第4話 謁見
「はーっ、はーっ、はーっ」
1周1キロはあろうかというお城だが、たった2周でへたり込んでしまった。
練習無しじゃきつい、というよりやる気の問題か。
走らされる、そう思うだけで疲れやがる。
「ルーラァだったな、王家の家系図は暗記しているか?」
「はい、はーっ、はーっ」
人を見下すように、上から声が降ってくる。
くそったれが、ちっとは休ませろ。
「12代国王の第3王子の妻の名は?」
「クリスチーノ、はーっ、はーっ」
「35代国王の第8王子の長男の名は?」
「ロナルド、はーっ、はーっ」
「ふん、これくらいは当然だな。 午後は12時からだ、遅れるな」
「はーっ、はーっ」
どうやら試験だったらしい.
アンのおかげで答えられたようなものだが、当然だと、くそったれが。
10時がお昼だから、2時間ちょいの昼休みか。
しっかし、もう昼なのかよ、まったく半日も無駄話を聞かされる身にもなれってんだ。
それにしても、爺さんの手紙は本当だったな。
まあ、嘘をつく必要はないんだが。
出る杭は打たれるというが、男爵からいきなり伯爵だからな。
おまけに王室とのつながりは無いときてる。
ブルーノも、役職は上がったが冷や飯を食わされているらしい。
特にテネス侯爵は陰湿で、何かにつけてチョッカイを出してくるという。
軍務大臣だから注意しろとあったが……。
軍のトップだぞ、全く難儀な話だ。
試験の時のクマ野郎も、そしてこいつもテネス家とはな。
しかし、あいにくと悩むのはがらじゃねえ。
出る杭が打たれるなら、打つのもばかばかしくなるほど出ればいい。
いじめがあるというなら待つことは無い、こっちからチョッカイをかけてやればいい。
壁があっても登る必要などない、突き破ればすむことだ。
日本じゃ、まったくの0から成りあがってきたこの俺が、ここじゃはじめっから伯爵ときてる。
これぞまさしく、チートってやつだぜ。
とりあえずは、事あるごとに手紙にして爺さんに送っておくか。
孫が元気にしている手紙は嬉しいはずだし、必要があれば喜んでしりふきに飛んでくるだろう。
遠ざかる教官の背を見ながら考えていたが、今日はまだ国王の謁見が残っている。
ふむ、まずは昼だな。
立ち上がって土埃を払う頃には、体力は回復している感じだ。
若いって事はいい事だぜ。
気分を入れ替え、馬車溜まりに向かった。
「お帰りなさいませ、ルーラァ様。 お昼はお屋敷で召し上がられますか?」
「ああ、てか、城でも食事が出来るのか?」
「質素ではございますが、騎士の食堂がございます」
「どこにある?」
「あちらに、騎士の方々が向かわれておりますでしょう」
レイダーが指さす方を見ると、お城に吸い込まれていく騎士たちがいる。
「行ってみる」
「行ってらっしゃいませ、ルーラァ様」
小さな横門に向かう騎士達は見る間に増えていく。
騎士たちに交じってお城に入ると、右側の部屋のようだ。
左手に長いカウンターがあり、木のトレイに、骨付き肉の木皿、野菜スープの木椀、硬そうな輪切りパンの順にのせてゆく。
大学の学食の様だが、テーブルも椅子も無い。
立ったまま、もっと言えば、ぐるりと回る流れに沿って歩きながら食べ、出口横の食器返却口に入れ、ひしゃくで瓶に入った水を飲んで出てゆく。
間に合わない者は中央のスペースに入り、食べ終わってから列に戻ってもいいようだが、中央にいるのは新人ばかり、ベテランはきっちり食べ終わるようだ。
早めし早グソも芸の内、ってやつか。
なんとか詰め込んで出てきたが、味わう暇もない。
外にいても仕方がないので、さっきの物置に行ってみたが誰もいない。
どうしようかと外に出ると声がかかった。
「ルーラァ」
「ビリー、みんなも、どうした?」
「どうしたじゃねえよ。 お前が食堂なんか行くから、みんなで行ってきたんだ」
「別に良かったのに」
「まったく、次期伯爵よりいいもんが食えるかよ」
「ははは、しかし食べた気がしないし、屋敷に戻って口直しはどうだ?」
「いいな、その案乗った。 みんな帰るぞ」
「「「「「はい」」」」」
なんとまあ、可愛い奴らだ。
馬車に乗るのは俺とビリーだけだが、時間はたっぷりある。
馬車の中では、あらためて伯爵としての心構えを説教されたが、まあ、俺の事を思っての事だし聞いておいた。
お昼は、柔らかくて薄い生地に自分で食材を巻いて食べる物と、果物ジュースが出た。
手巻きクレープみたいなものだが、初めて食べたというやつも多かった。
「そうだ、みんなの事を聞かせてくれないか? 家の事や領地の事」
「そりゃいいが、田舎の話なんぞ面白くもなんともねえぞ」
「ビリーはそうかもしれないけど、俺はこの町、正確には第2城壁から出たことがないんだぜ」
「そうかー、ならしょうがねえな。 んじゃ順番に行こうか」
この時、気になったのが支配体制の違いだ。
旧アイスラーに下級貴族はいない。
領主を中心に貴族がいて、魔物の脅威から領民を守る形だ。
だが、新しい領土には89家もの下級貴族がいた。
