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 昼休みがやってきた。

 四限目終了の鐘がなると、浮き立つままお昼の入ったランチバックを片手に教室を出て、香奈恵のクラスに向かった。

 昼休みでざわつくクラスを覗き込めば、女生徒に囲まれる綾瀬先生や、昨日居合わせた真中が男子と談笑しているし、椎名くんは生真面目な顔をして何か話し込んでいる。


 私はその光景にほっと胸をなで下ろした。いま香奈恵と彼らの間で覚えのあるイベントが進行したら、非常に困るからだ。香奈恵は私との約束を優先して彼らのイベントを断ると思う。それは私としても嬉しいことだけど、香奈恵の恋を応援するという助言キャラクターな立場からすればフラグをクラッシュするというのはいただけない。かといって、香奈恵と仲良くなる折角の機会を逃すのは嫌だ―――。

 だから、私に気付いた香奈恵がふわりとした笑顔を浮かべて駆け寄ってきたこの事態は、神様ありがとう!と天に向かって感謝を述べたいくらいの僥倖だ。



「姫乃ちゃん!」

「香奈恵、行こっか」

「うん」


 笑顔を浮かべる香奈恵と並んで歩きながら、中庭に向かった。

 香奈恵と友情を深めるのだと意気込んで――。






「綾音ちゃんのお弁当、凄いね……」


 大きな目を更に大きく見開いた香奈恵が、花柄の風呂敷の上に並べられた神宮寺さんのお弁当を見て呟くと神宮寺さんは片方の眉を器用に跳ね上げて、不思議そうに言った。


「そう?むしろあなたのお弁当が小さすぎるんじゃないかしら。そんな量で足りるの?良ければ私のおにぎりを一つあげるわ」

「わぁ、ありがとう。じゃあ、その鮭のおにぎり貰えるかな?」


 緑に囲まれた中庭で気持ちのいい天気中、二人の女子が微笑ましいやり取りを繰り広げる様子はまさに青春の一ページだ。

 それを横目に、私は母手製の玉子焼きに箸を伸ばした。甘い。

 しかし、どうして神宮寺さんがこの場にいるのか――



「姫乃さんもどうかしら?」

「腹が減っては戦は出来ぬ」

「ええ、その通りよ姫乃さん!!あなた今日から生徒会の取材のようね。さっき部室に寄ってみたら桃井先輩が朝からビックニュースを伝えてきて驚いたわ……!」


 “生徒会の取材”というビックニュースを放っておく筈のない神宮寺さんが私を探すという流れに繋がり、私と香奈恵と神宮寺さんという光景が出来上がったというわけ。

 なんだか出鼻を挫かれたような、第三者の存在が心強いような矛盾した気持ちに挟まれる。

 とはいえ香奈恵に話を切り出すタイミングも掴めずにまごついていただけの私にとって、神宮寺さんの登場は一種の清涼剤でもあった。神宮寺さんの情熱というか、常に前を向いている姿勢は見ている私も頑張ろうという気持ちにさせてくれるのだ。


 そんな神宮寺さんから進められたお弁当――というか一家でピクニックもしくは花見でもしに来たのかという量を詰め込んだそれに箸を伸ばしておにぎりを一つ頂く。この量を神宮寺さんはペロリと平らげてしまうのだから、凄い。

 しかしこれだけの量を神宮寺さんは1日で消費してしまうという事だ。腹が減っては戦は出来ぬ――格言だ。



「生徒会……?」


 香奈恵が神宮寺さんから貰った鮭のおにぎりを一口かじりながら、首を傾げる。私は香奈恵の口から生徒会という単語が飛び出したのにハッと我に返った。

 そうだ!これは事情を説明し、誤解を解く絶好のチャンス……!



「うん!生徒会の取材を急遽やることに決まって、昨日は八王子先輩と織屋くんとその事で話してたんだ。それで昨日は帰りに織屋くんと居合わせて一緒に帰ってたってだけで」

「……そうなんだ」

「織屋蓮司――生徒会副会長ね。姫乃さん、あなた織屋とも知り合いだったの?」


 神宮寺さんの合いの手に否定するように首を振った。


「まさか、全然。昨日初めて話をして、知り合いっていうなら香奈恵だよね?幼なじみなんでしょ?」


 そうふると、香奈恵が大きな瞳を揺らして、もごもごと口を動かした。


「蓮――織屋くんが、姫乃ちゃんにそう言ったの?」

「え……っとはっきりとは聞いてないんだけど、ちょっと話してて、何となくそうなんじゃないのかなぁ〜って」


 間違ってた?と聞くと香奈恵はゆるりと首を振って「幼なじみだよ」と何故か自信なさげに呟いた。脳裏に昨日の織屋くんの言葉と、香奈恵の顔を過ぎる。しばしのあいだ無言が続き、それを破ったのは私の隣で休みなく箸を動かしていた神宮寺さんだった。


