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その日の放課後。


私は神宮寺さんに連れられて、新聞部の部室にきていた。

ここに来るまでの間に神宮寺さんが話してくれた事によると、新聞部の部員は私を含めて両手ほどで、各々が好き勝手に行動しているらしく、部員が一同に集まるのは週に一度だけらしい。

今日は私と神宮寺さんを含めて半分の人数が揃っていた。手前の机には一組の男女が向かい合って談笑しており、その奥にもう一人。

新聞部の次期部長だという神宮寺さんが連れてきたという事でか、私に対する部員の眼差しは興味の二文字だ。

朝の香奈恵ほどではないが、少し緊張から身体が強張った。


「今日から我が新聞部の一員になる秋島姫乃さんです」


そんな私の肩を優しく叩いて、神宮寺さんが言った。

神宮寺さんの声に男女の片割れである女性が瞳を丸くする。


「あらあら、あら。あなたがアヤちゃんが一途に追いかけてた子?」


頬に手を当ててそう言った女性に見覚えがあった。ウェーブのかかった見事なブロンドに、美人という言葉がぴったりと当てはまる容姿。まるで絵本の中から飛び出してきたお姫様だ。

恋咲学園のマドンナ的存在で、男子生徒の半数が彼女の虜だと噂の――。


「初めまして、私は桃井冴子(ももいさえこ)。三年生よ。ヒメちゃんって呼んでもいいかしら?」


と言って椅子から立ち上がり綺麗な手を差し出してきた。立ち姿にさえ気品を感じる。私は慌ててその手を握り返し、頷いた。


「は、はい。秋島姫乃です、よろしくお願いします」

「よろしくね、ヒメちゃん」


桃井先輩はそう言って、花のような微笑みを浮かべる。

ぼんやりと見つめたままでいると「私の顔に何かついてる?」と、桃井先輩が首を傾げた。


「……すみません。綺麗で見惚れてました」


気付けばするりと声に出していた。桃井先輩は、虚を突かれたように瞳を丸くして口元を隠すように手をやるとクスクスと笑った。


「女の子に面と向かって言われたのは初めてだわ。あなたの言ってた通り、面白い子ね」

「はい」



桃井先輩が神宮寺さんに向けてそう言うと、神宮寺さんは大きく頷いた。

そんな、即刻で頷かなくても……。

何だか気恥ずかしくて居たたまれないでいると、ぽつりと声がした。声がした方に視線を向けると、桃井先輩と談笑していた彼が眉間に深く皺を寄せてこちらを見ていた。


「伊達やない…」


今度ははっきりとそう口にする。

私はと言えば、いきなり睨み付けられてどう反応を返せばいいかわからずに立ち竦んでいた。桃井先輩と親しそうに話していたから恐らく先輩だろう。誰かは知らないけど、この人もカッコいい。今は表情が険しいが普段は人懐っこそうな、そんな印象を抱くには十分な容姿だ。

ちらり、と神宮寺さんに助けを求めるように視線を向けると、彼女は小さく頷いた。

そして恐らく名前でも呼ぼうとしたのだろうが、それより早く彼が椅子から立ち上がった。


「イケメンハンターと噂されるだけあるで……、冴子の微笑みを引き出したその手並み。俺がどんなにウケる冗談飛ばしても綺麗にスルーされて絶対零度の眼差しを向けてくるだけやのにっ、またそこがたまらんのやけど……ってなに言わすねんほんま。危ないわーうっかり惚気てもうた。さすがイケメンハンターや。俺もそこそこイケてるからなうっかりハントされたわ。そうや、とりあえず糸田のこと教えーーいだだだ」

「ごめんね、ヒメちゃん。この人ちょっとおかしいの」



関西弁で紡がれる言葉に圧倒されていた私へと、桃井先輩が彼の耳を引っ張りながら謝った。私はなんとか首を振った。

というか、何やら聞き捨てならない言葉を聞いたような……イケメンハンターってもしかしなくても私の事、ですよね。何か言われてるかな、とは思ってたけどそんな称号がついてるのか私って。


「姫乃さん、畠山先輩は後回しにして部長に挨拶しましょう」

「……うん、そうだね」


半眼を向けながら神宮寺さんはそう言った。私は桃井先輩と揉め始めた彼から視線を外して、新聞部部長の元に向かった。

新聞部部長は、奥にいた一人。さっきからずっと机に俯せて眠ってる人だ。私は、彼を一方的に知っていた。なんといっても恋咲学園の新聞部部長は、『恋の花を君と2』の新規攻略キャラクターなのである。


