巡回、その3
飯だ、飯だ。 食堂の入り口までダッシュで来て、入ってすぐ右の扉へ突撃。
あれ? さっきも、すぐの扉は右だったな。 まあいいや、それより飯だ。
「飯、食えるか?」
「汁物とパンならある。 肉はちょいと待ってくれ」
でっぷり肥えたオッサン、腹の贅肉は関取並だ。
「おお、トン汁の匂いじゃねえか。 それだけで十分だ」
「あいよ」
でたでた、大きな皿にトン汁、パン付きだ。
具が無いのはパンを浸すからだろうが、パンなどいらん。
皿を抱えて飲む。
「わちぃちぃ。 あー、あつ。 あー、あつ。 おい、舌が火傷したぞ」
「ああ、熱すぎたか、すまんな。 今、冷えたのを足してやる」
「いらん。 こんな旨いもん、薄めるなんてもったいない」
両手で抱えてトン汁を守り、再度挑戦だ。
ふーふーふー、ずずっ-。
「薄めるんじゃない、冷たいのを足すんだ。 ほら、手をどけろ」
口調は荒っぽいが、腕をやさしくたたかれる。
まあ、薄めないならいいか。
関取が、木の柄杓で冷えたトン汁を足してゆく。
「おお、つるつるいっぱいになった」
ふーふー、ずっ、うん、大丈夫だ。 んぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐ。
「ぷはーっ、旨い―。 おかわり」
「ははは、あいよ」
といっても、柄杓でそそいでゆくだけだが、たっぷり頼むぜ。
具は入ってないが、この味は食べたことがある。
いつも食っている上品な味ではない。 どちらかというと大衆食堂の味だ。
ああ、思い出した、高速のパーキングだ。 東名、いや、名神のどっかのパーキングだ。
そうそう、朝早かったんだ。 5時か6時、なのにレストランが開いていた。
そこにあったトン汁定食と、おんなじ味だ。
「はいよ」
即行で食いつく。 んぐ、んぐ、んぐ。
「ああ、うめー。 婆さんにも食べさせたいな。 きっと喜ぶぞ」
んぐ、んぐ、んぐ。
女官たちも食べるかな? どんなもん食ってるのかは知らんが、これは気に入るぞ。
「ふーっ、皆にも食べさせたいぜ」
んぐんぐんぐ。
「ぷはーっ、おかわり」
「おいおい、いくらなんでも食い過ぎだぞ」
「ええ? だめなのか?」
「だめじゃないが、パンも食え」
「分かった、次に食うから」
「ったく、しょうがねえなあ」
呆れ顔しても無駄だぜ関取、俺の決心は変わらん。
再び皿にはトン汁がいっぱい。
パンね、はいはい。 ちぎって、浸して、パクッ、とな。
「おおお、旨い」
「だろ?」
「ああ、でも、こっちの方がもっと旨い」
んぐんぐんぐんぐんぐんぐ、ぷはーっ。
「ははは、旨―い」
で、皿についたやつを、パンでスーッ、パクッだ。
スーッ、パクッ。 スーッ、パクッ。 スーッ、パクッ。
「はーっ、お腹いっぱいだ。 御馳走さん」
「わははは、いい食いっぷりだ。 気に入ったぞ、これ持ってけ」
「ええ、鍋ごと?」
太っ腹は心まで太っ腹か?
