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ルーラァ  作者: 水遊び
近衛城兵見習い
28/50

第10話 ナセル

「おはようございます、お父様」

「おはよう」

 翌日の朝食は珍しくブルーノと一緒だった。

 座る場所は映画の様に何メートルも離れた端と端、なんて事は無い。

 ブルーノは正面だが、俺の場所は側面の端、ブルーノの隣だ。

 お互いを眼の端でとらえながら、黙々と食事が進む。


 何かあったのかもしれないが、聞いていい事といけない事がある。

 軍事に関する事はどんなことでも秘密だ。

 例えば、今日はなぜ遅いのか、その問いに答えることは出来ない。

 だから聞かない。

 しかし、そうなると何の話をすればいいのか困り、結果無口になってしまう。


「ドーマ卿のとこだったな」

「はい」

 再び沈黙だ。

 食事などでは目上の者が場を作り、目下の者から口を開かないのがマナーだ。

 だから、いいっちゃいいんだが、食事をしながら、こっちを見もしないでの会話には抵抗がある。

 何とかこっちを向かせたいもんだ。


「仕事のほうはどうだ?」

「まあまあですね。 迷惑はかけていない、事も無いかな」

「何だと?」

 さすがに食事の手が止まり、睨むような、探るような感じでちょっと怖いぞ。


「なんか、あの爺さんからかうと面白いかなー、なんて、はは、すみません」

「ふっ、ふふふ、ふははははー」

「ど、どうしたのですか?」

 いきなり笑いだしたら、そりゃ驚くって。

 なんか笑いのツボに入ったか? 作戦は成功みたいだが……。


「いや、いやな、国王でさえ1目置くというドーマ卿が、ふふふ、そうか、そうか」

「そう言えば、お父様もドーマの爺さんが家庭教師だったのでしょう?」

「ああ、あの人には頭が上がらん」

「そうなんですか?」

 何とも嬉しそうに笑っているが、俺の事が心配で朝食の席を設けたってとこだろうな。

 まったく、脅かすなって話だ。


「そうだ、船を買おうと思うんですけど」

「船? 軍船か?」

「いえ、商船の方で、南の大陸まで行ってもらおうかと」

「ふむ、それなら軍船にしておけ。 戦争が終わったとはいえ、まだまだきな臭い。 いざという時の事も考えるんだ」

「はい、そうします。 買うのはいいんですよね」

「考えがあるんだろう、好きにしろ。 それと、足らなければ言え」

「ありがとうございます」

 さすがはブルーノだ、親父とはこうでなくっちゃな。

 本当は北の塔の事、第1王女の事を聞きたいんだが、タイミングが合わない。

 次の機会を待とう。

 しかし、父親と話すのが1番気を使うとは、それもどうかと思うんだがな。


 レイダーにチェリーの事を話し、ブルーノと馬車に乗り込んだ。

 ビリーは、やはりというか、お泊まり合宿のようだ。

 馬車内での話題は近衛兵の強さ。

 やはり、近衛兵、近衛城兵、専属近衛城兵の順に強いらしい。

 そして、近衛城兵で強いのは、やはり、ジンテノ・ルーブル。


「勝てないほどの相手とやらないと強くはなれん」

 ブルーノと意見が一致して、ニヤリと顔を見合わせた。

 待ってろよ、色男。



「うーす」

 扉を開けながら軽く挨拶をする。


「「「「「おはようございます」」」」」

 おうおう、可愛い女の子の声はいいのう。


「挨拶もろくに出来んのか」

 やれやれ、怒りっぽい爺さんはいやだね。


「まあええ、ちょっと来い」

「いいんかい?」

「…………」

 お、おいおい、無言はやめてくれ。

 笑いを取れない芸人の辛さが分かるな。

 爺さんは俺を無視して秘密の扉に消え、ナーンがかわいく両手を差し出した。

 ハイハイ、剣とガントレットね。

