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ルーラァ  作者: 水遊び
近衛城兵
44/50

巡回、その3

 飯だ、飯だ。 食堂の入り口までダッシュで来て、入ってすぐ右の扉へ突撃。

 あれ? さっきも、すぐの扉は右だったな。 まあいいや、それより飯だ。

「飯、食えるか?」

「汁物とパンならある。 肉はちょいと待ってくれ」

 でっぷり肥えたオッサン、腹の贅肉は関取並だ。

「おお、トン汁の匂いじゃねえか。 それだけで十分だ」

「あいよ」

 でたでた、大きな皿にトン汁、パン付きだ。

 具が無いのはパンを浸すからだろうが、パンなどいらん。

 皿を抱えて飲む。

「わちぃちぃ。 あー、あつ。 あー、あつ。 おい、舌が火傷したぞ」

「ああ、熱すぎたか、すまんな。 今、冷えたのを足してやる」

「いらん。 こんな旨いもん、薄めるなんてもったいない」

 両手で抱えてトン汁を守り、再度挑戦だ。

 ふーふーふー、ずずっ-。

「薄めるんじゃない、冷たいのを足すんだ。 ほら、手をどけろ」

 口調は荒っぽいが、腕をやさしくたたかれる。

 まあ、薄めないならいいか。

 関取が、木の柄杓で冷えたトン汁を足してゆく。

「おお、つるつるいっぱいになった」

 ふーふー、ずっ、うん、大丈夫だ。 んぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐ。

「ぷはーっ、旨い―。 おかわり」

「ははは、あいよ」

 といっても、柄杓でそそいでゆくだけだが、たっぷり頼むぜ。

 具は入ってないが、この味は食べたことがある。

 いつも食っている上品な味ではない。 どちらかというと大衆食堂の味だ。

 ああ、思い出した、高速のパーキングだ。 東名、いや、名神のどっかのパーキングだ。

 そうそう、朝早かったんだ。 5時か6時、なのにレストランが開いていた。

 そこにあったトン汁定食と、おんなじ味だ。

「はいよ」

 即行で食いつく。 んぐ、んぐ、んぐ。

「ああ、うめー。 婆さんにも食べさせたいな。 きっと喜ぶぞ」

 んぐ、んぐ、んぐ。

 女官たちも食べるかな? どんなもん食ってるのかは知らんが、これは気に入るぞ。

「ふーっ、皆にも食べさせたいぜ」

 んぐんぐんぐ。

「ぷはーっ、おかわり」

「おいおい、いくらなんでも食い過ぎだぞ」

「ええ? だめなのか?」

「だめじゃないが、パンも食え」

「分かった、次に食うから」

「ったく、しょうがねえなあ」

 呆れ顔しても無駄だぜ関取、俺の決心は変わらん。

 再び皿にはトン汁がいっぱい。

 パンね、はいはい。 ちぎって、浸して、パクッ、とな。

「おおお、旨い」

「だろ?」

「ああ、でも、こっちの方がもっと旨い」

 んぐんぐんぐんぐんぐんぐ、ぷはーっ。

「ははは、旨―い」

 で、皿についたやつを、パンでスーッ、パクッだ。

 スーッ、パクッ。 スーッ、パクッ。 スーッ、パクッ。

「はーっ、お腹いっぱいだ。 御馳走さん」

「わははは、いい食いっぷりだ。 気に入ったぞ、これ持ってけ」

「ええ、鍋ごと?」

 太っ腹は心まで太っ腹か?