「ああ、皆にも食べさせてやりたいんだろ」
「何で分かった?」
「そう言ってたじゃないか」
「そうか? いや、いいけど、こんなにもらっていいのか?」
「ああ。 戦時令なんざ、何代か前の料理長の時以来でな。 肉は足らないわ汁物は多いわで、てんやわんやというやつだ」
「去年の戦争の時は、出なかったのか?」
「戦火がよその国だったからな」
「なるほどな。 そういうことなら、ありがたくもらっていくぞ」
「おう、篝火にでも乗せておけば、いつでも暖かいもんが食えるぞ」
「ああ、なるほど」
「鍋は返しに来いよ」
「わかった」
いい関取じゃねえか、贔屓にしてやろう。
さてと、出口を左に曲がって正面までか。
しかし、遠いし重いな。 鍋は鍋でも鉄鍋だもんな。 ホーローだかいうのは無理でも、真鍮鍋くらいないのか? 土鍋くらいはあると思うんだが。
なんでもいいから、誰か発明しろよな。
「うんしょ、こらしょ」
やっぱり重い。
持ち手が2つあるから持っていたが、指が痛い。 こりゃあ、抱きかかえた方がいいな。
「えっほ、えっほ、えっほっほ」
こりゃいいや、この調子で行くぞ。
「えっさ、ほいさ、えさほいさっさ」
こっちのほうがいいか。
「えーっさ、えーっさ、えさほいさっさ。 お猿のかごやだ、ほいさっさ」
ははは。
「日暮れの山道細い道、小田原提灯ぶら下げて。 それ、やっとこどっこい、ほいさっさ。 ほーい、ほいほい、ほいさっさ」
ははは、いい調子で角まで来た。 ようやく正面か、どっこいしょ、と。
両手をブラブラさせて疲れを取る。
篝火がここにもあり、近衛兵がたむろしている。 増えたのはさっきのせいかもしれんが、オラしらね、っと。
「見せもんじゃねえぞ」
にらむと目をそらす、やっぱり根性無しだ。
あとは、あそこの正門まで行って、階段上がって、爺さんの部屋まで行って、隠し通路上がって、婆さんの部屋まで。 とーいなー。
まあいい、婆さんの為だ、頑張りますか。
『ルーラァ?』
うん? 呼んだか?
腰を落としたまま、ユニコーンの森の方を見上げる。
見えるわけではないが、なんとなく気分の問題だ。
『彼女の所まで行く気?』
ああ、そのつもりだが。
『やめた方がいいかもしれないわね』
なんでよ?
立ち上がったものの、目線はそのままだ。
視界の端にとらえた近衛兵たちがつられて目線を向かわせるが、残念ながらそこにはただ星空があるばかりだ。
『部屋に入ってはいけないんでしょう?』
ああ、そういえばそうだった。
テラスもこの寒空じゃあ無理かな。
『それ以前に、夜の訪問はいかがなものかしら?』
そこまで言うかな? いや、言いそうだな。
でも、何でそこまで神経質なんだ? 奥棟だろ? 女官しかいないわけだし、それほど口が軽いとも思えんがな。
『それでも、家族もいれば好きな人もいるでしょう? 人の口に戸は立てられないですよ』
ああ、そう言われるとそうだな。 ユリユリまであるし、そんなもんかもしれんな。
しかし、そうなるとよわったぞ。 これどうすっかな?
あてがあるとしたらドーマの爺さんだが、爺さんに食わす為にあそこまで運ぶ気にはならんし、まいったな。
「ルーラァ様―」
うん? 誰かが駆け寄って来るが、うちの御者か。
そんなに急いで転ぶなよ。
「ルーラァ様、お持ちいたします」
「おう」
よろめきもせずにやってきた御者は軽々と持ち上げた。
いや、俺みたいにちょっとはつまずけよ。
なんとなく悔しいのは気のせいか?
まあいい、こりゃいいとこに来た。
「馬車溜りまで運べ」
「はい」
「で、篝火に温めて、食え」
「はい?」
「差し入れだ。 旨いし、あったまるぞ」
「あ、あ、ありがとうございます」
「おいおい、こぼれる。 腰を曲げるな」
「は、はい。申し訳ありません」
感動してくるのは嬉しいが、こぼすなよ、もったいない。
「ところで、篝火があるとはいえ、よく俺だと分かったな? この暗がりじゃ顔は見えないだろうに」
「それはもう、ルーラァ様は独特の雰囲気をお持ちですので、姿かたちで分かります」
「ふーん」
良く分からんが、それだけよく見ているという事か。
30ソコソコだと思うが、かなり優秀な奴かもしれん。 ちょいとハッパをかけて、様子をみてみるか。
「おまえは御者としては優秀だと思うが、それで満足するな。 例えば、レイダー、あいつはすごいぞ。 見習えば、もっと高みに行けるはずだ」
「申し訳ございません。 なかなか祖父の用には参りませんが、努力いたします」
え? 爺さんと孫か。
ちょっと待て。 じゃあ、レイダーはいくつなんだ?
