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ルーラァ  作者: 水遊び
近衛城兵見習い
31/50

第13話 のこぎり

 材木を跳ね上げた巨人はスイフより大きく、彼の復活はガノインコールの大歓声で迎えられた。

 ガノインと呼ばれた男は両手を高々と突き上げてその声援に応え、振り向きざまに右手を左胸に叩きつけるように礼を取っただけで、そのまま仲間の所に入ってゆく。

 額から流れる2つの赤い筋など気にも留めていないようだ。

 下敷きになっている奴はもういないか、けがをしている奴はいないかなど、やるべきことをやっている。


「礼儀知らずで、申し訳ありません」

 スイフが謝ってくる。


「随分と、信頼されているようだな」

「はい?」

「お前がいるから、仲間を優先できる。 そういう事だ」

「はあ、そうでしょうか? 私にはただのバカにしか見えませんが」

 まあ、その可能性は否定できんか。

 貴族は気分屋だし、少しでも気に入らない事があれば何をしでかすか分かったもんじゃない。

 それなのにこれじゃ、スイフも苦労するだろう。

 しかし、こういう馬鹿は好きだ。

 土建屋を立ち上げた頃、ツルハシやスコップを担いで共に汗を流してきた仲間達。

 損も得もなかった、仲間がいる、それだけでよかった。

 あいつ等が今ここにいたら、俺も同じ事をしていたはずだ。


「そう言うな、どんなに力があっても1人で船は造れん。 それぞれが力を合わせて初めて出来上がる。 違うか?」

「それはそうですが、ともかく、此度の事、我ら海の民を代表してお礼申し上げます」

「海の民というのか、なんかかっこいいな」

「それはまた、ありがとうございます」

 まあ、俺だって、命の恩人だと持ち上げられて仲間が増えたぞー、みたいな。

 そんな期待が無かったわけではないが、これでかしは作った。

 貴族が、平民の為に動いた。

 それも、騎馬隊まで動員してだ。

 あとは、それに対してどういう答えを出してくるかだが、まあ楽しみにさせてもらおう。


「海の民と呼ばれている者がこんな川の上流まで来たんでは、漁には出れんな」

「北には北の漁師がおりますから、どのみち出られません」

「北?」

「はい、我らは南の大陸の者です」

「南って、あの、戦乱が絶えないという南の大陸か?」

「はい。 まあそれほどひどくはありませんが、戦火を逃れて北にまいりました」

「それはまた難儀な事だな。 このまま残ってくれると嬉しいが、もし南に帰る時には言え、力になるぞ」

「ありがとうございます」 

 人にはそれぞれ事情があるって事か。

 望郷の念はあるだろうが、帰るに帰れないといったところだろう。

 いつの日か、南の大陸には行ってみたい。

 その時は、こいつらと一緒がいいな。


「何があったのか、聞いてまいります」

「必要ない」

「しかし」

「今行っても邪魔になるだけだ。 なあに、俺達がここから動かなければ、調べて報告に来るさ」

「はあ」

 気にならないと言ったら嘘になるが、ここは舐められない様に貫録を見せる場面だ。

 今やるべきは、ガノインを待つ事。

 まあ、丸太に腰でも掛けて、ゆっくりさせてもらおう。


「そうだ、侯爵様の所から傷薬を貰って来ることは出来るか?」

「それはちょっと」

 振り向いて騎馬隊に声をかけたが、予想通りの答えが返ってきた。


「そうか」

「騎馬隊で使う物でしたら」

「じゃあ、それを」

「はっ」

 ガノイン達は傷口を水で洗う事もしないし、服を裂いて縛っている者までいた。

 まあ、小さな傷は舐めれば治るだろうが、薬があるならそれにこした事はない。

 後はのんびりすればいいだけだが、ただじっと待っているのも芸がないな。

 材料は山の様にあるし、ハンクに土産でも作るか。


「スイフ」

「はい」

「のこぎり、のみ、ハンマーを借りてきてくれ」

「あ、あの、のみは分かるのですが……」

「うん? のこぎりは木を切る物、ハンマーはのみの頭を叩く物だ」

「木槌ではなく、石槌、金槌の方でしょうか?」

「金槌だ」

「はい、木を切るのは鉈か斧となりますが……」

「いや、薄い鉄の板で、ギザギザの付いている奴があるだろう」

「ちょ、ちょっと聞いてまいります」

「待て」

「はい」

「人に聞かないと分からない物じゃない、ひょっとして無いのか?」

「私は、見た事がございません」

「……なんてこったい」

「申し訳ございません」

「いや、お前が悪いんじゃない」

「はあ」

 まいったな、というより、のこぎりが無いなんて、どうなってんだ?


