ユニコーン 始動
城の外に出てみると、すでに夜のとばりは下り、第一城壁の上には等間隔で篝火が焚かれていた。
遠目に見るからか、道路の街灯のように見え、なんか懐かしい。
地上では、第一城門と、ここ正門の左右にも篝火があり、10人位が警備、というか火にあたっている。
一斉にこちらを見てくるが、ジロリと睨み返すと目をそらした。 根性無しが。
ただ、いつの間にか簡易小屋が出来ている。
ここで当直夜勤といったところか。
いや、宿舎はすぐそこだから、篝火用の薪か、予備の武器か。 まあ、ご苦労さんと言っておこう。
しかし、寒い。 寒さは気にならないほうだが、さすがに外套が欲しい。
馬車溜まりに向かうと、ここにも篝火があり、数人がたむろしている。
その中から、うちの御者が飛び出してきた。
「お帰りなさいませ、ルーラァ様」
「外套はあるか?」
「はい、ただいま」
やはりあったか。 袖を通すのは初めてなのに、さすがだ。
馬車の中から外套を持ち出してきた御者が、背後に回る。
広げられたそれに両手を通す。
「おお、あったかえー」
肩までかけられた外套に思わず声が出る。
どうやって温めたのかは知らないが、振り向くと御者が満足そうに微笑んでいる。
お前は秀吉か?
突っ込みたいところだが、通じんだろう。
ありがとう、というのも変か。
「今日は城に泊まるから、帰っていいぞ」
「ありがとうございます。 お気持ちは有り難く頂戴いたします」
「いるってことか? 無駄だろう?」
「それがつとめにございます」
「うーん」
「誇りと申し上げれば、よろしいでしょうか」
「……そうか。 まあ、無理はするな」
「ありがとうございます」
誇りか。
御者の世界もあるんだろう。
男爵の御者が伯爵の御者に出世した。 うん、気合も入るってもんだな。
せっかくの心遣いだ、気分よく行くか。
篝火に背を向けると、空には満天の星があるものの、あたりは闇に包まれている。
昔、星明りで明るいとか言った奴がいたが、うそつきだな。 地上は真っ暗だ。
こんだけ暗いと、お化けも怖がって出て来れねえぞ。
それでも、篝火のおかげか城の壁はぼんやり分かる。 これを頼りに行くか。
城の正面を進むが、ある筈の庭園も池も闇に隠れ、光るものはない。
さすがに正面にはいないか。
やがて城の壁が途切れる。
左に曲って東側は、暗闇か。
確か左が庭で右がユニコーンの森、城の壁はもう少しあるはずなんだが。
右も左も真っ暗闇じゃござんせんか。
ははは、どうすんだこれ。
人目が無いから、ファイアーボールあたりでいくか。
万一ってこともあるし、ビー玉くらいのやつを地面すれすれがいいかな。
と、視界の右端に光りを捉えた。
やはり、いたか。
ユニコーンの森は立ち入り禁止。 つまり、兵はいない。 砂漠の民も馬鹿じゃないって事だな。
と、何だ? 光が強くなってきたぞ。
おいおいおい、眩しいくらいの光って、どうなってやがる?
光の強さが魔力の強さだとすると、俺以上かもしれん。
少なくとも、砂漠の民の中にもとんでもない奴がいる事は確かだな。
だんだん近づいてきやがる。
やる気だとすりゃあ、やばいかもしれんぞ。
「くそったれが!」
声を出し、びくつく足をしかりつける。
「おもしれえ、鬼が出るか蛇が出るか」
唇をなめ、ニヤリと笑う。
笑いが引きつったかもしれんが、こんな時は開き直ったもん勝ちだ。
漆黒の剣に手をかけ戦闘態勢に入る。
まずは誰何して、おかしな動きがあればすぐに攻撃する。
バリアをかけながら足元にファイアー。 敵の動きを止め、突っ込む。
後は、出たとこ勝負だ。
なめんなよ、ここは引かんぜ。
しかし、闇から出てきたのはユニコーンだ。
は? 神様の使いとやらが何でいるんだ?
