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「あー、ビビった。俺が冴子とじゃれとった間に何があってん。目を疑ったわ」

「雪梨部長、いい加減に目を覚まして下さい。姫乃さんに叩かれてもまだ足りませんか?」

「ヒメちゃんって、勇ましいのね。でもああいう時はもっとガツンとやっちゃうべきよ」

「あの、叩いてませんから!咄嗟にこれでバシバシとやっちゃいましたけど……!」


あれ、つまり叩いたことになる?


寝ぼけた雪梨先輩に机の上に押し倒されるというとんでもないハプニングを回避した私は、それを掲げてみせた。柔らかい。というかフワフワだ。

手触り最高、安眠をお約束みたいなこの、雪梨先輩愛用の枕である。

私が咄嗟に掴んだ物はこの枕だったらしく、私はこれを雪梨先輩の綺麗な顔にバシバシと……うん、どうしよう。怒られるかな。でもあの場合はしょうがないよね。

それにしても雪梨先輩、寝ぼけ眼のままめちゃくちゃこっちを見てる。私を――というか、枕を。


「姫乃さん、その枕を渡しては駄目よ。また寝るわ、この寝穢い部長は」

「……了解でーす」


神宮寺さんの呆れたような声に頷いて、雪梨先輩の視界からそっと枕を隠した。とりあえず、雪梨先輩の寝覚めは悪くないみたいで、一安心だ。まだ船を漕いでいるけれど、直に目を覚ますだろう。


「覚醒までちょっと掛かりそうやし、改めて自己紹介させてもらうわ。俺は畠山大輝(はたやまだいき)三年、副部長や。さっきは悪かったな」


畠山先輩が快活に笑いながらそう言った。まだぼんやりとしたままの雪梨先輩から視線を外して、私は畠山先輩に向き直った。


「秋島姫乃です」

「知ってんでー、イケメンハンターやろ」

「……あの、畠山先輩。それって有名なんですか?」


さっきからずっと頭に引っかかっていた。恋咲学園の人気者というか一目置かれる彼等と接しているとはいえ、さすがにそんな称号を得ているとは思いたくない。そんな思いで聞いてみたのだが、畠山先輩は「ぼちぼち」と判断のつかない言い方をして、数えるように指を折った。


「八王子、糸田、四ツ屋、椎名、真中、綾瀬先生やろ。真中は爽やかが服着て歩いとるみたいなもんやし、綾瀬先生はまぁ先生やからええとして、他の奴らはとっつき難いやろ。目の前にバリアー張ってんのかっちゅーくらい」

「そんな、話してみれば普通ですよ」


私がイケメンハンターとして名が知れているかどうかは、もう気にしないでおく。知ったからと言ってどうこうするつもりもないのだから。それよりも、畠山先輩が言った彼等の印象だ。

確かに、近寄りがたい雰囲気を纏ってはいるが、話してみれば普通だし彼等も普通に接してる。ただ、相手が過剰に反応してしまうというか……憧れの芸能人に会った、話したみたいな反応で、しかも相手の子がやっかまれたりするものだから、自ら距離を置くようになった人も中にはいる。

これが、特別視されるあまり出来上がってしまった壁の正体だ。

これを知った時、凄く寂しい気持ちになった。だって彼等は特別視されたいと言った訳でも頼んだ訳でもない。周りが勝手に作り上げたイメージを押しつけられているだけだ。殊更この影響を受けているある一人の姿を頭に思い浮かべて、胸の内で溜め息を吐いた。彼は積極的に状況を打破する気もすっかり失せているようだった。

とはいえ、これに当てはまらない例外もいるのだが。


それにしても、畠山先輩の今の話だとまるで私が悪女みたいだ。だけど周りからすれば、憧れの男の子の側にいる女である。しかも、複数ときた。

これでは私に好きな人がいると言っても効果がないどころか、逆効果にしかならない。

それに、誰なのかって聞かれても私は――……


「そこを越えていけるっちゅうんが、秋島の凄いところやな。特に糸田とはどうやって知りおうたん?」

「……畠山先輩、さっきも糸田先輩について聞いてましたよね?」


思考に耽りかけた私へと、畠山先輩の明るい声が掛かった。さっきも糸田先輩について聞かれたのを不思議に思って問うと、答えは畠山先輩からではなく桃井先輩から返ってきた。


