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ルーラァ  作者: 水遊び
近衛城兵見習い
30/50

第12話 西の城門街

 シートの傾きに気が付いて外を見やると、森の中を走っていた。

 かるいのぼり勾配は、馬車を山の上に、少なくとも丘の上に押しやろうとしているようだ。

 振動も格段に少なくなって、目的地到着の予感を漂わせている。

 爺さんは表情を変えない、というより、ピクリとも動かない。

 腕をくみ、ドカッと座って眼を閉じたままだ。

 生きてはいる、うん、大丈夫だ。

 やがてシートが平坦になると、大きく曲がり、ゆっくりと止まった。


「御到着いたしました」

「うむ」

 爺さんの声は重いが、ともかく着いたようだ。

 まったく、ようやくだ。

 帰りは絶対に馬で帰る。

 タラタラと5時間もかかるのはごめんだから、爺さんとは別にかっ飛ばして帰る。


 密かに決心をしたところで、扉が開いた。

 まったくの無防備で大勢の人に取り囲まれ、ドキッとした。

 たしかに、見れば安全だと分かるし、実際そうなのだろう。

 しかし、それは単なる結果に過ぎない。

 我が事ながら、学習という言葉を知らんのかと言いたくなる。

 執事らしき男がさりげなく手を差し出してくるが、体が光っている。

 しかも、吟遊詩人ブーログだったか、あの男より光り方が強く、優雅に会釈さえしてくる。

 驚きはしたが顔には出さず、その手にすがるようにつかまり、外に出て腰を伸ばした。


「ようこそおこし下さいました、ルーラァ様。 ご案内いたします」

「俺はいい、ジイ……侯爵様を」

「ありがとうございます。 どうぞ」

「だから……」

 と、俺の出る幕じゃなかったな。

 ここにいる者達は俺の何十倍も爺さんが心配で、俺はむしろ邪魔だろう。

 爺さんだって、歩けなくて担ぎ込まれる姿を見られたくないだろうし、ここはおとなしく引こう。

 扉から玄関ホールを抜け、客間らしき部屋に案内された。


「執事のレイバンと申します。 申し訳ございませんが、歓迎の晩餐会は明日を予定しております。 今日は、ごゆるりとおくつろぎ下さいませ」

 光にはレイバンか、かっこよくて好きな名前だが、ブーログより光が強い奴は初めてだ。

 魔族とかいっていたし、その分魔力が高いのかもしれん。

 それにしても、筆頭侯爵の執事とは驚いたな、ちょいとかましてみるか。


「船造りの現場まで、案内をよこせ」

「かしこまりました」

「戻ってくるまでに、馬車を作る職人と鍛冶屋をそろえておけ」

「かしこまりました」

「紙とペンはどこにある」

「すぐにお持ちします」

「それと……」

「……」

「魔族について知っている事があれば、夜にでも聞きたいものだな」

「かしこまりました」

 ふむ、顔色一つ変えんな。

 まあ、それくらい当然か、夜を楽しみにしておくとしよう。


 執事が出て行った後、ざっと部屋を確認する。

 既に暖炉が部屋を暖めていた。

 応接セット、ティーテーブルセット、船の模型が彩りを添えている。

 隣が寝室、その奥も寝室。

 あと風呂場があればホテルのスィートだが、さすがに見当たらない。

 心配なトイレは椅子タイプのオマル。

 かおりのいい葉っぱで満たされていて、この中に埋没させた後、これでお尻を拭く。

 ただ、ウンが、いや、運が悪いと……。


 メイドが運んできたのは、紙とペンとお茶セット。

 またもや登場したホット蜂蜜に、柔らかいクッキーが添えられていた。

 養蜂か天然物か、旨いからどっちでもいいが、クッキーはいまひとつだ。

 しけたような感じだし、塩味がする。

 それでも2.3枚口に放り込んで、ソファーに横になった。