「カンナはあるか? 木の表面をきれいに削るやつだが」

「それでしたらございます」

「とりあえず見てみたい」

「かしこまりました」

 ふーむ、のこぎり、必要ないのか?

 当たり前すぎて実感がわかんな。


「こちらになります」

 スイフが持ってきたカンナは、普通のカンナじゃなかった。

 鎌のでかいやつで、鍬くらいの大きさがある。

 しかし、これは見た事がある。

 宮大工が使うカンナだ。

 名前は忘れたが、これで仕上げた木は数百年もつらしい。

 国宝級の建物には必需品だとか言っていたな。

 ただ、普通の人に扱えるもんじゃない事も確かだ。


 のこぎりとカンナか、これが無いとどうなるんだ?

 木を切るだけなら鉈や斧で十分な訳だし、うーん、さっぱりわからん。

 まあいいや、そんな事より土産だ。

 定番のコマは作ろう。

 机や椅子は職人が作るし、シーソーやブランコも頼めば可能だろう。

 荷物になるのもなんだし、もっと小物がいいな。

 からくり人形は木製の歯車が面倒だし、積み木の年は過ぎたか。

 2重底の小物入れとか、あっ、木琴なんかどうだ。

 音階に自信はないが、少しずつ長さが違う物を作ればなんとかなるだろう。

 よし、とりあえず細い板をたくさん……。

 あーっ、のこぎり。

 のこぎりが無いと板が作れんのか。

 木琴の様に小さい物なら鉈でも間に合うが、長い物はまず無理だ。


「スイフ」

「はい」

「長い板の作り方を説明してくれ」

「板、でございますか?」

「そうだ、最初からだ」

「最初と言われましても、丸太を斧や鉈で大体の形にします」

「それで?」

「それで、削って板にして終わりですが」

「うーん、つまり、1枚の板を作るのに1本の丸太を使うわけだな」

「はい、それが普通だと思いますが……」

「やはりというか、そりゃそうだ。 のこぎりが無ければそうなる。 うん」

「あのー?」

「いや、よく分かった」

「はあー」

 なるほどな。

 大量に出る木くずも、ここでは燃料になるから問題にはならないのか。

 しかし、その結果はどうなる?

