お芝居、その4
ナイトールの馬鹿と叫びたい。
知らぬこととはいえ、王様の前で暗殺が専門だなどと……。
せっかくうまくいっていたのに、これをどうしろというんだ、全く。
サンドストームは黙ってしまった俺の顔色をうかがっているし、チェリーなどあきれ顔だぞ。
え? 待て、あきれてすむ事か? ここは軽蔑のまなざしだろう。
え? 違うのか?
え? もしかして、俺が違っているのか?
「兄貴?」
「待て」
ナイトールが心配そうに問いかけてくるが、遮る。 これは……どういうことだ?
うーん。
『何を悩んでいるの?』
おう、ユニコーンか、助かった。 教えてくれ?
『何を?』
いや、だから、暗殺はいけない事だろ?
『ええ、そうね』
暗殺をする奴は、おそれられるか軽蔑されるだろ?
『ええ、そうね』
だろ? なのに、なんでチェリーは平気なんだ?
『平気そうには見えないけど』
そうかなあ?
『何が疑問なのか分からないけど、平和を守るためなら暗殺者にだってなると言ったのはルーラァの方でしょう?』
ええー? 俺、そんなこと言ったか?
『言ったわよ。 あの作戦は誰がどう見たって卑怯な戦い方よ』
そりゃ認めるけど、あーっ、もしかして、もしかすると、暗殺も卑怯な事なのか?
『普通、そうでしょう』
いやいや、それで済む事かってことだ?
『他にどうなるっていうの?』
あーっ、なるほど。 つまり、俺の戦術も暗殺も卑怯な事で、同じなんだな。
そうか、そういう事か、やっと分かった。
『ルーラァ?』
あん?
『侯爵に頭殴られておかしくなった?』
ははは、大丈夫だ……たぶん。
俺にとっては普通の戦術も、こいつらにとっては、俺が暗殺者になると言ったのと同じだったんだ。
だからあれほど、いいのかと念を押したのか?
まったく、世間知らずが思わぬところで出たもんだな。
あっ、王様も聞いていたんだった。
あの貫禄なら、清濁併せ飲むくらいはするだろうが、こりゃ、決定的に評価を下げたな。
まあいい。 済んだ事はしょうがない。 完璧なんてはなから期待しちゃいない。
テストでも赤点取らなきゃいいだけだ、いや、追試で受かれば、いや、課題を出せばいいだけだ。
そうそう、こいつらを助けられた事でいいとしよう。
それにしても、これじゃ騎士に命令したとしても実行は難しそうだな。
やはり、こいつらと戦うしかないか。
うん。 それもまあ、後で考えるとしよう。
当面これをどうするかな、っと。
「ナイトール」
「はっ」
「お前の技を活かす方法を考えていたんだが、その前に質問だ」
「はい」
黙っていた理由は付けておかないとな。
「テネス侯爵様を暗殺できるか?」
「はい。 自然死に見せかけるなら時間はいりますが、やるだけなら今日明日中にでも。 やりますか?」
「いや、やらない。 というか、やるな。 今死なれてはカメリアが攻めてくる」
「はっ」
そう、がっかりした顔をするな。 こいつアブナイ奴だな。
しかし、王が見ている前で暗殺の話たあ、綱渡りもいいとこだ。
「お前達はテネス侯爵様を敵視していたはずだ。 しかも暗殺できると言う。 殺さない理由は何だ?」
「そりゃあ、きりがないからです」
「きりがない?」
「はい。 殺したところで、次の侯爵が立つだけ、何も変わりません。 我々は、感情に任せて人を殺すような無法者とは違います。 無駄な殺生も、無益な殺生もしません」
胸を張って答えるナイトールが、かっこいい事を言った。
いやいや、感心していちゃ駄目だ。
「そうか。 うーん、例えばだが、カメリアが攻めてくるとして、その途中に、そのカメリアの王が死んだらどうなる?」
「そりゃあ、戦争どころじゃなくなり――いや、無理っすよ。 王の暗殺は、それも他国の王は無理です」
「そうか。 じゃ、有力貴族たちはどうだ? どこにも勢力争いがある筈だ。 その一方にだけ死人が続出すれば、疑心暗鬼を生み、国内が乱れると思うが?」
「それも無理っす。 そもそもカメリアに手下はいません。 勢力争いどころか、貴族の名前すらろくに分かりませんよ」
「ふーん。 では、同じ質問をチェリー」
「はい。 まず、カメリアに支店を作ります。 大きな商いとなりますので、カメリアの有力商人と渡りを付けます。 こちらには、ルーラァ印の新製品がございますので、うまくいくでしょう」
「ちょっと待てよ」
お、ナイトールの異議申し立てだな。
「有力商人のコネで王に面会し、そこで殺しちまおうって事なんだろうが、スースキの商人がカメリアの王を殺したら、それこそ戦争だぞ」
おお、まともなご意見だ、どうする?