 硬めのソファーなのに体が沈む感じなのは疲れている証拠だろうが、頭はさえている。

 どんな船か、ナセルをどう取り付けるか、考える事は山ほどある。

 ペンを取ろうと起き上がったところで、スイフの巨体がやって来た。


「ご案内にあがりました」

「爺さんは大丈夫か?」

「はい、いつもの事ですから」

 立ち上がり、ざっと身だしなみを整える。


「いつも? 城にいるより、船を造っている方がましだってか?」

「お分かりになられますか?」

「まあな、ジジイの言いそうなことだ。 ともかく行くぞ」

「はい」

 何事もそうだが、実際に現物を見なければ始まらん。

 船大工の実力も気になるところだ。

 問題は現場で起きているんだ。

 うーん、ちょっと違ったか。



「いってらっしゃいませ、ルーラァ様」

 玄関ホールに執事がいた。

 爺さんが大変な時なのに見送りとは、いや、もう驚かん。


 前庭の人だかりは無くなっていて、向こうの正門に門番がいるくらいだ。

 門横の厩舎を目指すようだが、庭を半分も行かないうちにドーンという音が聞こえてきた。

 かなり遠そうだが、戦争という言葉が頭をよぎる。

 庭先に人が飛び出して横手に向かう、その流れを追った。


「ルーラァ様」

 スイフの声を後ろに横手の門まで駆け抜けたが、そこで立ち止まって、いや、そこに広がる風景に圧倒されたと言った方がいい。


 目の前が青い空でいっぱいになり、その中をいくつもの白い雲が平和に流れている。

 遠くの稜線が地上との境を作り、近くに見える第3城壁が右にも左にも、はるか彼方まで伸びていた。

 しかも、眼下には両岸に大きな街を従えた河が、なんとその下を通っている。

 城壁橋、長年生きてきて初めて見る橋だ。

 形は眼鏡橋だが、規模が違う。

 広い川の中央にある橋脚、城壁の規模からして小さなビルくらいはあるはずだ。

 クレーンも無しに、加工された巨大な石をピンポイントで沈めるだと……。

 不可能だ、少なくとも俺には。

 更に、足元には広い石段が、その街に吸い込まれるまで長く伸びていた。

 絵画でも見ているかのような風景と、驚きの橋の中に埋もれて言葉を失った。


「ルーラァ様?」

 かけられたスイフの声に我に返った。

 周囲は、兵士たちへの命令や怒鳴り声がこだましている。

 そのおかげで、川沿いあたりで煙が上がっているのが分かったが、敵の姿は見えないらしい。

 となると、攻撃ではなく事故か。

 炭坑で起きるような粉塵爆発が近いかもしれんが、炎は見えない、むしろ砂煙に思える。


「あっ」

「ん?」

「ナセルを作っている工房あたりです」

「なに? もう作って、いや、ともかく行くぞ」

「はい、あっ、馬はこちらです」

 階段に挑戦しようとするとこで止められ、スイフに続いて走った。

 庭を横切り、厩舎の前までいっきに駆け抜ける。


「ルーラァ・アイスラー伯爵様に馬を回せ! ルーラァ様、門でお待ちします」

 素早く段取りを決めたスイフの巨体が遠ざかり、御大層な鞍を乗せた馬がやって来た。


 鮫の紋章入りはいいが、うちのコタロウよりふたまわりはデカい。

 おまけに、コタロウは首を下げて乗りやすい様にしてくれるんだが、ここでそれを期待するのは無理というもんだろう。

 乗りにくい理由は他にもある。

 アブミが無いのだ。

 足をひっかける、自転車のペダルの様なところだ。

 ここで見栄を張っても、馬にしがみつくぶざまな姿をさらすだけ、ここは素直に乗せてもらうのが上策だろう。


「視察に行く、侯爵様に伝えておけ! ハィヤー」

 決め台詞をかっこよく決め、馬腹を蹴る。

 乗せてもらった事は忘れよう、うん。


 門の反対側の厩舎からスイフが飛び出し、轡を並べて門をくぐると、すぐ後ろから騎馬が10騎ほど合流した。


「ルーラァ様、お供致します」

