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ルーラァ  作者: 水遊び
近衛城兵見習い
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第8話 望遠鏡

「そうだ、ナーンが行けて、ガラス製品を扱っている店はないか?」

「そうですね、うちにいたメイドの嫁ぎ先でも構いませんか?」

「ああ、いいとも」

「ありがとうございます 」

 ナーンがいい感じになっているのに、このまま帰すわけにはいかない。

 無い知恵を絞って出てきたのがガラスだが、メイドの嫁ぎ先に顔を出すとは、ナーンの評価はうなぎのぼりだ。


「エリーヌのお店にやってちょうだい」

「はいお嬢様」

 馬車が方向転換したのが分かる。

 護衛の気配は……分かるかそんなもん。

 扉の向こうの気配くらいは分かる、時もある、かもしれんが。

 とにかく気を付けよう。


「遠くてごめんなさい」

「ずっとこうしていたいからいいけど、話づらい」

「はい」

 しばらく走ると、馬車が石畳を抜けたせいか、振動が激しくて会話を楽しむどころではない。

 お尻の下には布が何枚も重ねられているが、あまり役にたっていない。

 体のバランスを取るのが大変で、時々お尻が浮く。

 ゴムの輸入を忘れてたな。



「エリーヌの店にございます、お嬢様」

 着いたと言われてもすぐには動きたくないが、女の子の前なら話は別だ。

 一応外の気配を探り、扉はゆっくり開け、護衛を確認してから素早く下りる。

 振り向いて手を差し出し、ナーンの手を取って気遣うように立たせる。


 じつは、この紳士的な態度が大事だ。

 おそらくナーンには頑張っている年下の男の子と見えるはずだ。

 この友好的な思いを活かしつつ、すごい所を見せる。

 これがきく。

 これが数多くの女に泣かされた、いや、泣かしてきた経験が導き出したテクニック、というやつだ。

  

