表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/12


 朝がやってきた。

 雲一つない快晴の空が、清々しいほど美しく私の頭上に悠々と広がっている。何ていい天気なのだろう。新緑の香りを運んでくる風も気持ちがいい。だというのに、私の心にはどんよりとした雲が広がり光の射す隙間もないくらい曇天だ。


 原因はわかりきっている。昨日のあれが原因だ。あれから私は茫然としたまま家に帰って、いつも通り夕飯を食べて、お風呂に入ってひと息吐いた。そして、逃避していた現実がどっと押し寄せてきたのである。それからは後悔の嵐だ。


 まず第一に、香奈恵の番号とメールアドレスを知らない事実に愕然とした。聞くタイミングを逃してたっていうか、完全にミスである。私の馬鹿。そして原因の根幹である織屋くんからは、メールが着ていた。内容はといえば、当然ながら謝罪だった。

 つらつらと書き連ねている事もなく二行という短さで纏まった文脈に、今頃織屋くんも後悔の渦に飲み込まれている気がしたので、これ以上詰まる気もわかずにそっとメールを閉じた。明日になれば嫌でも顔を合わせるのだから、この沸々とした怒りは直接織屋くんにぶつけよう。

 香奈恵の誤解もしっかり、きっちり、ばっちりと解いておかなければ――と濡れていた髪を乾かして眠った。


 で、今に至る。

 昨日はああ決めたとはいえ、気分は下降したままだ。上手く誤解を解ければいいけど、もう昨日のあれやこれやのせいで悪い方にばかり考えがいってしまう。

 ダメダメ、ポジティブにいこう。ポジティブに……!


 まるで人生のかかった戦いに向かうように朝から気合いを入れて、私は校門を潜った。


「おはよーさん、秋島」

「畠山先輩!おはようございます。早いんですね」


 校門を潜って少し歩いた先に、畠山先輩がいた。快活な笑みを浮かべた畠山先輩は上着を羽織っておらず、両手には何も持っていない。手ぶらだ。その身なりからしても登校して時間が経っている。私も今日はいつもより早く家を出たから、尚更そう思った。


「ああ、俺はいつもこんなもんや。人の少ない学園を見て回り、変化はないか目を光らせて――」

「は、はぁ。そうなんですか」


 まるで学園の警備員か風紀委員みたい。


「あながち間違いじゃないけどね」

「へぇ……って、四ッ谷くん!」


 男の人にしては高めの声が、返事をするように言ってきた。思わず声に出していたらしい。聞こえてきた声の方へと振り返ると、声の主と目があった。気紛れな猫のように丸くつり上がった目。目線はほぼ同じ、女顔と身長がコンプレックスで、だからといって舐めてかかると100%痛い目にあう二年生にして我が恋咲学園の風紀委員長四ッ谷聖(よつやひじり)くんだ。

 四ッ谷くんはちらりと畠山先輩を見て、腕を組んだ。袖には風紀委員と刻まれた腕章をつけている。


「無駄に見回りをする先輩だからね。ついでに風紀委員の助っ人まがいな事もして貰ってるんだ」

「かー、生意気な後輩やで。先輩をパシり扱いや、どう思う?」

「いいんじゃないですか?楽しそうで」


 実際、畠山先輩も嫌そうじゃないし。

 そう言うと「あかん、俺の味方がここにはおらん!」と畠山先輩はさめざめと泣き真似を始めた。朝から元気だなぁ、とちょっとだけ沈んでいた気分が浮上する。


「そうだ、秋島」

「? なに?」

「君、最近になって糸田と会ったか?」

「糸田先輩と?ううん、全然会ってないけど」


 答えると、「ああ、それならいい」と四ッ谷くんが無表情に頷く。風紀委員長の四ッ谷くんと不良な糸田先輩は当然ながら仲が良くない。というか、私も出来れば糸田先輩には会いたくないのである。何故かって、ゲームという二次世界でならまだしも本当に不良な糸田先輩は冗談抜きで怖いからだ。糸田先輩に関しては近寄りがたいを通り越して近寄りたくない、である。根っこの根っこはいい人だとわかっているけど、そこに至るまでの過程を積み上げていく事はないため尚更だった。


「あああぁー―!!」

「うるさいですよ、先輩」


 と、泣き真似をしていた畠山先輩が顔をあげて叫んだ。すっかり忘れていた事を、たった今思い出したとでも言うように。そんな畠山先輩に四ッ谷くんが冷たい目をして一蹴するも、畠山先輩の耳には届いていなかった。


「そうやっ、秋島!!」

「な、何ですか!?」


 鬼気迫る顔をした畠山先輩に勢いよく肩を掴まれる。暗い声がゆっくりと言葉を紡いだ。


「忘れてくれ!」

「へ?」


 え。何を?