「雪梨部長」

「……」


神宮寺さんが腰に手を当てて、彼の名前を呼んだ。しかし、彼の眠りは深く規則正しい寝息が返ってくる。


「ゆ・き・な・し・部・長!」

「……」


神宮寺さんが今度は名前を区切りながら呼ぶ。しかし、それでも反応はない。返ってきたのはやはり規則正しい寝息だけだった。


「ダメね。起きないわ」


神宮寺さんが呆れたように息を吐いて肩を竦めて見せた。ですよね、と私は覚えている限りの彼のキャラクター像を思い出しながら同意する。

彼は、一度眠りにつくとなかなか起きない。寝穢い、とも言えるほど。


「……その枕をとっちゃう、とかは?」

「姫乃さん、あなたーー恐ろしいことを口にするわね」

「やっぱり、そうなんだ」


しかも、下手に起こして寝覚めが悪いともの凄く不機嫌になるのだ。はっきり言って、怖い。普段が軽い感じのキャラクターゆえ、そのギャップに度肝を抜かれたユーザーは多い。本質はこっちかもしれない、という憶測まで呼び、怒らせると怖い人堂々の一位だったりする。そんな彼のギャップを見たいなら、いま顔を埋めている羊の形をした愛用の枕を奪うことだ。

ちょっと言ってみただけで、私はお断りである。


「そうだわ、姫乃さんが起こしてちょうだい」

「え!?」

「言いだしたのはあなたよ。できれば、今日のうちに顔合わせは済ませておきたいじゃない」

「だっていま恐ろしいって……」

「何も枕を取り上げろなんて言わないわ。やり方は、あなたに任せるわよ」

「すごい投げやり!?それなら起きるまで待って――」


言おうとして、口を閉じた。彼は一度眠ると、まず起きない。放っておけば最悪、学園の門が閉じるまで寝る。なんでこの人が新聞部部長なのかと疑うほど、部活動を行わないのだ。だが決めるときはビシッと決める、そんな感じだった。確か。


「それにいつもと違う声がしたらすんなりと起きるかもしれない」

「ぇ」



いま、ピンと来た。

これは、2ヒロイン――香奈恵と彼との間で発生するイベントにそっくりだ。

いや、でも私は前ヒロインだし関係ないだろう。

第一、結構な終盤に発生するイベントだった。確か、ええと……一応覚えているかぎりはメモして残してあるんだけど、これは何だっけ。終盤ならではの甘いイベントだった気がする。


うん、まったく関係ない。

駄目だなぁ、下手に知ってるせいか一々意識しちゃって……普通に起こそう。普通に。

そう決めて、私は眠っている雪梨先輩に近付いて名前を呼んだ。


「あの、雪梨先輩。起きて下さい」

「……ん」


すると反応が返ってくる。神宮寺さんの方へ顔を向けると、頷かれた。あと一押しよ、という意味だろう。

意外とあっさり起きてくれそうだ、と私は雪梨先輩の肩に触れた――。


途端、肩に触れた手を掴まれる。

あっと思う間もなく視界がくるりと反転し、背中に冷たい感触。ついで何かが床に倒れる堅い音が響き、私の視界一杯に綺麗な顔が広がった。


「え」


今まで眠っていたはずの、雪梨先輩だ。

何が起きたのか全然わからない。ただ、いまのこの体勢は非常によろしくないだろう。だって、いまこれ、机の上に押し倒されてやしませんか?

ちょっと、本当に鮮やかな手並みすぎていつこんなことになったのかわからないけど、これはまずいでしょ?!



「捕まえた」


軽く恐慌状態な私と違い、恐らく寝ぼけている筈の雪梨先輩の手が上がり私に向けて伸ばされる。

心臓が痛い。というか、生きた心地がしない。

何故って、いくらイケメンでも、いや、イケメンだからこそ、この獲物を仕留めるような顔は迫力が違う。


「今度こそ、仕留めて、肉……」


しかも本当に仕留めるつもりだし?!

一体どんな夢を見てたのこの人ーー!?


「わ、私は秋島姫乃です!!」


咄嗟に手を伸ばして掴んだものを雪梨先輩の顔に押し当てて、叫んだ。


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