第1話 プロローグ
長い間お待たせして申し訳ありませんでした。
まだ書き切れていないので週1の投稿になりますが、新しいルーラァワールド、楽しんでいただければ幸いです。
「試験に合格して近衛城兵かと思ったのに、見習いだとはけち臭い奴らだ」
「そういう決まりなんだから、しょうがねえさ」
試験が終わり、帰りの馬車の中で思わずつぶやいたが、試験に落ちた従兄のビリーがいるのを忘れていた。
足を投げ出すように座り、防寒用の毛布を無造作に乗せている。
こんなにあからさまな態度を見せているのに、その心情に気が付かないとは情けない。
日本で60年、こちらで11年、無駄に年食ってんじゃねえよ。
ここは心の中で謝っておいて、話題を変えよう。
「入隊式は1日だろ?」
「ああ、まだ10日はあるな」
「10日は長いよな。 仕方ねえ、その日までみっちり稽古を積んでおくか」
「おいおい、ちょっと待てよ」
急にビリーが身をのりだしてきた。
賛成してくるとばかり思っていたので、いささか意外な反応だ。
「なんだ?」
「なんだじゃねえよ。 入隊したら毎日稽古なんだぞ」
「まあ、そうだろうな」
「それに、近衛兵とはいえ、お祝いは必要だろうが」
「それは今夜するだろう」
ビリーは稽古嫌いなのかもしれん。
そんな心構えじゃほどほどにしか強くなれんというのに、若いとはいえ困ったもんだ。
「分かってねえな。 外にいる奴らは貴族とはいえ貧乏な奴らばかりだ。 食ってる物だって、近衛兵の粗末な食事とどっこいだぞ」
「そうなのか?」
馬車の外を歩く10人は、アイスラー領内に住む下級貴族様御一行だ。
今は居候をしているが、遠い配属先だと出て行かなければいけない。
「ああ、あいつらが贅沢できるのはこの10日間だけだって事だ」
「なるほど」
ようやく納得した。
ビリーの個人的欲望から来ているとはいえ、そういう事情なら話は別だ。
ここは派手にパーッと行くべきだろう。
勿論、稽古なんて無粋なまねもやめだ。
「なら、ワインがいるな」
「そうとも、馬乳酒なんか子供の飲み物だ」
「10日で樽ひとつ、飲めるか?」
「まかせろ」
馬乳酒はスープの一種で、ちょいと癖はあるものの、慣れてしまえば子供でも飲める。
胸をドンと叩くビリーには笑えるが、ともかく10日間飲みまくる計画が決まった。
「お帰りなさいませ、お兄様」
「ただいま~ハンク」
家に帰ると、大勢のメイドと共にハンクが迎えてくれた。
駆け寄ってくる姿がかっこいい。
足を前に出すだけでなく、後ろ足でしっかり蹴っている。
両手のふりを手直ししてやればもっと早くなるはずだ。
うむ、ハンクは天性のスプリンターに違いない。
ハンクの為に運動会を開こうか、いや、いっそのことオリンピックを作るか。
片膝をつき、飛び込んできたハンクをハグし、そのまま抱き上げる。
「今日は何をして遊んでいたんだ?」
「きょうはね、ごほんをよんでた」
「そりゃすごいや、どんなご本だ?」
「へへ、まどうしさまのごほん」
「魔道師様か、かっこいいな」
ハンクを片腕に乗せ、魔道士の活躍を聞きながら部屋に向かうのが楽しい。
「ルーラァ様、先ほどからお客様がお待ちですが、いかがいたしましょう?」
「客? 名前は?」
メイドの言葉に顔を向けるが、こんな日に客とは珍しい。
「マロン様とおしゃる方です」
「会おう。 ハンクお客様だ、後で遊ぼう」
「はい、お兄様」
聞き分けの良いハンクを下し、頭をなでてやる。
「どの部屋だ?」
「ご案内いたします」
部屋数が多すぎて、聞いただけではわからない。
番号を付けるか、いや、部屋の名前を考えた方がいいな。
廊下を歩くと、すれ違うメイドが頭を下げる。
これだから顔が覚えられないのだが、前を行くメイドは、俺が来客と会う事を小声で伝えながらすれ違っている。
この情報が担当のメイドに伝えられ、部屋にいる人に合ったお茶やお菓子などが運ばれるんだろう。
「待たせて悪かったな」
「とんでもございません。 ご無沙汰いたしております、ルーラァ様」
「そちらは?」
「家内のチェリーにございます」
メイドが開けた扉を抜けると、以前より日焼けしたマロンが女性を連れていた。
20代後半といったところか、御多分に漏れず金髪碧眼の美人さんだが、大きな瞳に力がある。
マロンが40近いから随分歳は離れているが、可愛いだけではなさそうだ。
