第7話ナーン・ドーマ
「ただいま~」
「「「「「お帰りなさいませ」」」」」
お、お、お、やっぱり、これはテンション上がるわい。
剣とガントレットは机の上に置いてあった。
だが、何で爺さんの隣なんだ?
やる気を考えると、両手に花の状態で仕事をするべきだろう。
ここはくじを引いて、公平に席替えをだな……。
「何をやっとる、早く座らんか」
「爺さん、空気読もうや」
「また、わけの分からんことを」
「そうだ、木工師、細工師の人に会えないかな?」
「何を作る気じゃ?」
「ソロバンだ」
「ソロバン?」
「うーんと、計算する木のおもちゃ、かな」
「おもちゃだと?」
「ああ、だけど作る為には職人並みの技術がいる」
「ふむ、役に立つんじゃろな?」
「だから、俺を呼んだんだろ?」
「ふーっ、まあええじゃろう」
爺さんが目で合図をすると、女の子の1人が席を立った。
ひょっとして、これから呼びに行くのか?
「俺も行く、実際の技術も見てみたいし」
爺さんをチラリと見るが、呆れた顔はしているものの、反対しない。
これは逃げ出すチャンスだ、女の子の背を押して早々に部屋を出た。
ドーマ侯爵がずっとアイスラーに肩入れしてきたのは、王宮内での思惑があっての事だろう。
俺をここに呼んだのも、俺の発想目当てだと言っていたしな。
まあ、家庭教師をやってきたから情が移ったって事はあるだろうが、それだけで動くほど宰相は甘くはないはずだ。
だが、それはそれとして、アイスラーを伯爵にまで引き上げてくれた恩はきっちり返してやるから、まあ楽しみにしておいてもらおう。
まずは小手調べ、ちょっくら行ってくるか。
「あのさ、ちょっと聞いてもいいかな?」
「はい、何でしょう?」
改めて見るとけっこう可愛いぞ、この子あたりかも。
大きな青い瞳はキラキラしているし、えくぼがかわいい。
20歳前後、僕の妹みたいな雰囲気だが、俺が11だからお姉ちゃんになるのか。
「名前、聞いていなかったから」
「そうでしたわ、改めまして、ナーン・ドーマです」
「ドーマって、ジイさんの?」
「はい、孫です。 いつも祖父がお世話になっております。 ふふふ」
「こ、こちらこそ、ははは」
なんてこったい。
つまりあれか、このナーンさんと結婚なんてことになったら、お爺様と呼べとか……。
ナイナイナイ、絶対ない。
「お爺様は、ルーラァ様をとてもお気に入りのようですよ」
「そうか?」
「はい、私が男の方とお出かけするというのに、何も言われませんでしたから」
「そりゃ、どーも」
「ふふふ」
おそらく、ガキだとしか見ていないって事だろう。
ビミョ~だったか、そんな感じだ。
しかも、話題がない。
沈黙はまずいだろうし、肖像画の話でもするか。
「これ、スゲーな」
「歴代王の肖像画ですわ」
「ふーん、えっ? こ、これ誰?」
「ああ、魔道師様ですね」
よく見ていなかったので気が付かなかったが、黒目黒髪のオッサンがいた。
思わず見入ってしまったが、この顔立ちはどう見ても日本人だぞ。
「絵本の中の人じゃなかったんだ」
「初代国王様と共に、この大陸を統一された偉大なお方です」
まったく、絵本に色くらい付けとけよ。
そうすりゃすぐに分かったのに。
しかし1000年前か、日本だと何時代なんだ?
「黒目黒髪は珍しいよね」
「そうですね、私も第1王女様しか存じません」
なんだと?
ちょっと待て、どういうことだ?
