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ルーラァ  作者: 水遊び
近衛城兵見習い
27/50

第9話 竹蜻蛉

 たとえわずかでも、下りの小道は上りより危険だ。

 腕をくむのは紳士の義務だ、責任だ、憧れだ~。

 そっと肘を出したらすんなり手が、ごくりとなった音が聞こえなければいいが……。

 だが、もっとこう、すがるようにした方が……。

 思いは伝わる、足をとられそうになってすがりついてくる。


「危ないから、しっかりつかまっていて」

「はい」

 か、完璧だ、俺、偉い。

 腕に感じる、弾力が、弾力が~。

 ナーンを誘って毎日来てもいい、いや、来るべきだろう。

 忘れ物をしたと言って、戻るのもいいかもしれん。

 いっそのこと竹藪の中に、い、いかん、煩悩退散。


 だ、大事なのは分析だ。

 ナーンも感じている筈だ。

 いや、Hな意味ではなく、触れている事が分かっている。

 これ、これが重要だ、試験に出るくらい重要だ。

 状況さえ作れば、弾力に触れてもいい。

 この不思議な女心を理解出来た者だけが勝者となれるのだ。

 ただいま、友達から恋人への階段を上っております。

 ルンルン気分というやつだ。

 しかし、それを邪魔する奴がいる。



「馬車が子供を産んだ」

「えっ?」

 2回りほど小さい馬車がもう1台、名残惜しいが伝えた。

 しかし、残念なそぶりなどつゆほども見せずに、くんだ腕をほどき、差し出した手に添える形に改める。


『人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ』

 などと思うが、表面は極めて紳士的にいく。

 あくまで、表面は、だが。

 それに、こちらの用事が済むまで待っていたのだから、礼儀知らずではなさそうだ。

 女性のように見える。

 右手を胸に、片膝をついて首を垂れている。

 庶民と侯爵令嬢なら不思議はないし、普通なら素通りするところだが、ここにはエリーヌの店しかない。

 小道を下り終えて、通りに出た。


「顔を上げなさい」

 護衛が配置についていることを確認したナーンが口を開いたが、チェリーだった。

 何故こんなところにいるのか、さっぱりわからん。

 かなり驚いたが、眉をピクリとさせただけで止めたの上出来だろう。


「名前は? そして、ここに来た目的は何ですか?」

「マロン商会、マロンが家内、チェリーにございます。 こちらには仕事で参りました」

「白い紙のマロン商会ですか?」

「さようにございます、ナーン・ドーマ様」

 名前は名乗っていないはずだが、馬車にはドーマの紋章、鮫が描かれている。

 更に、ドーマ侯爵に孫娘はナーンだけ、御者あたりに確認もしたのだろう。


「エリーヌに高価な紙を買うゆとりはないはずですが」

「はい、わがマロン商会は、新たに商社としての仕事を手掛けております」

「はて? それはどのような商いですか?」

「代理販売と言えば分りやすいでしょうか。 ここには素晴らしいガラス製品がございますが、ここにある事を誰も知りません。 そこで私共が代わりに販売いたします」

 説明をしながら、こちらの方をチラチラと見てくる。

 記憶にはない。

 ないが、商社などと言う単語は俺しか知らんだろうし、たぶん宴会の時だろう。

 そして、おそらく俺の名を出してもいいかの確認だろうな。

 まあいい、うなずいておくか。


「しかし、それで商売になりますか?」

「売れた場合には手数料を頂きますし、お店に並べるだけでも良い物は売れます」

「面白い商売があるものですね」

「雑貨屋は多くの職人から仕入れて販売しております。 紙とガラスを同時に売っても不思議はないと、 聡明なルーラァ・アイスラー卿に教えていただきました」

 ナーンがくるりとこちらを向く。

 驚いたような表情はかわいいが、本当に覚えていないんだな、これが。

 頭をポリポリ掻くしかない。


「なるほど、それなら納得です」

 照れているとでも思ったのか、しかし、それで納得するナーンもおかしいと思うんだが。


「ちなみに、白い紙の秘密もルーラァ様直伝にございます」

「それもですか? どうりで、お爺様が惚れこむわけです」

「爺さんにもてても嬉しくないけどな」

「またそういう事をおっしゃる」

 かわいい、笑顔のままちょっとにらむ感じ、いい、すごくいい。

 それに、ここでチェリーに会うとは、渡りに船とはこの事だ。


「南の大陸にゴムという木がある」

「ゴムでございますね」

「そうだ、その木に傷をつけ、出てきた汁を集めた物が欲しい」

「どのくらいあれば、よろしゅうございますか?」

「そうだな、とりあえず、船1艘分も有ればいいか」

「ふ、船1艘分でございますか?」

