表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルーラァ  作者: 水遊び
近衛城兵
45/50

緞帳(どんちょう)を上げろ

 ラジオ体操第一、よーい。

 手を大きく上に上げて、相手を威嚇する―。

 前にまげ、後ろにそって攻撃を躱す―。

 手を右に左に攻撃をはたく―。

 チャン、チャカ、チャン、チャン。

 うーん、ラジオ体操を馬鹿にしちゃあいかん。 きっと、攻防の型に違いない。


 ドーマ侯爵の爺さんはしょせん素人だ。

 必死の形相でむかって来ても、単調で遅い。 ちょいと体をひねればかわせる。

 この、くそ、待て、とか言いながら殴りかかってきても、足は動かないから半歩下がれば射程外になる。

 おそらくだが、爺さんが全力で走るより俺の引き足の方が速いだろう。

 子供を相手にするように、鬼さんこちらと鬼ごっこ状態だ。 と、扉をノックする音が聞こえた。

 すばやく体をひねり扉に正対するが、そのとたん背中に衝撃を受け、前につんのめる。 ジジイは急には止まれないってか。

 あきれて振り返ると、俺にあたった反動で爺さんが尻餅をついている。

「まったく、急に止まるな」

 何やら怒っているが、なんか違う。

「ルーラァ卿にお客様です。 割符も持っておりますが、いかがいたしましょう?」

 扉の向こうからの声にもため息が出る。

 なんだ今日は、千客万来か?

 爺さんを助け起こして扉に向かおうとすると、その手をつかまれた。

 仕返しの1発くらいは受けるつもりだったが、振り返ると爺さんが扉を睨んでる。

 先ほどまでの感情に任せた怒りは影を潜め、いるだけで威圧感を感じる侯爵の顔だ。

 扉の方を見やるが普通の扉だし、訳が分からん。

 疑問の表情を爺さんに向ける。

「公式の問いかけで、お前に卿を付ける近衛兵はおらん」

 はっとして、再び扉に目をやる。

 言われるまで気が付かない俺もどうかと思うが、コクリとうなずくと手が離れた。

 扉に向かいながらかるく肩をほぐし、剣に手をやり所在を確認する。 そして、深呼吸をしてから扉に手をかける。


 目に飛び込んできたのは3つの光る人。

 見知った顔は、商人マロンの妻チェリーだ。

 近衛服を着たやつが声をかけてきたんだろう。

 執事服が白髪の老人で、2人よりも光っているから長老か。

 隣の扉が開いた、専属近衛城兵の部屋だ。

 5人ほどがのんびりした様子で出てくる。 さすがに聞き逃しはしなかったようだ。

 初代国王の肖像画の前まで行き、何やら話しているが、肖像画などに興味がある筈がない。 あれは退路をたったと見るべきだろう。

 もしこいつらが敵なら、いや、敵だけど、こっちに1人くらい回してほしいと思うのは贅沢か?

 まあ、来てもらっても困るが。

「チェリー、戦時令が出ているというのに、女の身で出歩いちゃいかんだろう」

「申し訳ございません。 祖父がどうしてもルーラァ様にお祝いをと申すもので」

 つとめて明るく、さも困ったかのように声をかけると、すぐさま反応を返してくる。

 才女は健在なり、だ。

「お初にお目にかかります。 チェリーがお世話になっております、サンド・ストームめにございます。 此度は誠にめでたく、ルーラァ卿はもとより――」

 しわがれ声の、いかにも好々爺とした御仁だが、そんなはずはない。

「待て、待て、待て。 お前たち、そんな事で来たのか?」

「この老いぼれ、いつ果てるともしらぬ命にございますれば、今すぐにお祝い致さねば、一生の不覚は必定。 今生のお別れも兼ねまして、ここはぜひとも――」

「ああ、分かった、分かった。 侯爵様にお伺いを立ててみるからちょっと待て。 もしお許しが出ても、書類などを片付けるからしばらくそのままだ。 いいな」

「はい、ありがたき幸せにございます」

「はーっ、やれやれ」

 聞こえよがしにため息をつき、扉を閉める。

 これで専属近衛城兵たちが警戒を解くとは思えんが、行動は起こさないだろう。

 それにしても、あの長老役者だな。 迫真の演技だ。


 奥の席に向かい、腕を組んだドーマの爺さんに近づく。

 話は聞こえていたはずだが、その瞳が閉じられている。 ここは黙って待つのみだ。

「長老か?」

「間違いないかと」

「わしが戻るまで、中に入れるな」

「はっ」

 目をカッと見開き、すっくと立ち上がる姿は、さすが侯爵だと思わせる。

 颯爽と歩く後姿が隠し扉に消えた。 まではいいが、俺はどうすればいい?

