戦時令、発令
しっかし、若くて美人の婆さんとはな。 自分が転生した事よりも驚きだ。
昔は、自分から何かをしたい、などと言う奴じゃなかったんだが、気持ちまで若返ったのか?
いや、年寄り臭い考え方は、体が思うように動かん所から来ているもんだ。
思いっきり体を動かせる、たちくらみもしない、ぐっすり眠れる、疲れが残らない。
まあ、こんだけ揃えりゃ、気分も変わるか。
それにしても、あの婆さんが行動的になる……か。
何をしたいのかは知らんが、こりゃあ、面白い物が見られそうだ。
女官長と別れて秘密の通路まで戻ったが、真っ暗だ。 さっきは明るかったはずなのに。
後ろに誰もいない事を確かめ、ファイアーボールの小さい物を浮かべてみると、右上にでっぱりがある。
来た時の明るさはどうだったかな?
うーん、おそらくあれに光りの魔石が入っていて間接照明、そんな感じの明るさだったと思うが。
しかし、どちらにしてもあそこまでは上れんし、点け方も分からん。
仕方なくそのまま進むが、この場所のつくりはまったく別物だな。
石がむき出しだが、それだけじゃない。 設計段階から違う気がする。
職人の、いわば手が違うというやつだ。
城を作る際に、ここを空間として残しておき、別の職人がここだけを手掛けた。
うん、間違いあるまい。
おっと、行き止まり。
入った時は右手に通路だったから左の壁のはずだが、あった。 横引きの扉だからかなり重い。
横引き?
まてよ、この世界に横引きの扉なんかあったか?
家にも、爺さんとこにも、この城でも見たことは無い。
なるほど、こりゃあ画期的なアイデアというやつか、たいしたもんだ。
特別な方法で点くライトに、ここにしかない引き戸。
秘密保持の為に少人数で造り、完成したら命を絶つ。
そこまではしないか。 いや、したかもしれん。
「ただいまー」
「「「「おかえりなさいませ」」」」
おお、やっぱりここはいい。 若くてピチピチギャルがいっぱいだ。
なんといっても、スラガ・ドーマ侯爵がいない、それが1番いい。
そうか、社長室をこんな風にすればよかったんだ。
むさっ苦しい役員連中もみんな女にすればよかった。
後悔先に立たず。
よし、今度はそうしよう。 あれだ、ハーレムだ、ハーレム。
「爺さんはまだみたいだな」
「御一緒ではなかったのですか?」
ガントレットを付けながらの独り言に反応してくれる可愛い子は、ナーン・ドーマ。
侯爵の孫娘でなければとっくに、おっと、婚約したらどうなるんだ?
相手が姫さんとなると、浮気はまずいのかな?
いや、貴族だし、いいとか……だといいな。
「王様に捕まった」
「まあ、そうでしたか」
「ああ、俺だけ仲間外れだ」
「王様にお会いしただけでもすごい事です。 そのうち、お話をする事もありますよ」
「そうだといいんだが」
「大丈夫です。 ルーラァ様なら」
「ははは、ありがとう」
ちょっとすねた感じで話すと、一生懸命慰めようとしてくれる。
いい子だ、じつにいい子だ。
しかし、この根拠のない自信はどこから来るんだろう?
赤らめた顔もかわいいが、婚約が知れたらこの表情はもう……。
いや、待てよ。
俺はまだ11だし、弟みたいなものかもしれん。
いやいや、年下の男の子の人気は高い。
歌になるくらいだし、特にイケメンなら期待してもいいはずだ。
女心は摩訶不思議だから、きっとそうだ、そうに違いない……うーん、たぶんだが。
しっかし、これからどうするかな。
ずっとここにいたいが、行動力のある男に女は惚れるからな。
といって、行くあても無し、か。
帰ってハンクと会いたいところだが、爺さんに張り付けと言われているし、その爺さんはいつ帰るのかも分からんと。
今のうちに、ブルーノに婚約の話だけでもしておくかな。
「アン、北の塔まで行ってくる」
「はい、またここにお戻りになられますか?」
「ああ、すぐに戻る」
「はい、いってらっしゃいませ」
「「「「いってらっしゃいませ」」」」
「行ってくる」
いいなあ、いい、実にいい。
メイド達に見送られるのもいいが、ここにいるのは貴族のご令嬢ばかり、感動もひとしお、廊下に出て思わずガッツポーズだぜ。
おっと、隣の部屋は専属近衛城兵の部屋、組事務所と命名しよう。
抜き足、差し足、ここは静かに通り過ぎ……あ、隊長には話しておいた方がいいのかな?