「ああ、船を買えばいい。 金の事は心配するな、レイダーに話をしておく」

「は、はい」

 船にも大きさがある。

 小舟程度なら比較的安いが、南の大陸に行くとなれば、超が付くほど大きな船が必要で、超が付くほど高い。

 先の戦争が負け戦だったのだから、失った船も多かったはずで、どれだけの値が付くのか見当もつかない。

 子供が扱っていい金額ではなく、ましてや執事などもってのほかだ。

 おまけに、嵐1つで全てを失うとあっては、思いつきで買っていい物ではないはずだ。

 しかし、ここは決めるところだろう。


「万一、嵐で船を失ったら……」

「は、はい」

「もう1艘買え。 じゃ、マロンによろしくな」

 効果的なためを作り、とんでもない事をあっさりと話す。

 決まったな。

 心の中で、ガッツポーズだ。


 あっけにとられたチェリーを残し、ナーンの驚き顔を楽しみながら馬車にエスコートした。

 いいねえ、金持ち冥利に尽きる。

 やってみたかったんだよな、こういうの。


 馬車の中でのナーンは面白い。

 何かを言いかけては止め、止めては言いかける。

 気持ちは分かるが、この振動が収まってからだ。

 やがて馬車が石畳に差し掛かり、ナーンが意を決したように身を乗り出してきた。


「船はドーマ家で用意させていただきます」

「やめたほうがいい」 

 勢い込んで向かって来る言葉を、すっとかわす。

 いわゆる、肩すかしというテクニックだ。

 これで話の主導権を握る。


「どうしてですか?」

「今回はためしだ」

「ためし?」

「ああ、そのまま使えるのか、はたまた何かを混ぜるのか、まるで分っていない」

「ゴムの樹液ですよね、そもそも何に使うのですか?」

「馬車の振動を少なくしたい」

「振動、ですか?」

「ああ」

「それだけ?」

「ははは、ああ、それだけだ」

 なるほどな、実感がないからすごさが想像できないんだろう。

 馬車だけじゃない。

 輪ゴムやゴムひもには時間がかかるだろうが、盾の裏あてなど、クッション材としての可能性は無限だと言ってもいい。


 まあ、こうご期待といったところだが、それにしても……ふ、ふふふふ。

 顔の筋肉が、痙攣しそうだ。

 完璧だ。

 ナーンの目は、うるうる、というやつだ。

 もはや、ナーンは俺のとりこと言っても過言ではない。

 結婚するとあれか?

「お風呂になさいますか? お食事になさいますか? それとも……」

「そ、それともで、うおー」

「きゃー♡」


「ぐふっ」

 い、いかん煩悩が、煩悩退散、色即是空。

 しっかし、今日の俺なら男もほれるな。

 いや、男はいらんか。


「そうだ、近衛城兵は普段は何処で練習しているか知ってる?」

「屋内訓練所か、その横あたりだと思いますけど」

「ああ、あそこか、誰が1番強いのかな?」

「それは隊長さんだと思います」

「若手ではどう?」

「ジンテノ・ルーブル様ですね」

「ルーブル侯爵の孫か」

「はい、強くて素敵なお方ですよ」

 し、しまったー。

 目が輝いているよ、調子に乗っていらんことを言っちまったか?


「そうか、手ほどきしていただきたいものだ」

「嫌などとはおっしゃいませんよ、お優しい方ですから」

「では、期待しておくか」

 こ、この笑顔は俺じゃねえ。

 ジンテノとかいうやつに向けた笑顔だ。

 なんてこったい。

 伯爵家だもんな、パーティーや舞踏会などで知り合ったに違いない。

 強くて、身分があって、イケメンで、性格まで……。

 まずい、限りなくまずい。


 今夜、俺のかっこいい所を思い出しても、最後にジンテノが出てくりゃ、終わりじゃねえか。

 は~っ、全ての苦労が水の泡かよ。

 まったく、だからあれほど……。


 記憶の中の家系図では3男だったな。

 くそー、気に入らん。

 ジンテノってやつに非は無いだろう。

 無いだろうが、気に入らんもんは気に入らん。

 まったく、どうしてくれようか。

 綺麗なお顔に傷をつけたところで、ワイルドになるだけだろうし、隠れて魔法を放てば1撃だが、ギャフンと言わせる為にはそれでは駄目だ。

 やはり真っ向勝負、それしかないか。

 聞く限りでは強そうだが、それでもここで引くわけにはいかん。

 どうなるかは分からんが、まあ、拳で話せることもある、あたって砕けろだ。

 いや、砕けてどうする、やっつけろ、だ


 馬車は第2第1城門を抜け、城の正門に到着した。

 ナーンには、爺さんに帰るむねを言付け、向かうは屋内訓練所。

 今日はその横、やる気満々でやって来たのだが、誰もいない。

 奥内訓練所の中も覗くが、装備からして近衛兵だ。

 かなり厳しそうだが、ビリー達が訓練しているんだろう。

 しかたない、お楽しみは明日だな。

 しっかし、ジンテノの奴、俺に恐れをなして逃げ出したか?