 振り返り、ゆっくり見渡すと竹林の奥に家が見える。


竹林ちくりんいおりとは、また風流ふうりょう御仁ごじんだな」

「竹林?」

「ああ、バンブーの林の事」

「薪の代わりだそうです」

「なるほど、成長が早いからな」

「燃料費の節約だと言って笑っていました」

 休憩がてらの立ち話。

 まだ足が地についていない感じだ。


 しかし、なんかいい雰囲気になって来た。

 ひよっとして、これならいけるかもしれん。

 名付けて、『狭い道、並んで歩けば怖くない』

 ネームセンスは、ま、まあ、置いておこう。

 普通は縦に並ぶが、あえて横。 並んで歩けば肩が触れる、いや、ぶつかる。 そっと肘を出し、腕をくむ。 感じる、弾力が、弾力が~。

 よし、完璧な作戦だ。


「お嬢様」

 おいおい、俺達に気が付いたのか、女の人が駆け下りてくるじゃないか。

 なんてこったい、これからだというのに、まったく無粋な奴だ。


「ご無沙汰をいたしております」

「元気そうね、エリーヌ」

「お嬢様こそ、お呼びいただければ、こちらからお伺いしますのに」

「今日はお客様、ルーラァ・アイスラー様よ」

「これは失礼をいたしました。 私、エリーヌと申します。 ルーラァ卿には、こんな辺鄙な所に足をお運びいただいて恐縮にございます」

「ルーラァでいい」

「ありがとうございます。 あの、どうぞ」

 無粋なやつは取り消し。

 くやしいが、なかなかいい感じだ、さすがメイドをしていただけはある。


 エリーヌは、ナーンの足元を気遣いながら先導している。

 これでは腕をくむわけにもいかん。

 まあ、人前で侯爵令嬢が腕をくむのは、はしたない事だろう。

 おとなしく向かった先はあばら家だった。

 掘立小屋とも言える家だが2棟あり、その横に大きな窯もある。

 あれでガラスを作るのかもしれん。

 護衛の姿が見える。

 あいつらか、邪魔者を呼びに行ったのは。

 いや、八つ当たりだな、優秀なんだ、悔しいけど、面白くないけど……。


「すぐに呼んでまいります」

 エリーヌはあばら家に俺達を案内し、もう1棟の方にかけていったが、中に入って驚いた。

 壁が竹で覆われている。

 二重壁というやつだ、保温も見た目もよく、とてもあばら家に見えない。

 椅子もテーブルも竹製で、手作り感はあるものの、なかなかの出来だ。

 こりゃ、竹工と言われても信じるな。


「むさくるしい所へ、どうも、お嬢様、ルーラァ・アイスラー伯爵様」

「ルーラァでいい、作業場を見たいんだが」

「は、はい、どうぞこちらへ」

 ひょろりと背が高く、竹のような男が入って来た。

 名前を名乗らないのは緊張のせいか。

 ナーンの方を見ると、にっこりと笑顔が返って来た。

 笑顔の意味が解らんが、竹のようだと思った経験があったのかもしれない。



「おい、火入れの最中じゃなかったのか? 大丈夫か?」

「いえ、終わったばかりです。 ありがとうございます」

「えっ?」

 家の中に炉があったのだが、その中が轟々と燃え、室内は一気に常夏だ。

 炉の横には割れたガラスが山積み。

 失敗したやつか、いや、割れたガラスを再利用しているのだろう。

 赤、青、黄色、見た事も無い鉱物は混ぜものか。

 その反対側は炭とみた。

 いやいや、それよりなにより、小首をかしげたナーンのしぐさがかわいい。

 うっすらとうかんできた汗が、……ゲフン、ゲフン。


「炎を大きくしてガラスが解ける温度にする時は、目が離せないんだ」

「そうなのですか」

 当然、ナーンに説明をする方が優先だが、これはもしかして、尊敬のまなざし、とか言うやつか?

 ならば、もっとかっこ良い所を見せねば。


「燃料は竹炭か?」

「はい」

「すると、外の窯は炭窯か?」

「はい」

「なるほど、水分は出ないし温度も上がるか」

「そのとおりでございます。 恐れ入りました」

 いかにも恐縮した様子を見せる。

 だが、よく見るとこれは炭じゃないな。

 しゃがみ込んで手に取ってみるが……よく分からん、が、炭じゃない。

 見たことあるんだが、何だったか?

 えーっと…………。

 あっ、コークスだ。

 学生の頃、ストーブ当番で運んだコークスだ。

 いや、待てよ、随分昔の事だし断定はできないな。

 それに、コークスは石炭じゃなかったか?

 だとしたら、化石燃料?

 まさか?