 渡す時にそっと指に触れる高等テクニックを使い、顔を赤くしたナーンを残して扉をくぐった。

 やるな、俺。



「女官長、ちょっとお借りしますよ」

「ええ、どうぞ」

 女官長の部屋の応接ソファーに座らされたが、テーブルが無いので変な距離感だ。

 女の子なら大歓迎だが、爺さんではな。


「船を買うそうじゃな」

「ああ、駄目なのか?」

「駄目とは言わんが、あまり勧められん」

 なんか真面目モードだな、おい。


「理由を聞いても?」

「先の戦争で、ほとんどの船を失ったのは知っとるな」

「ブルーノは、たとえ家であっても軍の機密は話さない、です」

「そうか、なら良く聞け」

「はい」

 なんだ、なんだ? 調子狂うな、もう。


「戦争に負けた理由はいくつもあるが、その中で大きかったのは船の性能じゃ」

「性能ですか?」

「そうじゃ、詳しい事は調べさせておるが、体当たりで船を沈めることが出来るらしい」

「まさか?」

「そのまさかじゃ、わが軍の半数は海の底に沈んだ」

「……」

「船は作らねばならんし、作ってはいる。」

「だけど、旧型船だと」

「そうじゃ。 しかも、今海を支配しているのはカメリア王国じゃ」

「軍船にしようと思ったんだけど」

「同じ事じゃ」

 女官長の部屋は静けさに包まれた。

 部屋を移動した理由が分かった、こんな話は何処でも出来るものではない。


「戦争は、終わったんだよね」

「国王が出された非常事態宣言を知らんのか?」

「え、えっと」

「まったく、だから試験も11歳になったんじゃろうが」

「そ、そうなんだ」

 ったく、なんなんだ、その交通事故撲滅作戦みたいなのは。


「どのくらい、その、せっぱつまっているの?」

「国境のある南の都テネスは、今も臨戦態勢を崩しておらん」

「テネス、ああ、軍務宰相の領地か」

「カメリア側の国境警備隊が警備騎士団に昇格し、随時1万を超す騎士がいると聞く」

「騎士だけで1万? 歩兵はその数倍、そんなんに攻められて大丈夫なのか?」

「テネスは落ちるじゃろう」

「落ちるって……」

 おいおい聞いてねえぞ、などと言ってる場合じゃねえぞ。

 王都とテネスの間には乾燥地帯があるとか言っていたから、すぐには大丈夫だろうけど、制海権を取られていたんじゃ兵士も物資も送れない。


 あ、船。

 テネスを取った後、乾燥地帯を無視して直接ここに来れば……。

 3重防壁を無理にこじ開ける必要はない。

 適当に戦って帰っても、テネスは取れる。

 カメリアには、報復戦という大義名分もある。

 あちらさんの国内情勢次第では、すぐに再戦もありうるか。

 こりゃ、ちっとばかしやばいな。


「新しい船を作れば?」

「詳しい事はまだ分かってはおらん」

「いや、もっと新しい物だよ」

「何かあるか? あるなら聞かせてくれ」

「う、うん」

 思いつきで言葉にしちまったが、爺さんが詰め寄ってくる。

 顔が近い、チューできそうだ。

 まったく、ちっとも嬉しくないぞ。


「えっと、風の魔石を水の中に入れると、どうなる?」

「泡が出ると思うが、それがどうした」

「やっぱり。 使う魔石はDランクだよね」

「ああ、Cランク以上では風が強すぎるからのう」

 よし、これならいけるかも。

 問題はどれだけの空気を生み出せるかだ。


「水を張った洗濯用の桶に風の魔石を入れて、どうなるか見たい」

「分かった」

 爺さんが女官長に目配せをすると、女官長が立ち上がった。

 そして、出ていく女官長の後を俺達が付いていく。

 あやしい、この2人は絶対にあやしい。


 洗濯中の女官たちには悪いが、桶の1つをあけてもらった。

 この桶も一木作り。

 太い木の根元を輪切りにして、くり抜いた物だ。