叱られたばっかりだし……でもなあ。
「だれだ!」
バンという扉が開く音と同時に、鋭く誰何された。
「ルーラァ・アイスラー近衛城兵見習いであります」
すぐさま直立不動、右手を左胸に、目は真っ直ぐ見返すが、こえーっ。
顔も怖いが眼が怖い。 目力なんてもんじゃね。 子供がひきつけ起こすぞ。
「何のようだ?」
「隊長殿にご報告したい事がございます」
「今、席を外しておられる。 中で待て」
「いえ、出直してまいります」
「ふん」
再び、バンという音とともに扉が閉まった。
あ、あぶねー。
こんな中で待つくらいなら、地獄の鬼たちといた方がまだましだ。
とっさに断った自分自身を褒めてやりたいくらいだ。
それにしても、扉の外の気配なんてよく分かるなあ。 殺気どころか、気配は抑えていた方だと思うが。 やっぱり化けもんだ。
そっと離れて、まあ、こんくらいならいいか。
へん、ばかたれが、ちょっとばかし強いからって自慢すんなよ。
アッカンベーの、お尻ペンペンだぜ。
と、バンという音が再び。
げっ、お尻ペンペンの体勢でしばし硬直してしまったが、すばやく振り返り、直立不動。
見えたのは、隣の扉から顔をのぞかせたナーンだ。
やれやれとは思ったが、ナーンの目は大きく見開いている。
まあいい、良くはないが、まあいいだろう。
ナーンは表情を引き締めると、次に笑顔になった。
あれだ。 あれが、作り笑いか、本当の笑顔かが分からないんだよな。
ともあれ、美少女が笑顔で駆け寄って来るのは嬉しい。 というか、俺が手を広げたら胸に飛び込んできそうだ。
おいおいおい、いいのか? 手を広げてもいいのか?
いやいや、駄目だ駄目だ。
グッとこらえて、ぶつかったら受け止める、抱き止める、それでいこう。 来い、もっと来い、さあ来い。
しかし、ナーンは寸前で止まり、俺の両手は動くに動けず硬直した。
……失敗だ。
1歩前に出ればよかったのだ。 そうすれば、ナーンは目測を誤りぶつかったのだ。ああ、悔やんでも悔やみきれないこの思い。
「どうかした?」
心のさけびは奥深くに隠し、やさしく声をかける。
「お爺様が、侯爵様がお戻りになられました」
「そうか」
「すぐにお戻りくださいませ」
「わかった、ありがとう」
ナーンのはにかむような笑顔が近い。 見つめ合うひとときは幸せいっぱい胸いっぱい。
これで、爺さんさえいなければいう事はないが、そうもいかないようだし、行きたくはないが扉に向かうか。
部屋に戻ると、あれあれ、みんな帰り支度をしてる。
「爺さん、今日はもう終わりなのか?」
「爺さんとはなんだ。 侯爵様と呼べと言っておるだろうが、まったく」
もどった爺さんは奥の指定席にいて、その横に俺の席がある。
専属城兵なら扉の外か内で立つんだが、俺に仕事をさせる気満々だ。
まあ、座っていられるからいいんだが。
「終わりなら、俺も帰っていいか? ああ、侯爵の爺さん」
「だめに決まっておろうが、たった今、戦時令が出たんじゃ」
「戦時令?」
ああ、戒厳令とか、第一級戦闘態勢とか、そういうやつか。
「そうじゃ。 おい、ナーン」
「はい、侯爵様」
「よいな」
「はい」
耳うちなんかして、2人でいい雰囲気だな。 って、孫だからそれはないか。
「では、お先に失礼いたします」
「「「「お先に失礼いたします」」」」
「ごくろうさん」
軽く返事を返した俺と違って、爺さんは書類を見ながら顔も上げない。
おいおい、無視は無いだろう。
可愛い女の子たちが挨拶しているんだから、返事するなりうなずくなり、なんか返答してやれよな。
しかも、これで爺さんと2人っきりじゃねえか。
俺の花園計画が台無しだ。 勘弁してほしいぜ、まったく。
「戦時令ってさ、俺は何をすればいいんだ?」
「待機じゃ」
「待機って、いつまで?」
「知らん」
「知らんて、じゃあ、ずっとここにいるわけか?」
「そうじゃ。 仕事をしておれば、夜も明けるというもんじゃ」
「夜が明けるって、日はまだ沈んでもいないんだぞ」
「ごちゃごちゃと、うるさいやつだ」
「ははは……だめだこりゃ」
話す事も無いから聞いてみたんだが、むごい現実を突き付けられただけだ。
顔も上げない爺さんの横で、机に突っ伏した俺は悪くない。
「そんな事より、北の塔に用事でもあったのか?」
「んあ?」
両手の間から頭だけを上げたが、爺さんは相変わらず下を向いたままだ。
「行こうとしていたんじゃなかったのか?」
「ああ、ブルーノに、婚約したことを言っておこうかと思ってた」
「ブルーノなら、隣の詰所におったじゃろう?」
「え?」
「姫様が城におるんじゃ、専属近衛城兵が城にいるのは当たり前じゃろうが」
「あっ」
「まったく、利口か馬鹿か、ようわからん奴じゃ」
「ははは、はーぁ」
「行くんなら、さっさと行ってこい」
「いい、行く気なくした」
「いい加減な奴じゃ」
冗談じゃない。 あんなとこに行くくらいなら、叱られた方がまだましってもんだ。
再び腕の中に顔をうずめた。
「そうだ。 奥の通路、電気はどうやって付けるんだ?」
「光の魔石の魔力が切れただけじゃ、もう取り替えてある」
「え? そ、そうなんだ」
「それがどうかしたのか?」
「いや、なんでもない」
「そうじゃ、入り口の扉が壊れて横にしか開かんのじゃが、なんか分からんか?」
「壊れて……たのかよ」
もはや頭は上げない。 頭を腕に乗せて横を向けばいい。
爺さんはようやく顔を上げたが、何ともやりきれないのは気のせいか?
