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ルーラァ  作者: 水遊び
近衛城兵
47/50

お芝居、その2

「さてと、助ける為には、やってもらわなければならない事がある」

 そう切り出して笑顔を真剣な物に変えると、三人も瞬時に表情を改め姿勢を正す。

 長老のサンドストームは、真剣な顔になると睨んでいるようだ。

 チェリーは良い、目に優しいいい女だ。

 それに引き換えナイトールの顔は味がある、というより不細工だな。 まあ、日本にいた頃の俺を見ているようで親近感はある。

「まずは、砂漠の民の名を捨ててもらう。 これにより、自治を得る話は無くなる」

「分かりました」

 サンドストームが即答する。 理由くらいは聞くかと思っていたんだが、ちょっと意外だ。

 もっとも、命令のたびに説明をするのでは面倒くさくてかなわんから、ちょうどいい。

「俺の直属となる事に異存はないと思うが、今後は魔導一門とする。 目的は、魔導師様の意思の継承、太平の世を作る、だ」

「はっ」

 返事をするのは長老だけだが、2人は目を輝かせて返事に代えている。

 まあ、こいつらにしてみれば、俺から全面支援を取り付けたのだから無理もない。

 こっちとしても当面の目的は果たした。

 あとは今後どうするかだが、ちょいと驚かしてやるか。

「いいか、国王陛下は砂漠の民を討伐せよと仰せになるだろうが、もはや砂漠の民はいない。 つまり、討伐のしようがないというわけだ」

「は、はあ」

「何だ? その間の抜けた返事は?」

「も、申し訳ございません」

 長老もナイトールも間抜け顔が似合うな。 うん、新発見だ。

 チェリーは驚いたように両手を口元に当てているが、いい女は何をやっても様になっている。 商人マロンが羨ましい。

「まあ、これが屁理屈だという事は分かっている。 だが、無理が通れば道理が引っ込む。 これが通るだけの事をすればいいんだ」

「はい」


「チェリー」

「はい」

 チェリーが気を引き締めた。 うん、真剣な顔もかわいい。

「わがスースキ王国の国力を増す為に出しておいた指示、経過報告を聞こう」

「はい」

 観客がいるから誇張は承知の上だが、この程度のふりならうまくこなすだろう。

「直近ではゴムの輸入でございます。 ルーラァシップの試作船を安く買い上げました。 既に試験航海を兼ねて南の島へ出航しております。 ルーラァキャリッジの方も間もなく完成です」

「おい、ちょっと待て」

 慌ててチェリーを止める。

 揺れない馬車の秘密は板バネだ、そんなに早く出来るはずがない。

 ダンプの板バネは普通じゃなかった。 材質は知らんが黒かった。 黒ければいいってもんじゃないだろうが、ただの鉄ではなかったはずだ。

「板バネが完成したのか?」

「はい、キヨモリ殿は研究なされていたご様子で、以前作ったのが使えるとか」

「まあ、使えるならいいが、そんな事をやっていたのか?」

 基礎研究とかいうやつだろうが、そんなことをしても一銭にもならないはずなんだが――ああ、もしかして錬金術か?

 金を作ろうとして、結果いろんな金属が発見されとか、なんか聞いたような気がする。

「キヨモリって何者だ?」

「兄貴、キヨモリ殿は鍛冶師の王でございます」

 ナイトールが返事を返してきた。

「王?」

「へい、 鍛冶師キヨモリは、千年来鍛冶のトップに君臨し続ける名です。 現在のキヨモリ殿は、店を弟子たちに任せ、ご自身は引退して新しい剣の研究をされていると聞いております」

