香奈恵は言い募ったが、椎名くんは首を振った。


「別に、大した量でもない。それに、君がいると邪――――」

「ああああの!」


続きを遮る。

椎名くんが煩そうに私を見た。


「相変わらず姦しいな、君は」

「椎名くん。私、この後用事があって」

「……そうなの?」


これは不味い、と何とか断ろうとよくある言い訳を口にする。

すると香奈恵が、縋るような眼差しを向けてきた。捨てられた子犬みたいな目だ。

思わず、首を振りそうになる。危ない。


「うん。新聞部の用事で……」


嘘ではない。

私には手に持っている新聞を借りて、家に帰って読むという立派な用事がある。


「そっか」


私の返事に、香奈恵はしゅんと眉を下げた。このまま帰ったら、何だか色々と不味い気がする。

私は慌てて付け足した。


「香奈恵。椎名くんってもの凄く口下手で言葉足りないし、すっごくとっつき難いけど不器用なだけなの!」

「姫乃ちゃん……」


香奈恵が大きな目を丸く見開く。これでちょっとはフォロー出来たかな……?



「君は馬鹿なのか」


……はい。

焦って、声を潜めるのを忘れてた。

当然、近くにいた椎名くんにもばっちりと聞こえてます。呆れかえった椎名くんの眼差しが私に突き刺さる。


「あ、はは。じゃあそう言うことだから、私はこれで!またね、香奈恵、椎名くん」


逃げるように早口で捲し立てて、私は二人に背を向けると颯爽とカウンターを目指す。二対の視線が刺さってる気がするのは気のせいだという事にしておこう。

カウンターに着くと、受付の図書委員さんに再び張り紙を指された。


『図書室では静かに!』


「……すみません」

「今日から一週間の借り出しですね。返却日は守って下さい」


短く返事をして、図書室を出る。

今日はサクラソウは見に行けない。

廊下を足早に進みながら、私は深く息を吐いた。


すっごく心臓に悪い。

いま私は、花を咲かせる可能性を秘めた芽を摘み取るところだった。


今後は出来るだけイ、ベントには絡まないように気をつけよう。

私は香奈恵の助言キャラクターだけど、下手に介入しないで香奈恵が困っている時だけ上手くアドバイスをするようにして……


ぐるぐるとそんな事を考えていた私は、前方への注意が疎かになっていた。


ドンっという軽い衝撃。

目の前には恋咲学園の制服。

私は、人にぶつかってしまったのだ。慌てて身体を離した。


「す、すみません。ちゃんと前を見てなくて――」

「前も見て歩けねーのか」


顔を上げた先には不遜な顔をした、


「八王子、先輩……」


今日は厄日か何かですか?



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