 食卓セットと言い、贅沢なもんだ。

 そういやあワイン樽もそうだったが、まあ今更驚く事でもないか。

 水を張った桶に魔石を入れると大量の気泡が発生し、まるで激しく煮たっているような感じだ。


「ふむ」

 腕を組んで思案する。

 こんなに多くの空気をどうやって作りだしているのか、さすがは魔石だが、これじゃ酸素ボンベはいらないな。

 まあ、スキューバーをしたいわけでは無いからいいんだが……。

 理想としては、水を取り入れ、魔石で空気を入れて圧縮、後方へ噴射すれば船は進む。

 問題は水密技術だが、どうかな、出来るとしてもおそらく数年はかかるだろうな。

 それでは間に合わんし、もっと簡単な方法は無いものか……。


「どうじゃ?」

「うん」

「うん、じゃ分からん」

「慌てる乞食はもらいが少ないって習ったろ」

「習うかそんなもん!」

「ああ、そうだった」

 全く、考えの邪魔をするなってんだ。


 筒に入れて後ろに風を送る……。

 動きはするが、そこから加速は付きそうもないな。

 プロペラを回す……。

 ベアリングの問題がある、馬車でさえ使っていないからな。

 ジェット機の様にすれば……。

 うーん、これなら何とか。


「で? どうなんだ?」

「とりあえず、船大工の人に合えないかな?」

「なら、わしの家に来い」

「いるの?」

「何を言っとる。 無敵海軍ドーマを知らんのか?」

「なんだ、その2つ名は?」

「2つ名?」

「いや、かっこいい、別名」

「当然じゃ」

 嬉しそうにしちゃって、戦争で負けたくせに。

 しかし、海軍は爺さんがトップという事か。

 まあ、西の海岸線は爺さんの領地だから変ではないか。


「造船の知識のある人だよ」

「ああ、分かっとる。 行くぞ」

「えっ、体術は?」

「分かっとらんな。 制海権を持っとるということは、いつでも好きな場所に、例えば、ドーマ川と遡ってこの王都に軍を送ることが出来るという事じゃ」

「まあ、それはそうだろうけど、ドーマ川?」

「お前、ドーマ川を知らんのか?」

「ち、地図に載ってたっけ」

「当たり前じゃ」

 いや~、そんなに怒らなくても、川は多かった気はしたけど。

 しかし、ドーマ川って、自分の名前を付けて恥ずかしくないんかな。


「まだ戦争になっていないんだろ?」

「なってからじゃ遅いだろうが、ほら立て」

 ほんとに、頑固でせわしないジジイだ。

 みんな辞める筈だよ。



 ドーマ侯爵の家はデカかったが、アイスラー伯爵家だってデカい。

 早い話違いが判らんのだが、それくらいでかい家だ。

 うちだとサーベルタイガーの置物が置いてある場所に、数種類の船の模型が置いてあった。

 模型店に飾ってあるようなやつで、縮尺は知らんがかっこいい。

 ただ、映画に出て来る海賊船よりちやっちい感じだ。


「お呼びでしょうか?」

「スイフ、新しい船を作る。 ルーラァ・アイスラーの意見を取り入れろ」

「かしこまりました。 ルーラァ・アイスラー卿、お初にお目にかかります、スイフと申します。 以後、お見知りおきを」

「ああ、ルーラァでいい」

 やって来た男は岩の様な体格のマッチョマン。

 がっしりした体格は骨格からして違う感じだ。

 しかし、名前がスイフ、水夫かよ、似合いすぎて笑えねえ。


「爺さん、テーブルの有る所で話したい、紙とペンもだ」

「分かった。 こっちだ」

 スイフは侯爵にそんな口を利く俺を驚きの目で見ながらも、黙ってついてきた。

 スイフを向いに座らせ、爺さんが持ってきた紙を置き、ペンを握った。


「聞きたいんだが、船の中で魔石を使う事はあるか?」

「そうですね、大型船だけですが、炎の魔石は調理で使いますし、氷の魔石は食糧を保存するのに使っています」

「風の魔石はどうだ?」