「煙の現場だ、案内しろ」

「はっ」

 横に来た隊長格らしい男に指示を出し、さらにスピードを上げる。

 顔にあたる冷たい風は痛いくらいだが、それ以上に気持ちいい。

 今まで狭い場所に閉じ込められていた鬱憤を一気に晴らす。


 スイフは完全に置いてきぼりだが、侯爵の騎馬隊はすぐに追いつき、前に3人、両横、後ろと隊列を組む。

 葉は落ちていたが、木のトンネルで出来た1本道は穏やかな下り坂。

 よく見ると、小道が何本かある。


 振り落とされる恐怖と戦うレベルまでスピードを上げたが、彼等の顔にはまだ余裕がありそうだ。

 さすがに鍛えた兵達は違うと感心したころ、前を行く騎馬がその小道に入った。

 手綱さばきの見せ所だ。

 反対側に軽く膨らんだ後、鋭角に切り込む高速ターン、華麗に決めて小道に突っ込んだ。

 しかし、道幅は馬1頭がぎりぎりのうえ、不規則に蛇行している。

 近道なんだろうが、まったくスリル満点だ。


 スピードは落ちたが、それでもかなりの速さで小道を駆け抜け、町中に突入した。

 前を走る騎馬が5に増えたが、おかげでは人垣が割れて立派な道が出来ている。

 再び、スピードアップ。

 何とも気持ちよく飛ばしていたのだが、ふいに、横から子供が飛び出してきた。

 思いっきり手綱を絞り、馬首を返して子供を躱す。

 と、ここまでは良かったのだが。

 余裕があったのは鞍にお尻が乗っていた時までで、棹立ちになった馬の手綱にぶら下がり、振り落とされればそれどころじゃない。


 とっさにシールドの魔法を掛けたが、衝撃には効かないと知る羽目になったばかりか、その衝撃はカハッと肺の空気を抜き、そのまま呼吸を止めた。

 全身を襲う圧迫されるような痛みに、ヒールの魔法で対抗したが、何度も地面を跳ねて転がる。

 もはや、自分がどこを向いて、どんな格好で転がっているのかまるで分らない。

 最後の最後、バーンという音と共に、何かにぶつかって止まった。

 もう1度ヒールをかけ、そっと眼を開けると、見えたのは自分の両足。

 だらしなく開き、その間に青い空が見えた。

 ぶつかったのは誰かの家のようで、両足を横に倒すように身を起こし、何事も無かったかのようにほこりを払ったが、恥ずかしさで顔が熱い。


「ルーラァ様―」

 隊長格の人、だったと思うが、いちはやく駆けつけてきた。


「お怪我はございませんか?」

「ああ、心配ない。 それより、あの子供は?」

「すぐに取り押さえます」

「いや、そうじゃなくて、大丈夫だったのか?」

「はっ、ああ、あちらに、母親共々捕らえました」

 指さす方を見ると、兵士2人が、子供を抱きかかえた女の人を地面に押しつけている。

 俺が興奮させた馬も、別の騎馬兵がおとなしくさせている所だった。


「一度、お戻りになられた方がよくはありませんか?」

「いや、大丈夫だ。 馬を」

「はっ」

 恥ずかしさなど吹き飛んだ。

 まったく、これじゃ悪者じゃねえか。


 武家のバカ息子が町中で馬を走らせ、子供を跳ねそうになって逆切れ、母親共々切り殺そうとする所に正義の味方登場。

 印籠を持った爺さんの子分にやられるパターンだ。

 思わずキョロキョロとした俺は、バカなのか小心者なのか……。

 ともかく、馬に乗り、もとい、乗せてもらい、親子の所に行った。


「その親子を放せ」

「はっ」

 押さえつける手は離れたものの、母と子は俯いたままで、よく見ると震えている。

 両脇に陣取った2人の兵士は油断なく構え、騎馬は遠巻きにかこっている。

 見物の野次馬も続々集結中で、非常にありがたくない状況だ。


「今回は、俺の腕が未熟だったために起きた事故だ。 その親子に罪は無い」

 声を張り上げるが、誰も反応しない。

 階級社会だか何だか知らんが、貴族の邪魔をした者は処罰すべきだってか。