「ああ、皆にも食べさせてやりたいんだろ」

「何で分かった?」

「そう言ってたじゃないか」

「そうか? いや、いいけど、こんなにもらっていいのか?」

「ああ。 戦時令なんざ、何代か前の料理長の時以来でな。 肉は足らないわ汁物は多いわで、てんやわんやというやつだ」

「去年の戦争の時は、出なかったのか?」

「戦火がよその国だったからな」

「なるほどな。 そういうことなら、ありがたくもらっていくぞ」

「おう、篝火にでも乗せておけば、いつでも暖かいもんが食えるぞ」

「ああ、なるほど」

「鍋は返しに来いよ」

「わかった」

 いい関取じゃねえか、贔屓にしてやろう。

 さてと、出口を左に曲がって正面までか。

 しかし、遠いし重いな。 鍋は鍋でも鉄鍋だもんな。 ホーローだかいうのは無理でも、真鍮鍋くらいないのか? 土鍋くらいはあると思うんだが。

 なんでもいいから、誰か発明しろよな。

「うんしょ、こらしょ」

 やっぱり重い。

 持ち手が2つあるから持っていたが、指が痛い。 こりゃあ、抱きかかえた方がいいな。

「えっほ、えっほ、えっほっほ」

 こりゃいいや、この調子で行くぞ。

「えっさ、ほいさ、えさほいさっさ」

 こっちのほうがいいか。

「えーっさ、えーっさ、えさほいさっさ。 お猿のかごやだ、ほいさっさ」

 ははは。

「日暮れの山道細い道、小田原提灯ぶら下げて。 それ、やっとこどっこい、ほいさっさ。 ほーい、ほいほい、ほいさっさ」

 ははは、いい調子で角まで来た。 ようやく正面か、どっこいしょ、と。

 両手をブラブラさせて疲れを取る。

 篝火がここにもあり、近衛兵がたむろしている。 増えたのはさっきのせいかもしれんが、オラしらね、っと。

「見せもんじゃねえぞ」

 にらむと目をそらす、やっぱり根性無しだ。

 あとは、あそこの正門まで行って、階段上がって、爺さんの部屋まで行って、隠し通路上がって、婆さんの部屋まで。 とーいなー。

 まあいい、婆さんの為だ、頑張りますか。

『ルーラァ?』

 うん? 呼んだか?

 腰を落としたまま、ユニコーンの森の方を見上げる。

 見えるわけではないが、なんとなく気分の問題だ。

『彼女の所まで行く気?』

 ああ、そのつもりだが。

『やめた方がいいかもしれないわね』

 なんでよ?

 立ち上がったものの、目線はそのままだ。

 視界の端にとらえた近衛兵たちがつられて目線を向かわせるが、残念ながらそこにはただ星空があるばかりだ。

『部屋に入ってはいけないんでしょう?』

 ああ、そういえばそうだった。

 テラスもこの寒空じゃあ無理かな。

『それ以前に、夜の訪問はいかがなものかしら?』

 そこまで言うかな? いや、言いそうだな。

 でも、何でそこまで神経質なんだ? 奥棟だろ? 女官しかいないわけだし、それほど口が軽いとも思えんがな。

『それでも、家族もいれば好きな人もいるでしょう? 人の口に戸は立てられないですよ』

 ああ、そう言われるとそうだな。 ユリユリまであるし、そんなもんかもしれんな。

 しかし、そうなるとよわったぞ。 これどうすっかな?

 あてがあるとしたらドーマの爺さんだが、爺さんに食わす為にあそこまで運ぶ気にはならんし、まいったな。

「ルーラァ様―」

 うん? 誰かが駆け寄って来るが、うちの御者か。

 そんなに急いで転ぶなよ。

「ルーラァ様、お持ちいたします」

「おう」

 よろめきもせずにやってきた御者は軽々と持ち上げた。

 いや、俺みたいにちょっとはつまずけよ。

 なんとなく悔しいのは気のせいか?

 まあいい、こりゃいいとこに来た。 

「馬車溜りまで運べ」

「はい」

「で、篝火に温めて、食え」

「はい?」

「差し入れだ。 旨いし、あったまるぞ」

「あ、あ、ありがとうございます」

「おいおい、こぼれる。 腰を曲げるな」

「は、はい。申し訳ありません」

 感動してくるのは嬉しいが、こぼすなよ、もったいない。

「ところで、篝火があるとはいえ、よく俺だと分かったな? この暗がりじゃ顔は見えないだろうに」

「それはもう、ルーラァ様は独特の雰囲気をお持ちですので、姿かたちで分かります」

「ふーん」

 良く分からんが、それだけよく見ているという事か。

 30ソコソコだと思うが、かなり優秀な奴かもしれん。 ちょいとハッパをかけて、様子をみてみるか。

「おまえは御者としては優秀だと思うが、それで満足するな。 例えば、レイダー、あいつはすごいぞ。 見習えば、もっと高みに行けるはずだ」

「申し訳ございません。 なかなか祖父の用には参りませんが、努力いたします」

 え? 爺さんと孫か。

 ちょっと待て。 じゃあ、レイダーはいくつなんだ?

