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ルーラァ  作者: 水遊び
近衛城兵
38/50

ルテシイア姫、始動

 人生とは驚きの連続である、とはよく言ったもんだ。

 崖から落ちて死ぬという事にも驚いたが、生まれ変わった先が異世界ときた。

 まったく、何の冗談かと疑うほどだが、何もしないうちに男爵家が伯爵家となり、姫様と結婚までする事になった。

 しかも、その姫様が長年連れ添った婆さんだ。

 順風満帆かと思いきや、なんと、その結婚を断られた。

 あまりの出来事に、口をポカーンと開け、間抜け面をさらしながら思う。

 明日天気になあれ。

 現実逃避ってこういう事を言うんだろう、60+11年で初めて知った気がする。


「ルーラァ様、ルーラァ様」

「あ、ああ」

 女官長に肩をゆすられ、ここは姫様の部屋で、自分は尻餅をついている事に気が付いた。

 椅子から転げ落ちたようだが、記憶にすらない。

 しかし、人生のほとんどを共に生きてきた婆さんだ、結婚したくないと言われるとは思いもしなかった。

 婆さんはと見ると、12歳のお姫様だ。

 人形のようにかわいい少女が優雅に座っている。

 苦笑いを浮かべて、だが。

「大丈夫でございますか?」

 心配そうな女官長の言葉はこの世界の共通語。 今迄日本語で考えてきたこともあってか、とっさに反応できない。

「あ、ああ、なにか飲み物を」

「かしこまりました」

 彼女の目配せで、入り口近くにいた女官が部屋を出ていった。

 あらためて椅子に座り直すものの、とかく喉が乾く。

 こんな時は番茶に沢庵たくわんが欲しいとこだが、紅茶でもいいから早く飲みたい。

 それにしても……。

 やはり、結婚は王様が決めた事だから、覆す事など無理だと言うべきか。 ここは日本じゃないことを分かってもらうしかないか、うーん。

 なんにせよ、どう切り出すかだ。

 ようやく紅茶が来た。 さっそく口を付けるが、熱い。

 1杯目はぬるく、2杯目は熱くが基本だろう。 王宮のくせに、そんな気遣いも出来んのか。

 ああ、いかんな、八つ当たりだ。 ぬるい紅茶など、飲めたものじゃなかった。

……待てよ、本当に無理なのか?