25で子供が出来て、その子が25で出来た子供が30だと、80歳、嘘だろ?
いやいや、ここは12才で大人だった。
最短だと24と30で54歳か。
それでも、なんだな。 俺が50過ぎの爺に手も足も出ない事に変わりはないって事か。
人の事は言えない、俺もがんばるか。
「レイダーが爺さんなら、しごかれただろ?」
「それはもう」
苦笑いを浮かべてるのは、思い当たる節があり過ぎるといったところか。
「俺にはずいぶん手加減しているみたいだが、孫となるとな」
「はい、ご主人様より弱くて奉公が出来るか、といった調子でございましたから」
「ははは、言いそうだな」
なるほど、こいつもかなり強いという事か。
近衛城兵に護衛を付けては恰好がつかんが、これなら大丈夫ってか。
いやはや、恵まれてんな。
「ああ、そうだ。 ここに近衛兵がいるが、1個中隊100人を1人で倒せと言ったら可能か?」
「そうでございますね。 今の様に、夜でしたら可能かと」
「ほう、どうする?」
「近衛兵は松明を持っておりますので、闇にまぎれればかなり近くにいても悟られません。 投げナイフが有効かと」
「なるほど、しかし、それだけでは心もとないな」
「はい。 背格好の似た者を倒し、装備を奪います。 移動しながら攻撃する事で戦力を分散させ、個別に近づいて倒す、というのはいかがでしょうか?」
「ふむ、まあまあだ」
「ありがとうございます」
おいおい、こいつあ俺の上を行くぞ。 こいつも貴族の端くれのはずだが、やるとなったらなりふり構わずか。
いいねえ、俺の趣味にピッタリだ。 こりゃあ、掘り出しもんかもしれん。
篝火の近衛兵ども、聞こえないふりをしても無駄だぞ。 聞き耳を立てているのは丸わかりだ。 どんな気持ちで聞いているのか、聞いてみたいくらいだ。
さてと、いい話も聞けたし、そろそろ行くか。
「行ってらっしゃいませ」
身軽になって、正門に向かう背に声が届く。
こいつを将として使うか、もしくは家の守り刀とするか、迷うとこだな。
どちらにせよ、1度は戦場に連れて行って損はないだろう。
とはいえ、俺自身も戦争の経験は無いしな。 知っているのは、闇市や愚連隊の殺伐とした雰囲気くらいか。
まあ、やくざとは何度かやり合ったし、出入りがでかくなったやつと大差あるまい。
しかし、俺のやりたいような戦争は気位の高い貴族軍では難しいだろうな。
やはり平民で軍を作るしかないか。
でもなあ、騎馬は欲しいとこだが、鐙で乗れるようになっても戦闘は別物だろうしな。
まあいいや。 それはおいおい考えるとしよう。
それにしても、あいつを猿とか呼んだら面白いかもしれん。 今度試してみよう。
おっと、考え事をしていたらドーマ侯爵の扉だ。
横の専属近衛城兵の扉に目はやるが、パス。
「ただいま」
あれ? また客か?
