第3話 入隊式
入隊式前の着せ替え人形になっていたが、その服ときたら……。
「「「「「行ってらっしゃいませ」」」」」
玄関ホールの奥には母のカロリーネと弟のハンクがいる。
お父様のブルーノは既に仕事に出たらしい。
100人近いメイドが両側に立ち、声をそろえてのお見送りだ。
玄関を出ると、執事のレイダーが馬車の扉を開けて待っている。
馬車の周りには居候の下級貴族たち。
ビリーは既に馬車の中にいた。
「良いお天気で、ようございました」
「日ごろの行いには自信がないんだけどな」
1月1日は日本でいう冬至に当たり、吐く息が白く立ち上ってゆく。
前庭の木々の枝には凍った朝露が煌き、空には透明感のある青が広がっていた。
入隊式の朝としては最高のシチュエーションというやつだろう……普通なら。
「神様は見ておられます」
「だといいんだけど」
馬車に乗り込むと、レイダーは扉を閉めて御者台横に座った。
初日だからついてくる、そんなところだろう。
「今日はオリエンテーションと王様への謁見だけだ、気楽にいけ」
「ああ」
ビリーは俺が緊張していると思っているらしい。
しかし、テンションが上がらないのは、朝食時に聞いた醜態もそうだが、むしろこの服装のせいだ。
上半身はいいんだ。
袖がだぶつこうとカラフルだろうと、羽飾りがついた帽子があろうと我慢できる。
問題は下半身だ。
白いタイツにスカートって、これ、これだけは履きたくなかったのに……。
「制服の支給はいつだ?」
「今日だろう」
「今日の何時?」
「配属が決まってからだろうから、昼ごろかな」
「そっか」
「まあ、配属先によって制服が違うからな」
聞かずにはおれなかった。
ビリーはけげんそうな顔をするが、こればっかりはな……。
お城の北側には裏庭があり、境界道路から第1城壁北門までの間に、アイスラー伯爵家とドーマ侯爵家の屋敷がある。
裏庭の管理はアイスラー家の仕事だ。
森の小道といった風情のある裏庭には、隠れ里風の離宮もいくつかある。
試験に合格するまで、つまり子供は立ち入り禁止区間だったが、なるべく早いうちに調査に向かうべき場所だ。
やはり、逢引の場所は必要だからな、うん。
北門はドーマ家が管理していて、城に入る全ての荷物はここを通るから大変そうだ。
「あれ、曲がったぞ」
「伯爵たるもの、正面の国王道から入らないでどうする」
「そういうもんか?」
「そういうもんだ」
北門から裏門に行く途中、境界道路を右に曲がったのだ。
だが、こうなると俄然外が気になる。
西の方も初めてで、両側にある小さい窓を開けて外を覗き込む。
「あれは?」
「ん?」
「トラックの向こう、城のへこんだ所にあるやつ」
「トラック? ああ、馬場の事か。 あれは近衛騎士団本部や関連施設だな」
「今日は、あそこに行くのか?」
「ああ、右の大きな建物、奥内訓練所だ」
「へーっ」
城は工の形をしていて、西側のへこんだ部分に色々な施設が見えた。
境界道路ぞいにある近衛騎士団訓練馬場の向こうだ。
「そっち側は、誰の屋敷だ?」
「無人だ」
「例の、取り潰された貴族か?」
「ああ、馬の管理をしているカラゲル・ヘブン伯爵が残っていたはずだが、後は知らん」
「ふーん」
「ふーんって、近衛城兵総隊長だぞ。 まさかとは思うが、直属の上司の名前を知らないなんてことはないだろうな?」
「し、知ってるさ、カラゲル・ヘブンだろ」
ビリーがじっと見つめてくる、はは、あせる。