体からいっきに力が抜ける。 まったく、おどかしやがる。
それにしてもなんて大きさだ、馬車よりデカいじゃないか。
『私の住む森ですから、いても不思議はありませんよ』
げっ、しゃべった。 化け物かこいつ。
漆黒の剣に手をかけるが、殺気は感じないな。 むしろのんびりした感じか。
『化け物とは失礼な方ですね』
考えている事が分かるのか?
『ええ、念話、テレパシーですね』
ああ、そういやあ頭に響く感じか。
しかし、馬がしゃべるたあ、たまげたな。
『馬ではありません。 ユニコーンです。 見てわかりませんか?』
しかし、考えてみりゃあ、魔法がある時点で不思議さ満点だ。
今更、馬がしゃべったところでどうという事もないか。
テレパシーと言われても、かわいいと感じるくらいだしな。
『ユニコーンです』
異世界か、分かっていたつもりだが、まだまだだな。
『聞いていますか?』
あ、ああ、聞いてる。 聞いてますよ。
そういやあ、ここはユニコーンの森だった。
信じていなかっただけで、いても不思議はないな。
で? なにかご用でしょうか?
『……いいえ、べつに』
何なんですかそれは?
『話のできる人間が2人も出来て嬉しかっただけです』
はーっ? 神様の使いにしては、えらく人間臭いと言うか、庶民的でいらっしゃるな。
そういやあ、見つめてくる瞳が可愛い気がするし、白銀に輝く体もかっこいい。
取って食おうとするわけでもないし、仲良くしても不思議はないか。
こりゃいいや、もっと近くで見てやろう。
しかし、テレパシーとかなら、誰とでも話せるんじゃないんですか?
『魔力が高くないと、話できません』
ああ、なっとく。 すると、もう一人は婆さん?
『ええ、彼女は私が呼んだ人ですから』
は? ちょっと待て、勝手な事やってんじゃねえぞ。
思追わず足が止まるが、顔ははるか上だ。
『どうしてですか?』
どうしてって……どうしてもだ。
『ふっ』
ああ、今鼻で笑ったろ。
『彼女の魂を捕まえて、連れてきただけです』
魂を? 捕まえる? なんの冗談だ?
『肉体から離れた魂に記憶が残っている時間はわずかです。 その間に捕まえる事が出来たのは幸運なのですよ』
幸運って、そういう問題かよ? あきれてものが言えんとはこの事だぞ。
ああ、それが神様の使いと言われているゆえんか。
いやいや、それにしたって、ついていけん話だ。
そうだ、元の姫様はどうした? やはり死んだのか?
『ええ』
やはり毒か?
『さあ。 心の臓が突然停止しましたからねえ』
魂はどうなった? 捕まえなかったのか?
『魂は生まれ変わる為に旅立ちます。それが普通です』
普通って、まあ、それは、そうだよな。
ああ、これだけは聞いておきたいんだが。
『なんでしょう?』
魂を捕まえるとかいうのは、婆さんが死んだ後だな?
『ええ、勿論です。 異世界の生命に関わる事は出来ませんよ』
こっちなら出来るんかい。 と、吠えるだけ無駄か。
俺はどうなんだ? 誰か呼んだ、というか、魂を捕まえたやつがいるのか?
『いいえ、あなたの場合は偶然です』
ほんとかよ?
前世は侍だったとか言っていた奴もいたが、なんか嘘くさかったぞ。
『多くはありませんが、別に珍しい事ではありませんよ』
そんなもんかねえ。
まあ、婆さんの死に関っていないならいいけどな。
『でも、貴方にとっては良かったのではありませんか?』
そりゃ、まあ、そうだな。
うーん、馬鹿な頭で理解しようとすることが間違いかもしれん。
しかし、何でよりにもよって婆さんなんだ?
『あなたへのプレゼントです』
プレゼント?
おいおい、まさかとは思うが、それで済ますつもりかよ。
まったく、畏れ入りやの鬼子母神だぜ。
『気にいりませんでしたか?』
いいや、気に入った。 何よりのプレゼントだよ。
『それは良かった』
で? 見返りは何だ?
『なにも』
なにも? ただより高い物はねえんだ。 なんか言えよ気色悪いなあ。
『あなたを見ているだけで楽しいですから、それで十分です』
ふーん、そんなもんかねえ。
そうだ、そのテレパシー、俺と婆さんで話せるか?