領民を支配しているのは彼等で、領主は下級貴族を支配する形だ。
領主は楽だが、貴族によって農民の生活ぶりがかなり違う。
男爵家などがいなくなった為、所帯も小さい物ばかりだ。
町を3つ以上持っている者は数えるほどしかなく、村とその周辺だけというのまでいる。
町長や村長でもいい気がするんだが、そうもいかんか。
そう言えば、貧乏領主を何とかする話があったな。
たしか、腐葉土と発酵肥料だったか、肥料の発酵には何カ月もかかるんだったな。
輪作が連作被害の防止と冬場の家畜飼料になる。
小麦と、カブ、ジャガイモ、大豆、クローバー、あれ? なんか多い気もするが、まあ、いいか。
馬に引かせる鋤に車輪を付ける。
見た事は無いが、これもいいだろう。
鉄の農具が駄目なら先に付けるだけでもいい、と。
後は、深く耕せ、水をやれ、雑草は取れ。
こんな所だったか、しかし、めんどくせえな。
アイスラーの爺さんに押し付けとけば、なんとかするだろう。
城に戻って倉庫に入った。
俺が1番遅かったのは予想通りだったが、教官が睨んでいる。
「そんなに見つめるなよ」
「ふ、ふざけるなー!」
やはり、シャレは通じんか。
しかし、何が嬉しかったって、制服が1番嬉しかったからどうでもいい。
制服は下シャツ、クサリカタビラ、襟付きの上シャツとなる。
腰あてに短剣を差し、腕にガントレットを付ける。
ハンチング帽に皮手袋があり、靴は音が出ないタイプになっている。
タイツをはくのは変わらないが、全身が真っ黒なので目立たない。
冬用は生地が厚く、マントはパーカーの様なあったかいフード付きだ。
少し大きめなのも気にならない。
白タイツでなければ何でもいいと思っていたが、なかなかどうしてかっこいい。
いけてる、そんな感じだ。
「寝ていた奴もいるから必要な事だけを言っておく」
まったく、いい気分でいたのに平気で水を差すやつだな、話が下手なくせに。
「礼には右手を左胸に当てる、その状態で片膝をつく、更にお辞儀をする、この3通りある。 だが、お前達はこの礼を免除されている」
片膝をついてお辞儀までするのは王族の時だけだったはずだが、それもいいのかな?
「お前達は陛下の盾であり鉾だ。 人では無いのだから礼はいらん。 更に、頭を下げて視界を塞いではならんという事だ」
なんか、喜んでいいのか怒っていいのか分からんな。
「だが、今日は違う。 これから陛下にお会いしに行くが、きちんと礼を取るように。 いいな」
「「「「「はい」」」」」
「ああ、はい」
はは、反応が遅れちまった。
教官が睨んでいるような気もするが、まあ、いいか。
新人さん御一行は、おのぼりさんみたいに教官の後をついていく。
勿論、俺は最後尾の特等席、なんか好きなんだよなーここ。
遠足気分で正門まで来た。
馬車が通るスロープを通れば近いのに、わざわざ正面の階段を上る。
登りきるとバカデカイ正門が開いていて、両脇に門番がいる。
槍を右手に持ち、直立不動で正面を向き、視覚の端でこちらを見ている。
これはこれでかっこいいと思ったんだが、左側の奴がギロリとにらんできた。
当然にらみ合いながら近づいていき、すれ違いざまに足刀をかましてから門をくぐった。
いや~、ケンカは買わないといかんでしょう、うん。
しかし、こいつはただの近衛兵、ふんどしを締めてかからんといかんな。
エントランスというか玄関ホールになっていた。
左右に伸びる通路には大小さまざまなホールがあり、客間は2階らしい。
工の字の、上の横線がお客用という事みたいだ。
ここで貴婦人方が化粧を直し、ホールに下りてきて舞踏会となるんだろう。
そうそう、ここの屋上には、両端にとんがり帽子の様な物見塔がある。
北側にも有るこの塔は見晴らしがよさそうだ。
問題は非常時以外でもいる近衛兵だな。
ぶちのめすか、それとも差し入れか、迷うところだ。
正面扉を開けると大きな通路で、これが工の縦線にあたる。
ずらりと絵画が並び、回廊のように立派だ。
ただ、普段は女官が、非常時には近衛兵がここを走りまわるらしい。
今日は正面扉の左右にある階段を上がる。
上り切った踊り場には3つの扉があり、左右が通路、中央が謁見の間だ。
近衛兵は下の正面扉に1人、踊り場に2人いるが、だれも睨んでこない。
こうなると、門番のやつは何だったのか不思議だが、まあ、そのうち分かるだろう。
近衛兵の1人が中央扉の鍵を開けた。
目の前に長く伸びる赤い絨毯、狭いのは防御の基本だろう。
突き当りは待合室のようだが、ここも教官を入れて6人には狭すぎる感じだ。
やがて中扉の鍵を開ける音がして、扉が開いた。
謁見の間は、一転して広い。
両壁沿いに近衛城兵が3人ずついるが、全身真っ黒でかっこいい。
思わず自分の服を見て、ちょいといい気分。
6人は少ない気もするが、まあ、訪問者によって変わるんだろう。
中央に1列になり、右手を胸、片膝をついて頭を下げた。
赤じゅうたんには汚れもしみも無い。
掃除機はないから掃除するのは大変そうだ。
しみ抜きはあるのかな?
