第2話 宴会
今日のパーティーは当家の者だけで行われ、ホールには屋敷の者全員が集められた。
持ち込まれたテーブルは10、大皿には山のように盛られた御馳走が並び、噂のワイン樽も登場した。
100人近いメイドや警備の者が周囲を取り囲み、手には銀のグラスを持って、いや、持たされている。
ピカピカに磨き上げられた銀製品、万が一へこみでも付けたら、いやいや、かすり傷1つでさえ首を切られても文句は言えない。
勿論、失うのは命ではなく職のほうだが、それでも大問題だ。
メイドは貴族にしてみればただの使用人だが、庶民から見れば憧れの職場だ。
メイド食とはいえ庶民では食べられない物ばかりだし、綺麗な服も着られるうえに、3日に1度は風呂にさえ入れる。
更には、行儀見習いも兼ね、勤め上げればお嫁さん候補として引く手あまただ。
いかにブルーノの人柄が良くとも、職を失わない保障などどこにも無く、皆両手で捧げ持っている状態だ。
そのブルーノが声を張り上げた。
「今日はルーラァの合格祝いだ。 警備も給仕も必要ない。 料理を食べろ、ワインを飲め。 遠慮する奴はクビだぞ」
全く、シャレになっていない事にも気が付いていない。
自分の冗談に自分で笑いながら、自ら樽の栓をひねりワインをすすめている。
だが、ご主人様に酒を注がせるなどあってはならない事で、執事のレイダーでさえ頬を引きつらせているし、母親のカロリーネを見ても、苦笑いをしているだけだ。
「ぼくもやる」
おっと、天才ハンクが空気を呼んだか、ブルーノの元に走り出した。
ならば、こうしてはおれない。
「じゃ俺も、ハンク、一緒にやろうぜ」
「はい、お兄様」
「ほらほら、来てくれないと暇だぞー」
「ひまだぞ~」
ブルーノを追いはらい、ワイン樽のコックを仲良く2人でもつ。
これで、ようやくビリーたちが動き出したが、メイド達にはまだ遠慮があるようだ。
「ハンク、片っ端から連れてこい」
「はい、お兄様」
はっはー、作戦成功だ。
ハンクに指を引っ張られたらいやとは言えない、瞬く間に行列が出来る大盛況となった。
「おめでとうございます、お坊ちゃま」
「有難う、それをもう1回言いに来いよ」
「はい、喜んで」
テーブルにも群がりはじめた。
おそらく今まで食べた事がなく、この先も口に出来ないかもしれない料理の数々、ワインのお代わりを貰う時以外はテーブルから離れない状態だ。
ひょっとすると、俺達がいる事すら意識の外にあるのかもしれない。
かろうじてレイダーがこちらに目を向けているようだが、口がもぐもぐと動いていて様になっていない。
「美味い」「やわらかい」「甘い」「とろける」「旨い」「幸せ」いろんな声が混ざり合い、ざわめきとなってホールにこだましている。
まあ、みんなうれしそうで何よりだ。
ブルーノとカロリーネも寄り添って笑顔だ。
自分でも飲みながらハンクにも飲ませてやると、グビッと飲み干し、「にが~」と言いながらカロリーネの元に行ってしまった。
抱き上げられたハンクはもはやフラフラで、早々にリタイアとなったが、こっちはこれからが本番だ。
「今夜は徹底的に飲むぞー」
「「「「「おー」」」」」
1番近いテーブルを占領していたビリーたちが応えてきた。
ワイン樽をレイダーに任せ、御馳走を頂く事にする。
これでメイド達もワインを飲みやすくなったはずだが、俺達をほっておくことも出来ない。
しかも、給仕無用の言い付けもいきている。
どうするのかと思ったら、ワインを満たしたグラスを俺達のテーブルに置き、空を持って帰るというやり方で問題をクリアーしていた。
さすがはレイダー、頭の回転が速い。
俺も安心して、気になっていた事をビリーにぶつけてみた。
「ここにいるのはアイスラー家の下級貴族だよな?」
「それがどうした?」
「他はいないのか? 男爵とか子爵、公爵ってのもあるだろ?」
「ああ、昔は王子が成人すると公爵になったらしいが、公爵家ばかりになったので廃止されたとか聞いたな」
俺も勉強はしてきたが、ビリーは次期領主としての鋭才教育を受けている。
そのあたりはビリーに聞くに限ると思ったわけだが、公爵家廃止とは、昔の王様とはいえ大胆な事をしたもんだ。
「そうなんだ、じゃあ男爵とかは?」
「戦争の責任を取って、今回は特に多くの家が取り潰された」
「なんで? そんなことしたらよけいに国力が落ちるだろうに」
「残った家を救う為だ」
「どういうことだ?」
「例えば、アイスラー家も2.000人死んだ。 必要な人達ばかりが、だ」