 25で子供が出来て、その子が25で出来た子供が30だと、80歳、嘘だろ?

 いやいや、ここは12才で大人だった。

 最短だと24と30で54歳か。

 それでも、なんだな。 俺が50過ぎの爺に手も足も出ない事に変わりはないって事か。

 人の事は言えない、俺もがんばるか。

「レイダーが爺さんなら、しごかれただろ?」

「それはもう」

 苦笑いを浮かべてるのは、思い当たる節があり過ぎるといったところか。

「俺にはずいぶん手加減しているみたいだが、孫となるとな」

「はい、ご主人様より弱くて奉公が出来るか、といった調子でございましたから」

「ははは、言いそうだな」

 なるほど、こいつもかなり強いという事か。

 近衛城兵に護衛を付けては恰好がつかんが、これなら大丈夫ってか。

 いやはや、恵まれてんな。

「ああ、そうだ。 ここに近衛兵がいるが、1個中隊100人を1人で倒せと言ったら可能か?」

「そうでございますね。 今の様に、夜でしたら可能かと」

「ほう、どうする?」

「近衛兵は松明を持っておりますので、闇にまぎれればかなり近くにいても悟られません。 投げナイフが有効かと」

「なるほど、しかし、それだけでは心もとないな」

「はい。 背格好の似た者を倒し、装備を奪います。 移動しながら攻撃する事で戦力を分散させ、個別に近づいて倒す、というのはいかがでしょうか?」

「ふむ、まあまあだ」

「ありがとうございます」

 おいおい、こいつあ俺の上を行くぞ。 こいつも貴族の端くれのはずだが、やるとなったらなりふり構わずか。

 いいねえ、俺の趣味にピッタリだ。 こりゃあ、掘り出しもんかもしれん。

 篝火の近衛兵ども、聞こえないふりをしても無駄だぞ。 聞き耳を立てているのは丸わかりだ。 どんな気持ちで聞いているのか、聞いてみたいくらいだ。

 さてと、いい話も聞けたし、そろそろ行くか。

「行ってらっしゃいませ」

 身軽になって、正門に向かう背に声が届く。

 こいつを将として使うか、もしくは家の守り刀とするか、迷うとこだな。

 どちらにせよ、1度は戦場に連れて行って損はないだろう。

 とはいえ、俺自身も戦争の経験は無いしな。 知っているのは、闇市や愚連隊の殺伐とした雰囲気くらいか。

 まあ、やくざとは何度かやり合ったし、出入りがでかくなったやつと大差あるまい。

 しかし、俺のやりたいような戦争は気位の高い貴族軍では難しいだろうな。

 やはり平民で軍を作るしかないか。

 でもなあ、騎馬は欲しいとこだが、鐙で乗れるようになっても戦闘は別物だろうしな。

 まあいいや。 それはおいおい考えるとしよう。

 それにしても、あいつを猿とか呼んだら面白いかもしれん。 今度試してみよう。

 おっと、考え事をしていたらドーマ侯爵の扉だ。

 横の専属近衛城兵の扉に目はやるが、パス。


「ただいま」

 あれ? また客か?

