巡回
ユニコーンが消え、あたりは再び闇に包まれた。
しかし、足元にはレッドカーペットならぬ光のカーペットが伸び、頭上には満天の星空が広がっている。
野暮な電気が無いから、夜空を埋め尽くさんばかりの星々があちこちで瞬いている。
いいねえ、銀河鉄道にでも乗っている気分だ。
横に座るのは、もちろん女の子。
星降る夜に感動してくれる子がいいな。
騒がしいのは駄目だ。
そうだな、「きれい」その一言だけでいい。
そして、闇におびえたように俺の袖をそっとつかむ。
その手は俺の後、腰を回すように導くのがポイントだ。
俺の手は彼女の肩にまわし、やさしく引き寄せる。
驚きながらも、はにかむように見上げる頬に紅がさす。
見つめ合う瞳の中に星々が瞬く、そして……。
こらーっ!
婆さん、しわくちゃ顔で出てくんな。
せっかく若返ったんだから、どうせなら姫さんの顔で出てこいよ。
せっかくいいところだったのに、まったくー。
おっと、前方に光発見。
しゃーない、真面目にお仕事しますか。
あれが終着駅だと思うが、光のカーペットはここまでか。
あ、消えた。
道の光も無く、再びまっくらけ。 どうしたものか、ふむ。
もう少し前かな。 おっ、左手方向に篝火発見。
あれが裏門だろうから、城の北側に出たんだな。
前方の光、今度は大きくならんが距離がある。
北の塔あたりか、戻るかもしれない姫の見張り、そんなとこだな。
さてと、暗闇の中をどうやって近づこうかな、と。
ファイアーボールは目立つしな。
「暗視」「ナイトスコープ」「赤外線スコープ」
うむ、こんな魔法はないのか。
そう言えば、赤外線スコープはダムの現場で使ったな。 100万もしたが良く見えた。
『ネコ目はどうですか?』
おわっ、びっくりした。
いきなりで驚いたぞ。 って、ネコ目?
『ええ、武の人は使っていましたから、使える筈ですよ』
そっか、ありがとな。
「ネコ目」
おおお、明るいじゃないか。
真昼とまではいかないが、たそがれ時って感じだ。 ロマンチックだねえ。
まてよ、俺の目がネコ目になったら気色悪いな。
「解除」
よしよし、暗くなった。
「ネコ目」
さてと、とっちめに行きますか。
木の枝にのっかってる感じだな。
この辺りの下草は刈ってあるけど、森の中であることには変わりない。 気が付く奴はいないんだろうな。
「おい、下りて来い」
「……」
「いつまでも隠れているなら、木ごと燃やしちまうぞ」
光が枝の折れる音と共に下りてきて、最後にドスンという。
「なにやってんだ?」
「……」
思わず口をついて出たが、返事がない。
幹の横から光る体が這い出てきた。
小柄だが、若くはないな。
近づくと、胡坐をかき、両手は膝、綺麗な礼は武士を思わせる。
言葉を待つが、顔を伏せたまま無言だ。
「焼け死ぬのと、凍らされて死ぬのと、どっちがいい?」
「魔導師様」
「なんだ?」
「今の光は、その、魔導師様ともう1つ光が」
「ああ、お前達には見えるんだったな。 ユニコーンだ」
「やはり、魔導師様は魔導師様でございましたか」
「なんだ、そりゃ?」
「魔導師様、長老が近くまで参っております。 御足労を願えませんでしょうか?」
ようやく話したが、言葉に貫録がある。 光り方からしても族長クラスだろう。
だが、名前を名乗っていない。
話ぶりからすると、わざと言ってないな。
ガキだと思って舐めてるなら、それなりに対応させてもらおう。
「サンドールの不始末を、長老の首1つで済ますか。 仕方あるまい、それで許してやろう」
「お、お待ちください」
「うん?」
「あれはサンドールの独断、長老に罪はございません」
「ふーん、そうだったのか」
「はい。 ですからどうか」
「なら、帰って長老に伝えろ。 俺の邪魔をする者、名前すら名乗らぬ者、配下の責任も取らぬ者、俺を呼びつける事をあたりまえだとするその心根、そんな民など味方にいらん、とな」
「お、お待ちください」
「俺は、帰って長老に伝えろと命じた。 もう1度言わせるつもりか?」
「も、申し訳ございません」
一切の反論を許さず、踵を返す。
背を見せるのは怖くもあるが、ここは恰好を付ける。
まあ、仕事と同じだな。
相手に仕事を押し付け、こっちは何もしなくていい状況で終わる。 これがうまいやり方だ。
ともかく、これで終了。 戻るとするか。
おっと、また光だが、何じゃあれは?
聖火リレーか? 松明持って走っとる。
まさか、あれで見回りのつもりじゃないだろうな?