「あっ、じゃ、それの補充のため?」
「そうだ、取り潰された家の者を吸収して家を維持するためさ」
「何ともひどい話だな」
「そのおかげで伯爵家になったんだから、文句は言えないさ」
「じゃあ、取り上げた領地は?」
「ほとんど伯爵家の直轄領になってるな」
「そっか」
戦争には人も食料もお金もかかるが、いくら活躍しても負ければ何も入ってこない。
それが戦争を命じた国王に対する不満や不審に変わるのが怖い。
だからこそ、無理やり取り潰してでも大盤振る舞いをする必要があった。 まあそんなところだろう。
「で、ここにいるのは生き残った精鋭だ」
いつの間にか、みんなが俺達の話に注目していた。
照れたように頭を掻く者や、得意げな顔をした者もいる。
取り潰すまでもないほど小さいのだろうが、それは言わぬが花だ。
「じゃ、こいつらが活躍すれば分けてやらんといかんな」
「ああ、ドーンと分けてやれ」
「よし、そうしよう」
さすがビリーだ、みんなを盛り上げリードするのがうまい。
帝王学だったか、あれの成果だろう。
となれば、俺も負けてはいられない。
「じゃ、未来の領主たちに乾杯だ。 みんな盃を持て」
「「「「「お~」」」」」
皆がグラスを目の前にささげる。
レイダーが動き出すのを目の端で確認した。
「未来の領主たちに」
「「「「「かんぱ~い」」」」」
全員が一気にグラスを空にする。
レイダーが数人のメイドを引きつれ、素早くグラスを差し替える。
その後ろにも、すでに数人控えている。
「未来の伯爵に」
「「「「「かんぱ~い」」」」」
更にやって来るメイドの数が増えた。
ワイン樽にも群がって、次々とグラスを満たしてゆく。
ならば、あとは飲むだけだ。
「アイスラーに」
「「「「「かんぱ~い」」」」
「スースキ王国に」
「「「「「かんぱーい」」」」」
「国王陛下に」
「「「「「かんぱーい」」」」」
「皇子殿下に」
「「「「「かんぱーい」」」」」
「第2王子殿下に」
「「「「「かんぱーい」」」」」
「王女殿下に」
「「「「「かんぱーい」」」」」
「第2王女殿下に」
「「「「「かんぱーい」」」」」
「第3王女殿下に」
「「「「「かんぱーい」」」」」
「アイスラー伯爵に」
「「「「「かんぱーい」」」」」
「ブルーノ様に」
「「「「「かんぱーい」」」」」
「ルーラァ様に」
「「「「「かんぱーい」」」」」
「ビリー様に」
「「「「「かんぱーい」」」」」
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その日から、いや、その時からどれほど時間が経ったのだろう……。
ある朝、俺達は朝食のテーブルについていた。
頭はガンガンするし、朝食など見ただけで吐きそうになる。
二日酔いに効くという苦いお茶まで飲まされ、よけいに食欲がない。
皆も同様で、頭を抱えていたり、こめかみを押さえたりしている。
が、それもしばらくのこと。
潮が引くように痛みが遠のくと、ろくに食べていなかったせいかお腹まですいてくる。
「この苦いお茶は良く効くな」
「毒消しの煎じ茶でございます」
思わず漏らした言葉にメイドが説明をしてくれる。
なにはともあれ、久しぶりにまともな食事にありつき、話題となったのが昨日までの宴会の内容だったのだが、まるで記憶が無い。
日本では、1升瓶片手にコップ酒でじっくり飲む方だったが、ワインのせいか、11歳という体のせいか、全く覚えていなかったのだ。
何リットル入りなのか見当もつかんが、ワイン樽が空になったのは昨夜、らしい。
来客があったというからマロンたちだろうが、何を話したのかも覚えていない。
下級貴族の領主たちも来たが、100人近くもいて驚いた、らしい。
アイスラー伯爵の爺さんから、合格祝いだといって漆黒の短剣を貰った、らしい。
それにアイスラーの家紋、サーベルタイガーが入っていて感激した、らしい。
調子に乗って爺さんに手合わせをせがみ、逆にボコられた、らしい。
王子殿下までやって来たが、「ピエロ王子だ」と言ってつまみ出された、らしい。
ヤスギブシとかいう、変わった歌と踊りで場を盛り上げた、らしい。
アンが好きだと抱きついて離れなかった、らしい。
まったく、何という醜態をさらしたことか。
もう、これ以上は何も聞きたくない……。
「ルーラァ様、今日は入隊式がございます。 そろそろお時間です」
耳を塞ぐ俺に、メイドが10日たった事を告げていた。