「第1王女、って、もしかして……」
「はい?」
「いや、もしかして、魔道師様の子孫とか?」
「魔道師様は生涯独身だとお聞きしましたが」
「そうなんだ」
なんとかごまかしたが、こいつは……。
昔のやつはどうでもいいが、第1王女が日本人の可能性大だぞ。
しかも、ブルーノの管轄とはついている。
北の塔がどんなところかは知らないが、幽閉か監禁の類だろうし、ここは慎重に行くべきだろう。
「第1王女って、どうして北の塔にいるんだ?」
「さあ、詳しい事は存じませんが」
「詳しくない事は?」
「ふふ、よくないうわさは聞きますが、ブルーノ様にお聞きになった方が正確ではありませんか?」
「そうか、そうだね。 噂に振り回されるのは、おろかもののする事だ」
「はい」
くそー、さすがに王族の悪口ともなると口が堅いか。
ここはこれくらいにしておこう。
正門に出た。
どうやって連絡したのかは不明だが、既に侯爵の馬車が目の前に止まっていて、それに乗り込んだ。
「フランシードへ、やってちょうだい」
「かしこまりました」
第2城壁の外が初めてなのは内緒だ。
「そこが木工細工のお店なのか?」
「ええ、子供のおもちゃ専門のお店です」
大人のおもちゃが頭をよぎるが、慌てて首を振った。
「子供のおもちゃか、大丈夫かな?」
「王子様やお姫様のおもちゃを任せる職人ですよ、最も信頼されていると思いますけど」
「なるほど、これは失礼しました」
「いいえ、それだけルーラァ様が真剣だという事ですわ」
さすがにフォローがうまいな。
こりゃいい嫁さんになりそう、いやいや、お爺様は勘弁だ。
馬車が止まり、外の声が漏れ聞こえてくるのは、第1城門通過だろう。
そして、第2城門も突破。
う~、もう我慢できん。
馬車の窓はほんの少ししか開かないが十分だ。
「スゲー、屋台だ。 焼鳥あるかな? あっ、あっちに露天もある。 ネックレスとか、あるかな? すげー人が多いな。 荷馬車は薪を積んでいるのが多いぞ。 やっぱ寒いんだな」
「ふふふ」
「あっ、初めてなのがバレバレですね」
しまった、つい1人の世界に入ってしまった。
ナンの方に向き直り、にが笑いをして会話に戻った。
「私も、12歳になるまでは出してもらえませんでしたからよく分かります」
「そっか、みんな一緒か」
「はい、同じです。 寒い季節は薪が多くいりますから、薪馬車は多いですね」
「なるほど、薪馬車って言うのか。 そうだ、冒険者ギルドってある?」
「冒険者もギルドも聞き覚えはありませんが、食べ物ですか?」
「いや、職業紹介所の様なところだけど」
「そうですね、何でも屋というのはあるようですが」
「何でも屋、なんか聞いたことがあるぞ。 それが近そうだ」
「そうですか、良かった」
おお、笑顔がむちゃくちゃ可愛いぞ。
お爺様か……うーん、練習しようかな。
「お嬢様、フランシードでございます」
「着いたようですね」
馬車を出たら、武装した男達がこちらに正対していた。
しかも、それに気が付いたのが、嬉しそうに飛び降り、馬鹿みたいに突っ立った後だ。
頭の中で何かが爆発した。
瞬時に短剣に手をかけ、殺気を放つ。
5人、強いのは中央正面。
突っ込む、だめだ。
鎧がそろっているから、連携で来る。
3人を相手しても、2人が馬車か。
くそっ、油断していた自分に腹が立つ。
背中を嫌な汗が伝い、焦りと怒りでギリリと歯が鳴る。
しかし、5人同時では負ける。
正面に1撃を入れて戻るしかない。
出来るか?