 次の言葉も出てこないし、どうすんだ、これ。


「お前達も馬に乗れ」

「「はっ」」

 もう、強引に終わりにするしかない。

 返事とは裏腹に、2人の兵士はチラリと不満そうな顔を見せる。

 口に出さないのはさすがだが……。


「我々の仕事は領民をいたぶる事では無い、守る事だ。 近衛城兵、ルーラァ・アイスラーの名のもとに命ずる。 以後、この親子にかかわるな。 行くぞ」

 くそー、これ以上いい言葉が思い浮かばん。

 ともかく、この場からとんずらをかます。


 俺が動けば、騎馬隊も動く。

 いつの間にか追いついたスイフも吸収して、現場へと向かった。

 今度は安全運転で行こう。


 速度を緩めたため家並に目がいったが、石造りの家が見当たらない。

 爺さんの家だけなのか、石段もあったのに……。

 あるのは丸太小屋、ログハウスの類だ。

 勿論屋根も丸太だが、かやぶきの様な屋根でも壁は丸太が多い。

 郊外に出ればまた違うのかもしれないが、おそらく、木材が手に入りやすく安い。

 城壁に大量の石を使う為、石は侯爵専用になっている。

 とまあ、そんなとこだろう。

 

 河に近づくにつれ、家並みがまばらになる代わりに、山と積まれた丸太が目につくようになってきた。

 やがて、その丸太の柱がむきだしで、その上に屋根があるだけの建物に船が見えた。

 これが造船所なのだろう。

 そして、材木が散乱した空き地が目に飛び込んできた。

 スイフの様な大男たちがあちこちで材木をどけている。

 しかも、かなり慌てているのは、人がいるからだろう。

 ここが爆発の現場だろうが、何の爆発だったのか?

 2次災害の危険は無いのか?

 そんな事が頭を駆け巡るが、人が下敷きになっているというのに、何考えてんだ、くそったれがー。


「下敷きになっている者たちを救い出せ!」

 叫ぶように指示を出しながら飛び降りた。


 だが、何処から手をつけたらいいのか全く分からん。

 ともかく、身近の小山になったあたりから始めたが、丸太がでかすぎる。

 持てるやつだけ後ろに投げ、大きいやつは細めの丸太を差し込んで、てこの原理だ。

 スイフが横に来たのは大きい。

 こんな時、力持ちは頼もしい限りだ。


「固まるな! 人がいそうなところを手分けして攻めろ」

 兵士達までやって来たので指示を出す。

 ざっと周りを見渡すが、皆それぞれやるべきことをやっている。

 なら、自分もやるだけだ。


 魔法は使わなかった。

 というより、どんな魔法を使ったらいいのか分からなかった。

 火炎などの攻撃魔法は駄目だし、水を出しても仕方がない。

 軽くなれと言っても軽くならんし、悩む暇があったら手を動かせって感じだ。


 わきたつほこりにむせ、汚れた汗をぬぐうと歓声が上がった。

 1人救出のようだ。

 続いて、2つ3つと歓声が上がる。

 圧倒的な力の差が羨ましい。

 兵達は、縛った丸太を馬で引き離す作戦のようで、ここも見事救出に成功。

 なんか、焦る。

 競争しているわけでは無いが、運動会でビリを走っている気分だ。

 この下に人がいなかったら、いや、いない方がいいんだが、そう思ってしまう。


「ここにもいる! 手を貸せ!」

 思いが通じたのか、スイフがどけた丸太の奥に足が見えた。

 またたくまに人が集まり、みるみる小山が小さくなってゆく。

 そして、あと少しという所で、下敷きになっていた人が起き上がった。

 かぶさった材木を跳ねあげ、ほこりをまき散らして立ち上がった巨人。


「あー、驚いた」

 そして、第一声がこれだった。


 ポカーンとなってしまった俺は、ぜったいおかしくない。

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