第11話 コタロウ
継続は力なりって本当だな。毎日の稽古のおかげで体のさばきが良くなってきた。
さらに、成長期だからか、身長が伸び体力もついてきた。
レイダーの攻撃をまともに受けても耐えられるようになると、受けたり流したりの変化が取れる様になる。
まだまだ手加減されているが、強くなってきた実感はやる気を出す。
「レイダー、ちょっと試したい事があるんだ」
「何でございますか?」
「武器無しでやってみたいんだ」
「それは構いませんが」
木刀とガントレットを外し対峙した。
さてと、ケンカ空手がどこまで通用するかだな。
まだまだ十分とは言えないが、レイダーにしてみれば初見だ。
「よし、いくぜ」
「はい」
まずは正拳。
「えいっ」
スッと引かれた。
次は、踏み込んだのち、回し蹴りから後ろ回し蹴り。
「せい、やっ」
後ろ回し蹴りがあと少しの所を通過したが、当らない。
「くそー」
正拳による二段攻撃も、前蹴りさえ体を開いてかわされ、そのまま突っ込んで飛び蹴りをしたが、レイダーの体はそこには無かった。
「くそー」
倒れたまま旋脚。
レイダーのジャンプは後ろでは無く前。
その気はないだろうが、顔面を踏まれそうで横に転がる。
駄目だ、全く通用せん。
「これは何と言う技でしょう?」
「空手、武器のない時に襲われてもいい様にと思ったんだが、駄目だ、当らない」
「いえいえ、今のは十分脅威でした」
「はー、だといいんだけどな」
自信があっただけにショックだが、やはり足さばきだ。
レイダーは引き足がうまい。
引く時はどうしても後ろ脚を引いてしまうが、これだと前足が残る。
この前足を同時に蹴る事で、すばやく下がっている。
更に、攻撃しようと思えばいつでも出来る様に引いている。
円で引く感じ、分かってはいるんだがなー。
コタロウとは仲良くなった。
それも、餌をやったらすぐに、げんきんな奴だ。
「行くぞコタロウ」
かけっこはかなわないが、止まれというと俺が追い付くのを待っている。言葉が通じるとまではいかないが、感じてくれているようだ。
コタロウに乗る、というよりしがみついては振り落とされる。はたからどう見られようと、これが俺達流の遊びだ。それが証拠に、ちゃんと乗るまで待っていてくれる。
時にはこっそりヒールのお世話にもなるが、地面に座り込むと鼻先を押し付けて起こそうとしてくれる。
コタロウはかなり頭がいい馬とみた。
これはあれか、馬は飼い主に似るというやつか? それとも、頭の足りない飼い主を助ける為か?
うーん、似る方に一票。
そんなある日、コタロウの背に鞍が置かれていた。
「何で鞍が置いてあるんだ?」
「お坊ちゃま、裸馬は危険です」
馬の世話をしている人がそう答えた。
もしかすると、俺に怪我でもされたらクビになるのかもしれんが、よけいなお世話だ。
遊牧民の子供達は裸馬に乗って遊ぶんだ……たぶん。
「俺が怪我をした事があったか?」
「いいえ」
「何故だと思う?」
「分かりかねます」
「落ちる練習をしているからだ」
「練習、でございますか?」
「そうだ、戦場では何が起こるか分からない。万一落馬しても怪我をしないように練習しているんだ」
「はあ」
「邪魔をするなと言っているんだ」
「は、はい。申し訳ありませんでした」
無茶苦茶な理屈で押し切った。
「ちょっと待て」
「は、はい」
そそくさと鞍を外そうとするところを止めた。
「この鞍、鐙は無いのか?」
「あぶみ、でございますか?」
「ああ、足を乗せて体を安定させるものだが、知らんか?」
「申し訳ありません」
「そっか、ならいい。外してくれ」
「かしこまりました」
鐙、無いのか。
乗馬なんてお上品なもんはやった事がないが、素人考えでもかなり違うはずなんだが。
競馬の様に高い位置では疲れそうだし、ここは西部劇風だろうな。
しかし、どんな形をしているんだっけ?
サンダルみたいに、先をひっかける感じしか思い出せんな。
ギザギザの歯車みたいなもんがついていた気もするが、馬が怪我をするんじゃないか?
う~ん、さっぱりわからん。
それに、鐙が無い馬には乗れないなんて間抜けな事になっても困るな。
ともかく、鞍が付いたらお試しだけはする事にしよう。
「三歳になったら付けてくれ」
「はい、お坊ちゃま」
遊んで汚れたら風呂場で洗うが、デカくて気持ちがいい。
サブの湯船に水が入り、魔石であっためる。
それを、中央の大きい湯船に流れる仕組みか、水は川から引いているのかもしれん。
銭湯ほどの広さの周りに多くの椅子が置いてある。
何人で入るつもりかは知らんが、蛇口も鏡も無いから変な感じだ。
体はメイドが洗ってくれる。
ここは、貴族が興奮してメイドを押し倒す場面だが、肝心な物が小指程度のままだ。
近所に住む後家さんのお世話になったんが中学の時だったから、そろそろ大きくなり出してもいいはずなんだが。
まあ、なにはともあれ、湯船につかって極楽、極楽。
「いい湯~だ~な、は、は、はん。いい湯だ~な~っと」
気もちいいー。
綺麗になったら、勿論ハンクに会いに行く。
「ハンク~」
「ばぶー」
だきつき放題で、プヨプヨ。一緒にハイハイしながら、動物と魔物のお勉強だ。
ハイハイする先で寝っ転がると、体をクニュクニュと這い上がってくる。その小さな手足が、くすぐったいやら痛いやらで笑っちまう。
それに聞いたか?「ばぶー」だぞ。
俺なんか「ぶー」だけだったのに、ハンクは天才かもしれん。
おっ、今度は俺の顔の上を通るのか?
よし頑張れ、と思ったら座り込んで顔を覗き込んできた。
そして、俺の顔をペシペシしたかと思ったら、「いてててー」鼻の穴に指を入れてきた。
さすがにこれは痛かったが、これは、ひょっとして、もしかして、あれか?
……穴があると指を入れたくなる……。
ハンク、俺はいま確信した。
お前は間違いなく俺の弟だ。
そしてハンク、お前からの挑戦状、このルーラァ、兄として、男として、正々堂々受けて立つ。
ほれさせた女の数かものにした数かは、お前が話せるようになってから決めよう。
だが、しかーし。
ハンク、これだけは覚えておけ。
たとえかわいいお前でも、こればかりは負けてやるわけにはいかない。男と男の真剣勝負だからな、ははははー。
「ばぶー」
何? 絨毯がどうかしたのか?
魔物? そうか魔物、倒した魔物の数でも勝負を望むか。
よかろう、受けて立つ。
そして、大人に成ったら杯を酌み交わし、互いの健闘をたたえあおうぞ。
うーむ、美味い酒が飲めそうだ。……酒?
しまった、ここにはワインと馬乳酒しかなかった。
米、米がいる。
「アン、アン?」
「はい、ルーラァ様、何でございます?」
「植物図鑑持って来て」
「はい、ただいま」
「これかな? いや違う。これかな? うーん」
悩んでいたら、アンが横から声をかけてきた。
「これはライでございますね」
「ライ?」
「はい、高い小麦の代わりになるとか」
「それだ!」
どこだったかは忘れたが、そんな話を聞いたことがある。
「現物を見たい、粉にする前のものだ」
「はい、すぐに手配いたします」
「ばぶー」
剣=権力の中世ヨーロッパに、剣を使わない空手はなかったそうです。