「殺すなんて、誰がそんな野蛮な事をすると言いました。 私は商人ですよ」
「じゃ、どうすんだよ?」
「3種類の毒草を使います」
「何だ、同じじゃねえか」
「いいえ。 毒草というのは、見る者が見ればわかります。 当然、料理人もね」
「発見されたんじゃ、意味ねえだろが」
「これは、見つけてもらう為の毒草です」
「どういう意味だ?」
ナイトールの質問に対し、こちらに目線を送るチェリーはかわいい。
「なるほど、一つだけならそれだけだと思えるが、三つも有るとなれば、他にもあるのではないかと疑心暗鬼になる、か」
「はい。 食材はすべて廃棄、疑わしい業者は出入り禁止となるでしょう。 そこで、最後に登場するのが、パンにすると下痢を引き起こす毒草の粉です」
「こりゃいい。 備蓄してある小麦全てが廃棄されるか」
「はい。 そして、城に備蓄してある大量の小麦を廃棄すれば……」
「なるほど、戦争どころではないな」
「はい」
ナイトールは何か文句を言いたそうだったが、その前に俺が認めたため黙った。
感情論になられても困るし、いいタイミングだ。
「ところでナイトール」
「はい」
「何かをやろうとした時、嫌な予感がした事はないか?」
「ええ、ありやす。 それを無視するとろくなことがないんでさ。 そんな時は黙って引くのが一番です」
「今回も同じことだろう。 直感的に駄目だと思った。 経験や勘が加わるからもっと確かな事だと思うぞ」
「しかし」
「まあ、待て」
ここはこいつの顔も立ててやらんと収まらないだろうな。
「今回の戦争は止めようがない。 周りの状況がそうなっているからな。 濁流に逆らうのは、労多くして益少なしだ。 それより、次の戦いの準備をしてくれ」
「次、でございますか?」
「ああ、おそらく20年後くらいだな」
3人が顔を見合わせたが、まあ、無理もないだろう。
「今回、多くの浮浪者が集まり、それだけで兵の数が増えた。 アイスラー爺さんの知恵だが、これを国王陛下が見逃すと思うか?」
「なるほど。 今は一人でも兵が欲しい時ですから」
「そうだ。 そして、その状況は今回の戦争後も変わらない。 ライズを植えるだけで、治安も良くなるし飢える者も減る。 そして、生活が安定すれば子が増える。 最初の子は一二歳で成人し、兵の数はうなぎのぼりに増えてゆく。 ここに、最強の海軍と騎馬隊が加われば」
「大陸一の兵が出来上がる」
サンドストームが、茫然とした顔で答える。
「そうだ。 その時国王陛下がどう御決断なされるかは分からない。 しかし、大陸を統一して、平和な世を作る。 俺はそう言われるとみている」
「じゃ、じゃ、その時の為の準備をしろと、いうことですね?」
「そうだ。 今からなら、万全の準備が出来るだろ?」
「へい。 お任せください、兄貴」
満面の笑みをたたえたナイトール、単純な奴だが、こいつならやってくれるだろう。
「チェリー」
「はい」
「今回の提案は魅力的だが、それだけでは弱い。 次の為に残しておけ」
「はい、お兄様」
チェリーは笑顔がいい。
「サンドストーム」
「はっ」
「近いうちに始まるであろう此度の戦い、万一負ければ次は無い。 やるべきことを見定めて準備を怠るな」
「はっ」
「アイスラーに行く時にはチェリーの所の視察をおこなう。 その時には族長を集めておけ」
「はっ」
さてと、今度こそいいかな。
王様へのアピールも出来ただろう。
「その時には、掃除をしている二人も連れて来てやれ」
「御存じでございましたか」
「気が付かないとでも思ったのか?」
「恐れ入りました」
これでいい。
今はいいだろうが、時間がたつと俺を子供だと思って侮る気持ちが出てくるからな。
最後の最後に、俺は何でもお見通しだぞと、脅しておく。
こいつが効くんだよな。
へへへ、俺も悪よのう。ってか。
バーン!