「使った事はありませんが」

「ふむ」

 やはり、魔石を動力として使うという発想はないようだ。


「ナセルを作ろうと思う」

「ナセル、でございますか?」

「ああ、まず、中を切り抜いた丸太に風の魔石を設置すると、どうなる?」

「丸太の両側から風が出ます」

「そのとおり。 ところが、この魔石に三角帽をかぶせて先端を前にすると、風は後ろにしか出ない」

「まさか、あ、すみません」

 まあ、信じられないのも無理はないが、信じようとしない奴に詳しい説明は不要だ、一気に進めてしまおう。


「人が入れるほどの丸太を2本、これを後部甲板の左右に設置しろ。 前方から大量の空気を吸い込むから、チェーンメイルでも張っておけ。 コの字型の鉄板を後ろに置けば逆進がかかる。 魔石を取り外しできる工夫をしておけ。 丸太の内部に螺旋状に切り込みを入れて、空気を回転させろ。 魔石はCランクにしておけ、Bランクだと危険だ」

「は、はい」

「まあ、やってみればわかる」

「はい」

「カメリア船の数倍の速さは出るはずだから、後は任せる」

「は……い」

 あれ、泣きそうな顔になってる?

 喜ぶと思ったんだが、やり過ぎたか?


「時々見に来てやるから心配するな」

「はい、よろしくお願いいたします」

 とりあえず肩をたたいて安心させてやったが、まったく、デカい図体して肝っ玉の小さいやつだ。


「ルーラァ」

「うん?」

 なんか、低い呟きのような声だがどうしたんだ?


「カメリア船の数倍の速さというのは本当か?」

「うーん、どうかな」

 まあ、こればっかりはやってみないとな。


「どうかとは何じゃ! はっきりせんか!」

 成り行きを見守っていたはずの爺さんが、急に大声をあげ、襟首をつかみ上げてきた。

 息が、息が出来ん。

 腕をバンバン叩いても、興奮した爺さんは力を緩めない。

 仕方ない。

 両肘をつかみ、内側のツボを思いっきり押す。


「いたたたー」

「ケホ、ケホ。 このばか力が、死ぬかと思ったぞ」

 ようやく爺さんの手が離れたが、文句は先に言うのが勝ちだ。


「お前がはっきりせんからじゃ」

「だからって、首絞めて殺すつもりか?」

「いや、それは」

「それは?」

「すまん」

「よし、以後気を付けろ」

「ば、ばかもーん!」

 あたー、うまくいってたのにな。


「まったく、だが、どうなんだ? 早いのか遅いのかどっちだ?」

「早いことは間違いない」

「数倍だな」

「理論上は」

「実際は?」

「船が壊れるからな」

「壊れるような船は作っとらんぞ」

「正確には、水の抵抗で船板が割れる」

「まさか」

「補強が不十分だと、進水前に粉々もあるかな」

「……」

「まあ、やってみないと分からないけど、他人が作った船だしな、試運転の時俺は乗りたくないな」

「そんなにか?」

「ああ、でも小型船舶にも、筏にだって使えるし、川を遡る事も可能だ。 後は爺さんの仕事だぞ」

「あ……ああ」


「さてと、餅は餅屋というし、俺はさっさとお暇させてもらおっと」

「待たんか」

 これでお役御免だろうと立ち上がった俺を、年よりのくせに素早く立ち上がった爺さんが止めた。


「え?」

「え、じゃない、造りに行くんだ」

「えーっ? 俺は船大工じゃないし、用事もあるんだぞ」

「用事だと、何だ?」

「ジンテノをブッ飛ばす」

「フン、返り討ちにあうのが関の山じゃ。 遊んどらんとついて来い」

「遊びじゃねえよ、本気だって」

「うるさい! ついて来るんじゃ!」

「いて、いててて。 み、耳を引っぱるなー」

「つべこべぬかすな!」

「分かった、分かったってば~」

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