第6話 女官たち
翌朝、馬車の中でビリーが任地先の話をしてくれた。
昨夜の宴会では真面目な話など出なかったので、みんなが何所に行くのか知らなかったのだ。
決して記憶がなかったわけでは無い……たぶん。
「俺はここ、中央近衛騎士団の配属だが、みんなは東門に行く」
「全員、東門なのか?」
「ああ、全員東門近衛騎士団だ」
「ふーん」
なんか釈然としないというか、皆行っちまうのかと思うとさみしい気もする。
そんな俺を見て、ビリーがいろいろ説明してくれた。
「スースキ王国には、北のルーブル侯爵、西のドーマ侯爵、南のテネス侯爵、そして、東がアイスラー伯爵、この4つのグループがある」
「そうなんだ」
まあ、派閥みたいなもんだろう。
「で、第3城壁には東西南北に4つの門があるだろう」
「あ、それで、グループごとに兵士が分かれるわけか?」
「ああ、それぞれに特色のある大きな街だし、近衛騎士団の支部もある」
「東門がアイスラー支部ってことか?」
「そういう事だ」
なるほど、領地に近い門を任せれば親近感も湧くし、真剣にもなると、そういうことだな。
「こりゃあ、行ってみてえな」
「視察って形にすりゃ、いつでも行けるさ」
「そうか、あいつらの休みに合うといいな」
「近衛兵は用事がある時以外、休みは無いぞ。 案内役を指名するくらいだな」
「用事って?」
「結婚式とか葬式とかだ」
「それだけかよ」
まさかと思うが、まあ、そんなもんだと言われればそんな気もする。
「まあ、ルーラァがパーティーや舞踏会を開くと言えば休めるな」
「何だ、それ?」
「何を言ってる。 上級貴族のパーティーに下級貴族が出席するのは、義務に近いぞ」
「なるほど。 じゃあ、なるべくパーティーを開いた方がいいわけか」
「ああ、あいつらの為にはな」
それぞれの門まで20キロはあるが、馬ならすぐだ。
それでも最低で5日は休めるそうで、領地などで行われる場合は10日でも20日でもいいそうだ。
かなりいい加減だと思うが、階級社会とはそういう事らしい。
「じゃあさ、俺の休みはどうなる」
「いつ休んでもいい」
「はあ?」
そりゃ、間抜けな声にもなる。 なんだそりゃ、って感じだ。
「近衛城兵の上には専属近衛城兵がいるだろ」
「ブルーノみたいなのか?」
「そうだ、王族の身辺警護は彼等がやる」
「じゃあ、ただの近衛城兵は?」
「国王や隊長の指示があれば別だが、個人の裁量で動く。 説明があったろ」
「……寝てた」
「まったく。 普段は訓練所あたりで専属試験に備えて稽古をしていたり、近衛教官の補佐をしたりしているはずだ。 だが、強制じゃないし、午後から来るやつも多いんだ」
成程な、みんな近衛城兵になりたがるわけだ。
だが、俺はどうなる?
「俺はドーマ爺さんの専属だぞ。 あっちは侯爵だし、行かなきゃいけないんだろうな?」
「えっ? お前ドーマ侯爵付きになったのか?」
「ああ、なんか女官長まで紹介された」
「あちゃー」
ビリーが大げさに頭を抱え、人の不安をあおっておいてから話し始めた。
「民部大臣のルーブル侯爵と奥大臣のドーマ侯爵には、護衛が付くんだ」
「文官だからか?」
「ああ、ルーブル侯爵の場合は10人ほどいるから、10日に1日ですむので問題はない」
「じゃあ、スラガ爺さんの方は?」
「いない」
「は?」
「ドーマ侯爵は、朝は早いくせに夜は遅い。 頑固でわがままですぐにいなくなる。 おまけに文官の仕事までさせるときてる。 長続きした者はなく、当然現在はいない」
まあな、年寄りであの性格じゃ仕方がないか。
待てよ、仕事だし軍人だぞ、断れるというのも変な話だぞ。
「ちょっと待て、そもそも断れるのか?」
「こればっかりは信頼関係だし、それだけ城兵の地位が高いとも言えるかな」
「ふーん、そんなもんか」
「ふーんて、閉門の権利があるくらいだぞ」
「えーっと……」
目をあさっての方に向けながら、指先で頭を掻くくらいしか出来ん。
「ったく、城門は決められた時以外は開閉出来ない決まりだ。 それは分かるだろ?」
「ああ」
「しかし、緊急時はどうなる? 開閉の権利がある様なえらいやつは城の奥だぞ」
「なるほど、近衛城兵ならそのあたりにいるという事か?」
「そういう事だ」
成程な、よくよく考えてみれば、第1城門の開閉なんてとんでもない事だ。