「ナーン?」

「はい?」

「燃える水のお話を聞いた事は無いか?」

「はい? そんなおとぎ話は無かったと思いますが」

「おとぎ話じゃないんだが、そうか」

「それが何か?」

「いや、いいんだ。 ありがとう」

 違ったか……まあいい。

 ここは、ガラス工房より外の窯の方に秘密がありそうだが、俺を警戒しているのかもしれんな。

 現代の知識など無い、つまり、全て経験から来ているのだろう。

 気が付かなかったふりをしておいてやるか。


「製品を見たい」

「こちらです」

 製品も素晴らしかった。

 竹で作った陳列台には、作りかけのステンドグラスと、大小さまざまなガラス玉があったのだが、輝きが違う。

 透明にする薬でもあるのかもしれない。

 色違いの廃材を模様として生かしてもいるようだ。


 白い粉の入った箱がある。

 これも、企業秘密とかいうやつか。

 ロクロの様な回転台があり、そこに乗せて作業をしているようだ。


「手を見せてみろ」

「は、はい」

「ふーん、いい手だ」

「恐れ入ります」

 職人の手はごつごつしている。

 本物の職人は分かるふりをして、ちょっとカッコつけてみた。

 しかし、この男の場合はもう1つ。

 指先の指紋が白く浮き出ていた。

 白い粉を仕上げ磨きに使っているのだろう、だとすれば。


「貝殻か?」

「はい。 あっ」

 思わず答えてしまった感じか、驚いたような顔をしている。

 貝殻はチョークや研磨剤の材料でもある。

 婆さんの田舎で、ゴミとなった養殖の貝殻をそんな風に再利用していたから知っていたが、ここでは彼しか知らない事なのだろう。


「なるほどな」

「恐れ入ります」

「恐れ入ってばかりだな、お世辞はいいと言ったろ」

「恐れ入ります」

 やれやれだ。

 しかし、色々な物をとりいれて工夫するとは、たいしたもんだ。

 これなら任せられる。


「お前の技術、全てをつぎ込んだものを作ってほしい」

「全て、で、ございますか? どのような物でしょう?」

 ごくりとつばをのむ。

 まあ、緊張するなという方が無理か。


「レンズと呼んでいるが、お椀を2つ重ねたような形で、透明なのがいい」

「は~」

 それのどこが難しいのかという顔に変わる、まあ無理はないが、女性2人は完全に蚊帳の外だ。


「これはガラスの球だな」

「はい」

「これをバンブーの上に置くと、バンブーが曲がって見える」

「はい」

 竹製の台に乗っているのを覗き込ませる。


「だが、よく見ると左右に蛇行している、分かるか?」

「は、はい、確かに」

「完全な球体なら、蛇行しない」

「まさか? あ、いえ、申し訳ございません」

「いい、まあ、回転させてみろ。 蛇行しないところ、蛇行が緩やかな所も有る筈だ」

「…………」

「せめているわけでは無い。 今回作ってほしいのはこれを潰したような形だが、ひずみの無い物が欲しいんだ」

「は、はい」

 地面に簡単なレンズを書く。


「大きさは、太めの竹にはまる物と、その竹に入る太さの竹にはまる物だ」

「節でございますか?」

「そうだな、節の代わりにレンズを付ける感じでいい」

「分かりました。 しかし、ご期待に応えられるといいのですが……」

「妥協してもいい。 ただ、何所で妥協するかが勝負だと思ってくれ」

「はい」

 可愛そうなくらい緊張しているのは、難しさが分かったゆえだろう。


 現代でも、手作業で完璧なレンズは無理だ。

 無茶は承知だが、どうしても欲しいのが望遠鏡だ。

 三角帽子の物見塔、あの場所から見れば第3城壁も見えるはずだ。

 地形も、川の様子も気になる。

 いや、ただ単に見たいだけなんだが……。

 しかし、出来上がれば、国王への献上品クラスの宝物になる。

 倍率がどうなるかは賭けだが、作って損はないはずだ。


「そうだ、お土産が1つ欲しい」

「はい、どれでもお持ちください」

「商品では無い。 ほら、そこの竹の切れ端と、細い竹の棒、それでいい」

「これはゴミでございます。 伯爵様にお渡しするわけにはいきません」

「そう言うな、これはリサイクルってやつだ」

「リサイ……」

「リサイクル、まあいい、ひと手間だけかけてくれ」

「はい、いかがいたしましょう」

「その切れ端の、ちょうど真ん中に細い穴を開けてくれ」

「はい、エリーヌ」

「はい」

 エリーヌが切れ端を手にして、隣の家へ持って行ってしまった。


「竹細工はエリーヌがしているのか?」

「さようでございます」

「テーブルや椅子もか?」

「はい……あの?」

「いや、竹細工職人とよんでもでもいいほどの腕だと思ってな」

「恐れ入ります」

 やがてエリーヌが持ってきた20センチほどの竹の切れ端、その真ん中に穴が開いた。

 しかも、ど真ん中だ。


「ありがとよ、これだけでも来た甲斐があった」

「そ、そうでございますか、ありがとうございます」

 不思議そうな顔でも、丁寧に頭を下げてくる。

 元々手先が器用だったのだろうが、内助の功といったところか。


「竹人形を作ってみないか?」

「竹人形、でございますか?」

「そうだ、実用品では高くは売れないだろ。 竹で人形を作り、そうだな、ガラス玉を持たせれば貴婦人方が喜びそうだ」

「はい」

 半信半疑が顔に出てるぞ、まあ仕方がないか。


「竹の中に竹を入れ、外側の竹に切れ込みを入れると、服を着ているように見える」

「はい」

「半分に切った竹を両側に付けると手が出来る」

「はい」

「丸みを付けた竹を重ねると、顔と髪が出来る」

「あっ」

「大きな竹を斜めに切ってその中に収め、手にガラス玉を持たせれば……」

「す、素晴らしゅうございます」

「だろ、やってみろ」

「ありがとうございます。 さっそくやってみます」

 いい笑顔だ。

 おいおい、ナーンもかなり喜んでいるじゃないか。

 あれ、ひょっとして俺、かなりうまくやったかもしれんぞ。

 よ、よし、作戦その2だ。


『女は、会わない時に恋をする』

 例えば今夜、今日有った事を思い出す。

 俺のかっこいい姿を思い出し、この時恋に落ちるという作戦だ。

 何故そうなるのかは分からん。

 60年生きても、女心は摩訶不思議なままだ。

 だが、時々、たまに、まれに、そうなる事があるらしい。

 今日はまだまだいけそうだ。

 だが、行けるとこまで行って、すっと引く。

 よけいな事は言わずに、すっと引く。

 これが極意だ。


 よし、方針は決まった。

 まずは落ち着こう、深呼吸だ。

「すー、はー。 すー、はー」


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