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ルーラァ  作者: 水遊び
近衛城兵
43/50

巡回、その2

 腹が減ってはいくさは出来ぬ、か。

 さっきまでなんともなかったのに、急に腹が減るのは不思議だよな。

 そう言えば、昔からそうだった。

 仕事を終わって、家に着いた途端に腹が減る。

 小学校の時なんて、学校が終わったら腹が減ったもんな。

 甘いもんなんて無かったし、アケビやイチジクは最高のごちそうだった。

 そうそう、イタドリの茎や椿の花の蜜も忘れちゃならん。

 それに比べて、こっちに来てからは贅沢が過ぎるかもしれんな。

 おっと、通用口だ。

 えーっと、通路には誰もいないなあ。

 すぐの扉というと右側のあれか。

 しかし、武器を持ったままでは行けないし、どうするかな?

「おーい、誰かいないか―?」

「えーっと、女官で誰かいないか―?」

 おかしいなあ、いないはずはないんだが。

「もし、もーし」

「はーい」

 ははは、もしもしが通じた。

「あ、ルーラァ様、どうかされましたか?」

 少し奥、左の扉から出てきたのは可愛い子、いいねえ。

 俺を知っているってことは、体術の稽古をした時だな。 これはチャンスかもしれんぞ。

「女官長に、御足労いただけませんか、って言ってくれ」

「はい、ただいま」

 あっ、行っちゃった。

 いや、行くのはいいんだが、名前を聞きそびれた。

 もう少し考えて言わないといかんな。 反省、反省。


 かわい子ちゃんが女官長を連れて、いや、その後ろから来る。

 気になるが、女官長のお相手をするのがお仕事。 しゃーない、頑張りますか。

「お待たせいたしました」

「いえ、急に呼び出して、すみません」

「お気になさらずに。 で、何か?」

 おお、さすが女官長、大人の会話だ。

「この、1番手前の扉ですが、何が入っていますか?」

「ここは食料庫の1つですが」

「今は、どなたかおられますか?」

「いいえ、この時間にはいないはずですが」

「……」

「まさか?」

 意味ありげに見つめただけだが、さすがに理解が早くて助かります。

「剣を帯びたままですが、そこまでの立ち入り許可をいただけますか?」

「分かりました。 お願いいたします」

 さてと、お許しも出た事だし、不審者退治と行きますか。

 女官長がかわい子ちゃんに目配せをし、彼女が足早に立ち去った。

 扉の前まで来てようやくその意味を理解し、少し待つ。

 やがて、ゾロゾロと現れた女官たちの手には、大小さまざまな包丁が握られていた。

 それは料理人の魂で、人に向けちゃダメだ。 そう言いそうになるが、彼女たちは終始無言で、扉より奥の通路に並ぶ。

 ここから先は何があっても行かせない。 そんな気迫が伝わって来る。

 中央にいる女官長がうなずくのを確認し、漆黒の剣を抜き、扉に手をかける。

「ふーっ」

 1つ息を吐き出し、一気に扉を開ける。

 バーンという音と共に扉が開き、すばやくしゃがみ込む。

 敵の攻撃を予測したが、誰もいない。

 室内は暗く、静まり返っている。

「明かりを」

 室内のどこかには光の魔石があるだろうが、今は闇を凝視しながら待つ。

 やがて、室内に光が差し込む。

 光の魔石を持った誰かが後ろに立ったのだろう。

「そのまま、そこにいて」

 そう言いながら、棚が立ち並んでいるのを確認する。

 図書室の様に並んだ棚には、大小さまざまな袋がぎっしりと詰め込まれている。

 ここにいる筈なんだが、気配を感じない。 まだまだ修行が足りんな。

「中にいるのは分かっている。 気配があるんだから隠れていても無駄だ。 今から3つ数える。 その間に出てくれば良し。 出てこなければ、問答無用で切り殺す」

 通路を順に確認しながら、見つけ出して倒すしかないが、出来れば血しぶきを食材にかけたくないところだ。

 まあ、出て来るかどうかは賭けだな。

「ひとーつ、ふたーつ、みいっー」

「待って! 今出ます!」

 おんな?

 出てきたのはいいが、女とは。

 まあ、くの一がいても不思議は、ある、か。

 奥の方から出てきた女の子は、小柄で女官服を着ている。

「エレナ」

 後ろで光を持っていたであろう女官が呟く。

 エレナと呼ばれた子は、おどおどとした感じながらも、真っ直ぐに向かってくる。

 仲間なら当然の行動だが、敵の可能性は否定できない。

 警戒したまま扉から離れる。

 光の魔石を持っていたのはさっきのかわい子ちゃん。 これはチャンスだ。

 何も言わずに、彼女の袖をそっと引く。

 それだけで頬を赤らめるうぶさに感動するが、警戒は怠らない。

 扉をはさんで、城の奥側に女官たち、出口側に俺たち二人、その間にエレナが出てくる。

 扉を閉めるのは、しつけの行き届いた女官としては当然と思える。

「あ、あの、小麦を数えていたら、急に眠くなって。 す、すみませんでした」。

 女官長の前まで来て小声で話すが、いやはやなんとも。

 こんな間抜けな言い訳は初めて聞いた。

 小麦を数えていたと言うなら、なぜ室内が暗いんだ?