 王様が決めたこととはいえ、後先を考えないなら逃がすことは可能だぞ。

 うーん。 無茶は必要だが、やってやれない事はない。

 となると、問題はその後だ。

 アイスラーでかくまうのはどうだ?……いや、駄目だ。

 見つかればアイスラー家がどうなるか見当もつかん。

 家に迷惑はかけられんし、爺さんの所も同様だろう、となると砂漠の民。

 しかし、あそこは今一つ分からん。

 大切にはされるだろうが、政治に利用されたのではたまらんしな。

『うーん』

『爺さん?』

『うるさい、ちょっと黙ってろ』

『ここで寝たら、まずいんじゃありませんか?』

『ああ、そうだった』

 さすがに良く知っているって、当たり前か。

 すぐに日本語が出てくるのはいいが、共通語で考えている時だと、思考が止まってしまう。 まったく、ややこしい。

『あのね』

『うん?』

 改めて話を切り出されるとドキリとするが、ここは平静を装っていこう。

『異世界ですか、この世界に来てね、ずっと一人ぼっちだったんです』

『ああ、そうだったな』

 そうだった。 すっかり忘れてたけど、1年近く閉じ込められていたんだった。

 言葉も分からないうえに、話す相手もいない。 一人ぼっちか、重い言葉だ。

『いろんなことを考えました。 日本での事、ここに来てからの事』

『うん』

『気が狂いそうになりました』

『そっか、そうだよな』

『そして思ったんです。 もしここから出られたらって』

『うん』

『もし、ここから出られたら、今迄とは違った生き方をする、ってね』

『うん』

 おい、ちょっと泣けてきたぞ。

 ほんとうに、辛かったんだな。

『慰めは日本の歌。 希望はそれ1つでした』

『そっか』

『ですからね、別に爺さんに不満があったわけではないんですよ』

『そうだったのか』

『はい、内助の功、夫を助けて生きるのも女の生き方の1つ。 貴方は立派に成功を収められましたし。 やりがいのある、いい人生だったと思っています』

『そうか』

 そんなふうに思っていたとは知らなかったな。

 婆さんは傍にいるもんだと、それしか思っていなかった気がする。

『やはり、お断りするのは無理ですか?』

『うーん。 少なくとも、ここを出る必要はあるしな』

『ここにいい思い出はありませんが』

『それはそうだろうが、1人で生きていけるとは思えんぞ』

『そうですか』

 そんなにがっかりしないでくれよ。

 婆さんの頼みだ、なんとかしてやりたいのはやまやまなんだが、その後がなあ。

『だが、執事のレイダーあたりに相談すれば何とかなるかもしれんし、まあ、当ってみるよ』

『他人様にまでご迷惑はかけられませんね』

『いいさ、気にするな』

『あなたにもご迷惑がかかるんでしょう?』

『馬鹿言え。 人に何と言われようと、そんな事を気にするほどヤワじゃない。 それは、おまえが1番良く知っているだろうが』

『それはそうですげど、でもねえ……。 そうそう、私はお姫さまなんですか?』

『ああ、スースキ王国の第1王女だ』

『そうですか。 でしたら、どこかに白馬に乗った王子様はいませんかね?』

『白馬は探してみるけど、王子様はどうかな』

『ふふふ、それもそうですね』

『他に2つ国はあるけど戦争したばかりだし、でっぷり肥えたスケベジジイじゃシャレにならんしな』

『それは困りますね、ふふふ』

『政治が絡んでくるから確かな事は言えないが、調べさせて、それからだな』

『ふふふ、いいですよ』

『え、いいのか?』

『ええ、言ってみただけです』

『そっか』

 言ってみただけ、か。

 思った事は言ってみて、相手の反応を見てから結論を出す。

 これなら角も立たないし、婆さんの得意とする話術だったなあ。

 可愛いお姫様が優雅に紅茶のカップを手に取った。 何とも様になっている。

 中身が婆さんとは、とてもじゃないが信じられん。

 俺の手元にも、いつの間にか紅茶のお代わりが来ている。

『やはり、貴方しかいないのかもしれませんね』

 唐突に婆さんが口を開き、カップを持つ手が止まった。

『いいのか? 政略結婚でもあるんだぞ』

『何不自由無い生活の代わりに、お国のお役に立つ。 その程度の事が分からないとでも? 私を誰だとお思いですか?』

『これは失礼しました』

 わざとらしくにらむその顔も、美少女ともなると可愛い。

『ふふふ。 でも、今迄の私とはちょっと違いますからね』

『分かった。 全面的に協力しよう』

 な、なんか、目がキラリンと光った気が……。

『はい。 では、末永く、よろしくお願いいたします』

『こちらこそ、よろしくお願いいたします』

 一抹の不安は残るものの、これで、ミッション・コンクリート、かな。

 あれ? コングル―ボンド、コンベンションホール、なんかそういうやつだ。

『さてと。 とりあえず、言葉を覚えないといけませんね』

『その前に、飯を食えよ。 ここはパンだが、やせ過ぎだぞ』

『そうですか?』

『ああ、スリムダーとかいうやつだ』

『スレンダーですね』

『おう、それだ』

 さすがだ、ツーと言えばカーだな。

『でも、胸はほら』

『こ、こら、ちょっと待て。 両手で持ち上げて、タップンタップンするな。 お姫様だぞ、みっともないだろうが』

『おや、何を赤くなっておいでです?』

『赤くって……あのな。 おまえは、おまえが思っている以上に可愛い。 美少女といってもいいくらいだ。 だから、なんだ。 体に毒だ』

『まだ子供でしょうに、爺さんそんな趣味があったんですか?』

『あるか、そんなもん! この若い体がだな、その、反応するんだ』

『これに?』

『やめろっての、ったく』

『ふふふ、床上手が自慢でしたのに、ずいぶんとかわいらしい』

『まったく、三こすり半劇場だ。 若い体はいいんだが、持て余してるよ』

『おやまあ。 でも、結婚すれば夜は長いですし、何とかなるでしょう』

『ああ、まかす。 もう、すきにしてくれ』

 婆さん、ちょっと大胆すぎだろ。

 まったくもう、嫁に行った最初の夜だ。 どうにでもしてくれ。

 あ、嫁にもらう方だった、まあいっか。

『はい、まかされました。……それはそうと、結婚式はいつごろですか?』

『うーん、先ほど王様に言われたばかりだし、半年か1年か。 いや、敗戦後の復興に利用できるいい話だから早まるかもしれん。 内乱を静める為に決まったようなもんだしな。 アイスラー家はもとより、王宮内でも早めたい事情はあるし、準備が整えばすぐにでも。 いや、そこまで急ではないかな』