右手の第1城壁側に見えるくつかの屋敷は無人らしいが、早く話題を変えよう。
「おお、城の前に出た。 正門が見えるぞ、そっちは?」
「第1城門だ」
「あの屋敷は?」
「軍務大臣と民務大臣だ」
「よく知ってんな」
「どっちがどっちかは知らんけどな」
「ははは、そっか」
まだ信じていないのか、ビリーの機嫌が悪い。
城の南側に出ると正面庭園があり、第1城門が見えてくる。
この第1城門から城の正門までの道を国王道と呼び、馬車はこの道を正門に向かう。
「そうだ、配属前に新人訓練とか、○○キャンプとかないのか?」
「何だそりゃ? 普通に考えたって、近衛兵と城兵を一緒に訓練できないだろうが」
「そりゃあ、まあ、そうか」
近衛城兵は国王の私兵というか、王族のSPのような存在だ。
1人で1軍に相当すると認められた者達で、見習いの俺でさえ小隊長と同格、見習いの文字が消えれば中隊長と同格あつかいとなる。
つまり、レベルが違い過ぎるのだが、うーむ、よけいにビリーの機嫌を損ねたか。
そりゃそうだよな、年下の俺が城兵なんだ、嫉妬しない様にぐっと我慢していたんだろう。
それなのに、俺が神経を逆なでするようなことを言っちまった。
ふーっ、仕方ない。
「ところで、軍務大臣てだれだ?」
「おいおい、ディナ・テネス侯爵だ、それくらい覚えとけ」
「名前覚えるの、苦手なんだよな」
「まったく、王家の家系図くらいは知ってるだろうな」
「ああ、家系図はメイドのアンに習ったから完璧だ。 ただ」
「ただ?」
「名前と役職が一致せん」
「は~っ、ともかく、軍務大臣のディナ・テネス侯爵、民務大臣のツジービ・ルーブル侯爵、これくらいは覚えとけ」
「ああ、分かった」
とは言ったものの、覚えられるかな……。
「ところで、入隊式が終わったら、また飲み明かさないか?」
「おう、大賛成だ」
やっと機嫌が直ったか。
しかし、馬乳酒とワインしかなく、日本酒が欲しいところだ。
そろそろマロンに研究してもらってもいいかもしれん。
「国王への謁見が終わったら帰れるのかな?」
「そっちは配属先に挨拶をして終わりのはずだ」
「ビリーの方は?」
「整列訓練があると聞いたな」
「なんでまた?」
「国王陛下の拝謁があるからな」
「なるほど、200人も謁見できないし、国王自らがお出ましなさるというわけか」
「まあな、楽しみだぜ」
何ともご機嫌なビリーだが、そんなにいいもんなんかな、よく分からん。
「今から1.000年前、スースキ王国の初代王であられるアダムス・スースキ王は、神獣ユニコーンの守護者となり、生息地であるこの地に城を築き、この大陸の全てを統一なされたのである。 さらに…………」
「は~っ、ねむっ」
近衛城兵見習いになった初日、オリエンテーションというやつだ。
屋内鍛錬所でもある大きな建物の中で、スラガ・ドーマ侯爵の長々とした演説を聞かされる羽目になっていた。
アイスラー家に来ていた時に、耳にタコが出来るほど聞かされていた話だ。
「その後、3人の子供達に国土を分割し、長男にはこのスースキ王国を、二男と三男にはそれぞれレンカ王国とカメリア王国を与えた。 ところが…………」
「よくもまあ、飽きずにおんなじ話が出来るもんだ」
この話を、200人余りの新人たちが真剣な表情で聞き入っている。
10日前、試験会場でも同じ話をしていたのに、こちらも訳が分からん。
とにかく退屈で、周りを見渡すと、壁際にいるエラそうな騎士たちがこっちを見ている。
というか、俺を睨んでいるのか?