正面左側から気配があり、衣擦れの音とともに王様の登場らしい。
「面を上げよ」
凛とした声に顔を上げると、まだ40歳にもなっていないはずなのに、白髪頭の王が座っていた。
気苦労が絶えないんだろうと思うが、さすがに貫禄はある。
定番の王冠に、羽織るマントはミンクのように柔らかそうで大きい。
出来れば杖も欲しかったが、ないようだ。
大臣が3人いる。
奥大臣のスラガ・ドーマ侯爵はいいとして、軍務大臣と民務大臣、侯爵家はテネスとルーブルなんだが……やっぱ覚えてね~。
若い頭は覚えが早いとか言ったのは誰だよ。
王の後ろに立つのは近衛城兵隊長と副隊長だろう、さっき見た気がする。
まったく、自己紹介くらいしろよな。
「代の盾となりし者達よ、忠義を期待する」
「「「「「はは~」」」」」
今度は遅れなかった、というか、思わず言っちゃった感じだ。
これが王様の貫録ってやつなんだろう、感心、感心。
頭を下げている間に王様たちは退席し、俺達も謁見の間から追い出された。
しかし、皆の顔は上気していた。
国王陛下から直にお言葉を頂戴したとか何とか言っているが、そんなに大層なもんだったか?
ああ、そういやあ、〇山雄三のディナ―ショーの後もこんな感じだった。
婆さんも若かったし、喜んでいたっけ。 う~ん、なつかしい。
「以上だ、後は配属先に行け」
踊り場に戻った教官の言葉はそれだけだが、起きていた皆には通じるらしく、左側の扉から中に入ってゆく。
「お前は右だ」
「右?」
「1番奥、シャークの紋章の扉だ。 行けばわかる」
つられて左の扉に入っていこうとするのを呼び止められ、右側を顎で示された。
ちっとばかし気に入らないが、俺が教官でもこんな生徒は嫌だろうと思い直す、わけねえだろ。
「ガシーッ」
肘を教官の顎に叩き込んだ。
手ごたえは顎にヒビ、歯が2、3本といったところか。
倒れた教官と見下ろす俺の元に、2人の近衛兵がやって来る
「アイスラー家の次期領主を顎で使って、ただで済むとでも思っているのか?」
この一言で、近衛兵の動きを封ずる。
上官に反抗する馬鹿な新人ならともかく、伯爵家に逆らう事は出来ない。
権力はこういう時に乱用するもんだ。
「ほう、剣を向けるか。 やってみろ」
近衛城兵、それも教官ともなれば、あごの骨が折れたくらいで戦意を失う事は無いのだろう。
短剣に手をかけ、座り込んだ姿勢のままだが戦闘態勢に入っていた。
しかし、事の重大性に気が付いたのか、手は剣から離れ、がっくりと頭を垂れた。
「つまらん喧嘩をふっかけんじゃねえ」
「……はい」
あ~あ、ここで立ち向かって来るような馬鹿だと、子分にしてやっても良かったのに。
止めを刺す気も失せ、ため息をつきながら右のドアを開けた。
通路にはずらりと肖像画がかかっていた。
歴代国王なんだろうが、偉そうなオッサンばかりだ。
まあ、偉いんだからしょうがないんだが。
服装にも変遷がありそうだが興味が無いし、男ばっかりでつまらん。
突き当りまで来て扉が3つ、奥の扉に鮫がいた。
なるほど、いけばわかる。
だが、昔見たなんとかいう映画、鮫が襲ってくる映画のポスターの方がカッコ良い。
この鮫には、むしろ付けまつげや頬紅の落書きが似合う気がする。
ウインクもいいが、う~ん、やはり怒るだろうな。
仕方ない、今回はかんべんしてやるか。
眼のあたりをめがけてノックした。