「何だか解らないけど、何かあったのかしら?昨日、あなたと、栗原さんと、織屋の間で?」


 疑問のような口調で話しながらも、神宮寺さんの目はそうでしょうと断言している。ちらりと香奈恵を窺えば、温和な雰囲気のある香奈恵の目は暗く雨が降る直前のどんよりとした空みたいだ。その目に思わずドキリと心臓が脈を打った。その目の中に昨日見たのと同じ傷ついた光が見えたからだ。


「じ、神宮寺さん」


 どうしよう。聞かない方がいいのかな。香奈恵のその様子に私は後込みしてしまう。そんな私の様子を察しただろうにそれでも神宮寺さんは言葉を止めなかった。


「何があったのかしら」



 突き刺すような沈黙のあと、香奈恵がひどく小さな声でぽつりと呟いた。


「……なにも。ただ、私、嫌われてるみたいで」

「織屋蓮司に?」

「うん」

「心当たりはないの?」


 これにはすぐに頷きが返ってきた。


「わからないの。昔はよく遊んで、仲が良くて楽しくて……なのに、急に突然……」

「香奈恵……」


 暗く沈んでしまった表情に、私は何て言葉をかければいいのか咄嗟に思いつかなかった。仲良くしていた幼なじみの男の子に急に冷たくされるなんて――私も一時期避けられたことがあるから気持ちが解る。

 話かけても素っ気ないし、そそくさと離れていくし、しまいには目もあわせてくれなくなって……いきなりの拒絶に腹が立ったけどそれ以上にすごく悲しくて。こっちだって、もうあんたなんか知らないんだからっと知らんぷりしちゃったけど、妙なところで突っかかってくるしで、結局私が我慢出来なくなってその後――


「姫乃さん。あなたなに一人で百面相しているの」

「ぇ」


 神宮寺さんの奇妙なものでも見るかのような顔に、慌てて頬を抑えた。


「あの、私――」


 あああぁ!!私ってばなんて最低なの!?香奈恵が傷ついているのに、『幼なじみ』で思わず彼との事を思い出して、


「わ、わたし……」


 どうしよう。自分でも解る。顔が熱い。頬に当てた手のひらから伝わる熱が尋常じゃない。

 どうしよう。絶対、おかしく思われてる。あんな空気の中で、こんな、


 彫像のように固まるしかない。



「……以前からもしかしたら、とは思っていたのだけど、あなた――」

「姫乃ちゃん、好きな人がいるの」


 乙女の勘って怖い。

 さっきまで暗い表情はどこへやら、香奈恵の表情がパアァと輝いていくのを私は見た。恋に多感なお年頃、この後のことも容易に想像がつく。


「わ、わわわわたしのことはお構いなく!!ご、ごめんね香奈恵っ、いきなりこんな変に思い出してちょっと熱くなっちゃって。そう、今日はちょっと熱いだけで。香奈恵が悩んでるのにわたしってば最低だよね本当にまったくあはは」

「落ち着いて、姫乃さん。言い訳と本音がごちゃ混ぜになってるわよ。こんなに取り乱したあなたを見れて面白いけれど」

「どんな人?優しい?かっこいい?」


 香奈恵が意外とガンガン攻めてくる……!そういえば、香奈恵のプロフィールに恋バナが好きだって書いてたもんね!意外でもなんでもなかった!

 ぱくぱくと陸に打ち上げられた魚のような私に、香奈恵が罰が悪そうな顔をして恥ずかしそうに笑った。


「ごめんね、姫乃ちゃん。つい、色々聞いちゃって……」

「いやいや気にしないで」


 パタパタと熱い顔を冷やすように扇ぐ。ああぁ、もう何でこんな事に……!


「あ。お昼休みあと10分で終わっちゃうよ」

「あら、本当だわ。急いで食べてしまわないと……姫乃さんも箸を動かしなさい」

「う、うん」



 二人に倣って私も残りのおかずを食べ始める。


 頭の中はぐちゃぐちゃで、すっかり心もどこかに飛んでいってしまっていた。

 だから、なんて言い訳だけれど私は気付かなかった。


 この話を耳にした人が他にいたことも。大きく動き出すきっかけになったことも。

 そして、他ならぬ私の心に波紋を落としているなんて――気づかなかった。





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