『そんなにですか?』

『は? 何が?』

『いえ、もしですよ。 もし、結婚しなかったら、どうなっていたんです?』

『まあ、少なくともシャレにはならんだろうな』

『あなたって人は、もう』

『ははは、お前が嫌な思いをするよりはましだと思ったんだよ』

『まったく。 いい旦那を持てて、あたしは幸せものですよ』

『それは褒めてんのか?』

『そんなわけありますか!』

『ははは』

 怒ってはいるが、まあ、結果オーライというとこだな。

『まああれだ。 とにかく、飯を食って運動しろ。 言葉は習うより慣れろだし、俺がいない時でも怠るなよ』

『まあねえ、あなたにものを教える才能があるとは思っていませんからいいですけど、薙刀なぎなたはありますか?』

『どうかな。 槍はあったが、見た事は無いな。 って、才能がないとは言い過ぎだぞ』

『あら、おありでしたか?』

『ははは……なかった』

 くそー、俺より俺の事を知っていやがる。

『薙刀くらい作れるでしょう』

『いや、それ以前に、ここは奥棟だから武器の持ち込みは禁止だ。 それに、何度も言うようだが、やせ過ぎだ。 その体型じゃあ、薙刀というより、ラジオ体操第1という感じだぞ』

『そんなに貧弱ですか?  まあいいでしょう。 式までにはダンスとかも覚える必要はありそうですし、何とかします』

『げっ、ダンスあるのか?』

『そりゃあ、あるでしょう。 というより、こっちが聞きたいくらいですけど』

『だよな。 どうなってんだろう、ちょっと、聞くな』

 一気にテンションが下がったぞ。

 盆踊じゃだめだろうしな。


「女官長?」

「はい」

「結婚式の時に、ダンスって踊らないといけないのか?」

「お2人の時ですね」

「そうだ」

「最初の1曲は新郎新婦が踊るのが決まりですが、姫様はお忘れのご様子ですか?」

「あ、ああ、そうみたいだ」

「では、覚えていただかなければなりませんね」

 姫様のせいにしたけど、やっぱりそうなんだ……。

「俺も知らないんだけど」

「普通は11歳になってから習うものですから、ちょうど良い機会ですね」

「わかった」

 一緒にやりましょう、とは言ってくれないみたいだな。

 まあいい、帰ったら聞いてみよう。

『やはり、ダンスはあるみたいだ』

『大丈夫ですか?』

『大丈夫そうに見えるか?』

『ふふふ、ぜんぜん』

『ったく、薄情なやつめ』

『私もこれからですから、御同様ですよ』

『そりゃあそうなんだが、まあいい。 とりあえず、今日はこれで帰るわ』

『はい、お気をつけて』

『おう、また明日な』


 なんだか、どっと疲れたな。

 ダンスかあ、フォークダンスもまともに出来なかったんだよな。

 コロブチカ、オクラホマミクサーだったか、どっかの国の踊りを踊らされたあげく、もうじき可愛い子が相手になるとワクワクしていたら直前で終わったりして、ろくな思い出ないもんなあ。

 女はいいよ、リードしてもらう方だから。

 それに引き換え、男はなあ……。

「ルーラァ様?」

「え? ああ、女官長、何か?」

「少しお時間よろしいでしょうか?」

「はい、構いませんが」

「では」

 今度は女官長か、何だ?

