第13話 戦争
「戦争はいけない事だ」
そう言っている奴から殺されるのが戦争だ。平和を求めるなら、戦争をして世界を統一するしかない。その上で武器を取り上げれば、多少は長く続くだろう。
などと暢気に構えていたら、ブルーノが出兵する事になった。城兵が外に出てどうするって話だが、ブルーノは第三王子の専属騎士十名の中の一人らしい。
そう言えば、以前出世したとか言っていた気がする。
第三王子の名は、イタリナ・ク-ヤ・ハニカナル・スースキ。
家系図のおかげで頭には入っているが、何でこう長い名前だ。イタリナ王子だけでいいだろう、ピエロだし。
夕食後のデザートタイムでブルーノから話があったわけだが、食卓は一気に静まり返った。
それはそうだろう、戦争だろうがなんだろうが所詮は他人事だ。それが一転、家族が殺し合いに行くとなれば笑ってられるか、って話だ。
対面に座るお母様はまなざしを落とし控えている雰囲気だ。既に知っているとみていい。
横に座るハンクはきょとんとしている、可愛い奴だ。
となると、俺に聞かせるつもりなのだろう。
「今回の戦争には、第二第三王子共に軍を率いられる予定だ」
「……」
ブルーノは淡々と話し、静まりかえった食堂で声が響く。
王子が出兵するから大丈夫だと言いたいのだろう。
しかし、俺に言わせりゃ王子なんかただのど素人にすぎない。
餅は餅屋に任せて、素人はすっこんでろって話だ。
『大丈夫かいな?』
大阪弁で突っ込みたいところだが、今はそれどころじゃない。
「二千の兵を率いた伯父さんもそばにいるから心強いぞ」
「……」
そばにいるだと?
専属騎士がいて、近衛兵もいる。公爵軍や侯爵軍もいるなら、男爵家の兵が王子のそばにいるわけが無い。
それで心強い?
まったく、ため息しか出てこないのは俺だけか?
ブルーノは俺の顔色を見たのか、おそらく俺を安心させる為に話を続けた。
「今回の戦いはレンカ王国と同盟を結び、カメリア王国に攻め込む。レンカが六万、こちらは三万の大兵力だから大丈夫だ。それに陸路からも、海路からも攻め込むから勝利は間違いない。安心しておけ」
「――はい、お父様」
あきらめた方がよさそうだ。子供が何を言おうが、何も変わらないだろう。
それなら、せめていいお返事で終わり、気持ちよくとまではいかないが、送りだすのがやさしさというものだろう。
それに、気になったのは兵数だ。
三万の兵しか出せないのだろうか? レンカ王国に比べてスースキ王国が小国なのだろうか?
以前見た地図では、他国と変わらない大きさだったように思うが、こうなると信憑性がなくなる。
生まれ変わっても小国とは、いじめか?
まあ、人口密度が低い可能性もあるし、そうと決まったわけでは無いんだが……。
「ルーラァ、留守は任せる」
「はいお父様、御武運をお祈り申し上げます」
「武運か、いい言葉を覚えたな。ハンクも頼むぞ」
「はい、ごぶうんをおいのりします」
「うむ」
翌朝、まだ空が明るくなる前にブルーノは家を出た。
勿論みんなでお見送りし、一人ずつ抱き合った。
男に抱きしめられても嬉しくはないが、今回ばかりは別だ。
「死んだら怒るよ」
「そりゃ大変だ」
耳元で言葉を交わして送り出した。
しかし、もしブルーノが死んだらどうなる?
この屋敷から出て、アイスラー領に帰るか。
俺やハンクは気にしないだろうが、問題はカロリーネだ。男社会で寡婦の立場は弱い。
いい女だし再婚の話はあるだろうが、そうなるとそいつがオヤジか?