客は膝をついて背が見える、爺さんはお仕事中。
俺がいない時に部屋に招いたくらいだし、さしあたりの危険はないだろう。
黙って爺さんの後ろに立つ。
それにしても、今日は客が多い。 レイダーにサンドール、こいつで3人目か。
「お前の客だ」
「私に、でございますか?」
爺さんは書類を見たまま、顔も上げない。
「家具の職人だ」
「はい、ありがとうございます」
いつの間に呼んだのかは知らんが、さすがに仕事が早いな。
黒っぽい灰色の髪だ。
「顔を上げよ。 名は?」
「タダモリ、にございます」
「お前はもしかして日本人、いや、あれだ。 もしかして、お前も魔導師様に名前をもらったのか?」
「はい。 魔導師様より家名を授かりました、家具職人タダモリにございます。 お見知りおきのほどを」
昔の名前だし、顔を上げたら目が青かったし、日本人ではない。
キヨモリがいたんだ、タダモリがいてもおかしくはないが、魔導師ってやつは名前を付ける趣味でもあったんかな。
「家具職人で1000年とはすごいな」
「恐れ入ります」
ふむ。 ここでお家自慢をする馬鹿ではなさそうだ。
まあ、されても困るけどな。
何でもござれと貫録を見せているようだが、さてさて、希望の品は出来るかな?
「細くて長い棒を1本頼みたい」
「かしこまりました。 細さと長さの目安はどのようにいたしましょうか?」
「そうだな。 ホウキ、掃除をする時に使う柄の長い方のホウキと同じがいい」
「はい。 埋め込む宝石にご希望はございますでしょうか?」
は?
ああ、家具職人だとそうなるのか。
たしかに、白い木にルビーでも埋め込めばきれいかもしれん。
「宝石はいいが、模様が欲しいな」
「はい。 どのような模様がご希望でしょうか?」
「とらふ」
「はい?」
「だから、とらふの模様の細い棒がいいと言っているんだ」
「い、いえ、あの、それは、つまり」
ははは、余裕のよっちゃんだったのが、オロオロしだしたぞ。
おもしれえ、ちょいとからかってやるか。
「何だ、出来ないのか?」
「いえ、出来ます。 出来ますが、その、用途をお聞きしても?」
「だめだ」
「――はい」
奥棟は武器の持ち込み禁止だから、武器にするとは言えん。
想像はつくだろうが、そこはのみ込んでもらわないとな。
まあいい、そろそろ許してやるか。
「期限は決めないでおいてやる。 出来たら持って来い」
「お待ちください。 2日、いや、3日後には必ず」
おお、おお、無理しちゃって。 職人だねえ。
「10日だ。 それまでに何とかしろ」
「かしこまりました」
3日も徹夜させるほど急いじゃいないしな。
「そうだ、もう1つ」
椅子に座って、紙を取り出す。
今度は何かと心配そうだ。
仕方ない。 展開図を書きながら、説明もしとくか。
「こっちはただの遊び道具だから、心配するな」
「はい」
「出来た物に古代文字を入れるんだ。 彫り込んで、色を流す事で文字を浮かび上がらせる」
「はい」
「独特の彫り方だから俺が見本を作る。 俺でも彫れる様に軟らかい木でな」
「かしこまりました」
「若い職人に任せろ。 どうなるかは分からんが、チェス以上に普及するかもしれんしな」
「はい」
「よし出来た」
紙を渡して反応を待つ。
「これは……なるほど。 これは分かりやすうございますね」
「まあな。 実物はもっと小さいんだが、彫りにくいからそのくらいの物でいい」
「かしこまりました」
構造が単純とはいえ、展開図を初見で理解するとはさすがだな。
「じゃ、10日後を楽しみにしているぞ」
「はっ、必ずや」
おお、なんかかっこいいな。
気合の入った職人は颯爽としている。 誰かが言っていたが、本当だ。
「何を作るつもりだ?」
タダモリが帰るとさっそく聞いてくるあたり、爺さんも聞きたいのを我慢していたとみえる。
「ああ、将棋というおもちゃだ」
「将棋?」
「まあ、チェスの様なもんだよ」
「そうではなくて、その、トラフとかいうやつじゃ」
「ああ、あれは、へへへ」
へへへ、わざとだよーだ。
「なんじゃ?」
「何で大軍?」
「ふん」
「じゃ、こっちも、ふん」
「お、おまえというやつは~」