 丸太より板のほうが、むちゃくちゃ高いって事になるんじゃないのか。

 なるほど、壁が板塀ではなく丸太だった事もうなずける。

 屋根もそうだし、桶やワインの樽もそうか。

 手間をかけて作った板を箍でまとめるより、大きめの木をくりぬく方が安上がりだからな。

 箍そのものも無いかもしれん。

 船を造るには大量の板が必要だが、かなり手間がかかることになる。

 多くの船が必要な今、作る価値は大いにあるか。



「ルーラァ様」

 スイフの声に顔を上げると、ガノインがみんなを引き連れてやって来るところだった。


「お初にお目にかかります。 ガノインと申します」

 右手を左胸に当て、膝をつく。

 他の者達もこれに倣うが、頭を下げないのは子供だと侮っているのか、はたまた、海の民として矜持か。

 スイフが頭を下げろとゼスチャーで訴えるが、聞く気はないようだ。


 命を救った。

 必要なかったかもしれないが、少なくとも救おうとしたし、手に入らない薬も与えた。

 恩着せがましく言うつもりはないが、謝意を表す気もないとは、ずいぶんと舐めた真似をしてくれる。

 貴族ってやつにいろいろ思う事もあるんだろうが、俺は俺の船を造りに来たんでな、引かねえぞ。

 こういう馬鹿に言葉は通じない。

 かといって、騎馬隊に入られたら乱闘になっちまう。

 久々のタイマン、即行勝負といくか。

 喧嘩は図体でやるもんじゃね、相手が悪かったと思い知らせてやる。

 そして、従ってもらうぜ、ガノイン。


「ガノイン、ずいぶん硬そうな名前だが、聞きたい事がある?」

「何なりと」

 静かに話しながら、腰に巻いた剣帯を外し、漆黒の剣を丸太の後ろに置く。

 ガノインの目は、油断ならないやつだと言っているようだ。


「海の民というのは、相手の年や地位が気に入らないと、命の恩人でも馬鹿にするような、そんな恩知らずの民なのか?」

「ぐっ……」

 事故の事を聞くとでも思ったのか、あっけにとられた顔が見ものだったぞ。

 次いで怒りが噴出か。


 だろうな。

 貴族に手を出したらどうなるのか、知らないわけじゃないだろうが、仲間を侮辱されて我慢出来るほど、お利口さんでも無さそうだ。

 いい目で睨んでくるじゃねえか、ぞくぞくしやがる。

 いつでもいいぜ、かかって来い。

 拳まで鉄板の入ったガントレット、ばっちりカウンターを決めてやる。


「よせ、ガノイン」

 スイフが両手を広げて間に割り込んだ。


 だが、こいつも甘い。

 もう戦いは始まっているし、ガノインの死角を作っただけだ。

 相撲好きをなめんなよ。

 仕切りの体勢をとり、はっけよーい、のこった!

 スイフの股の下を通りガノインに襲い掛かる。

 スイフをどけようと、立ち上がりかけたガノインには俺が見えない。

 俺には無防備な股間が丸見えだぜ。

……チーン……。


「ぐおー!」

 獣じみた声を上げ、股間を押さえてのた打ち回るガノイン。

 御愁傷さま。

 しかし、ガントレットの無い右拳にした俺って優しいな。


「さてと、引き上げるか」

 そう言って、俺に加勢しようとしていた騎馬隊を止める。

 剣を拾い上げ、馬に乗せてもらう。

 股間を押さえてうずくまるガノインを一瞥して馬首をめぐらせたが、ここで騎馬隊の奴らがちょいと意外な反応を見せた。

 貴族に逆らった者を拳1つで済ませたわけだし、不満そうな顔を見せるかと思ったんだが、むしろニヤニヤと笑っている。

 こいつらもまた、いろいろ思うところがあったのかもしれん。

 まあいいだろ、ナセルは気になるがスイフが報告に来るだろうし、安全運転で帰るか。



「おかえりなさいませ」

 やはりというか、執事のお出迎えだ。


「ナセルが原因の事故のようだが問題は無いし、海の民に責任は無い。 侯爵様にそう伝えておけ」

 ここの流儀は分からんが、作業小屋1つとっても、作ったのが海の民でも出来上がれば侯爵のものだ。

 それを壊せば、当然責任を問われる。

 念の為だが、奴らには罪が無いと言っておく。


「かしこまりました。 馬車と鍛冶の職人を待たせておりますが、お食事も用意できております」

「うむ、先に会おう」

「ご案内いたします」

 さすがに飯は早いと思ったが、そう言えば小腹がすいてきた。

 そこまで優秀なのか、いや、まさかな。


 案内された部屋に入ると、2人の男が最高の礼を持ってかしずいていた。

 想像していた部屋と違ったのは、椅子が1つしか無い事だ。

 おそらく、遺族と平民が話す専用の部屋なのだろう。


「顔を上げよ」

 椅子に座って、おもむろに声をかけた。

 執事はそのまま俺の横に立っている。


「揺れない馬車を作る。 板に車輪が付いた下の部分、その上に曲りの付いた鉄の板を4つ、その上に箱の部分を乗せて完成だ。 試作品を明朝までに作っておけ。 何か質問は有るか?」