『その必要がありますか?』
いや、必要というか、便利かなと思ってさ。
『それでは駄目です』
なんでよ?
『私には、人には関わらないという掟がありますから』
掟って、いま思いっきり関わっているじゃねえか。
『何事も例外は付き物です』
なんか、得意げな雰囲気さえ感じる。
これが、テレパシーのいいところかもしれんが……。
ひよっとしてだが、他のユニコーンたちから、いい加減な奴だと言われたことはないか?
『いいえ、私は唯一無二の存在。 ここに住まう者ですから』
なるほど、1人なら問題ないな。
なんか違う気もするが、まあいいか。
もっと近づこう。
おお、毛並みがきれいじゃんか。
それで? いつごろからここにいるんだ?
『はて、いつからでしょうねえ』
ちなみに、1000年前の魔道師様は知っているか?
『ええ、武の人でしょう?』
武の人? 武士、侍とか言わなかったか?
『いいえ、我は武の人なり、が口癖でしたね。 魔法は使えるのに、変な人でした』
変とか言うな、可愛そうだろが。 しかし、1000年前には武士はいなかったのか?
いや、それより、1000年以上生きているのか? ここでずっと?
『そうなりますね』
なんとまあ、退屈しないか?
『ええ、100年に1人、話せる人を呼びますから』
ああ、黒目黒髪の姫か。
しかし、言い方を変えれば、1人ぼっちのひきこもりだな。
『……』
ははは、図星だったか。
『私を怒らせたいのですか?』
まさか。 勝負は、はなから決まっているからな。 俺が言いたいのは、だ。 ここだと騒ぎになるから無理だろうが、アイスラーなら大丈夫じゃないかって事だ。
『どういう意味です?』
つまりな、俺がアイスラー家を継いだら遊びに来いって事だよ。 たまには外に出た方が、健康にいいんだぞ。
『健康はいつも良好ですが、いいでしょう。 その時は遊びに行きましょう』
おう、待ってるぜ。
そうだ、鬣に触る事は出来るのか?
『背に乗るのはお断りしますよ』
分かってるよ。 人間にとって乗りやすそうだから乗せろと言うのは失礼な話だ。
野生馬は鞍を置かれることを嫌う。 それくらいは知っているよ。
『それを理解できる人間が少ないのでね』
だろうな。 ああ、それでひきこもったのか、大変だなおまえも。
『おまえ……』
頭が下がってきて、ようやく鬣に触れる。
おお、これが鬣か、あれ?
『なんです?』
いや、なんでもない。
『気になるでしょう。 なんです?』
テレパシーなんだから分かるだろ。
『混乱した思考は読めません』
へー、いい事聞いたかも。
まあ、モフモフとした感じかと思ったら、サラサラだったんで驚いたんだ。
『気にいりませか?』
いや、いい感じだ。 ほら、あれだよ。 たい焼き食ったら、中身がクリームだったってやつ。
『……』
昔、食った事があってな。 それはそれでうまいんだが、あんこだと思っているからびっくり仰天って奴よ。
『鬣と、訳の分からない食べ物を一緒にしないでください』
ははは、悪い悪い。 良い手触りだし、いい香りだ。
あれ、1本抜けたぞ。 これはもらっていいのか?
『それをどうするんです?』
ハンクへの土産だ、きっと喜ぶぞ。
『……まあ、いいでしょう』
ありがとうよ。
ポンポンと首を叩くと頭が上がった。
そびえたつユニコーンは星の中に浮かび上がる。
神秘的だねえ。 これなら神様の使いと言われても納得するな。
しかし、見上げる首が疲れる。 そろそろ行くか。
あの角まで案内してくれ。 こう暗くちゃ何も見えん。
『私に道案内させるのは貴方が初めてですよ』
そんくらい、いいだろ。 それが友達ってもんだ。
『友達、ですか?』
人類は皆兄妹。 おまえは聖獣らしいが、似たようなもんだ。 有名な言葉だし、覚えておけ。
『……はい』
ははは、おまえは変なユニコーンだが、根はいい奴みたいだな。
『…………』
おお、道が明るくなった。 というか、光る道か、こりゃいいや。
ありがとな。 寒いし、風邪ひくなよ。