 客は膝をついて背が見える、爺さんはお仕事中。

 俺がいない時に部屋に招いたくらいだし、さしあたりの危険はないだろう。

 黙って爺さんの後ろに立つ。

 それにしても、今日は客が多い。 レイダーにサンドール、こいつで3人目か。

「お前の客だ」

「私に、でございますか?」

 爺さんは書類を見たまま、顔も上げない。

「家具の職人だ」

「はい、ありがとうございます」

 いつの間に呼んだのかは知らんが、さすがに仕事が早いな。

 黒っぽい灰色の髪だ。

「顔を上げよ。 名は?」

「タダモリ、にございます」

「お前はもしかして日本人、いや、あれだ。 もしかして、お前も魔導師様に名前をもらったのか?」

「はい。 魔導師様より家名を授かりました、家具職人タダモリにございます。 お見知りおきのほどを」

 昔の名前だし、顔を上げたら目が青かったし、日本人ではない。

 キヨモリがいたんだ、タダモリがいてもおかしくはないが、魔導師ってやつは名前を付ける趣味でもあったんかな。

「家具職人で1000年とはすごいな」

「恐れ入ります」

 ふむ。 ここでお家自慢をする馬鹿ではなさそうだ。

 まあ、されても困るけどな。

 何でもござれと貫録を見せているようだが、さてさて、希望の品は出来るかな?

「細くて長い棒を1本頼みたい」

「かしこまりました。 細さと長さの目安はどのようにいたしましょうか?」

「そうだな。 ホウキ、掃除をする時に使う柄の長い方のホウキと同じがいい」

「はい。 埋め込む宝石にご希望はございますでしょうか?」

 は? 

 ああ、家具職人だとそうなるのか。

 たしかに、白い木にルビーでも埋め込めばきれいかもしれん。

「宝石はいいが、模様が欲しいな」

「はい。 どのような模様がご希望でしょうか?」

「とらふ」

「はい?」

「だから、とらふの模様の細い棒がいいと言っているんだ」

「い、いえ、あの、それは、つまり」

 ははは、余裕のよっちゃんだったのが、オロオロしだしたぞ。

 おもしれえ、ちょいとからかってやるか。

「何だ、出来ないのか?」

「いえ、出来ます。 出来ますが、その、用途をお聞きしても?」

「だめだ」

「――はい」

 奥棟は武器の持ち込み禁止だから、武器にするとは言えん。

 想像はつくだろうが、そこはのみ込んでもらわないとな。

 まあいい、そろそろ許してやるか。

「期限は決めないでおいてやる。 出来たら持って来い」

「お待ちください。 2日、いや、3日後には必ず」

 おお、おお、無理しちゃって。 職人だねえ。

「10日だ。 それまでに何とかしろ」

「かしこまりました」

 3日も徹夜させるほど急いじゃいないしな。

「そうだ、もう1つ」

 椅子に座って、紙を取り出す。

 今度は何かと心配そうだ。

 仕方ない。 展開図を書きながら、説明もしとくか。

「こっちはただの遊び道具だから、心配するな」

「はい」

「出来た物に古代文字を入れるんだ。 彫り込んで、色を流す事で文字を浮かび上がらせる」

「はい」

「独特の彫り方だから俺が見本を作る。 俺でも彫れる様に軟らかい木でな」

「かしこまりました」

「若い職人に任せろ。 どうなるかは分からんが、チェス以上に普及するかもしれんしな」

「はい」

「よし出来た」

 紙を渡して反応を待つ。

「これは……なるほど。 これは分かりやすうございますね」

「まあな。 実物はもっと小さいんだが、彫りにくいからそのくらいの物でいい」

「かしこまりました」

 構造が単純とはいえ、展開図を初見で理解するとはさすがだな。

「じゃ、10日後を楽しみにしているぞ」

「はっ、必ずや」

 おお、なんかかっこいいな。

 気合の入った職人は颯爽としている。 誰かが言っていたが、本当だ。


「何を作るつもりだ?」

 タダモリが帰るとさっそく聞いてくるあたり、爺さんも聞きたいのを我慢していたとみえる。

「ああ、将棋というおもちゃだ」

「将棋?」

「まあ、チェスの様なもんだよ」

「そうではなくて、その、トラフとかいうやつじゃ」

「ああ、あれは、へへへ」

 へへへ、わざとだよーだ。

「なんじゃ?」

「何で大軍?」

「ふん」

「じゃ、こっちも、ふん」

「お、おまえというやつは~」

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