 最初から無理難題をふっかけた。


 まあ、最初に無理を言っておいて、後に引くのは交渉の基本ではある。

 しかし、鍛冶職人は普通に頑固そうな顔をしていたのだが、馬車を作るやつがとんでもない悪人顔だったのだ。

「おぬしも悪よのう」

 そう言いそうな悪代官の顔だ。

 人を見かけで判断するなというのは間違いだ。

 男の顔は作る物、悪い事をしてきた奴は悪い顔になってゆく。

 男の顔は履歴書とも言うが、まあ、気を使う気にはならんという事だ。


「畏れながら申し上げます」

「なんだ?」

「御存じなさらないのも無理はございませんが、馬車を作るには時間がかかるものでございます」

「ほう」

「車輪はもとより、板1枚とりましても数日かかるものにございます」

「そうか」

「はい、更には下請けと言えども生活がございます。 無理に作らせて同じ賃金というわけにもまいりません。 1年の工期を半年にしただけで10倍の費用がかかるものにございます」

「なるほどな」

 まったく、予想通りの奴だな。

 お前はまだガキだから知らないだろうが、馬車を作るには時間がかかる。

 仕事は下請けにやらせるほど大きな会社で、早く作ってほしければ金を出せ。

 まあ、こんな所だろう。

 それにしても、半年待たせて10倍とはぼったくりだ。

 こいつに儲け話を渡す気にはならんな。


「よく分かった。 忙しい所をご苦労だった」

「滅相もございません。 お呼びいただければ、いつでも参上いたします」

 馬鹿丁寧に礼を取り、出ていくのをじっと見送った。

 しかし、詰めの甘いやつだ。

 扉が閉まる直前、大きくため息をつく後ろ姿が丸見えだぞ。


「さて、お前はどうなんだ?」

「畏れながら申し上げます」

「うん」

「鍛冶師としては拙い腕ながら、依頼を断った事がない。 それだけが自慢にございます」

「それはまた、大きく出たな」

「申し訳ございません」

「いいさ、それくらいでなければ、いや、それでもこれを作るのは難しいだろうがな」

「はて? 曲りの付いた鉄の板ではないのでございますか?」

「曲がった鉄の板だ」

「馬車の長さにする程度でしたら、可能ですが」

「いや、長さは短い。 そうだな、半弓を鉄でつくる感じでいいかな」

「はあ」

「注意してほしいのは、材質、長さ、厚み、曲り、これらを同じにする事だ」

「分かりました。 明朝までにお持ちいたします」

「そうだ、海の民の所に持って来い。 そこにいる」

「かしこまりました」

 これで良しと。

 後は、実際に折れるのを確認させて、改良を任せればいいだろう。


「名前を聞いておこう」

「キヨモリにございます」

「清盛だと?」

 待てよ、歴史かなんかで聞いたことがある。

 たしか、祇園で遊んでいたら、急に鐘が鳴って、定宿を追い出されたんで、猛っていた物がしぼんでしまったという、悲しいお話の主人公じゃなかったか?


「はっ、わが先祖が、畏れ多くも魔道師様よりいただいた名前だと聞いております」

「1000年も前にか?」

「はっ、鍛冶師キヨモリの名は1000年続いております」

 なんとまあ、名前よりこっちの方がすごいな。


「これだけは言っておくが、揺れない馬車はこの鉄が命だ。 この依頼を断るか、これ以外の依頼を全て断るかになると思う。 心の準備はしておけ」

「……かしこまりました」

 こっちは予想通り、小首を傾げながら帰ってゆく。

 正直な奴だ。


「領民が使うやつでいい、馬車を1台、薪馬車を2台、明朝までに海の民の所へ運んでおけ」

「かしこまりました」

 横に立つ執事に話しかけるが、何も聞いてこない。

 まあ、それが普通だし、気に食わない馬車野郎を使う事はしないだろうから、いいと言えばいいんだが……。


「お前は何も聞かないんだな?」

「我々魔族は、魔道師様の意思に従うのみにございますれば」

「……なんだと?」

「はて? 魔族について話すよう伺った、そう記憶しておりますが」

「とぼけるな、どさくさに紛れて、誰が魔道士だ?」

「ルーラァ様にございます」

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