 気は進まないが、この人は王宮のおかみさんだもんな。

おとなしいからといって舐めていたら痛い目にあいそうだし、ちゃんと顔を立てておかないと。

「こちらへどうぞ」

 連れて行かれた先はバルコニーだが、景色を楽しむには取り囲む木々が邪魔だ。

 ここにいても、外からは見えない様になっているんだろう。

 更に、半円を描くような花壇は、この先立ち入り禁止といっているようだ。

 丸いテーブルと椅子には細かな彫刻が見えるが、黒光りするこの木は多少の雨でも問題なさそうだ。

 景色を楽しむ場所ではなく、ちょっとした隠れ家とするなら、最適とみた。

「へーっ、庭園になっているんですね。 お茶会とか開けそうだ」

「はい。 これから姫様とお会いになるときは、こういったところでお会い下さい」

「え? 今日みたいに寒い日もですか?」

 日差しは有るので温かいと言えなくもないが、ジッとしていれば手をこすり合わせたくなる。

「姫様の体面にかかわる事ですので、お控えください」

「ここは奥棟で、俺は、一応婚約者だけど」

「それでもです」

「……分かりました」

 分かるような分からないような、でも、女官長がそう言うなら仕方ないか。

 ちょっとおっかない雰囲気だしな。

「ところで」

「はい」

 おっと、思わず背筋が伸びたぞ。

 これはこれで、べつの迫力があるな。

「お話が弾んでいたようですが、姫様の事で何かお分かりになられましたでしょうか?」

「ああ、すみません。 説明がまだでした」

「今後の事もありますので、差支えなければ、詳しくお願いしたいのですが?」

「分かりました」

 そうなるか、うん、そうなるわな。

 さてと、どうまとめるか。


「えっとですね。 100年に1度黒目黒髪の姫がお生まれになる。 その方々は、不思議な力や知識をお持ちだったりする。 ここまではよろしいですね」

「はい、記録にもそう有ります」

 記録があるんだ。

 宝物庫か、文書保管は別か、どちらにしても見ておきたいな。

「絵本では、ユニコーンの生まれ変わりだとか」

「確証はありませんが、そう言われている事は確かです」

 うーん、かたっくるしいなあ。

 しやーない、頑張るか。

「そうですか。 えっと、仮説というのでしょうか、私はこう考えてみました」

「はい」

「生まれ変わりではなく、遊びに来ているのではないかと」

「遊び、ですか?」

「はい。 屋敷に入るように人の体に入る。 そして、姫様の目や耳を通して、人の社会を見学しに来ているのではないかと」

「それはまた、斬新と言いますか、新しい考え方ですね」

「ええ。 そして、その条件が黒目黒髪の姫様ではないかと」

「なるほど」

「今回も同様だったが、昨年毒殺未遂事件が起きた」

「毒は発見されておりません」

「ええ、ユニコーンには有害でも、人には無害だったのではないかと」

「あっ」

「はい。 人に無害な物なら特定はできません」

「そういう事なら、つじつまが合うと」

「はい、全て憶測にすぎませんが」

「なるほど」

 おお、ようやく和んできたか。

 気を抜かないで行こう。

「古代語もそうですが、歌う事で人に悲しみや喜びを感じさせることなど、とうてい人にはかないません」

「はい」

「驚いたユニコーンが、間違えて姫様の記憶を持ち去ったのではないでしょうか」

「それは、まことでしょうか?」

「いいえ、そう考えればつじつまが合う。 女官長と同意見です」

「なるほど」

「しかしながら、済んだ事をとやかく言っても始まりません。 幸いといっては失礼ですが、姫様は『忘れた物はまた覚えればいい事です』と前向きのお考えのようです」

「さすがはルテシイア様です」

 ははは、やっぱり姫様の話題には食いつきがいいなあ。

 笑顔を見せたのは初めてかも。

「はい、以前の姫様は存じ上げませんが、私をからかって楽しまれておられました」

「尻餅をつくほど?」

「ええ、お恥ずかしい所をお見せしました」

 おお、なんか、尻餅をついた言い訳が出来ちゃった、もうけたな。

「いえいえ、姫様はそういう1面もお持ちでした」

「そうでしたか。 私からは、もう少し食べる事と、散歩などの運動をお勧めしておきました」

「ありがとうございます」

「こちらこそです。 そうそう、お言葉を覚えるお手伝いをと申し上げたのですが、得意そうには見えないと言われてしまいました」

「ふふふ、あいや、これは失礼しました」

「いいえ、まさにシカリです。 姫様の洞察力に感服いたしました」

「案外、頼りにされたのかもしれませんよ」

「そうでしょうか?」

「はい、女心という物です」

「だといいのですが」

「これからもよろしくお願いします」

「精一杯、務めさせていただきます」


 ふーっ、これでひと段落といったところだな。

 人は信じたい物を信じる。

 まあ、女官長としたら、姫さまさえ無事なら後はどうでもいい事なんだろうし、こんな感じでいいだろう。

 あれ? 紅茶、出なかった。

 まあ、いっか。

 さてと、部屋に戻って……おお、そういえば爺さんはいないんだった。  となれば、花園か?

 ははは、急いで戻ろう。



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