「おもしれえ」
退屈しのぎに睨み返したら目をそらした。
やっぱり訳が分からん。
上を見上げると、天井は三角屋根でハリが通っている。
しかも、この大きさで三角はりが見事に組まれている。
建築士の血が騒ぐが、詳しい構造計算の必要はない、しっかりしたもんだ。
「うん?」
上を見て感心していたら、後ろからツンツンと背中を突っつかれた。
「前を見ろって、睨まれてるぞ」
後ろにいるのはビリー他、うちに泊まっている下級貴族ご一行様だ。
「退屈なんだ」
後ろを振り返ると、みんなが慌てて前を向けとゼスチャーをする。
まあ、こいつらに心配かけるのもなんだし、仕方なく前を向いた。
しかし、ようやく爺さんの話が終わったと思ったら、軍務大臣も民務大臣までもが同じ様なハイテンションだ。
「こりゃ、立ったまま寝るスキルがいるな」
そんな事を呟きながらも、ようやく退屈な時間が終わりを告げた。
「今から名前を呼ぶやつは付いて来い」
偉そうなオッサンが5人ほど名前を呼んで、その中に俺の名前もあったんでついていった。
何処に行くにせよ、ここよりゃましだろうと思ったら、狭い部屋というか、まるで物置みたいな部屋だ。
「お前達は近衛城兵の試験に合格した。 だが、見習いであること事は忘れるな。 だが、見習いであろうがやるべきことはやらねばならん。 だが、…………」
今度は話すのが下手なオッサンのオリションかよ。
集められたのは近衛城兵に合格した者達のようだが、30近い若僧ばかりだ。
もっとも、こっちは11歳だから向こうもそう思っているだろうが、近衛兵を何年もやって来ただけあって、ビシッと立っている感じだ。
「期待している」
近衛城兵隊長の言葉はそれだけで、副隊長はなし。
これで終わりかと思ったら、また下手な演説が再開された。
こりゃあ、絶対立ったまま眠るスキルがいると思っていたが、ふと殺気を感じて飛びのいたら、後ろに立っていた奴にあたった。
「何をやっとる」
「え、えっと、寝てました?」
「た? じゃねえだろ、しっかり寝とったわ」
どうやらスキルは手に入れたようだが、こめかみに青筋を立ててえらく御立腹のようだ。
話すのが下手なくせに……。
「名前は?」
「ルーラァ・アイスラーであります」
「ふーっ、まあいい」
うむ、我ながら完璧な答えだ、って、いいんかい?
鼻息の荒いオッサンを見ながら心の中で突っ込みを入れた。
「城の周りを1周して、目を覚まして来い」
「あんまりおこると、血圧上がりますよ」
「2周だ」
「げっ、行って来まーす」
全く、シャレの分からん奴だ。
城の周りには散歩道の様な周回道路がある。
いつの間にか日は天頂近くにあり、小春日和とかいうやつで、じっとしていると寒いが、かるいジョギングだとかえって気持ちがいい。
左手に近衛兵本部や関連施設、右手に馬場。
しばらく行くと馬厩舎が並び、その向こうの馬車溜まりに出る。
おっ、うちの馬車を発見、レイダーがこっちを見てる。
手を振りながら最初の曲り角を曲がると城の正面だ。
寒椿を思わせる花弁をまとった生垣が散策道を作り、丸ツゲの様な低木がアクセントを与えている。
国王道に出た。
正門から第1城門まで500メートルはある。
幅も100メートル以上あり、道というより城前広場といった方がいいくらいだ。
無論石畳だが、長年同じ所を馬車が通った為、車線の様な轍が出来ていた。
しかし、なんだ、俺に言わせりゃ、無駄に広いただの道だ。
正門には二人の門番がいた。
槍は別にして、腰の長剣で近衛兵だと分かる。
国王道の向こうの庭にはでかい噴水がある。
周りの大きな果樹はまだ葉も付けていないが、庭師の姿が見える。
枝打ちは終わっているはずだし、新芽の確認には早すぎる。
まあ、庭園工事の方はまかせっきりだったからよく分からん。
次に角を曲がると右手に広がる森、その中にスースキ湖があるという森だ。
神獣ユニコーンの生息地だが、城兵でも立ち入り禁止だ。
うっそうと茂る原生林は葉のない冬場でも見通しが悪いが、そこからいく筋もの小川が城に向かっている。
橋の上で立ち止まり川面を覗き込むと、水草の群生脇をすばしっこくて小さな魚が集団で泳いでいた。
春になると、ドジョッ子やフナッ子がいるかもしれん。
小川は城のもう一方、東のくぼみに流れ込み、さらに細かい迷路の小川になる。
そこに曲がりくねった細い道が重なり、交差した部分にかかる橋が無数にある。
春になるとお花畑になるのだろう、植木の高さも50センチ以下に抑えられている。
子供達が夢中で遊ぶさまが想像されて微笑ましい。
我に返って走り出す。
次の角を曲がると城の裏側、森はここまで続いているが、ここは立ち入り可能で手入れもされている。
アイスラー家の管轄だと思うとなんか嬉しい。
裏門近くには食料庫やその他の倉庫が立ち並び、北門までは樹木のトンネルになっている。
最後の角を回る頃には息が切れたが、スタートした辺りにあのおっさんが見えた。
何も言わないで睨んでいるだけだが、これじゃズルも出来ん。
仕方なく、2週目に入った。
「全く、へたな演説はどうした? さぼってんじゃねえぞ」
聞こえない所で文句を言ってやった。




