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ルーラァ  作者: 水遊び
近衛城兵見習い
23/50

第5話 スラガ・ドーマ奥宰相

「入れ」

 野太い声がしたので扉を開けたが、そこで固まってしまった。

 一番奥にスラガ・ドーマ侯爵、それはいい、どうでもいい。

 ずらりと並ぶ机には20人近い女性がいた。

 羽ペンを持ち、仕事の手を止めてこちらを見ている。

 城勤めは男性の仕事のはずだ、それが常識だ……たぶん。


「何をしとる、こっちにこんか」

「お、おう」

 女性が嫌いなわけでは無い。

 むしろ好きだし、それなりに浮世は流してきたつもりだ。

 しっかし、これはまた美しいながめというか、いやー眼福。


「おなごに手を出したら、分かっているだろうな?」

「わ、分かってるよ」

 何も、みんなの前で言う事は無いだろうに。

 女の子たちを見ろ。

 手を口に当てている子や、下を向いて肩を震わせている子さえいる。

 くそー、こうなったらこっちも遠慮しねえ。


「それにしても、爺さんは何の仕事やってんだ?」

「爺さんとは何だ、宰相と呼ばんか」

「ヘイヘイ、で? その宰相の爺さんは何やってんだ?」

「まったく」

 これくらい言ってもいいと思うが、爺さんの横から「グフッ」っと声が漏れた。

 笑いをこらえるのに失敗した子だろう、気持ちは分かる。

 爺さんはそれをひと睨みで静めると、やおら説明を始めた。

「大臣が3人いる」

 から始まったが、それによると。


『軍務大臣のディナ・テネス侯爵』

 南に領地を持ち軍事の最高責任者。

 治安維持から魔物退治、道路や堤防の改築までこなす。


『民務大臣のツジービ・ルーブル侯爵』

 北に領地を持ち、軍事以外の最高責任者。

 外交から内政、金庫番も務める、国王の右腕。


『奥大臣のスラガ・ドーマ侯爵』

 西に領地を持ち、国王の私事の最高責任者。

 宝物庫及び、女官が務める奥内の最高責任者。


「爺さん、ちょっといいか?」

「何だ?」

「ちっとも分からん」

「ば、ばかも~ん」

「だってさー、くそまじめに説明されても面白くねえよ」

 何が悲しくて、説教みたいなもんを聞かなきゃならんのだ。


「まったく、ついて来い」

「へいへい」

 なんか知らんが、うまくいったらしい。

 まあ、何でも言ってみるもんだな。

 こうなったら、どこなっとお供しましょう。


「その前に、剣とガントレットは置いてゆけ」

「え~っ、剣は武士の魂だぞ」

「何を、わけの分からん事を言っておる。 置け!」

「へ~い」

 頭を掻きながら後をついていくと、部屋の奥に隠し扉があり、その扉を抜けると狭いが明るい廊下に出た。

 光の魔石がもったいない、エコを知らんのか? 

 ああ、知らんか。



「女官長、こいつがルーラァ・アイスラーじゃ」

「女官長のスマーシ・トーデと申します」

「ども、ルーラァです」

 廊下の突き当り、ここも隠し扉を抜けると女官長の部屋らしい。

 50台、60には届いていないだろう。

 目鼻立ちがくっきりした美人、旅館の大女将といった感じで、落ち着きと貫禄がある。

 右手を左胸に当てるのは俺の身分のせいと見た。

 国にとっての重要度は……まあ、けた違いにあっちが上だ。

 それにしても、ひょっとして、この隠し階段を使って老いらくの恋……なわけないか。


「体術を使いおる」

 スマーシが問いかけるような視線を送っただけで爺さんが答え、彼女の眼が物騒に光った。

 2人は目と目で通じ合う仲なのかもしれん。


 この2人はあやしい、などと思っていたら、流れるようなすり足で寄ってきて、左手で俺の右袖をつかんだかと思うと、襟首を持って押し込まれた。

 体勢を戻そうとするタイミングで、くるりと背を向けながら体を入れてくる。

 完全な背負い投げの体勢、腰がしっかり入っているからこらえきれない。

 瞬時に判断して、スマーシの体を乗り越え、逆背負いに組み返す。

 しかし、腰が入っていないので無理、素早く体を戻しつつ、大外刈りに切り返す。

 スマーシの体が宙を舞った。

 しまった、と思ったが遅い。

 上半身は何とか抱き止めたが、お尻が重すぎて、いや、大きすぎて、いや、安産型のお尻だったので、床に打ち付けてしまった。


「いっ~」

「す、すみません」

 全く、年よりになんつーことをしてしまったかと焦ったが、爺さんは喜んでいるように見える。


「どうじゃ、すごいじゃろう」

 って、お前が自慢するな、というか、自慢する事か?