あれじゃあ、闇に隠れている者など見えんだろうに。
あ、転んだ。
お、立ち上がった。
競争でもしているのか? いや、1人だしな。
見た感じ近衛兵のようだが、ちょうど出会いそうだ。
どこまで来たら気が付くか、ちょいと見てやるか。
なんだ?
兜を目深にかぶって、下を向いて走ってる。 とてもじゃないが、見回りとは言えんぞ。
さあ来た。
3.2.1.0、目の前を通過中。
気が付かんのかい!
「おい」
「ひっ、で、で、で」
「で?」
「でた~~」
「お、おい」
背中から声をかけたのが悪かったのか、立ち止まったと思ったのに、一目散に逃げ出しちゃったよ。
顔は伏せていたし、若い奴だとしか分からなかったが、あんなんで警備の方は大丈夫なのか?
まあ、俺の知ったこっちゃないか。
それにしても、ネコ目は便利だな。
真の暗闇では見えないんだろうが、月明かりでも十分だし、遠くの篝火でも昼間のごとく明るいんだからな。
左手にそびえる城も、右手のアイスラー管轄の森も良く見える。
あ、そうだ。
えっと、あ、ユニコーン?
『なんでしょう?』
聞きたい事の前に聞きたいんだが。
『はい』
名前を付ける時の参考にしたいんだが、お前は雌でいいんだよな?
『ユニコーンに性別はありません』
えええ? オカマかよ。
まいったな。 こりゃあお手上げだ、婆さんに任すわ。
『なんだか、すごく馬鹿にしていますね』
そ、そんなこと無いって……多分。
『もう結構です。 で、質問は何ですか?』
あ、ああ、第1城壁内に隠れている奴が、何所にどれだけいるか分かるか?
『分かります』
まだ怒っとる。
テレパシーってのは、こういう時つらいな。
悪かった。 もう言わないから、すまんが教えてくれ。
『月の庵に5人、城の中に2人、ですね』
城の中だと、どこだ?
『前方、裏門手前の通用口、入ってすぐの部屋にいますね』
もう怒ってないとは、ある意味凄いな。
ともかく、すまなかった。 ありがとうよ。
ふーっ、口は災いの門、舌は災いの根、か。 気を付けよう。
月の庵にいるのは砂漠の民だろうな。
アイスラー管轄なのに、ずうずうしいと言うか、ふざけた奴らだ。
それより、問題は城の中にいる奴だな。
裏門横の通用口は、入れば女官たちの仕事場だし、その上が女官長の部屋だ。
隠し扉から隠し通路で、城の奥棟まで行ける。
そこまでは知らないと思うが、放っておくわけにはいかんな。
戦時令直後のどさくさに紛れ込んだか、舐めた真似をしてくれる。
『ルーラァ』
うん?
『近衛兵が大勢来ますよ』
ああほんとだ、なんかあったのかな?
『……』
どうした?
『目的は貴方ですよ』
俺? なんで?
『この闇に1人。 十分、不審者です』
なるほどな。
『感心している場合ですか。 すぐに隠れて』
馬鹿言え。 やましい事など何もない、隠れるなぞまっぴらだ。
『それが通じる相手ですか』
味方だぞ、心配ないって。
それに、両手にガントレットしているだろ。
この闇もある、シールドもある、近衛兵なら100が200でも大丈夫だよ。
俺を見ているのが楽しみなんだろう。 だったら、黙って見てろって。
『知りませんよ』
ああ、心配してくれてありがとな。
おお、松明がいっぱい来るな。 後からまだ来るか。
100は下らんと思うが、こんなに来て城正面の守りは大丈夫なんだろうな。 俺がおとりの可能性もあるんだぞ。
それに、後ろから来てどうするよ。 回り込んで挟み撃ちが常識だろうに、大丈夫かこいつら。
ほーっ、先頭の奴はかなり早いな。
右手に剣で左手に松明、脚力だけでそのスピードは大したもんだ。
とりあえず、ネコ目は解除しておいて、戦闘になったらかけ直すか。
「いたぞ。 こっちだ」
はいはい、いますよ。
なんだ、ずいぶん手前で止まったぞ。
「囲め。 逃がすな」
そんなにあわてなくても、逃げねえよ。
続々と後続が追い付いてくる。
それにしても、かなり遠巻きに囲われたもんだが、どういうことだ?
ははーん、さてはさっきの奴だな。
魔物が出たとかなんとか、適当に言ったに違いない。
こりゃ、面白くなってきた。
大声を上げながら松明を持っている奴を襲い、松明を叩き落としてそのまま闇に隠れる。
近衛城兵の服は黒一色だし、闇からいきなり現れたら対応できんだろう。
剣は抜けないが、喧嘩空手の真骨頂、乱取り組手をご披露するかな。
その前に、石を投げてやるのもおもしろそうだ。
「周囲の警戒も怠るな」
そうそう、怠っちゃだめよ。
松明持っているから、どうせ見えないだろうけどね。
ずらりと剣を向けちゃって、何本あるんだ?