「お前なら何か気が付くかもしれん。 ちょっと見ておけ」
「いや、あれはあのままがいい」
「なぜじゃ?」
「いざという時、王様の側近しか開けられない扉があれば、足止めになるからな」
「なるほどのう」
やれやれ、球切れに壊れた扉かよ、まったく。
お城なんだから、もっときちんとしろ……ああ、業者を入れられないんだ。
もしかすると、掃除もやらされる可能性があるな。
まあ、そのくらいいいか。
え、掃除?
まてよ、まてまて、ちょっとまて、ってか。
掃除用具って、ホウキかモップ、はたきも含めて棒だよな。
薙刀の代わりになるんじゃねえか?
後は材質だけだが……うん、いけるかもしれん。
「爺さん、家具の職人を今呼べないか?」
「まったく、侯爵と呼べんのかお前は。 どちらにせよ、今は無理じゃ」
「戒厳令が出ているからか?」
「戦時令じゃ。 なんじゃその戒厳令とかいうのは?」
「いや、その、非常事態宣言みたいなもんかな」
「……戦時令じゃ」
「はいはい」
都合が悪くなると怒りだすんだから。 これだから年寄りは困る。
「戦時令が出た後では、割符が必要じゃ」
「割符?」
「通行手形のようなもんじゃ。 家に呼んで割符を渡さんことには、城に入れんようになっとる」
「そっか、じゃあ、明日にでも呼んでよ」
「何を作る?」
「棒、かな」
「……」
うーん、返事が無~い。
山口さんちのつとむ君状態だな。
いや、なんか、わなわなとふるえている。 ちょっとやばいか。
「ああそうだ、謁見の間のあいつ、どうなった?」
「取り押さえた時には、事切れていたそうだ。 自害して果てたんじゃろう」
おお、素晴らしい自制心。
だてに年とっとらんな、感心感心。
「うーん、おそらくだが、魔力切れだと思うぞ」
「魔力切れ?」
「ああ、全ての魔力を一気に使い切ると死ぬ」
「まことか?」
「俺も、ハンクの風邪を治した時、気を失って何日か寝込んだし、間違いない」
「お前、そんな魔法も使えるのか?」
「ああ、命がけである事に変わりはないけどな」
「うーむ」
よしよし、こっちのペースに巻き込んだぞ。
腕を組んでうなっとる。
「砂漠の民、なんだろう?」
「それ以外考えられんが、まさか陛下を狙うとはな」
「あいつら俺を魔導師と呼んだぞ」
「魔導師じゃと?」
「ああ、魔法を導く者、魔法を使う自分達を導いてくれる者だそうだ」
「うーむ、それはまた……」
ははは、驚いたりうなったり、けっこう面白いなあ。
「けた違いの魔力があるから、一目でわかると言っていた。 それなのに……」
「お前がいるのに攻撃した、か」
「ああ、失敗するのが分かっていて攻撃すると思うか?」
「信じていなかったか、あるいは、騒ぎを起こすことが目的だったか。 いや、お前がいなければ成功していたんじゃないか?」
「ああ、そう言えばそうか」
「時間と手間をかけた千載一遇のチャンスだった。 そんなところじゃろう」
「なるほど、ありそうだな。 しかし、味方じゃなかったのか?」
「砂漠の民は部族の集まりじゃ。 一枚岩とは言えんのでなあ」
ははーん。 こりゃあ、過去にいろいろあったんだな。
そのうち、じっくり聞かせてもらうか。
「なるほど、難儀なやつらのようだが、そのあたりをきっちりしとかんと、後々困るぞ」
「ああ、問題の部族長を呼びつけてあるから、おっつけくるじゃろう」
「ナーンに言ってたやつか、さすが侯爵様だ」
「減らず口をたたきおって、早く仕事をせんか」
「ははは」
くそー、ちゃんと侯爵と言ったのにおしごとかよ。
やる気、ねえなあ。