「やっぱアレはきっちりと俺自身がやらなあかんことや。詫び入れるのに菓子折りでもって思たんやけど、好みとか全然知らんからな。糸田と仲のええ秋島をさり気なくスパイに送って探らせようかって考えてたんやけど……」

「あんた秋島に何させようとしてるんです」

「ちゃうわ!ちゃんと正面きって謝ることにしたんや俺は!冴子に情けない男や思われてたら婿入り出来ひんやろ!」

「えっ、婿入りするんですか?!」


 その予定や!と叫ぶ畠山先輩に、私のツッコミが追いつかない。えっ、ていうか何の事?そういえば、入部した日に何かそんな事を言われたような気がする。

 ええと、謝りたいとかそんな事を桃井先輩と話してたような……目まぐるしく動く日々にすっかり忘れてた。


「謝りたいって畠山先輩いったい……?」


 糸田先輩に何をしたんですか。想像がつかない。

 聞くと畠山先輩は私の肩を放して一歩下がりゆるりと首を振った。


「ええんや、秋島。忘れてくれ。なに、俺の17と7ヶ月の人生の幕が下りるだけや」

「不吉なんですけど」

「この三文芝居をいつまで続けるつもりですか。どうでもいいんで、問題は起こさないで下さいよ先輩」

「なんやもっと心配してくれてもええやろ!?先輩やで俺!」

「うざい」


 心底鬱陶しそうな顔をして四ッ谷くんが言う。辛辣だ。でも、ちょっと同意できるのが何ていうか……意外と弱気なんだなぁ畠山先輩。いや、でも確かに糸田先輩は怖いから気持ちはよくわかるんだけど。しかも謝りたいって事は畠山先輩が何か悪い事をしてしまったみたいだし。後輩に情けなく愚痴る畠山先輩と、すっごいどうでも良さそうな顔をした四ッ谷くんのやり取りを見ながら、私は一つ畠山先輩の背を押そうと思った。

 何といっても私だって誤解を解くべく立ち向かう日なのだ。ほんの少し元気を貰ったお礼になればと、私は口を開いた。


「大丈夫ですよ、畠山先輩!糸田先輩、根は優しい人ですから」

「それは――まぁ確かにそうやけど……」


 良かったぁ。畠山先輩にも思い当たる節があるみたいだ。いい感じ、と口元に笑みを浮かべた瞬間、隣から辛辣な台詞が飛んできた。


「日頃の行いが最低な奴だぞ」

「っ、それは……」

「そうや、糸田の優しさなんてツチノコみたいな存在や」


 畠山先輩、それもう幻レベルなんですけど……!?四ッ谷くんも糸田先輩が嫌いなのはわかってるけど、ちょっと時と場合を読んで黙ってて欲しい。


「もう!大丈夫って言ったら大丈夫なんです!糸田先輩だって謝りにきた畠山先輩をボコボコに殴るような真似はしません!!」


 最終的にそう叫んだ私に畠山先輩が頷いたのだった。



***



 朝から四ッ谷くん曰く三文芝居もといコントを繰り広げて、曇天の隙間から陽が射すくらいには天候が回復した。快晴を迎えるには、お日様の誤解を解かなければならない。

 そして元凶に理由を問いたださなければ!教えてくれるかは解らないけれど、私には聞く権利がある。席に鞄を置いて、時計を見ると始業開始のチャイムまで10分をきった。香奈恵のクラスを覗いてみよう。とりあえず、放課後――いや昼休みに時間を貰おう。


 香奈恵のクラスを覗くと、早速その姿が目に飛び込んでくる。いつもは明るいその表情に陰がさしているように見えた。それが錯覚でない事は昨日の香奈恵の様子からして確かだろう。


「香奈恵」


 教室に入って香奈恵の席まで向かい名前を呼んだ。香奈恵は頬杖をついていた顔をあげて、一つ瞬きをしてから私の名前をゆっくりと呟いた。


「姫乃ちゃん」

「おはよう、あのね」


 あまり大きな声で話すことではないと判断し、私はしゃがみこんで香奈恵と目を合わせる。


「昨日のあれは私にも意味の解らないまったくの誤解だから……!」


 語尾が尻上がりになってしまったのは仕方がないと見逃して欲しい。だって本当に、私にもさっぱりなのだ。織屋くんのあの変化は。180度回転したくらいにさっぱりだ。


「……」


 香奈恵の目が不思議な色を浮かべて揺れていた。

 ああ、香奈恵がいま何を考えているのかわかればいいのに――。


 短い沈黙を痛いほどに感じながら、私は香奈恵の言葉を待った。


「そっか」


 痛いほどの沈黙の後、返ってきたのは無難な一言だ。

 これは、まだ誤解してるって判断するべき?それとも香奈恵自身どう返せばいいか解らなかった?動揺してる?

 ううん、今はそれより香奈恵と話をする機会をゲットしないと……


「それでね……ってそれでっていうのも変な話だけど、今日のお昼一緒に食べない?」


 香奈恵にもクラスの付き合いがあるのは重々承知しているけれど、お願い断らないで……!


 周りの声が遠くに聞こえる。祈るような気持ちで私は香奈恵を見つめた。


「……うん、いいよ」

「本当!」

「うん。姫乃ちゃんのクラスに行けばいい?」

「私が迎えに来るよ!あ、香奈恵はお弁当?お弁当だったら私、中庭のいい場所知ってるんだけど――」


 パッと自分でもわかるくらい笑みを浮かべる。すると香奈恵は小さく吹き出してクスクスと笑い声をあげながら「私もお弁当」と楽しそうに笑った。



 簡単な別れの挨拶を済ませて自分のクラスに戻りながら、さっきの香奈恵の笑顔と去り際に送られた声を思い返して自然と笑みが浮かんできた。

 誤解を解くとか事情を聞けたらいいとか、そういう事じゃなくてただ香奈恵と仲良くなりたいな、と私は思った。



閲覧、お気に入り、評価ありがとうございます。

本当に嬉しいです。

後書きにて、改めてお礼申し上げます。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