ひい、ふう、みい、数えるのがバカバカしいくらいだな。
どんな馬鹿がいるのか分からんし、とりあえず、シールドだけはかけておくか。
「近衛城兵の服だが、名前と所属を言え」
ほーっ、一歩踏み出したこいつが指揮官か。
傷だらけの兜に鎧、鼻はひん曲がっているし、顎の形もおかしいぞ。
歴戦の戦士、指揮官というより鬼軍曹といった感じだな。
一言でいうなら、ぶおとこ。 うん、ぴったりだ。
「聞こえんのか!」
「うっせえなあ、聞こえてるよ。 近衛城兵見習い、ドーマ侯爵専属、ルーラァ・アイスラーだ」
おいおい、剣先が動いたぞ。
この程度で動揺してどうする。 俺が敵だったら、その隙は致命傷だぞ。
俺が有名なのか、こいつがただのぶおとこなのか。
うーん、ぶおとこに1票。
「ビリー・アイスラー、来い!」
「はっ」
なんだ、ビリーがいるのか?
となると、組手はお預けか。
中隊相手にどこまで戦えるか、ちょいと試してみたかったんだがな。
いざとなりゃ闇に隠れればいいし、絶好の喧嘩日和なのに、もったいない話だ。
近衛兵達をかき分ける真新しい鎧が見えた。
「ルーラァ?」
「いよう、兄上。 お元気そうで何よりです」
驚くビリーに笑顔で応える。
「間違いないか?」
「はっ、間違いございません」
隊長ときびきびと言葉を交わして、かっこいいぞ。
こっちに向かって来る、シールドは解除だな。
「お前、こんな所で何やってんだ?」
「何って、巡廻だけど」
お、チラチラと隊長の方を見ながら話しかけてくる。
これが、空気を読むという事か、やるな。
「松明もなしでか?」
「松明なんか持っていたら、闇に潜んでいる奴が見えないだろ」
「馬鹿言え、足元も見えないだろうが」
「こんだけ星明りがあれば十分だ」
「うそだろう?」
ははは、間抜けな顔してら。
「ほんとだって。 さっきも、松明持って走っている馬鹿がいたが、俺の目の前を通り過ぎても気が付かなかったぞ。 声をかけたら、女みたいに悲鳴を上げて逃げていったけどな」
「ば、ばか」
ビリーがいきなり抱き付いて来てちょっと焦る。
「あれ、俺」
「え?」
ビリーが耳元でささやく。
「だから、俺なんだって」
「うそだろー?」
「しーっ」
思わず大きな声が出たが、ビリーが必死に止める。
しかし、まさか。
いやいや、そんなことより、こりゃまずいな。 ビリーの面目丸つぶれだ。
ビリーは周りを気にしてキョロキョロしているし、今更取り繕うにも、無理があるよな。 うーん。
よし、こうなったら、これがどうでもいいほどの話題を振るか。
「ああ、忘れてた。 さっき王様に言われたんだけどな」
「陛下と言え。 お会いしたのか?」
「ドーマの爺さんは奥大臣だから、しょっちゅうな」
「ドーマ侯爵様と言え。 ともかく、言葉使いには十分気を付けろ。 いいな」
「お、おう。 で、その陛下がな、第1王女を嫁にやるってさ」
「えええええええ」
ははは、やっぱり間抜け面だ、おもしれえ。
「ははは、お先に嫁さんもらうわ」
「ちょ、ちょっと待て。 いつの話だ?」
「昼ごろかな。 あ、そう言えば飯食ってない。 なんか急に腹減ったな。 飯、何所で食えばいいんだ?」
「しるか! それで、お爺様に連絡は出したのか?」
「いいや、ごたごたしていて、気が付いたら戦時令が出てた」
「ブルーノ様には? 城内にいらっしゃるだろう」
「えええ、あの部屋入りたくない」
「そ、そんな事を言っている場合か!」
「ははは」
「ははは、じゃない! 隊長」
「うむ」
「戦時令下ではございますが、アイスラー家の一大事。 新兵1名、戦列を離れる許可をお願いいたします」
「馬鹿な弟を持つと苦労するな。 許可する」
「はっ、ありがとうございます」
えええ、馬鹿扱いかよ、ひでえな。
かっこよく挨拶をしたビリーの姿はすぐに見えなくなる。
そんなに急がなくてもいいと思うが、一大事ねえ。
そんなに大した事なのか?
「剣を引き、警備に戻れ」
隊長のだみ声で、近衛兵がぞろぞろ離れていく。
なんか、みんなこっち見てぶつぶつ言ってる。
指差す奴もいるし、あんまりいい気分じゃねえなあ。
でもまあ、ビリーもこの場を立ち去る理由が出来たし、めでたしめでたし、でいいかな。
しかし、腹減ったー。




