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ルーラァ  作者: 水遊び
近衛城兵見習い
24/50

第6話 女官たち

 翌朝、馬車の中でビリーが任地先の話をしてくれた。

 昨夜の宴会では真面目な話など出なかったので、みんなが何所に行くのか知らなかったのだ。

 決して記憶がなかったわけでは無い……たぶん。


「俺はここ、中央近衛騎士団の配属だが、みんなは東門に行く」

「全員、東門なのか?」

「ああ、全員東門近衛騎士団だ」

「ふーん」

 なんか釈然としないというか、皆行っちまうのかと思うとさみしい気もする。

 そんな俺を見て、ビリーがいろいろ説明してくれた。


「スースキ王国には、北のルーブル侯爵、西のドーマ侯爵、南のテネス侯爵、そして、東がアイスラー伯爵、この4つのグループがある」

「そうなんだ」

 まあ、派閥みたいなもんだろう。


「で、第3城壁には東西南北に4つの門があるだろう」

「あ、それで、グループごとに兵士が分かれるわけか?」

「ああ、それぞれに特色のある大きな街だし、近衛騎士団の支部もある」

「東門がアイスラー支部ってことか?」

「そういう事だ」

 なるほど、領地に近い門を任せれば親近感も湧くし、真剣にもなると、そういうことだな。


「こりゃあ、行ってみてえな」

「視察って形にすりゃ、いつでも行けるさ」

「そうか、あいつらの休みに合うといいな」

「近衛兵は用事がある時以外、休みは無いぞ。 案内役を指名するくらいだな」

「用事って?」

「結婚式とか葬式とかだ」

「それだけかよ」

 まさかと思うが、まあ、そんなもんだと言われればそんな気もする。


「まあ、ルーラァがパーティーや舞踏会を開くと言えば休めるな」

「何だ、それ?」

「何を言ってる。 上級貴族のパーティーに下級貴族が出席するのは、義務に近いぞ」

「なるほど。 じゃあ、なるべくパーティーを開いた方がいいわけか」

「ああ、あいつらの為にはな」

 それぞれの門まで20キロはあるが、馬ならすぐだ。

 それでも最低で5日は休めるそうで、領地などで行われる場合は10日でも20日でもいいそうだ。

 かなりいい加減だと思うが、階級社会とはそういう事らしい。


「じゃあさ、俺の休みはどうなる」

「いつ休んでもいい」

「はあ?」

 そりゃ、間抜けな声にもなる。 なんだそりゃ、って感じだ。


「近衛城兵の上には専属近衛城兵がいるだろ」

「ブルーノみたいなのか?」

「そうだ、王族の身辺警護は彼等がやる」

「じゃあ、ただの近衛城兵は?」

「国王や隊長の指示があれば別だが、個人の裁量で動く。 説明があったろ」

「……寝てた」

「まったく。 普段は訓練所あたりで専属試験に備えて稽古をしていたり、近衛教官の補佐をしたりしているはずだ。 だが、強制じゃないし、午後から来るやつも多いんだ」

 成程な、みんな近衛城兵になりたがるわけだ。

 だが、俺はどうなる?