ブルーノでさえ、父親と認めるのには抵抗があるというのに、こりゃあごめんだな。
無事に帰る事を願おう。
ブルーノを送り出してしまえば、いつもの生活が待っている。
どれほど心配したところで、毎日の生活は変わらない。
戦勝祝いの準備をする気の早い商人もいるらしいが、目立たない様に小麦の備蓄をするように言うくらいだ。
変わった事といえば、ドーマ伯爵が毎日来るようになった事くらいか。
だが、近衛騎士としての心構えや、礼儀作法などつまらん話ばかりで嫌んなる。
「近衛城兵になったら面白い物を見せてやる」
そう言ってはいたが、耄碌していそうだし忘れるだろう。
頑固ジジイだから誰にも相手にされず暇なのに違いない。
まったく迷惑な話だ。
レイダーの稽古は本格的に真剣でやるようになった。
ガントレットが様になって来たかららしいが、さすがに怖いし重い。
切るというより叩きつける感じだが、メインは突きだろうな。
「なあレイダー、右手にもガントレットを付けるというのはどう思う?」
「それは構いませんが、理由をお聞きしても?」
「うん、左手だけで受けていると体勢が崩れる。右手だけの攻撃では単調になってしまう。こんなとこかな」
「なるほど、でしたら左手にも武器を持つというのも面白そうですね」
「おお、二刀流か」
「はい、ルーラァ様の場合、空手でしたか、その動きが御得意のようですので、左の攻撃も可能ではないかと」
「なるほど、よく見てんな」
「人それずれ、得手不得手という物がございます。得意な動きを伸ばすのが一番早い上達法にございます」
「ほー、所変われば、というやつか」
「はて?」
「いや、色々あるという事だ。ともかくやってみよう」
「はい、ルーラァ様」
ガントレットを右手にはめ、ついでとばかりに足の甲にも鉄板を入れてみた。
そして、ようやくレイダーに勝った、というか蹴りを入れた。
振り下ろしの剣を腕を交叉したガントレットで受け、横に倒しながら足刀をかましてやった。
剣をつかむ事で逃げ足を殺したのだが、決まったのはその一回だけで二度と同じ手には乗らなかった。
「くそー」
重すぎて肝心の足運びが遅くなるため、足の鉄板は外した。
だが、これからは二刀流で行く。
みてろ、いつかきっとレイダーを越えてみせる。
やる気はあるんだよな、実力が無いだけで……。
稽古が終わればかわいいハンクとお遊びだ。
こっちから押しかけなければ、いつまでたっても会わせてもらえない。
兄弟は仲良くしましょうって習わなかったのか?
二階の長い廊下の端から端までかけっこだ。
来客エリアの部屋は立ち入り禁止。
来客がある時は廊下もだが、これ、見つかってしかられるまでは立ち入り禁止と教えた。
そして、忘れてはならないのが、階段すべり。
階段は降りる物では無く、手すりを滑るものだ。
賢いハンクはすぐに覚えた。
手すりに抱き付く様に跨り、スーッと降りてゆく。
しかし、まだ詰めが甘い。
手と股でスピードを調整し、最後に止まらなければならない。
さもなくば、手すりの下端の丸い支柱に激突する。
…………チーン…………。
「びぃえーん」
よしよし、分かる、分かるぞハンク、その痛み。
「なおれ、なおれー。そして、痛いの、痛いの、飛んでけー」
とりあえず涙を拭いてやり、おんぶしながら階段を上る。
泣き止んだら二人乗りだ。
今度は俺が下だから問題ないと思ったら、
「危ない! 何をやっておられるのですか、ルーラァ様」
ハンクの泣き声を聞きつけ、やって来きたアンナに止められた。
うーむ、ハンクが泣き虫なのも原因の一つか。そう言えば、感情を抑えるのは俺でも大変だった。
仕方あるまい、ここは兄が一肌脱ごうではないか。
そうとも、ハンクを救えるのは俺しかいないのだから。可愛い弟の為に、心を鬼にして鍛えてみせよう。
泣くなよハンク、しっかりと堪えてみせよ。お父様も草葉の陰から、いやいや、縁起でもない。爺様、も、生きてるか。
御先祖様が見ておられるぞ。
――「はい、お兄様」――
感動したハンクは、特訓の前に武者震いを覚えた……。