 専属近衛城兵の動きが気になるし、爺さんが何をしに行ったのかも気になる。

 待つだけなんて殺生だぞ。 せめて、なんか言っておけよな。

 そうだ、ユニコーン?

『呼んだ?』

 ああ、扉の向こうの老人は長老で間違いないか?

『ええ、そう呼んでいたから間違いないと思うわ』

 専属近衛城兵に動きがあったら知らせてくれ。

『わかった』

 ところで、砂漠の民は5人とか言ってたろ、他の奴はどうしてる?

『月の庵で、掃除しているわ。 ずいぶんきれい好きみたいね』

 それはねえな。 多分だが、そこにいた痕跡を消そうとしているんだろうよ。 先ほど会った奴もそこか?

『何言ってるの、執事の服を着ていたでしょう?』

 ええ? 服装は違うにしても、もっと若かった気がしたぞ。

『変装しているんじゃないかしら』

 なるほどな。 そう言えば夜目もきくようだし、そういう部族なのかもしれんな。

 ドーマの爺さんは? 何処に行った?

『王の所みたいね。 あら、一緒に来るみたいよ』

 ここにか?

『ええ、そうよ』

 嘘だろう?

『失礼ね、嘘は言ってないわよ』

 ああ、すまん。 お前を疑ったわけじゃない。

 王様と長老のトップ会談なんか、信じられんと思っただけだ。

『ああ、ここには隠し部屋があるから、そこで様子を見るそうよ』

 へーっ、そんなものがあるのか。

 しかし、そうなると慎重に話さないといかんな。 ヘタすりゃあ、アイスラー家があぶなくなる。

『それも大丈夫。 「子供の戯言でも聞きに行きませんか?」って、ドーマ侯爵がそう言っていたから』

 なるほど、予防線ははってある、か。

 逆に考えれば、俺を売り出すチャンスでもありそうだな。

『そうよ、頑張ってね』

 ああ、ありがとよ。

 しかし、話をどう組み立てるか、思案六法、考え時だな。 うーん。

『ルーラァ?』

 うーん。

『ルーラァ?』

 うるさい、黙ってろ。

『寝るつもり?』

 いや、さすがにそれは無い……と、思う。

 うむ、今一つ自信がない。 しかし、考えないといかんしな。 だが、寝るのはまずいだろう。どうするか悩む。 あれ、悩むのは大丈夫なのか?

『どうでもいいけど、専属近衛城兵たちが、こっちに向かってくるみたいよ』

 どうでもいいとは、え? そりゃあまずいな、爺さんたちは?

『隠し通路に入ったところね』

 しかたない、見切り発車するか。


「いいぞ、入れ」

 声をかけておいて、自分の椅子にふんぞり返る。

 すぐに扉が開いたのは、奴らもあせっていたんだろう。

 長老、チェリー、近衛兵まで入ってくる。 お前まで入ったら駄目だろうが。

「中央へ」

 部屋の真ん中あたりを示し、そこに3人が跪き、頭を下げた。

「いいというまで頭を上げるな」

 大丈夫だろうとは思うが、3人の行動が読めん。

 ドーマの爺さんが隠し扉から出てくるかもしれんから、念の為だ。

 そして扉に向かう。

 扉を開けると、目の前にいた。 しかも人数が増えとる。 ざっと10いや、9人か。

「なんか用か?」

「ブルーノ隊、副隊長のレントだ」

「ルーラァ隊、隊長のルーラァだ」

 おお、ブルーノ隊か、かっこいい。 仲間の中の仲間だったか。

 ブルーノは、聞くまでも無くお家の一大事とやらで帰ったな。

 売り言葉に買い言葉になってしまったが、まあ、許容範囲内だろう。

「ここで待機する」

「私的な話だ。 聞かれたくない」

「女はまだしも、2人はかなりの手練れだぞ」

「知ってる」

 ああ、心配してくれているのか。

 親が子を心配するような口調だが、断るしかないよな。

「大臣の為でもある」

「専属は俺だ」

「本当に大丈夫なんだな?」

 すまないと、心で謝っておく。

「レイダーの弟子で弱いのは俺くらいのもんだ」

「……分かった」

 有名人のレイダー、お前の名前を使わせてもらったぞ。

 こいつらはお前の弟子ではないが、まあ、嘘はついていないし、かんべんな。

『ルーラァ? 心で思っているだけじゃ、伝わらないわよ』

 分かってるよ。 ほら、気分の問題というやつだ。

『人間って、面倒な生き物ね』

 否定はせんよ。

 レントとかいう副隊長が踵を返すと、他の者も黙って従う。

「ふーっ」

 何だか申し訳なくて、扉を閉めると思わずため息が出る。

 今回は、あっちもこっちも勘弁してもらおう。

 今はそれどころじゃあないし、この穴埋めはいつかきっと……覚えていたら返そう。

 頭を下げるチェリーたち3人の背を見ながら席に戻る。

 ユニコーン? 専属近衛城兵は部屋に戻ったか?