「あ、閉門だけか? 開門は?」
「閉門だけだ」
だろうな、間違えて開けましたじゃ、シャレにならん。
「しかし、爺さんの担当が俺1人となると、毎日だよな。 俺も断ろうかな」
「うーん、それはどうかな」
「なんだよそれ、断れねえって事か?」
「ドーマ侯爵の後押しで伯爵に成れたようなもんだからな」
「いや、伯爵に成れたのはおじさんの活躍があったおかげだろ?」
「表向きはな」
「裏もあるって事か?」
「功績だけで昇進できるほど甘くない。 それぐらいは分かるつもりだぞ」
こりゃまた、ごもっともな話だ。
考えてみれば、忙しいのに家庭教師に来てくれていたんだよな。
いなくなるのは、ひよっとしなくても俺のせいだろう。
しかし、やっぱりはた迷惑な話だな。
「は~っ」
ため息をつきながら馬車は城に着いた。
ビリーは今日から本格的な訓練があるそうだ。
「強くなって、絶対に近衛城兵になってやる」
「おう、待ってるぜ」
やっと軍隊らしくなったという所だが、想像通りなら元気でいられるは今のうちだけだろう。
元気よく近衛本部の方に向かうビリーを見送り、俺は正門に向かった。
足取りは重いが仕方がない。
軽く体をほぐしながら、せめて昨日の門番がいないかと探したが、別の奴だった。
「うーす」
扉を開けながら軽く挨拶をする。
「「「「「おはようございます」」」」」
おうおう、可愛い女の子の声はいいのう。
「挨拶もろくに出来んのか」
やれやれ、怒りっぽい爺さんはいやだね。
「あれ? これ何?」
女の子たちの机の上に弁当箱のような四角い箱があり、白い砂が薄く敷き詰められていた。
昨日も見たが、蓋が閉まっていたので気にもしていなかった。
「これは計算砂です」
「計算砂?」
「はい、このようにして使います」
爺さんの1番近くにいた女の子が、先のとがった棒で砂に計算式を書き始めた。
そして、計算が終わると、ヘラのようなもので砂を均して元通りだ。
「すげー、何度でも計算できるんだ」
「はい、紙がもったいないので」
「なるほど、たしかに爺さん1人に可愛い子が20人は、もったいない」
「ば、馬鹿も~ん! とっとと、女官長の所に行ってこい!」
「やっぱり、そうなっちゃいます?」
「う! ぬ! ぬ! ぬ!」
「や、やばい。 いってきま~す」
「剣とガントレット!」
「はいー」
思わず足もとに放り出し、秘密の廊下に逃げ出した。
ほんと、気の短い爺さんだ。
年よりはもっとこう、ゆったりと構えてだな、そうだ、『短気は損気』この名言を今度教えてやろう。
「おはよう」
「おはようございます、朝早くから申し訳ありません」
廊下を抜けて女官長に挨拶をするが、この人は冗談が通じそうもないし、ちょっと苦手だ。
「まずは皆さんの稽古ぶりを拝見したいのですが」
「分かりました。 こちらへどうぞ」
左側の扉を開けると、目の前が上り階段となっていた。
振り返ると、部屋の反対側にも扉がある。
今、入ってきた扉が隠し扉だとすると……。
「この部屋は階段の途中にあるんですか?」
「はい、踊り場を利用して作られています」
「警備の為、ですか?」
「はい、こちらは女人ばかりですので、万全を期しております」
「なるほどね」
今更だが、お城ってのは案外すごいかもしれん。
いや、ちょっと待て、今女人のみって言った、よな。
い、いいんじゃないか、ここ。
うん、なんか気に入っちゃったな、俺。
「やー」「はい」「とう」「せいやー」「えい」
扉を開けると活気ある女性の声に包まれた。
女官服のままだが、よく見るとつぎはぎだ。
リサイクルなのだろう、生地もかなり擦り切れている。
30人はいるし、こりゃあテンション上がるなー。
「ちゅうもーく」
女官長の声は良く通る。
全員がこっちを見て驚いた顔をしている。
「おとこのこよ」「わかいおとこのこよ」「きゃーどうしよう」「ちょっと、かわいい」
あのー、小声で言っても、聞こえてますけど……。
更に、集合とも言わないのに集まってくる。
見に来ると言った方が正解かもしれん。
動物園の猿にでもなった気分だな。
「はじめに言っておきます。 この子には手を出さないように、いいですね」
「「「「「はい」」」」」
はいって、おい、俺はどんな顔をすればいい?