 それで西の砦街なんかにいたのか。

 それにしても、魔導師様から名前をもらったから王じゃないんだ。

 千年もの間ずっと頂点とは、いやはや、とんでもない奴がいたもんだな。

 それならすぐに板バネが出来たのも分かるってもんだが、あの時すでにあてがあったってことか。

 まったく、かなりかっこつけて命令したってのに、とんだピエロだ。

 ちっとばかし面白くねえな。

「チェリー」

「はい」

「キヨモリに、暇ならベアリングを作れと言っておけ」

「ベアリング、でございますか?」

「ああ、宝石ほどの大きさで、鉄の球体だ。 同じ大きさのものを大量に作る仕組みを考えろと言っておけ」

「はい」

 うん。 これならすぐには出来まい。

「これが完成すれば、子供でも馬車が引ける。 用途を聞かれたら、そう答えておけ」

「はい」

 大人げないが、ちょっとすっきりした。


「兄貴、ゴムというのは何すか?」

「これ」

 ナイトールの口のきき方に長老が叱るが、まあいい。

「兄弟なんだからかまわん。 そうだな、弾力があって加工がしやすい物かな」

「はあ」

 うん、やはりナイトールは間抜けな不細工顔がにあう。

「脇役なんだが、用途が広い。 防具の場合、チェーンメイルでも下シャツには厚手の物を着るだろ? 鎧の裏側にこれを張ると痛くなくなるんだ」

「なるほど」

「剣の持ち手に巻けばすべり止めになるし、防水効果があるから屋根にも使える」

「へーっ、便利っすね」

「まあな。 そうだ、貴族はベッドを使うがお前達はどうしてる?」

「大抵は干し草ですかね、温かいですし」

「砂漠でもか?」

「砂漠の夜は寒いんすよ」

「そっか、干し草の下にゴムの板を敷くと、地面の湿気を遮断するから暖かいはずだ」

「なるほど、やってみます」

「まあ、その前に加工しなきゃならん。 硬すぎてもやわらかすぎても駄目だから時間がかかるかもしれんな」

 ここで話を打ち切り、チェリーに目線を当てて次を促す。


「現在の懸案事項は価格にございます」

 チェリーがタイミングよく話し出す。

「高いのか?」

「はい。 ひとかかえもある鉄を一握りの鉄に変えるそうにございます」

「鉄ってそんな事が出来るのか? まあ、それはいいか。 しかし、貴族相手ならいいだろうが、普及は難しいか。 鉄自体も高いんだろうし、鉱脈でも探したいところだな」

「兄貴、アイスラーには大きな鉱脈があると聞きますぜ」

「うちにか?」

 ナイトールが返事を返してくるが、意外に物知りか?

「へい。 鍛冶屋の数も多く、以前はキヨモリ殿もおられたはずです。 ただ、魔物が多いのと、輸送手段が問題とか」

「地図で見ただけだが、ドーマ河に流れる川があったように思うが?」

「へい。 しかし、流れが早くて船では行けません」

「そうか。 ルーラァシップで何処まで行けるかだな。 魔物は爺さん次第だが、いっきに殲滅できそうならやってもいい。 鉱脈も気になるし、早めに見に行くか」

 結婚する前にはアイスラー領に行きたいとこだな。

 あれ? 結婚したらどこで住むんだ?

 ここで同居か? 姫様だし、新しい家の可能性もあるか。 いや、アイスラー領という線のほうが濃厚か。

 近衛城兵を続けるなら単身赴任? これはちょっと勘弁だな。

 何処に行っても俺は俺だが、今後の計画を立てる為にも早めに知りたいとこだ。


「次に、浮浪者を集めて集団農法をおこなう件ですが」

 おっと、今は聞こう。

「現在、五千人を越え、さらに増え続けておりまして」

「は? ち、ちょっと待て。 なんだ、その数は。 そんなにいるのか?」

「はい、年内には一万人を超える勢いです」

 目が点だ。 飯を食わせてやるといっただけで、そんなに集まるとは思わなかった。

 百人ほどの集団農法しか考えていなかった。 町の郊外に農園を作る感じだったのが、1万だと。 それだけで町、いや、街になる。

 するとどうなるんだ――――分からん。

 何がどうなるのか、どうすればいいのか、何が問題なのかさえ分からん。

 チェリーがほほえんだのは、俺が間抜けづらをさらしたからだろうが、そんな事さえどうでもいい。

「大丈夫なのか? 農地は? 家は? それ以前に食料は?」

 まったく、シャレにならんぞ。

「はい。 アイスラー伯爵様から全面的な支援をいただいておりますので、まずはご安心を。 農地ですが、アイスラー領の南西、ドーマ河の南岸から砂漠地帯までの広大な土地です。 正確には、南岸にある漁師町の郊外からです。 水を引き、開墾の必要はございますが、人手はあるので順調です。 現在、漁師町にあるアイスラー騎馬隊の詰め所が大きくなり、百人ほどの騎士の方々が監督と警備をしてくださっております。 家の方も伯爵さまが手配していただき、細長い家が次々と出来ております。 気の荒い者達もおりましたが、見習い兵として召集されましたので治安も良くなっております」

「なるほど」

 さすがはアイスラーの爺さん、ただで灌漑用水や農地開墾をしているようなものか。

 領地を商人に任せるのには抵抗があるだろうが、俺が後ろ盾なら問題はない。

 後は、治安維持を逆手にとって兵の増強。 これで領民がどんどん増えるんだから、まあ笑いが止まらんのだろう。 そう、長屋くらい建ててやってもいいと思うくらいには。

 もっとも、こっちだって何もしなくていいし、問題が起きた時には相談できる。 正直助かったな。

「食料の方ですが、ライズが思っていた以上の収穫を見せております。 百粒の種から千粒以上の収穫など聞いた事がございません。 更に、脱穀、精米、煮炊きをしたご飯はパン以上においしく、もはや家畜の餌だという者はおりません。 中には貴族様より贅沢だという者までおります」

「それは言い過ぎだが、旨いのはいい事だな」

「はい」

 まてよ、百が千だと一つの穂に十粒か。 芽が出ないのもあるからもう少し多いとしても、品種改良をしていないとこんなもんなのかな?