 この状況で信じろと言う方が無理だと思うんだが、女官たちは呆れたように構えていた包丁を下ろしている。

「人騒がせにも程があります。 戦時令が出ているのですよ」

「はい、ごめんなさい」

 まさか、女官長まで……。

 この子はそういう子なのかな?

 ともかく、ここは彼女の管轄だし、目配せを受けて剣を収める。

 ホッとした空気に包まれたところで、ダッシュ。

 シールドをかけ、肩から扉にぶち当たる。 ドーンという音の向こうに手ごたえあり。

 ドサッという音は、扉にはじかれて倒れたと予想、間髪入れずに飛び込む。

 剣を抜きながら、倒れている者を上から襲う。

 暗くて輪郭しか分からないが、十分だ。

 ピクリとも動かない。 目標は右肩の付け根。 死体になったら取り調べが出来ん。

「やめてー!」

 後ろから大きな声がかかり、おもわず剣が止まる。

「ちっ」

 女官を垂らし込んで城に入る可能性はかなり高いというのに、剣を止めてしまった甘い自分に舌打ちが出る。

 女官が飛び込んできた。

 さっきのエレナとかいうやつだろうが、倒れている者に覆いかぶさってくる。

 これじゃ、突きつけていた剣は引かざるをえない。

「レニーナ、レニーナ、レニーナ」

 脳震盪でも起こしているのだろう、肩をゆすっても反応しない。

 死んではいないと思うが。

 室内に明かりがともり、女官長が傍にやってきた。

「うちの女官に間違いありません」

「そうですか」

 訳が分からないが、ともかく部屋を出る。

 数人の女官が呼ばれて室内に入っていった。 治療をするのだろう。

「何がどうなっているのかさっぱりだ」

「エレナと、レニーナは、愛し合っているんです」

「は?」

 独り言に返事が返ってきた。

 振り返るとかわい子ちゃんだったのはいいが、あまりの内容に間抜けな問いかけをしてしまう。

「女同士でおかしいのは分かります。 でも、2人共真剣なんです。 純粋に愛し合っているんです」

「……」

 返事の仕様がない。 そもそも、純粋とかいう問題じゃないだろう。

 つまりなにか、2人はユリユリという事か?

 女ばかりの職場だからいいのか?

 だめだ、パス。 1抜けた。 俺の管轄外だ、よそでやってくれ。

 室内からはかすかな物音と声がもれ聞こえてくる。

 突然、パシーンという大きな音がした。 ビンタだろうが、痛そうだ。

「あなたたちには尋問という名の拷問を受けてもらいます。 このくらい、痛いうちに入りません」

 女官長の声は大きい。

 それに、拷問って、それもアリなんだ。

「女官長はご存じないので……」

 振り返ると、かわい子ちゃんが悲しそうな目で訴えてくる。

 いやいや、だからどうしろと?

 俺にだって、出来る事と出来ない事があるって。

「お待たせしました」

 女官長が部屋から出てきた。

 後ろには、荒縄で縛られた2人……まずい。

 両手を後ろに縛るだけでもドキッとするのに、体に回された荒縄が胸の形をいびつに変えている。

 おまけに女官服、ビニールに入った写真集の表紙と同じだ。

「では、ルーラァ様、よろしくお願いします」

「は?」

 鼻血が心配だ。

 こういう時の鼻血はじわっと出て来るから、指で確認しないと分からない。

 女官長の言葉が右から左へ抜けてゆき、聞いてはいても理解できない。

「城内に侵入した不審者の取り調べは、近衛城兵の管轄です。 戦時令が出た原因かもしれませんし、よろしくお願いいたします」

 いやいや、俺はやらないと言うか、やっちゃまずいでしょう。

 この状況で渡されたら、何するか分からない。

 俺はスケベだけど、鬼畜じゃないよ。

 変態でもない。 いや、少しは……。

 まあ、ここでは合法で、仕事で、やるべきことではある。

 その結果、あんな事やこんな事になっても、それはそれで仕方がない。

 いやいやいや、だからそうじゃなくて。

 振り返ると、かわい子ちゃんが上目使いのおねだり。 無理、無理、無理。

 周りの女官たちも心配そうに見ている。 勘弁してくれー。

 えーっと、えーっと。

 ともかく縄はまずいな。 まずはそれからだ。

「女官長」

「はい」

「目に毒ですから、縄を解いてください」

「はい?」

「いや、ともかく、縄を解いてください」

「は、はい」

 女官長の目配せで、2人の縄が解かれる。

 ふーっ。 これで、なんとか危険領域は脱出。

 あとは、毒を以て毒を制すでいくか。

「女官長」

「はい」

「女官たちが、仕事もしないで遊んでいるとは、けしからん事です」

「はい、ごもっともにございます」

「みんなで、かくれんぼ遊びとは、あきれてものも言えません。 今は戦時令下ですよ。 しっかり監督していただかないと困ります」

「はい、申し訳ございません」

「私とて、暇ではありません。 これで失礼させていただきます」

「はい、お手数をおかけしました」

 頭を下げた女官長を一瞥し、怒ったように踵を返す。

 外に向かいながら、心の中でガッツポーズ。

 残念な気持ちも多少はあるが、かわい子ちゃんの為ならエンヤコラだ。

 そのかわい子ちゃんが、すれ違いざまにこっちを睨む。

 ええええ?