「大輝は彼に謝りたいことがあるんですって。でも、糸田くんが怖くて行けないみたいで……」

「冴子、それ俺がメチャクチャ情けない男やないか」

「だって本当のことでしょう」

「糸田先輩に?畠山先輩が?」


同学年とはいえ、あの糸田先輩とこの畠山先輩が私の中で上手く結び付かず、首を傾げた。桃井先輩に図星をつかれたらしい畠山先輩が、罰が悪そうに頭を掻きながら口を開いた。


「あー、実は……」

「新入部員ってその子?」


しかし、第三者の声に遮られる。ようやっと目が覚めたらしい雪梨先輩が、小さく欠伸を零しながら私を視界に捉えていた。


「あら、お目覚めね」


そう言ったのは、桃井先輩だ。神宮寺さんが頷く。私は一歩、前に出た。


「初めまして、秋島姫乃です。神宮寺さんと同じクラスの二年生です」

「秋島姫乃って、君が?」


雪梨先輩が瞳を丸くする。

何ですか、その反応は。さっきの畠山先輩の言葉で概ね想像はつくけれど、私はこの学園でどんな認識のされ方をしているんだろう。

そんな気持ちが表情に表れたのか、雪梨先輩が顔を曇らせる。


「神宮寺から逃げ続けた強者だって聞いてたから、どんな子かと思ってて、こんな可愛い子だとは思わなかったから驚いたんだ……気を悪くさせたなら、ごめん。謝るよ」

「いえ、あの、気にしないで下さい」


どう返したものかと一瞬悩んで出たのは、無難な言葉だ。

さり気なく恥ずかしい台詞が聞こえてきたが、これは雪梨先輩が『軽い感じ』だからである。こんな風に気を持たせるようなことを言ってくるのだ。しかも本人に他意はなく、天然なのだから質が悪い。


雪梨先輩は私の返事にほっとしたのか、表情を緩める。


「それよりも、すみません」

「?」

「さっき私、危機的状況とはいえ咄嗟に枕で叩いてしまって……」


叩く?と雪梨先輩は怪訝な顔つきだ。

覚えていないらしい。思い出されても気恥ずかしいものがあるので、私はどうしたものかと口を噤んだ。すると思い当たったのか、雪梨先輩が再び顔を曇らせた。


「……ごめん、寝ぼけた俺がまた何かしたんだろう?覚えてないからちゃんと謝ったことにならないだろうけど……」

「き、気にしないで下さい!ちゃんと撃退しましたから!」


その言葉に、何や言い回しがあれやな、と畠山先輩がぽつりと呟いた。

墓穴を掘ってますます焦る私に、神宮寺さんが「雪梨部長はあの通り寝起きが悪いから思い出さないわよ。あなたも気にせず忘れなさい」と囁く。私は有り難く、その言葉に頷いた。


「とにかく、部長も早く姫乃さんに自己紹介して下さい」


そう強く言った神宮寺さんに困ったような表情を浮かべて、雪梨先輩が頷く。新聞部の力関係が今のやり取りで少し見えた気がした。


「俺は雪梨宗也(ゆきなししゅうや)。新聞部では部長を務めさせて貰ってる。いきなり迷惑を掛けちゃったみたいだけど、仲良くしてくれたら嬉しい。これからよろしく、秋島」


手を差し出して、甘い笑顔を浮かべた。その笑顔は雪梨先輩のふんわりとした蜂蜜色の髪によく似合っている。

私はその手を握り返して大きく頷いた。


「はい、よろしくお願いします!」


こうして、私の新たな日々は幕を上げたのである。




 ここまで序章っぽく。進行が遅くてすみません……!

少しでも楽しんでもらえれば嬉しいです。

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