なんか心配になって来たけど、大丈夫か、俺。
「こちらは、ルーラァ・アイスラー氏です。 皆さんは知ってますね」
ざわめきが広がるが、何をどう知っているのやら、かなり不安だ。
「では、ひとことお願いします」
おい、聞いてねえぞ。
皆も静かになるなって、緊張するだろうが。
「えーっと、ルーラァで結構です。 体術は少しですが覚えがございますので、気が付いた点を指導させていただきます。 あとは、よろしく、です」
「「「「「よろしくお願いします」」」」」
ははは、はーっ。 もう、笑うっきゃねぞ、これ。
「では、ランドリの続き、初め」
女官長の号令で再び稽古が始まったが、待てよ、ランドリ?
そういえば、昨日のタイオトシも柔道用語じゃないか。
「女官長、ちょっといいですか?」
「何でしょう?」
「この体術を始めた方をご存知ですか?」
「さあ、300年は昔の話ですので」
「そうですか、ありがとうございます」
300年前って、何時代だ?
そういやあ、若い頃に明治100年のイベントがあったな、となると江戸時代か。
江戸時代って何年からだ?
まあいいや、江戸時代にしとこ。
柔道が始まったのが……あれ、知らんかった。
結局何もわからんのかい。
うーん、1人突っ込みは虚しい。
だが、日本人がいたとなると、他にもいるかもしれんぞ。
こりゃまた面白くなってきた。
1.000年前の魔道師様とかいうのも、案外日本人だったりして……。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、すみません」
女官長が聞いてくる。
考え事をしている場合じゃ無かった。
改めて稽古を見ると、確かに柔道だ。
しかし、柔道なんだが、何かが違うような……。
「ちょっとストップ、ああ、そのまま」
皆が不思議そうな顔で止まり、言い変えた。
さすがにストップはねえよな。
「ああ、きみだ、今かけている技は何と言う?」
「ケサガタメ、です」
「そうか、ちょっと俺にかけてみて」
横になってかけてもらうが、背中が痛い。
これは麦わらのマットか、上につぎはぎ布がかけられて畳代わりになっていた。
「もっと、思いっきりだ」
「はい」
「よーし、じゃ行くよ」
エビの様に丸まり、横足を蹴って、一気に体を入れ替え、逆袈裟に返す。
逆袈裟は、片腕を上げた格好で首と片腕を閉めるのだが、すぐに離れた。
何故なら、女官服の下に何も付けていなくて、その、弾力がだな、その、弾力だったのだ。
擦り切れた服は薄く、1枚しか着ていないからなおさらだ。
かなり焦ったが、何気ない風を装った。
「こんな返しがありますから、気を付けてください」
「ルーラァ様、よく分からなかったのでもう1度お願いします」
いたずらっぽい目をしている、こりゃ確実にばれているな。
しかし、ここで負けるわけにはいかない。
「やり方はいろいろ試してください。 防ぐ方は足を大きく開くのが基本です」
「こんな感じですか?」
「今、やらなくていい」
全く、スカートで足を広げるな。
しかも、横になって悩ましげなポーズまで。
ニヤニヤいている、ぜってーわざとだろ。
というか、いつの間にかみんな寝技しているし……。
いや、嬉しいのは嬉しいんだ。 とっても嬉しんだが、こうもあからさまだと、どうにもこうにも……。
無理やり目をそらして窓を見ると、ここも格子ガラスだ。
大きな板ガラスの技術はまだないのだろう。
まあ、作り方など知らないからどうしようもないが。
外は森、白い棟のてっぺんが見えた。
「女官長、あの塔は?」
「北の塔です。 そう言えばブルーノ様がおつとめでしたね」
「はい。 それと、今日はもう帰ってもいいですか?」
「はい、お疲れ様でした。 慣れてくださいね」
小声で言葉を交わしてこっそり帰る事にしたが、慣れろとはまた無茶な事を……。
それにしても、なんか違うんだよな。
首をひねりながら、ひみつの扉を抜けた。