「俺はドーマ爺さんの専属だぞ。 あっちは侯爵だし、行かなきゃいけないんだろうな?」

「えっ? お前ドーマ侯爵付きになったのか?」

「ああ、なんか女官長まで紹介された」

「あちゃー」

 ビリーが大げさに頭を抱え、人の不安をあおっておいてから話し始めた。


「民部大臣のルーブル侯爵と奥大臣のドーマ侯爵には、護衛が付くんだ」

「文官だからか?」

「ああ、ルーブル侯爵の場合は10人ほどいるから、10日に1日ですむので問題はない」

「じゃあ、スラガ爺さんの方は?」

「いない」

「は?」

「ドーマ侯爵は、朝は早いくせに夜は遅い。 頑固でわがままですぐにいなくなる。 おまけに文官の仕事までさせるときてる。 長続きした者はなく、当然現在はいない」

 まあな、年寄りであの性格じゃ仕方がないか。

 待てよ、仕事だし軍人だぞ、断れるというのも変な話だぞ。


「ちょっと待て、そもそも断れるのか?」

「こればっかりは信頼関係だし、それだけ城兵の地位が高いとも言えるかな」

「ふーん、そんなもんか」

「ふーんて、閉門の権利があるくらいだぞ」

「えーっと……」

 目をあさっての方に向けながら、指先で頭を掻くくらいしか出来ん。


「ったく、城門は決められた時以外は開閉出来ない決まりだ。 それは分かるだろ?」

「ああ」

「しかし、緊急時はどうなる? 開閉の権利がある様なえらいやつは城の奥だぞ」

「なるほど、近衛城兵ならそのあたりにいるという事か?」

「そういう事だ」

 成程な、よくよく考えてみれば、第1城門の開閉なんてとんでもない事だ。


「あ、閉門だけか? 開門は?」

「閉門だけだ」

 だろうな、間違えて開けましたじゃ、シャレにならん。


「しかし、爺さんの担当が俺1人となると、毎日だよな。 俺も断ろうかな」

「うーん、それはどうかな」

「なんだよそれ、断れねえって事か?」

「ドーマ侯爵の後押しで伯爵に成れたようなもんだからな」

「いや、伯爵に成れたのはおじさんの活躍があったおかげだろ?」

「表向きはな」

「裏もあるって事か?」

「功績だけで昇進できるほど甘くない。 それぐらいは分かるつもりだぞ」

 こりゃまた、ごもっともな話だ。

 考えてみれば、忙しいのに家庭教師に来てくれていたんだよな。

 いなくなるのは、ひよっとしなくても俺のせいだろう。

 しかし、やっぱりはた迷惑な話だな。


「は~っ」

 ため息をつきながら馬車は城に着いた。

 ビリーは今日から本格的な訓練があるそうだ。


「強くなって、絶対に近衛城兵になってやる」

「おう、待ってるぜ」

 やっと軍隊らしくなったという所だが、想像通りなら元気でいられるは今のうちだけだろう。

 元気よく近衛本部の方に向かうビリーを見送り、俺は正門に向かった。

 足取りは重いが仕方がない。

 軽く体をほぐしながら、せめて昨日の門番がいないかと探したが、別の奴だった。



「うーす」

 扉を開けながら軽く挨拶をする。


「「「「「おはようございます」」」」」

 おうおう、可愛い女の子の声はいいのう。

「挨拶もろくに出来んのか」

 やれやれ、怒りっぽい爺さんはいやだね。


「あれ? これ何?」

 女の子たちの机の上に弁当箱のような四角い箱があり、白い砂が薄く敷き詰められていた。

 昨日も見たが、蓋が閉まっていたので気にもしていなかった。


「これは計算砂です」

「計算砂?」

「はい、このようにして使います」

 爺さんの1番近くにいた女の子が、先のとがった棒で砂に計算式を書き始めた。

 そして、計算が終わると、ヘラのようなもので砂を均して元通りだ。


「すげー、何度でも計算できるんだ」

「はい、紙がもったいないので」

「なるほど、たしかに爺さん1人に可愛い子が20人は、もったいない」

「ば、馬鹿も~ん! とっとと、女官長の所に行ってこい!」

「やっぱり、そうなっちゃいます?」

「う! ぬ! ぬ! ぬ!」

「や、やばい。 いってきま~す」

「剣とガントレット!」

「はいー」

 思わず足もとに放り出し、秘密の廊下に逃げ出した。

 ほんと、気の短い爺さんだ。

 年よりはもっとこう、ゆったりと構えてだな、そうだ、『短気は損気』この名言を今度教えてやろう。



「おはよう」

「おはようございます、朝早くから申し訳ありません」

 廊下を抜けて女官長に挨拶をするが、この人は冗談が通じそうもないし、ちょっと苦手だ。


「まずは皆さんの稽古ぶりを拝見したいのですが」

「分かりました。 こちらへどうぞ」

 左側の扉を開けると、目の前が上り階段となっていた。

 振り返ると、部屋の反対側にも扉がある。

 今、入ってきた扉が隠し扉だとすると……。


「この部屋は階段の途中にあるんですか?」

「はい、踊り場を利用して作られています」

「警備の為、ですか?」

「はい、こちらは女人ばかりですので、万全を期しております」

「なるほどね」

 今更だが、お城ってのは案外すごいかもしれん。

 いや、ちょっと待て、今女人のみって言った、よな。

 い、いいんじゃないか、ここ。

 うん、なんか気に入っちゃったな、俺。



「やー」「はい」「とう」「せいやー」「えい」

 扉を開けると活気ある女性の声に包まれた。

 女官服のままだが、よく見るとつぎはぎだ。

 リサイクルなのだろう、生地もかなり擦り切れている。

 30人はいるし、こりゃあテンション上がるなー。


「ちゅうもーく」

 女官長の声は良く通る。

 全員がこっちを見て驚いた顔をしている。


「おとこのこよ」「わかいおとこのこよ」「きゃーどうしよう」「ちょっと、かわいい」

 あのー、小声で言っても、聞こえてますけど……。

 更に、集合とも言わないのに集まってくる。

 見に来ると言った方が正解かもしれん。

 動物園の猿にでもなった気分だな。


「はじめに言っておきます。 この子には手を出さないように、いいですね」

「「「「「はい」」」」」

 はいって、おい、俺はどんな顔をすればいい?