「たいしたものね、まさか私のタイオトシが躱されるとは思わなかったわ」

 タイオトシって、背負い投げだろう。

 いや、そもそも何だこれは?


「爺さん、説明してもらおうか?」

「それは、私からいたしましょう」

 俺の機嫌が悪くなるのも仕方がないと思うが、スマーシさんが口をはさんでくる。

 まだ痛いだろうに、さすがは女官長というべきか。


「女性を投げる趣味は無いので、お願いします」

 可愛そうに、お尻をさすりながらも、微笑みさえうかべて説明してくれた。


 それによると、騎士は城を守り、城兵は王族を守り、女官は奥棟を守る。

 しかし、そこに武器を持ち込む事が出来ないので、代々体術を習っているそうだ。

 なるほど、誰かさんと違って分かりやすい。

 アイスラー家に来ていた爺さんは、俺が体術を使う事を知っていた。

 そして、試験の時に実力を証明して見せたという事だろう。


「つまり、体術を習いたいと、そういう事ですね」

「そうです。 話が早くて助かります」

 やれやれだな。

 柔道は学校で習っただけだし、武装した男が相手だと力の差があり過ぎる。

 今だって、剣があれば脇腹を刺されてしまいだ。

 むしろ合気道の方がいいかもしれん。……たぶんだが。


「ナールイ・テネス様を倒された技を教えていただきたいのです」

「えっと、それ、誰?」

「試験でお前が打ち負かしたやつじゃ、名前も知らんかったのか?」

 爺さんが教えてくれるが、あのクマ野郎の事か。


「空手を?」

「カラテというのですか? 素手で倒されたと聞きましたが」

「ええ、まあ」

 確かに空手を習えば強くはなれる。

 並の男なら倒せるだろう。

 だが、防具を付けられたら打ち込む場所が限られてくる。

 鎧をブチ破れれば別だが、まだ柔道の方がいいはずだ。

 やはり関節技の方があっている気がするのだが……。


 ともかく、稽古は午前中に決まった。

 午前中の方が忙しいと思ったのだが、王様たちの起きる時間が午後なのだそうだ。

 何とものんびりした話だが、今日は挨拶だけという事で部屋に戻った。



「ご苦労さん、おさき~」

「待たんか、まだ終わっとらん」

 早々に退出しようとしたのだが、後ろから声がかかった。

 まだ何かあるのかと振り返ると、この部署についての説明だった。

 ここでは王族の食材から家具、衣類から宝石までを扱っているらしい。

 更には、献上品から贈答品まで手配するというのだから大変だ。

 女官がメイドなら、ここはまさに王家の執事といったところだろう。


「みんな大変だ」

 他人事のように言った、実際他人事だしな。

 ところがだ、


「お前も手伝うんじゃ」

「何で? 俺は武官だぞ」

 俺にとっては当然の疑問だったが、爺さんにとっては違ったらしい。


「教えてもいない掛け算をしたのは誰だ? 新しい楽器を考え出したのは誰だ? 近代測量の基礎を考え出したのは誰だ?」

「えっ、いや、それは、その……。 成り行きとういうか」

「その頭を、戦うしか能のない武官に据えておくほど、このスラガぼけてはおらんわ」

「ははは」

「フン、分かったら手伝え」

「は……い」

 いやはや、まったく、とんだところで影響が出て来るもんだ。

 やっぱりあれか、子供は目立たないようにした方が良かったのか……。


 しかし、あれやこれやと説明を受けたが、何がどうなっているのかさっぱりだ。

 ハンカチ1つ取ってみても山ほど種類があり、白いハンカチに白の刺繍がしてあるのがいいそうだ。

 赤やピンクなら分かるが、何で白なんだ?