それが証拠に、全身がうっすらと光っていて軽く会釈をしてくる。
吟遊詩人ブーログだったか、あいつの関係者だって事だろうが、全く敵か味方か分からん奴だ。
メイドの中にも2人光っている奴がいるが、光り方がメイドよりも少し強い。
「お初におめもじ仕ります」
「これはまた、御丁寧なお内儀だ。 座ってくれ」
「失礼いたします」
俺はソファーに深く座り、背もたれに体を預けながら人となりを観察する。
伯爵家の長男だから当然の態度だが、11歳の子供でもある。
生意気だという気持ちが顔に出るかどうかかを見ているわけだ。
チェリーはスカートの裾を気にしながら、斜めからそっと腰を下ろす。
座るしぐさが丁寧というか上品な感じだ。
「それで? 今日は異国の妻を自慢しに来たのか?」
「とんでもございません。 ですが、お分かりになられますか?」
「雰囲気が違うからな、何かお祝いをせねばな」
「いえいえ、ルーラァ様こそ、近衛城兵試験合格おめでとうございます」
笑顔で話すマロンだが、試験結果はまだ貴族しか知らないはずだ。
誰から聞いたのかなどと詮索するのは、まあ野暮というものだろう。
それに、どう見てもマロンの顔はにやけているとしか思えない。
「幸せそうで何よりだ」
「ゴ、ゴホン」
いたずらぽい視線を送ると、わざとらしい咳払いをして、20センチ角ほどの木箱をテーブルに置いた。
かなり重そうな感じで、底板に箱がかぶせてあり、太い飾り紐が十字にかかっている。
目線で何かと尋ねると、ニヤリとした笑顔が返ってくる。
飾り紐をもったいぶった仕草でほどき、かぶせてある箱を丁寧に外すと、台座の上には銀色の石が輝いていた。
ごつごつとした岩と言った方がいいだろうか、キラキラと光を反射していて、思わず身を乗り出してしまった。
「これはすごい。 初めて見たが、銀塊か?」
「はい。 しかもただの銀ではございません。 どんな高温でも融けない銀にございます」
もはや、観察もへったくれもない。
話はしていても、眼は石にくぎづけだ。
「融けない銀だと、もしかしてプラチナか?」
「プラチナというのでございますか? 変わらぬ愛、変わらぬ忠誠心という意味がございます」
心をひきつける原石の魅力とでもいうべきか、手に持てばいいものを、置いたまま覗き込むように見てしまう。
直接触れる事も躊躇われ、台座を回して色々な角度からの景色を楽しむばかりだ。
「ふむ、それならチェリーが持ってきた物だろう。 もらってもいいのか?」
「おそれながら申し上げます」
「なんだ?」
「はい、この石は出世石とも呼ばれております。 領民から領主、領主から国王へと渡り、そこにかかわる者達に幸せと出世をもたらすという、縁起物にございます」
「なるほどな」
チェリーが口を挟んできて、顔を上げた。
しかし、これはどうしたものか。
「う~ん」
「ルーラァ様?」
「ちょっと黙ってろ」
「申し訳ありません」
「う~ん」
マロンが心配顔のチェリーの手を取り、笑顔で心配ないと告げていた。
「う~ん」
「う~ん」
「す~」
『気が付くと、見た事があるような、無いような天井だった』
どうやら応接ソファーで眠っていたらしく、毛布が掛けられていた。
傍にアンがいる、起こしに来たのかもしれない。
「マロンたちはどうした?」
「明日再びお見えになられるそうです。 同じくらいの時間がよろしいかと、お伝えいたしましたが……」
「ああ、それでい」
体を起こし、変に凝り固まった体をほぐす。
しかし、どうしたものか。
新しい炉を作り温度を上げれば融けるだろうし、白金貨として金の100倍の価値だと決めてしまえ ば、国家規模の大金持ちだ。
だが、それは今必要だろうか?
出世石、花言葉の様に夢が詰まった言い伝えも大事にしたい。
やはり話さない方がいいのか。
しかし、黙っているのも騙しているようで後味が悪いし。
いや、まてよ。
科学技術は後れていても職人は職人、融けない銀を溶かす試みはしているはずだ。
それでも融けないとは……。
登り窯くらいしか思い浮かばんが、それで融けるものなのだろうか?
そもそも、プラチナは何度で溶けるんだ?
「う~ん」
「ルーラァ様、お夕食はいかがいたしましょう?」
「もうそんな時間か?」
「皆様お待ちです」
「あちゃー、すぐ行く」
「かしこまりました」
今日はそれどころじゃなかった。