 なんか心配になって来たけど、大丈夫か、俺。


「こちらは、ルーラァ・アイスラー氏です。 皆さんは知ってますね」

 ざわめきが広がるが、何をどう知っているのやら、かなり不安だ。


「では、ひとことお願いします」

 おい、聞いてねえぞ。

 皆も静かになるなって、緊張するだろうが。


「えーっと、ルーラァで結構です。 体術は少しですが覚えがございますので、気が付いた点を指導させていただきます。 あとは、よろしく、です」

「「「「「よろしくお願いします」」」」」

 ははは、はーっ。 もう、笑うっきゃねぞ、これ。


「では、ランドリの続き、初め」

 女官長の号令で再び稽古が始まったが、待てよ、ランドリ?

 そういえば、昨日のタイオトシも柔道用語じゃないか。


「女官長、ちょっといいですか?」

「何でしょう?」

「この体術を始めた方をご存知ですか?」

「さあ、300年は昔の話ですので」

「そうですか、ありがとうございます」

 300年前って、何時代だ?

 そういやあ、若い頃に明治100年のイベントがあったな、となると江戸時代か。

 江戸時代って何年からだ?

 まあいいや、江戸時代にしとこ。

 柔道が始まったのが……あれ、知らんかった。

 結局何もわからんのかい。

 うーん、1人突っ込みは虚しい。

 だが、日本人がいたとなると、他にもいるかもしれんぞ。

 こりゃまた面白くなってきた。

 1.000年前の魔道師様とかいうのも、案外日本人だったりして……。

 

「どうかしましたか?」

「あ、いえ、すみません」

 女官長が聞いてくる。

 考え事をしている場合じゃ無かった。

 改めて稽古を見ると、確かに柔道だ。

 しかし、柔道なんだが、何かが違うような……。


「ちょっとストップ、ああ、そのまま」

 皆が不思議そうな顔で止まり、言い変えた。

 さすがにストップはねえよな。


「ああ、きみだ、今かけている技は何と言う?」

「ケサガタメ、です」

「そうか、ちょっと俺にかけてみて」

 横になってかけてもらうが、背中が痛い。

 これは麦わらのマットか、上につぎはぎ布がかけられて畳代わりになっていた。


「もっと、思いっきりだ」

「はい」

「よーし、じゃ行くよ」

 エビの様に丸まり、横足を蹴って、一気に体を入れ替え、逆袈裟に返す。

 逆袈裟は、片腕を上げた格好で首と片腕を閉めるのだが、すぐに離れた。

 何故なら、女官服の下に何も付けていなくて、その、弾力がだな、その、弾力だったのだ。

 擦り切れた服は薄く、1枚しか着ていないからなおさらだ。

 かなり焦ったが、何気ない風を装った。


「こんな返しがありますから、気を付けてください」

「ルーラァ様、よく分からなかったのでもう1度お願いします」

 いたずらっぽい目をしている、こりゃ確実にばれているな。

 しかし、ここで負けるわけにはいかない。


「やり方はいろいろ試してください。 防ぐ方は足を大きく開くのが基本です」

「こんな感じですか?」

「今、やらなくていい」

 全く、スカートで足を広げるな。

 しかも、横になって悩ましげなポーズまで。

 ニヤニヤいている、ぜってーわざとだろ。

 というか、いつの間にかみんな寝技しているし……。


 いや、嬉しいのは嬉しいんだ。 とっても嬉しんだが、こうもあからさまだと、どうにもこうにも……。

 無理やり目をそらして窓を見ると、ここも格子ガラスだ。

 大きな板ガラスの技術はまだないのだろう。

 まあ、作り方など知らないからどうしようもないが。

 外は森、白い棟のてっぺんが見えた。


「女官長、あの塔は?」

「北の塔です。 そう言えばブルーノ様がおつとめでしたね」

「はい。 それと、今日はもう帰ってもいいですか?」

「はい、お疲れ様でした。 慣れてくださいね」

 小声で言葉を交わしてこっそり帰る事にしたが、慣れろとはまた無茶な事を……。

 それにしても、なんか違うんだよな。

 首をひねりながら、ひみつの扉を抜けた。

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