 ははは、まったく、そうでも思わんとやってられんぞ。



「ただいま~」

「うわーん、お兄様」

 家に帰るなり、ハンクが泣きながら走って来た。


「ただいま、ハンク。 どうしたんだ?」

「うん、ひっく、あのね、ひっく、あのね」

 片膝をつき、ハンクを抱き上げ、そっと頭をなでながら言葉が出て来るのを待つ。


「ひこうき、ひこうき、こわれた」

「そうか、じゃ、またつくらないとな」

「ほんと?」

 お~、涙をためながら見つめてくる瞳がかわいい。


「ああ、すぐに作れただろ」

「うん。 うん。 ありがとうお兄様」

 目じりに残った涙を拭いてやりながら部屋に向かう。


「そうだ、今日はお土産があったんだ」

「おみやげ? なに、なに?」

「飛行機とお土産、どっちを先にするかな?」

「うーんとね、うーんとね、おみやげ」

「よし決まった。 んじゃ、お庭に行くぞー」

「いくぞー」

 ハンクを左手に乗せながら庭を目指す。

 メイド達が駆け出すのは、先回りしてテーブルや椅子を拭くのだろう。

 ここは、ゆっくり歩くのが親切というもんだ。

 庭に出ると、4つある椅子の2つがくっついている。

 ここに座れという事だろう。

 テーブルにはクロスまでかけられていた。

 いつもの事ながら、うちのメイドは優秀だ。


「お土産は、これだ」

「これはなんですか? お兄様」

「これはバンブーという木だ」

「なんぶー?」

「バンブーだ」

「バンブー」

「そうだ、これを今から削るから、よく見ておけ」

「はい、お兄様」

 椅子に座り、たらした両足をきちっとそろえ、両手は膝の上。

 それでも興味がまさるのか、思いっきり前傾姿勢だ。


「これは真剣にシュッシュッだ」

「しんけんにシュッシュッですね」

「そうだ」

 竹の切れ端を左に持ち、腰の短剣を抜く。

 ハンクが、ごくりと喉を鳴らすのを横目に、切れ端の片方を斜めに削る。

 この時、シュッシュッという音が出るが、真剣な表情をハンクに見せておく。

 言葉以上に、態度で教えることが重要だ。


「ふーっ」

 ため息を1つつき、引き続きもう片方を削る。

 刃物を扱う時の真剣さ、その緊張感も伝える。

 そして、最後は細い竹の棒を丸く削り、中央の穴に押し込んで完成だ。

 短刀を鞘に納めてから、にっこりとほほ笑んでやる。


「できたのですか? お兄様」

「ああ、出来た。 これは竹トンボという、空飛ぶおもちゃだ」

「やったー、またお空をとぶんですね」

「おう、よく見てるんだぞ」

「はい」

「こんな風に手を合わせて棒を挟む、そして、素早くこする」

 シューッ、軽快な音を立てて竹トンボは空高く舞い上がった。

 ハンクがポカーンと口を開けながら見上げている。

 紙飛行機は、飛んでも室内の天井まで、ハンクなら頭の上あたりだろう。

 それがいきなり建物の屋根近くまで上がれば、驚くのも無理はない。


「あーっ、まって―、いかないでー」

 垂直に上がった竹トンボも、落ちて来る時は風に流される。

 椅子から飛び降り、追いかけるハンク、転びそうだがかなり早い。


「ハンクぼっちゃま、走るとあぶのうございます。 ぼっちゃまー」

 ハンクの専属メイドだろうか、必死に追いかけている。

 男の子はこけて怪我して強くなるのに、分かってねえなあのメイド。

 ハンクは無事に竹トンボにたどり着いたが、メイドの方がこけた。

 さすがはハンク、運動神経が抜群に違いない。

 だが、そんなメイドをほっといてこっちに来るのは感心しない。


「お兄様、もう1かい、もう1かい」

「ちょいと待て」

 そう言いながらハンクを抱き上げ、メイドの所に行く。


「大丈夫か?」

「はい、申し訳ございません」

 起き上がろうとするメイドの肩をつかみ、押さえる。

 疑問の表情を浮かべるメイドを置いて、


「ハンク、大変だ、起き上がれないみたいだ。 誰か呼んできてくれ」

「はい、お兄様」

 ハンクが勢い良く走ってゆく。

 竹トンボを握りしめた手が前後に揺れる。


「あの~?」

「ああ、女性が倒れているのに知らん顔をする男にはなってほしくない。 もう少し協力して」

「は、はい、申し訳ありません」

「ごめんね」

 あまりに可愛くて、頭を撫でてしまった。

 真っ赤になったメイドを見て笑ってしまったのは内緒だ。


「こっち、こっち」

 ハンクは執事のレイダーを連れてきた。

 さすがはハンク、最高責任者をチョイスするとは見事なものだ。


「立てないようだ、おんぶしてやってくれ」

「かしこまりました」

 顔を真っ赤にしたメイドをおんぶして、レイダーは何も聞かずに去ってゆく。

 見えないところまで行ったら、メイドが話すだろう。


「ハンク、レイダーを連れて来るとはえらいな」

「へへへ」

「よし、今度はハンクが飛ばす番だ」

「はい、お兄様」


 にぎやかなアイスラー家の庭先、竹トンボは夕焼雲が赤く染まるまで空を舞っていた。

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