勢いよく扉が開いた。
気を抜いていたため驚きはしたが、立ち上がりざま、机に両手を置き飛び越える。 若いっていいねえ。
三人を守る位置につこうとするより早く、目の前に壁が出来た。
サンドストームとナイトールが前に並び、チェリーが正面から抱き付く。
頭一つの身長差だが、母親が子供を抱いてかばうような格好で、頭を抱えて胸に押し付ける。
谷間に顔をうずめ、幸せのあまり息が止まる。
じゃなくて、息が出来ん。
「うーっ」
うなり声を上げ、背中をたたく。
ようやく締め付けがゆるみ、名残惜しいが体を引きはがそうとすると、大きな声が響いた。
「失礼」
聞き覚えのある声は父ブルーノで、ドカドカとブルーノ隊も乱入してくる。
くそー、見通しがあまかったか。
おそらく、こいつらは俺のとった行動が異常だと判断したんだろう。
御家の一大事で家に帰ったブルーノに連絡し、判断を仰いだ。
優秀なのはいいが、騙されておけよな、まったく。
「何事だ? ここはドーマ侯爵様の部屋、失礼であろう!」
ブルーノに負けじと大きな声を張り上げるが、子供の声、貫禄が無くて泣けてくる。
「ほう、こいつらがレイダーの弟子か? それにしては見覚えがねえのはどういうわけだ? ひっとらえろ!」
聞いちゃいねえ。
「ふざけんじゃねえぞ! こら!」
乱暴な言葉で配下の動きを止め、ブルーノを睨みつける。
親子喧嘩か、こりゃあおもしれえ。
「構わん、やれ」
くそー、格が違う。 こうなったら、シールド。
ゴンゴンゴン。
部屋の中央に張り巡らせた見えない壁が音を立てる。
「ルーラァ!」
ふん、ブルーノ隊なら仲間、シールドだけなら見せてもいいだろう。 フォローはブルーノまかせだが。
「ドーマ侯爵様気付け、専属城兵隊長ルーラァ・アイスラーが物申す」
一人しかいなかろうが、見習い城兵だろうがかまやしねえ。 はったりも手のうち、言ったもん勝ちだ。
「やかましいわ! そのドーマ侯爵様はどこに行かれた?」
ありゃ、効かない?
金もいらぬ、名もいらぬ。 あたしゃ、も少し背が欲しい。
なんて、言ってる場合じゃねえな。
「この者達は、俺の私兵にして、侯爵様の客人である! 部外者の分際で、手出しは無用にねがおう!」
「ふざけるなー!」
ブルーノが愛用の短剣でシールドに切りかかる。
ガキーン。
ありゃー、短剣折れた。
長剣ならともかく、短剣が折れるなんて、シールドもブルーノも強いな。 うん、感心、感心。
「侯爵様の部屋で抜刀とは、短慮な事だ。 そのような者が専属城兵隊長とは、陛下も嘆いておられる事だろうよ」
「ルーラァ!」
おおお、こわーっ。
ブルーノにらみ過ぎ、顔怖いぞ。
「ともかく、これでは話も出来ん! 隊長以外は退室ねがおう!」
にらみ合いなら負けやしねえが、ここらが落としどころだろう。
ブルーノが顎をしゃくると、隊員たちはすごすごと引き上げてゆく。
副隊長のなんとかって奴が、自分の短剣をブルーノに渡し、折れた剣と鞘を持って出て行った。
「話の途中だ。 しばらく待って頂こう」
そう告げると、ブルーノは返事もしないで腕を組んだ。
リアルが忙しくなってきたため、次話は4月の予定です。m(_ _)m