『ええ、なんか、ぶつぶつ言ってたけどね』

 しかたないな。 爺さんたちはどうだ?

『隠し部屋で2人並んで座ってる。 でも、王がのぞきとは世も末ね』

 まあ、そういってやるな。 これも仕事だろうぜ。

 さてと、これで劇場の準備は整ったな。


「3人とも顔を上げろ」

 老人は深いしわと細い目、その奥の瞳が見えない。

 先ほどまでの軽薄さは無く、静かに、だがしっかりとこちらを見据えている。

 自然体で隙の無い感じだな。

 近衛兵の方も目が細い。 しかし、睨みつけるような、物言いたげな感じがする。

 先ほどの件もあるし、ひとこと言わずにはおれない感じか。 こいつは確実に俺をなめとるな。

 チェリーは、まあ、いい女だ。

「まずは、名乗ってもらおうか」

 椅子の背にもたれかかり、腕を組んでの対応といくか。

「砂漠の民が長老、サンド・ストームめにございます」

「同じく族長、闇の魔術師、ナイトールにございます」

「同じく族長、商人チェリーにございます」

 おいおい、闇の魔術師とか、自分で言うか? 呆れたもんだな。

「ナイトール」

「はっ」

「顔も嘘、声も嘘、族長というのも嘘ではないのか?」

「恐れ入りましてございます」

 ふん。 変装を見破った事で驚いたようだが、それだけか。

 もっとも、ユニコーンに言われなければまったくわからなかったが。

『呼んだ?』

 いんや。 ありがとうって意味だ。

『そう』

 ははは、嬉しいと言う感情が入ってくる。 人と変わらんな。

『それは褒めてるのよね』

 ああ、いい女だ。

『性別は無いって』

 ああ、そうだったな。

 さて、こっちはどうするかな、と。

「で? 城の奥まで入り込んで、何か用か?」

 そっけなく、面倒くさそうに聞く。

「此度の事に対し、この老いぼれの首1つでお許しいただきたく、お願いに上がった次第にございます」

「断る」

「……」

 間髪入れずに答えたのに、さすがは長老だ、片方の眉を動かしただけで済ませやがった。

 それにひきかえ。

「畏れながら申し上げます」

 やっぱりな。

 ナイトールが、出しゃばってきた。

 長老がいさめようとしていても、俺が嫌そうな顔を向けても、お構いなしだ。

「此度の事は、サンドールめの独断。 かの者を許し、長老を許さぬは筋が通りませぬ」

「魔導師様に何という事を! 控えぬか!」

 長老が怒気を表にして、しぶしぶ引き下がった。

 やれやれだな。

「民の総意に逆らう者、俺と長老の話に平気で口をはさむ者、砂漠の民はただの無法者の集まりと見えるな」

「申し訳ございません」

 ここは言っておかないとな。

「しかし、俺に許しをもらっても仕方無いと思うがな」

「畏れながら、我らにとっての王は魔導師様にございます」

「なんだ、そりゃあ?」

 思わず声が裏返ってしまった。

「砂漠の土地は魔導師様より賜った物にございます」

「馬鹿を言うな。 魔導師様の口添えはあったかもしれんが、国王陛下に賜った物だろうが」

「それは理屈という物にございます」

 何だこいつは、ただの頑固爺か?

「千年の時を経て現世によみがえられた魔導師様こそ、我らが主にございます」

「ちょっと待て。 いいか、俺は陛下にお仕えしている。 その陛下に弓を引くは、俺に弓を引くのと同義だ。 ひとたび命あらば、俺がこの手で砂漠の民を根絶やしにする。 その事が分かっているのか?」

「それが主の意思ならば、謹んでお受けいたします」

 駄目だこりゃ。

 思わず目を天井に向けた。


 待てよ。

 この爺は現状を正確にとらえているのかもしれん。

 たしかに、この状況で俺を怒らせたら終わりだろう。

 今この現状を乗り切るには、俺を魔導師として祭り上げて味方にする。 それ以外に手はない。

 長老の名は伊達じゃないってか。

 となると、予定とはだいぶ違ったが、おおむね望んだ方向に来ているのか。

 サンドールやナイトールなどの問題児はいるものの、それを使いこなすのも仕事のうち。

 そう言えば、日本の会社は問題児ばかりだったっけ。

 いずこも同じか。 しかたない、砂漠の民、引き受けてやるとするか。

 そうとなれば、楽屋裏の準備も整ったという事だな。

 んじゃまあ、開演と行きますか。

 時間だ! 緞帳を上げろ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