 なんで?

 外に出た所で立ち止まる。

 俺、うまくやったぞ。 拷問しないようにしたし、我慢もした。 こんなこと、やれと言われたって二度とできないぞ。

 振り返ると、通路の女官たちがチラチラとこっちを見ている。

 いかん、ともかくここを脱出、城の西側まで行く。


 しかし、なぜこうなった?  訳が分からない。 

『もしかして』

 呆然とたたずむ俺に声がかかる。

 おお、ユニコーン。 どういう事か分かるのか? 分かるなら教えてくれ。

『いえ、もしかして、ですが』

 何でもいい、なんだ?

『かくれんぼという遊びがあるのですか?』

 は? そりゃあ、あるだろ。 まさか、ここには無いのか?

『いえ、無いことも無いんですけど』

 なんだそりゃ、はっきり言ってくれ。

『かくれんぼというのは、隠れた棒の事ですよね』

 はい?

『男性のズボンに隠れた棒で、遊ぶことですよね』

 ち、ちょっと待て。 何じゃ、その卑猥な遊びは?

『違うんですか?』

 子供の遊びだぞ、違うに決まって、まさか……。

『少なくとも、女官たちはそう思うでしょうね』

 うそだろ……。

 さっき、俺は何と言った?

 みんなでかくれんぼ遊びをしているとか、けしからんとか。

 なんて事を……。

 明日、どんな顔をして女官たちに会えばいいんだ?

 何かを話したところで、無視されるか、軽蔑のまなざしを向けられるにちがいない。

 駄目だ、お終いだ。

 俺のハーレムが、ハーレムが消えてゆくー。

 しゃがみ込んでしまった俺の上、烏がバカーバカーと飛んでいる気がする。

 山梟がアホーアホーと鳴いている気がする。

 穴からはい出したモグラが、やれやれとため息をついている気がする。

 穴があったら入りたい。

 無ければ掘ればいい。

 そうだ、穴を掘ろう。

 しゃがみ込み、手のひらを地面におき、そのまま体を回転させる。

 円から出て、円内の砂利をすくい出す。

『ルーラァ?』

 うるさいな。 うん、こんなもんか。

『ルーラァ?』

 だから、なんだ? 後は爪を立てて、ガリガリガリ。

『何をしているんですか?』

 見てわからんか? 穴を掘っているんだ。

『手で掘ると、指が痛くなりますよ』

 ほっとけ。 しかし、そうもそうだな。 おお、ガントレットがあった。 これで、ゴリゴリゴリ。

『誰かが落ちるかもしれませんよ』

 ざまあみろだ。 こりゃいい調子だぞ。

『その怒りは、ここを整備している人に向けられますよ』

 あっ、それは……。

 おもわず手が止まり、昔を思い出す。

 真面目に働いていただけなのに、身に覚えのない事で叱られた。

 権力者どもの理不尽な振る舞いに、何度も煮え湯を飲まされた。

 同じ事がここでも起きるかもしれない。

 いや、確実にそうなる。

『やめた方がいいですよ』

 くそーっ、なんてこったい。 俺には自由に穴を掘る権利もないいのか。

『無理に掘らなくてもいいと思いますけど。 何所に行くんです?』

 帰るんだ。

『歩いて帰ると、御者が困りますよ』

 帰ったら説明しとく。

『彼の忠義を無駄にするのですか?』

 うーっ。 もう、さっきから、なんなんだおまえは! 何で、俺の邪魔ばっかりするんだ!

『すぐそこに美味しい料理があるのに、なぜ食べないのかなあと思って』

 へ?

『ほら、西側の真ん中あたり』

 ああ、近衛兵の食堂か?

『戦時令が出ましたから、いつでも食べられますよ』

 そうなのか?

『ええ、腹が減っては、なんでしたっけ?』

 戦は出来ぬ。

『そうそう、食べてから考えるのはいかがです?』

 うむ、悪くない。 というか、腹減った。

『そうでしょう。 明日の事を考えるにも、腹ごしらえは大事です』

 それもそうだな。

 明日は明日の風が吹く、か。

『はい』

 人間、いつ死ぬか分からないのは、体験したばかりだった。

 明日の事は明日心配するとして、ここは乗せられてやるか。

『はい、きっとおいしいですよ』

 そうと決まれば、急げ―。

『慌てて走ると危ないですよ』

 おう、ありがとなー。

 ふん、このくらいで転ぶ、おっと、あぶねー、俺じゃねえよ。

『はーっ、やれやれ。 しかし、これで中身が爺さんとは、とても思えませんね』

 ん? なんか言ったか?

『いいえ、なにも』


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