第4話 あるく
『這えば立て、立てばあゆめの、親心』とは、よく言ったもんだ。
ハイハイが高速ハイハイに変わると、アンはしきりに俺を立たそうとするが、腰に力が入らない上に頭が重いときてる。フラフラというより、ガクガク、ドスンといった感じだ。
それでもどうにかこうにか立ったら、カロリーネとブルーノが飛んできた。そんで、エライエライといったすぐ後に、あるけときたもんだ。
まだ、一秒か二秒で尻餅をつく子供になんちゅう無茶ぶりだ。まだ無理だ、無理だと、「ぶーぶー」言っても聞きやしない。
ステーンとひっくり返って頭を打った。
「びえーん」
「よしよし、ルーラァはいい子ですね」
って、お前が泣かしとんじゃ。
カロリーネのおっぱいギューはいいけど、たいがいにしとけよな。
そういやあ、いつの間にか言葉がわかっとるな。
まあ、だいたいそうだろうってのが正直なとこだが、ガキってのはそんなもんかもしれん。
おっぱいにしがみついて、離れたくないと無言の訴えをしていると、ポン、ポン、ポロロン。何やら聞こえてきた。
「ほへ?」
顔を上げると、ブルーノが何やら楽器の様な物を弾いている。膝の上に乗せられるほど小さいが、あれはハープだ。
「ぶー」
体を起こし、そっちの方に手を伸ばす。
「ほほー、ルーラァはリラが好きなのか」
「勿論よ、ルーラァちゃんは天才なんですから、ねー」
「そうだな、ルーラァは天才だ。さすがはカロリーネの子だ」
「いいえ、あなたの血を引いているからですわ」
「なんの、カロリーネの方だよ」
「あなたよ」
「カロリーネだ」
「ぶー」
分かった、分かったから、ギユーってしなくていいから触らせろ―。
「ぶー、ぶー」
おーい、俺をサンドイッチにしたままチューするのは止めろー。
「ぶー、ぶー、ぶー」
まったく、カロリーネはいいが、ブルーノは仕事しろ、仕事。
やっとの事で触ったが……名前忘れた。
リラだ、リラ。 リラって、どっかのお金じゃなかったか?
まあいい、小さくとも不格好でもこれはハープだ。そして俺はチユ―リップの歌を弾ける。
ドレミ、ドレミ、ふんふんふんふん、あれ?
かえるの歌。
ドレミファミレド、ふんふんふんふん、あれ?
まあ、あ、あれだ、耳が覚えているぜ。
音楽はいいよな、楽団を作るかな。宮廷音楽とか聞いた事があるし。
とはいっても、歩けるようになるとそんな事は忘れた。
アンヨが出来る様になると、もうそれだけでうれしくなってしまう。目線が変わったせいか、世界が違って見えるぜ。
「ルーラァ様、こっちですよ」
アンが手を広げて待っている。
「ぶー」
意味不明の言葉を発し、よたよた歩いていって抱き付く。もう、それだけで楽しい。
何しろデカいおっぱいだ。そのおっぱいに向けて突進しろと言われりゃ行くだろ。年は関係ない、それが男というものだ……うん。
壁にかっこいい魔物がたくさん貼ってあった。目線の高さにあるので否でも見てしまう。
「ぶー」
一番てっぺんにドラゴン発見。ヨタヨタと歩いて、両手を壁につけて覗き込むように見た。
「これはドラゴンですよ」
アンは俺の体に触れない様に抱いている。
倒れた時の用心なんだろうが、やっぱりドラゴンだ。蛇に翼じゃなくトカゲに翼の方だが、こっちもかっこいい。
「スースキ王国のシンボルマークがドラゴンです」
シンボルマーク? 家紋みたいなもんかな。家紋は日本だけだと思っていたが……。
考えてみれば万国旗も有るし、海賊の旗も外国だな。
一番上だし、スースキって国なのかもしれん。そう言えば、昔ススキノではストリッ……いや、昔の話だ。
「ぶー」
玄関ホールにいた虎発見。
「アイスラー家のシンボルマークは、サーベルタイガーですよ」
おお、また出たシンボルマーク。
つまりこういう事か?
スースキ王国、アイスラー家の、ルーラァ。
うん、間違いあるまい。かっこいい名前だ、多分。
「ドラゴンは千年前に、魔道師様が退治されたんですよ」
魔道師様ってのが良く分からんが、ようはもういないって事か。
しかし、本当にもういないのかな?
ドラゴンが架空の生き物ではないなら可能性はあるはずだ。かなう事なら、いちどは見てみたいものだ。
魔物を倒して魔石を取る。で、部屋にあるのは光の魔石というのか。
金色に輝き、底面も天井面も側面も五角形だな。良くは覚えていないが、正一二面体だったか。
「ルーラァ様、これは金箔という物で包んであるのです」
「ぶー」
金箔? 金箔にしちゃ分厚いぞ。
仏壇屋の大将が、金箔の厚みはミクロンだとか言っていたはずだ。よく分からんが、薄い事だけは間違いない。
金が高くないのか、それとも加工技術の問題か、判断に迷うところだな。
「少しでも剥すと、ほら、電気が消えたでしょう」
「ぶー」
「ここにスイッチがあって、ほら、ついた」
「ぶー」
「ルーラァ様はお利口ですね」
「ぶー」
歯が生えてきたらやたらと口の中がむずがゆく、つい「ぶー」となってしまう。
二本しか生えていない前歯でかじってみたが、硬った。
あれ? あれは温風ヒーターか? 暖かい風が吹いてくる。
二つあるから熱と風かな? あれも金色ということは、魔石を金の板で囲うと使える、そういう事かもしれんな。
まてよ、これがあれば暖炉はいらないのではないか?
いやいや、ここでさえ暖炉があるくらいだし、やはり高いんだろう。
しかし、こうしてみるとどうやら電気がないらしいな。
これはかなりまずいぞ。
工場はもとより、重機はおろか、掘削機も転圧機も電動工具さえ無い。
土木建築の知識は有れど、全てが人力となるとかなりきつい。
あっ、構造計算が出来ない。こりゃ、前途多難だな。
だが、まあいい。
もともとツルハシ一本でやって来たんだ。今出来る事をするまでだ。
「ルーラァ様、こっちですよ」
「ぶー」
よたよた歩いていって抱き付く。
「ぶー」
アンのおっぱいは最高だ―!