 よく見ないと、どんな模様かさえ分からないだろうに。

 おまけに、どれもが特注の1点物で、目玉が飛び出るほど高いのだ。

 伝票に書く数字も0の大行進、桁を数えるのも大変だ。


 とりあえず、3桁ごとに点を入れる事を提案して勘弁してもらい、逃げ出すように部屋を出て、廊下を駆け抜け、玄関ホールの階段を下りた。

 門番を見るがさっきの奴ではない。

 よく覚えていないが、反対側の奴も違う気がする。


「まあ、いいか」

 馬車に向かう途中、向こうの方で近衛兵達が整列訓練をしていた。

 ひやかしに行こうかとも思ったが、今日はもう疲れた。

 この後、最後の宴会も待っているしな。


「お帰りなさいませ、ルーラァ様」

「ああ」

 馬車に乗り込もうとして、ふと気が付いた。


「なあレイダー、ブルーノは何処にいるんだ?」

「第1王女様は北の塔におられます」

「専属城兵だったか」

「隊長でございます」

「そう言えば、そんなこと言ってたな。 で? どこにある?」

「我が家の裏庭から、ユニコーンの森の方に行ったところでございます」

「立ち入り禁止じゃなかったか?」

「塔より向こうが禁止ですので、お気を付け下さい」

「そうか、明日にでも行ってみるか」

「はい、ルーラァ様」



「お帰りなさいませ、お兄様」

「ただいま~ハンク」

 家に帰ると、大勢のメイドと共にハンクが迎えてくれた。

 片膝をついて、飛び込んできたハンクをハグし、そのまま抱き上げる。


「今日は何をして遊んでいたんだ?」

「きょうはね、コウツトに乗ったんだ」

「馬に乗ったのか、そりゃすごいや。 早くも騎士の仲間入りか?」

「へへ、なかまいり~」

「よし、ご褒美に何か作ろう、部屋に行くぞ」

「はい、お兄様」


 ハンクを片腕に乗せ、コウトツの話を聞きながら部屋に向かうと、メイドが先回りして扉を開けてくれる。

 部屋は10畳ほどもあるが既に暖かい。

 稽古場所を確保する為に空間を広く取り、隅に応接セットと書棚、その横の扉は寝室となっている。

 ハンクをソファーに置き、その横に座る。

 テーブルには、束になった白い紙とペンがある。

 思いついた事を書き、コヨリで綴って本棚に行くという予定だ。

 1枚も書いていないから、コヨリの出番は未だないが……。

 まあ、あれだ、ほら、人には向き不向きというものがある。

 うん、そういう事だ。


「ツー、ツー、レロ、レロ、ツーレーロ」

「ツー、ツー?」

 使い道のない白い紙で折り紙をしながら、何の気なしに呟いた言葉にハンクが反応した。


「レロレロ、だ」

「レロレロ」

「ああ、いくぞ」

「はい、お兄様」

「「ツー、ツー、レロ、レロ、ツーレーロ」」

 いい感じだが、よく考えてみたら、これはまずいかもしれん。


「ハンク、これは秘密の歌だから、誰にも言っちゃだめだぞ」

「はい、お兄様」

「二人だけの秘密だ」

「うふふ、ひみつ、ひみつ」

 両手で口を塞ぐしぐさが可愛いいー。


「失礼します」

 調子が出てきた所に、メイドの邪魔が入った。

 口を閉ざし、ハンクと目が合うのが無性におかしい。

 笑いたくなるのをぐっとこらえて、メイドが下がるのを待つ。

 俺の紅茶は大きめのカップ、ハンクはミルクティーみたいだ。

 ようやくメイドが下がってゆく。


「わっはははー」

「きゃはははー」

 メイドが扉を閉めた途端笑い出した。

 何故かおかしくてたまらない。

 ひとしきり笑って、ツレロを再開する。

 折って、畳んで、裏返し、は女の子。

 男の子はこれだ。


「出来たー」

「できたー」

「へっへー、これは飛行機というんだぞ」

「ひこーひ?」

「ひこーき、だ」

「ひこーき」

「そうだ、見てろよ」

 スナップを効かせて投げると、少し下降してから上昇、部屋を横切り向こうの壁に当たって落ちた。

 ハンクは口を開けたまま、吸い込まれるように紙飛行機を目で追っていた。


「と、とんだ。 とんだ、お兄様、おそらをとびました」

 我に返ったハンクは、落ちた紙飛行機を指差しながら興奮して報告してくれた。


「ああ、飛んだな。 ほら取って来い」

「はい、お兄様」

 俺の言葉に元気よく答えると、全速力で紙飛行機を取りに行き、まさに飛んで帰ってきた。

 満面の笑顔で、瞳はキラキラしている。


「ハンクもやってみろ。 ここを持って、シュッと投げるんだ」

「はい、お兄様。 ここを持って、シュッ」

 おっ、ハンクの真剣顔がかっこいい。

 しかし、紙飛行機は無情にも地面に叩きつけられた。


「あれ?」

「練習だ」

「はい、お兄様。 シュッ、あれ? シュッ、あれ? シュッ、あれ?」

 小首をかしげるハンクも可愛い。

 指を放すタイミングなのだが、これは自分でやって覚えるもの。

 聞かれたら答えるが、それまでは紅茶をすすりながら見守るだけだ。


「失礼します」

 メイドの声に驚いたのが良かったのか、紙飛行機は飛んでいた。


「お夕飯のお時間です」

「やったー、とんだ、とんだ」

 飛び跳ねて喜ぶハンクには、メイドの言葉など聞こえちゃいないだろう。


「ハンク、食堂の広い場所でお母様にお見せすると、きっとお喜びになると思うぞ」

「はい、お兄様」

 大喜びのハンクは扉に一直線、慌てて扉を全開にしたメイドの横をすり抜けていく。


「おかあさまー、おかあさまー」

 ハンクの元気な声が、屋敷中に響き渡っていた。


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