「五十人ほどですが、村単位の離農者がおりまして独立を希望しております。 これを成功させれば、更に独立する者が増えるかと思われます」

「うむ」

「牛の数は百頭を越えましたが、人がそれ以上に増え、全ての子供達にミルクはいきわたっておりません。 羽なし鳥も同じくらいですが、こちらは順調に増えておりますので、卵を一日一個の目標の方が早く達成できるかと思われます。 治安悪化の原因でしかない浮浪者に、十分な食事と仕事を与え独立へと導く。 更に、子を産み育てて国力を上げる。 なんとかお兄様のお手伝いが出来そうにございます」

「うむ予想以上の出来だ、よくやった」

「有り難き幸せにございます」

 チェリーはすごい奴だな。

 すごい奴に男も女も関係ない事に、初めて気が付いた気がする。

 日本にいた時は、なんだかんだ言っても女は下に見ていたからな。 反省しよう。


「百人に一つの割合でいいから、大きな風呂を作れ。 炎の魔石は売るほどあるだろう?」

「はい」

 ちょっとした冗談を入れておくのは、テクニック―というやつだ。

「贅沢ではなく、身辺を清潔に保つ事で疫病を防ぐんだ」

「はい」

「沢山実を付けた穂があるだろ、その実だけを集めて種もみにしろ。 種をまく前夜、風呂につけておけ。 発芽促進になるし、湯の上に浮かんだ物は芽が出ないから捨てろ」

「はい」

「夏場は、おとなしい水鳥がいたら放し飼いにしろ。 害虫駆除になる」

「はい」

「収穫後は牛を放牧させろ。 稲わらは、むしろやかごを作っても大量に余る筈だ。 干し草代わりの餌にもなるし、牛ふんと一緒に一年も放置すれば肥料になる。 精米時に出る糠も栄養のあるいい餌だ、乳牛に食べさせろ」

「はい」

「冬場は水を張っておくと虫や小魚がわき、それを餌に冬鳥がやって来る。 狩りに行く必要はない。 安全な狩場を作るんだ」

「はい」

「とりあえずやってみて、改良してゆけ。 他に問題はあるか?」

「はい、税の方ですが、いかがいたしましょう?」

「そいつは爺さんに聞かんと分からんな。 直轄領なんだろ?」

「いいえ、領主はルーラァ様です」

「俺が、領主?」

「はい、税はルーラァ様に納める様にと」

 どういうことだ? 俺を領主にする狙いが分からん。 何も出来ない事くらいわかっているだろうに。

「分かった。 正式に聞いてないから返事はそれからだが、今は出費の方が圧倒的に多いんだ、むしろ金がいるなら言ってこい」

「ありがとうございます」

 もしかすると、結婚と関係あるのかもしれん。

 ここに家を建てるとか、そんな感じかもしれんな。

『ルーラァ?』

 おお、ユニコーンか、何か分かるか?

『そういうのは、あまり興味がないから』

 そ、そうか。

『ねえ? 前世でライズを作った事があるの?』

 いいや、聞きかじりだ。

『それにしては、ずいぶん詳しいみたいだけど』

 ああ、そんな事か。 飯場でかしらをしていたころ、大抵の奴はどん百姓の三男とか五男とか、そんな奴ばかりでな。 酒の肴に聞いた身の上話ってやつだ。

 俺も、湯飲み茶わんで濁酒飲みながら聞いていただけだ。 やった事はねえよ。

『そうなんだ』

 ああ、俺の得意は土木と建築……あっ。

「チェリー」

「はい」

「そこまで馬車で何日かかる?」

「王都と違って道が悪いので、馬車を使うこと自体いたしません。 西の砦門街から奴隷に漕がせる船で三日ですので、通常は船を使います」

「そんなに悪いのか?」

「はい。 止まらない分、歩く方が早いと思われます」

「郊外の交通手段は船か。 なら、水路じゃなく運河にしろ。 ルーラァシップを奥まで乗り入れたい」

「分かりました」

「洪水の心配がある。 不便になってもいいから高い堤防を作り、万一を考えて農地の反対側は少し低くしておけ」

「分かりました」

「サンド」

「はい」

「その運河、砂漠まで引き込め。 スースキ王国一の穀倉地帯を作る」

「分かりました」

 時間はかかるし、うまくいくかどうかは賭けだが、とりあえずはそんなもんか。

 これで、少なくともチェリーの首はつながっただろう。

 後二人、いや、魔導一門全てを救ってやる。

 しかし、馬車より船とは驚いたな。 ルーラァシップが大活躍しそうだ。

 ああ、それで王様が喜んだのか。 褒美にしてはデカいと思ったが、納得した。


「ルーラァ様、兄者?」

「うん?」

 サンドストームは、まだ呼びなれないようだな。

「その、伯爵さまは我々の関係を御存じなのでは?」

「うーん、何とも言えんな。 それより、分かったか?」

「は?」

「は、じゃない。 商人でさえ、国の為、陛下の為に役立つという事だ」

「あっ」

 まったく、長老ともあろうものが、何でこんな話をしたのか分かってないのかよ。

「つまりだ、お前達の力でも、俺の知恵を加えれば役に立つようになるという事だ。分かったか?」

「はっ」

「分かったんなら聞こう。 お前達の戦力は? 得意は何だ?」



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