第12話 来客その1
「アン、こりゃあ麦じゃねえか?」
「はい、ライムギでございます。 なんでも、麦と雑草の雑種で、質は落ちるが丈夫な品種だとか。ここ、王都を外れますと、これでパンを焼く者も多いと聞きました」
わざわざ取り寄せてくれたのはいいが、殻をむいても、かじってみても、どうころんでも麦だ。まったく、ライムギなんちゅう麦があるとはな。
「あの、他にもいろいろ取り寄せてみましたが……」
「何? 見せて、それ」
「はい」
十個ほどの巾着袋にいろんな麦が入っていた。
一口に十というけど、全て違う種類となるとかなり難しいはずだ。
「これも違う、これも違う」
だが、麦ばっかりだ。
「おっ、こ、これだー」
あった、最後の一個に見慣れた殻。今度こそ見つけた、むけばまさしく米だ。
「これだよ、アン。これが欲しかったんだ」
「それはようございました」
微笑むアンはかわいい、チュウしたいくらいだ。
「後はこれを植えて、ああ、水田造りが大変だな」
「あの、ルーラァ様?」
「うん?」
「ライズを植えてどうなさるのでございましょう?」
「ライズ、そのまっまだな。麦の代わりにしようかとおもってな」
「もしかして、食されるのでございますか?」
「当たり前だろ。ごはんだぞ」
「なりません」
「はあ?」
まったく、飯を食わずして日本人と言えるかってんだ。まあ、今は違うけど。
急に怒りだしたりしても無駄だからな。あれだほら、魂が求めてるんだから。
「ライズは、乾燥地帯を挟んだ南の町テネスで、家畜の飼料として栽培している物にございます」
「だから?」
「ですから、食す事は出来ません」
「食べてみればわかる、旨いんだ」
「なりません! 絶対に! です」
おいおい、ちょっと逆らえない雰囲気だぞ。
「でもなあ……」
「よろしゅうございますか、飢えた庶民ならいざ知らず、男爵家の人間が食べていいものではないのです」
「それってさあ、何様のつもりだ?」
「貴族様です」
「ははは……」
あー、こりゃあ降参だ。
日本で言えばドッグフードを食べる様なもんなのかもしれんな。
そう言やあ、キャットフードはいけると誰かが言っていた気がするが、いやいや、真似されても困るし、忘れよう。
せめて酒造りだけでもと思うが、発酵というのは腐らせるわけだし、臭いがした時点で駄目だろうなあ。
やり方も良く分からんし。しかたない、誰かに押し付け……お願いするとしよう。
そんなある日、珍客があった。
アイスラー男爵御一行様。早い話が、爺さんと、伯父さんと、従兄が来た。
ここは爺さんの家だから、正確には帰って来た、だな。
馬車が十台に、護衛は三十人。うーん、多いか少ないかさっぱり分からん。
玄関に横付けされた馬車から三人が出てきた。
先頭の爺さんは銀の長髪に羽飾りの帽子。
伯父さんと従兄は、普通に金髪。うちもみな金だし、ありや白髪かもしれん。
赤を中心としたハデハデの服は三人おそろいか。
対応するのは執事のレイダー。玄関は開放され、ホールにはメイドが並び花道を作る。
迎えるのは両親で、俺とハンクは横に控えている。
抱き合って挨拶するやつ、ハグだったかバグだったか、そんなやつをしている。
義兄の名はビリー・アイスラー、家系図に載っていた。
長身で、顔はそこそこ……いいや、イケメンだな。やれやれ、ガキに張り合うたあ、俺も耄碌したかな。
そして、雰囲気的に次は俺だ。
「はじめてお目にかかります。ブルーノが嫡男ルーラァと申します」
「立派な挨拶じゃな、幾つになる」
「十歳にございます」
爺さんに向かって挨拶をしたその時、いきなり殺気を感じて後ろに飛びのいた。
「ほう、やりおるのお」
皆が苦笑いしているところを見ると、物騒な挨拶はいつもの事らしい。
しかし、この殺気はえげつないほど鋭い。背筋がゾクリときたぞ。
左ほほの傷と鋭い眼光、紛れもない戦士だ。伯父さんも鋭い目をしているがその比じゃない。
生涯をかけて魔物と戦ってきた男か……まあ、嫌いじゃないな。
これで終わりかと思ったら、二十人近い貴族様が現れた。
服装が地味な所をみると、下級貴族様御一行と言ったところか。ビリーと同じくらいの子供から、三十近いオッサン。あ、女の子までいる。
御一行様は、ゾロゾロと二階に上がる。部屋数はあるからいいが……。
「アン、あいつら何しに来たんだ?」
「もう、男爵様でございますよ」
「ははは」
ちょっとにらむ感じの顔もいい。
「今回王都に来られましたのは、明後日国王主催の晩餐会があり、男爵以上が招かれているからでございます」
「ふーん」
「この機会に、爵位を伯父さんに譲る許可を貰いに来られたのかもしれませんね」
「そっか」
「従兄のビリー様も、明後日に近衛城兵の試験がございますから」
「試験、あるの?」
「勿論でございます」
あいやー、試験と聞いただけでジンマシンが出そうだ。
いやまてよ、ここじゃあ俺は天才だったよな。だとしたら、実技だけ……楽勝じゃねえか。
「この試験は一二歳以上の貴族だけが受けられ、落ちても近衛兵にはなれます。 近衛兵で腕を磨いてから再挑戦する者が多く、一二歳での合格者はほとんどおられません」
おいおい、なんかハードルが高くなってきたぞ。こりゃあ、井の中の蛙程度じゃあ受からんという事か。
だからオッサンがいたのか、あれ、女の子もいたな。
「女の子も試験を受けるのか?」
「近衛兵には民務もありますので、そちらでございましょう」
「なるほどなあ」
貴族の就職試験みたいなもんだな。
試験と晩餐会が同じというのは大人の事情というやつか。
それはまあいいとしても、こりゃ納得できん。
お客が増えたから、俺を部屋に入れてアンも手伝いに行く。これはいい、まだ理解できる。
問題は、お客がみんなで風呂に入る事だ。
接待役のブルーノは勿論、女の子もカロリーネもというから驚きだ。
そこで夕飯までそこで過ごすらしいが、子供は駄目だときたもんだ。
銭湯でも子供は女風呂に入れるというのに、これは納得できん。
憧れの混浴、いや、べつに、そんな、やましい気持ちなど……あるか。