いや、やる。
「待て、護衛だ」
まさに、第1歩を踏み出そうとした時、中央の男が片手を突き出してきた。
まだだ、まだ。
ホッとしてしまう心に警戒しろと言い聞かせる。
「ナーン、こいつら本当に護衛か?」
「えっ? ええ、護衛の方ですけど」
取り囲む5人を1度に視界に納めることは出来ない。
ひとみを左右に振りながら後ろに聞くと、馬車から下りてきたナーンが不思議そうに答えた。
「ふーっ、すまなかったな」
「いえ、こちらこそ、申し訳ありませんでした」
護衛かよ、全く脅かしやがる。
ようやく警戒を解くと、中央の男が額の汗をぬぐった。
しかし、今のはちょっとやばかった。
味方だったからよかったようなものの、敵だとシャレにならん。
ケンカでさえ絶対はないというのに、初めての命のやり取り、どうなっていたか見当もつかん。
ここは日本じゃない、分かっていたはずなのに……。
気を落ち着かせる為に深呼吸を一つして、ようやく魔法を思い出した。
バリアだったか、シールドの方がなじみ深いが、それでナーンは守れたはずだ。
攻撃魔法なら瞬殺だったな。
いや、魔法を使える事は知られたくない。
シールドで守るだけならごまかせるだろうし、今度練習しておこう。
しかし、焦ったのはこいつらも同じだろう。
俺が11歳で近衛試験に合格した事はニュースになっているはずだ。
素手で城兵を倒すほどの腕前となれば、見た目通りのガキじゃない事は知っていたはず。
守るべき対象から攻撃されたらなすすべは無いうえに、次期伯爵相手に剣を抜くわけにもいかない。
こりゃあ、悪い事をしちまったな。
「行きましょう」
「あ、ああ」
微妙な緊張感を察したナーンに手を引かれ、店に入った。
明るい店内、棚には沢山の木のおもちゃが並んでいて、そのどれにも緻密な彫刻が施されていた。
更に、ニス等は塗られていないのに光沢がある。
木工細工は詳しくないが、ものすごい手間がかかっている事は間違いないようだ。
「いらっしゃいませ、ナーンお嬢様」
「こちらはルーラァ・アイスラー様よ」
「これはこれは、お初にお目にかかりますルーラァ卿。 私、フランシードと申します」
50代だろうか、すらりとした紳士風の人で、職人には見えない。
「爵位はない、ルーラでいい」
「ありがとうございます。 私どもで何かお役に立てそうなものがございますでしょうか?」
「うーん、ちょっと難しいかな?」
「ほう、それはまた、職人の血が騒ぎますが?」
へえ、言い回しがうまいな。
「俺が欲しいのは完璧な量産品で、最高の技術では無いからな」
「お褒めいただき光栄にございます。 ちなみにどういった?」
「紙とペンはあるか?」
「ただいま」
ソロバンを説明するのは難しい、建築図面やプラモの図面をまねて書いた方が分かりやすいだろう。
鳥観図、鳥が空から見た感じの絵にした。
構図図、部品図と言った方がいいか、竹ひごや球を書いておく。
「この、同じ太さの棒も難しいが、この玉が難しい」
「なるほど」
「お椀を合わせた形、同じ大きさ、中心の穴も微妙だな、動くがガタは少なくだ」
「はい」
「あと、材質はバンブーを使ってくれ」
「湿気による動きの変化を避ける為ですね、なるほど、う~ん。 用途をお聞きしてもよろしいですか?」
「ああ、計算する道具なんだが、出来上がったら見せてやる」
「かしこまりました。 しかし、これは少しお時間をいただきとうございますが」
「分かってる。 この均一玉を作る道具がいるんだろう」
「そのとおりでございます。 全部を手作業というわけにもいきませんので」
問題点を瞬時に把握できるとは、さすがだ。
これなら任せられる。
「ナーン」
「はい?」
「いい職人を紹介してくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
可愛く優雅に頭を下げるナーンと、次はデートとしゃれ込みたい。
やはり、焼鳥は外せないな。
食べながら色々な店を冷やかす。
よし、完璧な計画だ。
「町中を少し歩こうか?」
「それはまだ、許されておりません」
「えっ? そうなんだ?」
「馬車の中でお待ちしておりますから、ご遠慮なく」
「ばかな、それならナーンと馬車の中で話をしていた方が楽しいよ」
「あ、ありがとうございます」
あれっ? ナーンが照れている?
俺、うまいこと言ったのか?
もしかして、もしかするのか?
さっき、戦闘になりかけた時に俺の男を感じたとか?
それとも、カッコよく職人と話をした事が良かったか?
いやいや、男の勘違いかもしれん。
あれは聞くも涙、語るも涙の……いや、止めておこう。
『恋は勘違いである』
悔しいかな迷言、いや、名言だ。
しかし、どちらにしても今日はこのまま返せないぞ。
考えろ、考えろ、考えろ。
次は何処に行く、何所ならいける。
それにしても……頬を染めたナーン、いいよ、絶対、いい。




